第125話 『レイア無双』
「やべ〜、何この鞘! 格好良過ぎるだろ〜! クゥ〜! バルのおっちゃんやるじゃ無いかぁ〜!」
ーー戦闘は始まっていなかった……
ビナスの『インビシブルハンド』を合図に魔獣の大群へ飛び込もうと考えていた矢先ーー
「カシャ、カシャン」
ーー背後から鳴った音を聞き、そういえばちゃんと鞘を見ていなかったなと思い出したのだ。
双剣の鞘と同じく、漆黒深紅に輝く鞘にテンションが跳ね上がる。きっと、目の前にバルカムスが居たら抱き締めていただろう。
「旦那様。早くしないと時間切れちゃうよ?」
「ん? あぁいいよ。始めちゃって」
「ほいほい。兵を下げればいいんでしょ? それならこれをこうして……『インビシブルバインド』」
少しでも多くの兵を退げる為に、一本一本に込める魔力量を抑え、手では無く無数の見えない縄を生み出し続けた。
放たれた魔術は次々と兵士達に巻き付き、胴体を引っ張り上げる。そのまま己の背後にいる防衛網を張った軍に向かって投げつけた。
ーーいつ迄経っても、レイア以外には容赦がない……
何が起こっているのか理解出来ない兵士達は大パニックを起こし、まるで絶叫マシンに安全バー無しで乗せられたかの如く、叩きつけられる風圧と恐怖から、意識を失う者が続出している。
またオリビア率いる軍もいきなり味方が飛んでくるのだ、勿論平静ではいられない。敵の新たな攻撃かと身構えるも、どうすればいいのかと混乱していた。
「なにあれ……クロウドがとんでくる。ちょっとたのしそうかも」
兵の尊い犠牲のお陰で、クロウドはインビシブルバインドに放り投げられ助かっていた。意識は朦朧として言葉を発さないが、悔恨に顔を歪めている。
因みにビナスが助け出した中に、ザンシロウはいなかった。わざと救出しなかったのだ。
「ふふっ! 我に牢屋の中で散々生意気な口を叩いた礼だよ。受け取れ下衆男……」
嬉しそうに呟くと、ビナスは時間切れで気を失った。それを抱き留めると、優しくシルバの背に乗せる。
「今日は俺を守らなくていい。命に代えてもビナスをこの戦場で守り通せ! そしたらブラッシングしてやるからな」
『任された。思う存分暴れて来るといい。敬愛する我が主よ。』
「あぁ、行ってくる。メムルの事は心配しなくていい。あそこまで敵が侵攻することは無いからね」
『以前と主の纏う雰囲気が、どこか違うような、これは一体……?』
ーーその質問に答えぬままに迸る神気を天へ昇らせながら、ゆっくりと魔獣の大群へと歩き出した。
__________
「マスター、『天獄』『滅火』何方も直ぐに放てるように、準備は出来ておりますよ」
「やっぱりナナにも何かあったね? リンクのパスから流れてくる神気が、以前より遥かに強くなってるのを感じるよ」
「昇格? だそうですが、私はあまり納得はしておりません。最近考えている事がありますが、それはまた後日相談させて下さい」
「そうだねぇ。こんな時にのんびりと悩み相談してる場合じゃ無いよな。じゃあボールになっている最中見てたんだけど、マイリティスちゃんの考えた技で先制攻撃といきますか!」
気楽に会話しているが、眼前には全く数を減らしている様に見えない五万を優に超える魔獣が蠢いており、徐々にこちらへ進行していた。
「身体強化系スキル全発動! ナナ、感覚リンクして! 初っ端から飛ばすよ! 『限界突破』!」
勢い良く駆け出し始める。レイグラヴィスを両手で掴み宙に飛び上がると、大地に向けて星を真っ二つにするかの如く、大剣を叩きつけた。
「いっけぇぇぇ! 『アースブレイク』!」
本来の力と、レイグラヴィスの力が混ざり合った力の奔流は、大穴を開けるだけで済む筈が無く、亀裂を奔らせ大地をまさしく崩壊させた。
カルバンを巻き込む程の地震を起こし、背後からその光景を見ていたピステア軍を、慄き震撼させる。魔獣達は逃げ惑うも、大地の底へ飲まれていった。
オリビアは膝を震わせながら、必死で倒れそうになる自分を抑えつける。眠たそうな目は見開かれ、まるで別人の様相を部下達に晒していた。
