第124話 「Paradise Lost」5

 

「天使マイリティスよ、レイアの魂を封じている間、代理として魂だけの存在となって女神の身体へ宿れ。どう生きるかは貴女に任せるが、天使である記憶は封印の影響で失うだろう。そして、これが貴女に課された誓約でもある。


 ーー『決して記憶を思い出してはいけない』


 記憶を思い出してしまうと、ブレスレットから神力を流し込んで施した封印は解けてしまい、貴女の魂は器から弾き出され消滅する。生きたまま地上で暮らしたいのなら、記憶を思い出さない様に励め」


 マイリティスは力強く頷いて、自ら女神の身体に宿る事を決意した。しかし、第五柱生命神カルリニアは下級天使に話していない事が一つある。


 レイアが己の神器を身に付けている事で、魂の結び目が緩んだ隙に封印を施す事には成功したが、完全に封じ込める事など、出来る筈が無かったのだ。


 元々『闇夜一世』の封印に十柱全員の神気が必要だというのに、その魂をカルリニアだけで押さえ込む事は到底不可能だった。


 マイリティスの魂を宿らせたのは時間稼ぎに過ぎず、また今後の為のある実験の一つだと考えている。永遠に十柱の一人として『闇夜一世』の封印を監視し続けるなど、己の本意では無い。


 女神の隙をついた今回の封印は、完全に生命神の暴走と言っても過言では無い行為だった。

 勿論、その行為に女神と男が気付いていない訳は無いのだが……


 __________



 あぁ、届かなかった……

 私には何も守れないんだ……

 力も無い、勇気も無い、センシェアルの為に何をして上げられるというの?

 屍人のみんなは大丈夫なのかな。暴走してるって言ってたけど一体どうしたのかな。

 心配するだけで何も出来ない。

 これじゃ、あの頃と変わらないぁ……

 我儘なんて言わないで、傍観者のままでいれば良かったのかな……


 ーーでも私は知ってしまった。愛する人を抱き締める温もりを。

 ーー兄弟の様な存在がいたら、こんな感じだろうなって思える人達の優しさを。

 ーー時計を試行錯誤しながら、沢山の人達と作り上げていく楽しさを。

 ーーお腹が減ったら、みんなで食べる食事の美味しさを。


 知ってしまったら、もうあの頃に戻りたく無いと思う私は傲慢なんだろうか……

 センシェアルは私が消えてしまってもレイア様を愛し続けるのかな? 外見は変わらないし、そうなっても仕方が無いかなぁ……


 嫌だなぁ……忘れられてしまうのは嫌だ。

 意識を取り戻したら逃げちゃおうかなぁ。戦争なんてやっぱり嫌いだし。


 でもセンシェアルは目覚めないままだ、屍人のみんなも死んじゃうかもしれない。

 私が出来る事なんか、最初から決まってるんだ。わかってる。わかってるんだよ……


 ーーこれが悔恨なんでしょう。

 ーーこれが憎悪なんでしょう。

 ーーこれが悲哀なんでしょう。


 見ていただけでは分からなかった貴女の想いが、今は痛い程に理解出来ます。

 神様に願っても、何も変わりませんでした。

 でももう一度だけ願わせて下さい……何かに縋るしか出来ない、弱い私を許して下さい。

「お願いします。助けて。助けて下さい。ーーレイア様!」


「おっ? ほいほい! やっと呼んでくれたねぇ、マイリティスちゃん!」

「えっ⁉︎」

「ハロー! 元気ー? 見て見て! 俺暇だから一人でも回転出来る様になったんだぜ? いつでもゴールを狙えるな!」


 私の目の前には輝きを放つ球体……って言うかこれ完全にボールだよね? 光ったサッカーボールだよね?

