第135話 魔王アズラ、二重に追い詰められる。

 

「助けてくれミナリス、お前だけが頼りだ……」

 アズラは例の如く悩んでいた。麒麟と契約し、その力も大分扱える様になって来たこの頃。気持ちはそろそろ姫を追い掛ける旅に出ようと、張り切っていた矢先の事件。


「しかしですね……魔王様。今回はキルハの言い分にも同じ女として共感出来る所も有るのですよ。私は性別については特に関係無いですけど」

「ぐぬぬっ! まさかの裏切りとはこの事だぜ! あれは罠だ! お前も分かっているだろう?」

「お黙り下さいな!」


 言い訳を始める魔王の元へ、突如謁見の間の扉を開き『第二魔術部隊副長』のカルーアが現れた。その豊満な胸には襷(タスキ)が掛けられている。


 ーー『第二魔術部隊広報課』と大きく書かれていた。

「なぁ、いつから魔術部隊にそんな役職が出来たんだ。俺は聞いて無いぞ?」

「それなら私が許可しましたよ。国民に魔王軍の活躍を宣伝すると聞きましたので」

 第四暗部部隊隊長ミナリスのまるでーー

『今思い出しました』

 ーーそう言わんばかりの飄々とした態度に、アズラは口を大きく開いて愕然としていた。


 その様子を見つめるカルーアは、眼鏡の端をクイッと持ち上げて語り始める。

「既にレグルス中に向けてキルハ様と魔王様の結婚発表は知らしめてあります。時期王妃は現在シュバンの仕立て屋で、ウエディングドレスの試着を始めていますよ。魔王様も式の打ち合わせに参加下さいませ」

「おい! それも初耳だぞ! 何故キルハと結婚なんてせにゃならんのだ! 俺は旅に出るって言ってるだろうが!」


「成る程成る程……乙女の純潔を奪っておきながらーー『お前とは、所詮唯の遊びだったのさ!』ですか。これで次の巻の見出しは決まりましたね」


「待て。誤解を招く様な脚色をするんじゃ無い。誰も其処までは言って無いだろう? 正直、記憶が無いだけだ……」

「ふむふむ……『責任を取りたく無いから、記憶が無いと言い張る』と。そう語るA氏の眼光は野獣の其れに相違無かったと……そして、私の胸を凝視していたと……」


「待てぇぇいい! お前って、そんな積極的にキルハに協力する女じゃ無かっただろ? 一体何があったらそこまで変わるんだ! あれか? 洗脳でもされたのか?」


「これは契約なのですよ。キルハ様が王妃になれば、必然的に魔術部隊隊長の座は私のものです! それに毎日毎日人の胸を見つめて、血の涙を流される事も無くなります! あれ、正直ウザい事極まり無いんですよ! 視姦されるこっちの身にもなれってんです!」


「最後完全に素が出てるじゃねぇか! そんなよく分からん契約に振り回される俺の身にもなりやがれ!」

 激昂し合う二人の間に挟まれたミナリスは、俯いて沈黙していた。致し方あるまいと懐から一通の手紙を取り出す。


「魔王様。今回私がもう手遅れだと思い、手を貸さなかったのには理由があるのです。私だって逃げられるのなら、貴方と楽園にいるレイア様の元へ向かいたい……しかし、敵は我等の予想の一歩先を行く強者だったのです! 私は初めてキルハを恐ろしいと思いました」


「な、何を言ってるんだミナリス。我が軍はまだ負けていないだろう? 試合は終了なんてしていない筈だ! だって……俺もお前もまだ諦めていないんだから!」


「ふっ……この手紙を読んだ瞬間に、敗北を認めてしましましたよ。魔王様……心をしっかりと保って下さいませ。私は気絶しましたけどね」


「な、何故だろう。その手紙を読んだら俺は死ぬ気がする……」

 魔王と参謀の慌てふためく現状を眺めていたカルーアは、その眼光に絶対の自信を宿していた。


 ゆっくりと封筒から手紙を取り出し、読み始める。


 __________


 アズラへ


 久しぶりだね。元気にしてるかな? 俺は今ミリアーヌの北にある、冒険者の国ピステアの首都カルバンにいるよ。


 一度は離れた仲間達とも合流出来て、冒険者として楽しく活動してるんだ。


 ディーナやコヒナタ、それになんとアリアも元気になって側にいるよ。お前に会いたがっていたさ。


 そうそう。俺はGSランク、他の仲間達はSSランクになったんだよ? 凄いだろ?