「何⁉︎ あの力は一体何なの⁉︎ 真祖がもう一体⁉︎ いや、それはあり得ない……じゃあ神の奇跡? そんなのとっくに信じて無い! じゃあ、あれは一体何なのよぉぉぉぉっ!」
己の理知を超える存在が眼前にいるというのに、戦いたいとも思わず、裸になってでも逃げ出したいと思える程の恐怖。そんな事は梅雨程にも知らない女神は歓喜していた。
「ヒュウゥ〜! 凄いじゃん、レイグラヴィス! カッコいいぞお前!」
キラリと輝いて答える大剣は、己の真の主人に振るわれる喜びに満ち溢れていた。
「マスター、『滅火』で殲滅しましょう」
「いや、ちょっと待ってて。今は取り敢えず試したい事があるんだ」
ナナを止めた後、スタスタとまるで口笛を吹くかの様に気負いもせず歩き出した。次々と襲い掛かる魔獣達をレイグラヴィスの一閃の元に両断していく。
まるで薄布を斬っているのかと錯覚させる程、軽々と蹴散らさせれる魔獣達は少しずつ、ほんの少しずつだが狂乱を上回る『ある感覚』を思い出していた。
前方では無く、真横へと魔獣を斬り裂きながら進む。暫くして端まで辿り着くと、巨人殺しの大剣を引き摺りながら、真逆へ再度走り出した。
それは大地に引かれた線引き。すぅっと大きく息を吸い込むと、魔獣達に向けて大声で警告した。
「この線を超えた奴は殺すから、考えてから進めよぉぉっ!」
そんな言葉が狂気に塗れた魔獣達に通じる筈も無く、遠く離れている魔獣程、侵攻を止めずに進み出している。
ーーしかし、線を一歩超えた瞬間、魔獣は胴体を真っ二つに斬り裂かれ絶命した。
「ちゃんと見えてるっての! お前らいい加減に俺だけを見て全力で掛かって来いよ! あとコソコソ隙を狙ってる下級吸血鬼供! お前らの事なんか良く知ってるから隠れても意味無いぞー? 馬鹿みたいだからさっさと出て来い!」
執事服とメイド服の吸血鬼達が魔獣の陰から次々と溢れ出してくる。理性は失っていても、他の魔獣に比べれば、レイアの言葉の意味を理解する程の知性は持ち合わせていた。
「うーん。このままじゃあザンシロウみたいに、遠くの敵は脇を抜けて行っちゃうなぁ。どうしたもんか……」
顎を撫りながら悩むが、名案が閃いた後に『女神の翼』を広げて上空に飛び立つと、悪戯を仕掛ける子供の様に無邪気に笑う。
「ナナ、ゾーン起動。考えてる事は分かってるね? タイミングとインパクトポイントの指示を頼む」
「はい。しかしこの広範囲では時間にロスが出来て、失敗に終わる可能性があります。『女神の心臓』を発動して誤差範囲を修整しますか?」
「オッケー。同時に左右の逃げ道を塞ごう。念の為『ファントムミスト』も放って視界を奪うよ」
「成功率92%、ほぼマスターの計算通りに成功するでしょう」
「んじゃあ完璧じゃん? いくよ! 『女神の心臓』!」
凍った時の世界で『アースブレイク』を左右真横に放つと、先程引いた線引きより遥に長く、巨大な亀裂を奔らせた。
センシェアルが以前オルビクス城を守る為に行った行動を真似たのだ。しかし一つだけ異なる点がある。
戦場に『ファントムミスト』が拡散し、魔獣達は侵攻方向を一点に集中し始めていた。理性を失っていようが、己から崖に飛び降り自殺しようとする気狂いはいない。
そう、進める箇所へ集まるのは必然だった。丸で円錐の先端に己を立たせるが如く、一点に集中して攻めかかる魔獣と、下級吸血鬼を眺め、込み上げるは焦燥では無く激昂。
「マイリティスちゃんが、こんだけ号泣しながらお前らを想ってるのに……何してんだお前らああああああああああああぁぁぁーー!! いい加減に目を覚ませやこらぁぁぁぁっ‼︎」
先程閃いた、己の新しい戦闘スタイルへと移行する。ワールドポケットを開くと双剣を取り出し、ベルトを巻きつけ装着した。
一度レイグラヴィスを鞘に戻し、左手に深淵の魔剣を、右手に朱雀の神剣の柄を掴み抜刀すると、『女神の翼』を操り、巨大な掌の様に変化させ、背後から頭上に向けてレイグラヴィスを抜き去る。
『三刀流』ーー唯の思いつきだが、ナナのサポートが有れば可能だと確信を持っていた。眼前には密集され一つの個体になったかの様な、凶悪な魔獣達が襲い掛かる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ‼︎」