「サッカーボール……じゃなかった。もしかしてレイア様?」


「いや、今君完全に俺の事ボール扱いしようとしたよね? 口にしちゃってますやん! 聞こえてますやん!」

「い、いえ決してその様な事思っては……」


「おい、なら何故目を逸らす? こっちを見て俺の目を見てもう一度答えろ! あっ、俺目って付いてるの? この状態久しぶりでさぁ。新技を編み出すのに苦労してたんだよ〜?」


「レイア様こそ、さっきからゴール狙うとか新技とか、ご自分をボール扱いなされてるではありませんか!」

「堅苦しい話し方はやめていいよ! マイリティスちゃんの事ならずっと見てたしねぇ。正直中々面白かった。映画鑑賞してるみたいで」


「ど、何処まで見られていたんですか?」

「ふっ。全てさ、全て……俺に隠し事など出来ないのだと知れ!」

「いやああぁぁぁぁぁぁ! 変態ぃぃぃっ!」

「ブゲラッ‼︎」

 あっ、思いっきり蹴り飛ばしちゃった……凄い! めっちゃ飛んでるよ! これ記録出るんじゃ無いかな?


「い、いい蹴りだった。俺とお前が組めば、間違いなく新技『トルネードスパイラルハリケーン』は完成する!」

「何ですか? そのとにかく螺旋とか回転とかしまくりそうな技は……某サッカー漫画だけで十分ですよ」


「おっ? 知ってる? いやぁ、やっぱ異世界来たら本当にトンデモ技を実践できるか試して見たくなるよね。浪漫武器とかいつか作るんだ!」

「その気持ちは分かりますねぇ……私も時計じゃなくて、空飛ぶ船とか作れば良かったのかな」


「んー? でもそれって既にあの世界のどっかにあるかも知れないし、時計はグッジョブだったと思うよ。あれ、多分王様に見せればめっちゃ高く売れそうだし、量産体制整えれば大金持ち確定コースじゃね? 俺は素直に君を見てて『恐ろしい子!』ってやってたよ! 等時性って何それ美味しいの? ーーってね」


「はぁ……まぁ楽しかったんですよ。何もかもが新鮮で、世界は色付いて見えて。恋もしました。それは良かったのかな?」


「正直身悶えていたが、これは俺じゃ無いと言い聞かせて堪えたよ……ガラス越しのキスみたいなのやり出した時には、封印が解けそうでマジ危なかった。男とキスなんて死んでも嫌だ……俺はノンケなんだ……」


「何言ってるんですか。女神様の身体で女の子とイチャついてたら、完全にそっちの人にしか見えませんよ? よく今まで誰にもツッコミ食らいませんでしたね」


「いや、俺は男にもなれるし構わないかなって……ちゃんと愛されてただろう?」

「これ以上ないって位に愛されていますね。羨ましいです」


「センシェアルは多分これ以上無いって位に俺じゃなく、マイリティスちゃんを愛してる筈だけど」

「私じゃなくレイア様の外見に惚れたんですよ。ーーてゆーか何ですかパンツ姫って。貴方一体女神様の身体で何やらかしてくれちゃってんですか? 馬鹿なんですか? 元の世界なら公然猥褻罪で捕まりますよ」


「そ、その……それについては弁解のしようもないと言うか、俺も知らなかったとしか……す、すんませんっした!」

「まったく。パンツ姫扱いされた私の身になって下さいよね」


「やめて? その汚物を見る様に蔑む視線を向けるのやめて? 俺のグラスハートが粉々に砕け散っちゃうからね」


「砕け散ればいい……」

「うおぉい⁉︎ 怖いこと言うな! マイリティスちゃんが病んでる⁉︎」

「レイア様。そろそろ本題に入りましょう? 貴方ならこの事態を如何にか出来ますか?」


「出来ないよ! 君の望んでる方法で解決する事は出来ない。生命神がやらかした事はもう一人の俺から聞いた。そして、君がどうなってしまうのかもね。だから呼ばれるまで、大人しく封印されていたんだよ。まぁ、色々面白かったって言うのもあるけど」