 ジェーミット王とも仲良くなってさ、今回はレグルスの魔王の結婚式の話を聞いたので筆を取りました。


 アズラ……結婚するんだね。修行ばっかしてると思ってたのにちゃっかりやる事やってたんだな。


 話を聞いた時、何と無く寂しさと悔しさで泣けたよ。でも俺はアズラの主人だし快く祝ってやらなきゃな……


 今も瞼を閉じると、シュバンを出発する時にお前が言ってくれた台詞が思い浮かびます。


 でももう俺の事は追って来なくていいから、奥さんと……幸せに暮らして下さい。


 いつか、レグルスに立ち寄る事があったら一緒に酒でも酌み交わしましょう。


 最後に一言だけ、お祝いの言葉を贈らせて貰うね。


『元気でな。裏切り者』


 レイアより



 __________



「いっかあぁぁぁぁぁん! これガチで拗ねてる! 姫ブチ切れてますやん⁉︎ 違うとです! 裏切ってなんてなかとです! 卑劣な罠に嵌っただけですばーーーーい!」


「落ち着いて下さい魔王様。よく分からない方言が出てます。私の言葉の意味がご理解頂けましたか?」


「何故だ! ピステアどころか、ミリアーヌと交易なんぞしてない我が国の情報が、何故こうも簡単に漏れているんだよ! はっ⁉︎」

 まさかと首を勢いよく回し、睨みつける目線の先には冷酷な表情に口元を歪ませたカルーアが、憎々しげに眼鏡の縁を持ち上げていた。


「そうです。この計画の最大の障害、それは魔王様が『姫』と呼ぶ『紅姫レイア』です! キルハ様の命令の元精鋭を選出し、我々は先にその在り処を調べ尽くしたのですよ! 後は簡単です。ギルドを通じてジェーミット王に密書を送り、その者に伝わるように裏工作をしたまで!」


「そ、其処までするのか……」

「言ったでしょう? 私は初めてキルハを恐ろしいと思ったと……」

「逃げられませんよ? 国中がもう結婚式を周知して、宴と祭りの準備に動いていますからね。今更結婚式はやらないなんて言ったら、一体国にどれだけの損失を出してスラム行きになる家族が生み出されるか……」


「おい、外堀から埋める処か国の存亡かけてどうするんだよ。阿保か? お前ら本当は阿保なんだな?」

「魔王様御覚悟を……我々の楽園は失われたのです」

 静かに天井を見上げて泣哭に喘ぐミナリスを見つつ、必死に頭を働かせていた。何か、何か逆転の必勝案がまだ眠っているのでは無いか。

 このままあの絶壁に囚われなければならないのか、ーーそれだけは断じて否だ。


 そんな中、カルーアは真剣な面持ちで本題を告げる。

「魔王様。キルハ様の件は置いておいて、ミリアーヌで少々不穏な気配を感じました。情報は上手く隠蔽されておりましたが、どうやら東の国シルミルの勇者を筆頭に、西のザッファ、南の帝国アロが、連合軍を作り上げている様なのです」


「それが如何した? 人族の戦争なんざ関係無いだろう。姫が巻き込まれるなら話は別だが、北のピステアは絡んじゃいないんだろ? 狙いは大国シンか?」

「ここです。連合軍の狙いはレグルスですよ」

「はあっ⁉︎ 何でいきなり人族と戦争になるんだよ! その勇者は一体何を考えていやがる! 何が狙いなんだ?」


 ーー『邪悪な魔王を、聖なる勇者の名の下に討伐する』

「密偵の調査によると、こう公言していた様ですよ。他国にはレグルスを侵略した際の、人材、資源、土地等の譲渡を餌に説得した様ですね」

 先程とは違い、深妙な面持ちで地面を見据えながら、低い声色でミナリスに問い掛けた。


「港町ナルケアの周辺に軍を展開すれば、シュバンまでの侵略は防げるか?」

「いえ、それだけの規模の軍となれば五万は軽く超えてくるでしょう。きっと移動手段も確保している筈です。ナルケアを通って来るという確証はありません」


「戦争か……ギリナントの時とは、規模が違うな」

 ーー怒りに唇を噛みしめる。人族は本当に醜い奴ばかりだ。

「分かった。それだけの規模の軍ならまだ準備に時間はかかる筈だ。その間にこちらは各街や村々へ避難を指示し、ルートを読んだ上で罠を仕掛けよう! 指揮はミナリスが取れ! カルーアはサポートに回れ、キルハとジェフィア、イスリダを至急呼べ!」


「「はっ!」」

「距離と時間的にも姫には頼れない……俺たちだけで守るしかないか」

 遠く離れた憧憬を抱きつつ、女神へ縋りつきたい気持ちを振り切る。拳を握り締めて力強く大剣を掲げた。


「俺は姫には会うまで絶対に死なん!」

 その瞳に宿るは炎。レグルスの民の命を一身に引き受けた『魔王』の在るべき姿だった……



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