それはスキルイーターを倒した時の『星墜ち』を超える程のパワーと、手数の多さを持った唯の剣撃。
魔獣達は近付く者からアンデットとして再生不可能な程に細切れにされ、叩き潰され、生滅していく。
ーー斬り裂く。
ーー斬り刻む。
ーー斬り潰す。
ーー斬り跳ねる。
ーー斬り薙ぎ。
ーー斬り断つ。
只管、眼前に迫る魔獣を斬り続けた。両左右に積み上げられていく細切れの死骸が、まさに鬼神の如き凄惨さを物語る。
「「「「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー!!!!」」」」
「痛いなら逃げろ。怖いなら逃げろ。戦いたく無いなら逃げろおぉぉぉ!」
ーー獣の王の如く咆哮を轟かせた。
真祖の力の暴走による影響で理性を、知性を失っていた魔獣達はそれ等を上回る本能を刺激する感覚を呼び醒しつつあった。
『恐怖』『生存本能』だ。自らをまるで『生き餌』の様に感じ、狂乱から襲いかかる魔獣は、次第に背後へと翻り始めた。
「マイリティスちゃんには悪いけど、お前らはきっと兵士達を食った……だから死ね」
右手の神剣から『神炎』の白炎を巻き起こして燃やし尽くし、左手の魔剣から『不可視の斬撃』を放つと斬り刻み、トドメに頭上から『巨人殺しの大剣』を無慈悲に振り下ろす。
一閃毎に数十匹の魔獣が粉砕され、細切れにされ、燃やし尽くされていくのだ。
自らが驚愕する程に、新しい戦闘スタイルに馴染んでいた。殺した魔獣はアースブレイクに飲まれた魔獣を含め軽く二万を優に超える。
しかし、敵の魔獣の数はまだまだ数えられない。最低三万を超える程に多い。
このままじゃ時間だけが浪費されると、新しい戦闘スタイルの確立に成功した後、レイグラヴィスを鞘にしまうと『女神の翼』を広げて上空に飛び去った。
先程の『滅火』で殲滅するというナナの提案を断った理由、『それ』こそが今舞い降りる。
「そろそろでしょ? 『繋がり』を感じてる筈だよ! 来い! ディーナ! コヒナタ!」
己の飛ぶ上空より遥か天上へレイア手を翳して叫ぶ。確信していた、感じていた、『絶対にいる』とーー
「主様ああああああああああああああああああああぁーーっ‼︎」
「レイア様あああああああああああああああああぁぁーーっ‼︎」
「死ぬ、死んじゃうぅうぅ〜助けてレイアさぁぁぁぁぁぁん!」
高速で急降下する懐かしいフォルム、白竜姫が凄まじい速度で下降してくる。
それに対して本来歓喜する筈だがーー
「ん? 何か一人増えてる?」
ーー疑念に首を傾げた。
「まぁ、今はいいや。おいでアリア? 隠れてたって分かるよ。ごめんね、謝らなきゃいけない事は沢山あるけれど、今は力を貸してくれる?」
優しく語り掛けると、下方の樹の陰から最初に出逢った頃と変わらない栗色の髪、ポッチャリとした身体に、垂れ目の十四歳のアリアが、恥ずかしそうにモジモジしながら出てきた。
「相変わらず、ストーカーみたいな隠れ癖は変わらないのか……」
侵攻する魔獣達へ深淵の魔剣の斬撃を飛ばしながら防ぎ、久しぶりにあう仲間達へ何と言葉をかけていいものかと思案していた。
先に眼前に現れたのは、飛び上がりながら天使形態に変化したアリアだ。その後を追う様にディーナ、コヒナタ、気絶したクラドが舞い降りる。
「みんな、久しぶり! 今すぐ抱き締めたいけど感動の再会は後にしたい! 俺に力を貸してくれ! この状況を『紅姫』みんなの力で解決するんだ! お願い!」
「そんな言い方をせず、如何様にも御命令を……レイア様」
「妾は、ご主人様の妻兼奴隷じゃからなぁ? 何でも言っておくれ?」
「私は何時、如何なる時も貴方の側で願いを叶えて見せましょう。ご褒美は貰いますけど」
一人だけはっきりと今後の要求をしてきたちゃっかりさんがいるが、まぁいいと頷く。
「みんなの力を借りるよ! 行くぞ『紅姫』!」
「「「はいっ‼︎」」」
今まさに、竜と天使と巫女の恐るべき破壊と狂乱が始まる……
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