「楽しんでましたね? 私が困る姿を見て、楽しんでたんですね?」

「い、いえ決してその様な事実はありませんと、俺は無罪を主張する!」

「ふーきーとぉぉぉべぇぇぇぇえ‼︎」

「グブフゥツ⁉︎」

 あっ、さっきより綺麗に飛んでる。確かにゴールがあったら狙いたくなるかも……


「また一歩、奥義の完成に近づいたな相棒。俺たちの未来は明るいぜ!」

「捨てろ。そんな未来……」


「やめて⁉︎ さっきからキレた時のナナと話してる気分になるから! 今もあいつキレてる筈だよ? 勝手に俺とのリンク切ったのはナナだけどさ、戻れないのを絶対俺の所為にされるんだよ! 一体どうしてくれるんだ!」


「どうもしませんし、キレられればいいと思います……」

「あっ、冷酷な視線頂きました! 凍っちゃうよ〜! 俺、ボールのまま氷ついちゃうよ〜!」

「そのまま砕け散れ……」


 ーーやばい、ちょっと本気ギレしてますやんこの子。


「……あのさ、そろそろ真面目な話に戻ろうかな? どんどん機嫌悪くなってらっしゃるみたいですし……」


「はぁっ。私が消えるのはもうしょうがないと諦めています。でも、屍人のみんなとセンシェアルだけは絶対助けて欲しいんです。それなら出来ますか?」

「答えはNOだね。それも俺には出来ない」


「何で……なんで貴方はさっきから願いを聞いてくれないの⁉︎ 私が憎いなら、さっさと消し去れば良いじゃない! 邪魔だったんでしょう⁉︎ 異物は直ぐに消えるわよ! 私はニセモノ! 唯の幻なんだから!」


「……異物でも、ニセモノでも、幻でも無いさ。ちゃんと『マイリティス』っていう女の子は存在したんだからね。断言しても良い。きっとセンシェアルは君の事を愛してる筈だ。俺じゃない。だから、そんな悲しい事を言うなよ」


「でも! じゃあ何で⁉︎ 何で助けてくれないの⁉︎」

「暴走した彼等を止めるのは不可能だと思うよ……それと俺は知らない他人より、自分の周りの身内を護りたい。その為に襲ってくる敵は倒す」


「それじゃあ、みんなは救われないじゃ無い! 私も消えるだけ。誰にも覚えて貰えないまま……」

「そうかも知れないね。でも、それを選んだのも君の選択だよ。自分の望み通りになる程、世界は優しく無いって知ってる筈だろ?」


「……意地悪な人は嫌いです」

「俺は、君の事が嫌いじゃなかったよ」


「努力はしてくれますか?」

「保証は出来ないけどね」


「私の事を、覚えていてくれますか?」

「忘れる事なんて出来ないだろうね」


「センシェアルは……しっかりと生きてくれるかしら?」

「それは自分の口で聞くといい。ナナと俺の神気で暫くは魂を繋いで見せる。辛いかも知れないけど、全てを見てもらうよ」


「目を背ける事さえ、私には許されないんですね……」

「消えたいならその選択肢もあるよ? でも、彼にはもう会えないけど良いのか?」


「狡い言い方をするんですね。分かりました……私の甘さが招いた結果を、しっかりと受け止めます」

「じゃあ行こうか。俺は暴れさせて貰うよ!」


 ーー「はい、私は見届けます!」


 レイアとマイリティスは意識の深層から浮かび上がる様に、己の身体へと戻っていく。


 覚醒の時が訪れた。天使消滅の時間制限を抱えながら……


 __________



「ぶっはあぁぁぁ! いやー。息するの久しぶりで焦るわ〜! こう考えるとボールの身体便利だったなぁ。またいつか体験したいものだね!」


「だ、旦那さ、ま?」

「やぁ、ビナス! ただいま〜! いい子にしてたのは見てたぞぉ〜? 良く俺の考えてる事が分かったね? 偉い偉い。よしよし!」

 目を見開いて驚愕しているビナスを抱き締めると、そのまま頭を撫でて、顎をコショコショと擽ぐった。

「あへぇ〜ひゃんなひゃまぁぁ〜〜……」


「こら! 涎が滝の様に垂れてる。寧ろもう流れてるから! ハウス! ハウス!」

「ワウゥゥーーン!!」

 シルバ顔負けの速さで犬の真似をしながら下がる。最早、調教は完璧だと頷いた。

「さて、流すのは涎か涙かどっちかにしなさい? 干からびちゃうぞ?」


「だって、だってえぇぇ! 寂しかったんだよぉぉ!」

「はいはい。ほら、おいで?」


 両手を広げると、ビナスを招き入れて優しく抱き締めた。確かにこれはボールじゃあ無理だよなぁと、温もりを噛み締める。


「さて、状況は分かってるよ。シルバ、迷惑をかけたね。俺を守ってくれてありがとう! 流石、我が家自慢のペットだ!」

『無事に戻って来てくれて嬉しい。念話も通じないのは、中々骨が折れたのだ』


「ははっ、ちゃんと見ていたけど面白かったぞ? シルバの困った顔なんて滅多に見れないからなぁ」

『意地悪を言うな。ただ、ブラッシングとやらはとても気持ち良かったのだ。またやって欲しい』

「ご褒美にいいだろう! そう言えばお前もいたな狐! 最高にカッコいいローブになったじゃ無いか!」

『おぉぉっ! お姉ちゃんが強そうなお姉ちゃんに戻った! おいら、なんか怖くなくなって来たよ!』


「当たり前だ。お前みたいな最高のローブを破かれてたまるか! 俺が守ってやる!」

『そ、それはそれでローブとして良いのかな……一応おいらは魔術のダメージを遮断出来るからね! あと破けても自動修復するよ!』


「おぉ! カッコいいだけじゃ無いのか⁉︎ 頑張ったな『だわね』のおばちゃん!」

『名前くらい覚えてあげてよ……マダームさんだよ……』


「旦那様。取り敢えず、このあと如何するの?」

「おう。まとめてぶっ飛ばす! レイグラヴィスも喜んでるぞー! お前今まで大地ばっか叩いてたもんなぁ……」

 さすられたレイグラヴィスは、まるで涙を流す様にキラリと煌めいた。


「でもこの量を一人じゃ流石に厳しいんじゃ無いかな! 私も禁術で攻撃する?」

「いや、ビナスはインビシブルハンドで戦場にいる兵士達を全員引っ張ってきて欲しいんだ。全力で戦うのに邪魔だし」


「でも折角の魔力解放をそんな事に使っちゃっていいの?」

「いいさ。なんか力が溢れ出してる気がするんだよ。あと、そろそろ『来る』だろうしね」


「??」

「ナナ、リンクは繋ぎ直したか?」

「おっそいのよこの馬鹿マスタァァァァ! どんだけ待たせるわけ? ーーっていうか何簡単に身体を空け渡してるのよ。私が居ないとすぐこんな目に合うんだから……駄目マスターめ! 死ね! もげろ!」


「うん、絶好調で嬉しいけど、ちょっと真面目に暴れたいからナビナナにチェンジで……」

「おかしい……日に日にマスターの中で、主人格である私より、ナビの存在の方が大きくなってきている気がするわ。気の所為よね……」

(きっと、それは気のせいではないよ)

 戦闘で最も頼りになる相棒だと評価鰻登りのナビナナは逆に反省していた。


「申し訳御座いませんでした。私が感情に任せてマスターとのリンクを切ったばかりに、生命神の罠に嵌められるとは……一生の不覚です」

「ナビナナのせいじゃ無いよ。君達ギャップあり過ぎ」


 話が終わると大剣を抜き、大きく頭上に掲げた。

「やっぱりいい剣だ。取り敢えずビナス、魔力解放するよ! 兵士達の避難を頼む! それと同時に俺が打ってでるから」


「はい! じゃ、じゃあいつものをお願いします……」

「おやおや〜久しぶりで緊張してるって事? 随分しおらしくなっちゃったねぇ」


「だってぇ〜! ふぐぅっ!」

 喋るビナスの唇を無理矢理塞いで舌を絡める。やっぱりこれもボールじゃ味わえないなぁっと、肉体の復活を喜んだ。


「さぁ! 戦闘開始だ!」

 久し振りに暴れようと、溢れ出る力の奔流を抑える事なく解放し始めた。

『神覚』を発動しても居ないのに、金色の神気が天へと昇りだす。


 復活した女神の無双が始まろうとしていた……

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