第122話 「Paradise Lost」3

 

『全てを守ってみせる』

 意志を固めた私は王城の謁見の間に呼ばれ、ジェーミット王の眼前で平伏していました。


「レイアよ、バンクムル将軍の暴走を止められなかったのは余に責がある。誠にすまなかった」

 ジェーミット王の横には二名の将軍が立っています。クロウド将軍にオリビア将軍だって、メムルさんが教えてくれました。


 本来ならこんな事をしてる暇があったらオルビクス城へ駆け出したい所なんですが、今回の相手は五万を超える魔獣です。

 きっと、その中には一緒に時計を作った執事やメイドの下級吸血鬼のみんなも混ざっている筈です。無力な私だけでは、みんなを止める事が出来ないと判断しました。


「その件についてはもう気にしておりません。私が今日ここに来た理由は、お力をお貸し頂きたく、懇願しに参った次第です」

「それは、カルバンに迫っておる魔獣の大群の件か?」


「はい……私の力だけじゃ止められないんです。大切な人達が今回こんな馬鹿な事件を起こしました。それを引っ叩いてでも止めて見せるんです」


「何か事情がある様だな。其方に頼まれる迄もなく、我らの国を脅かす敵を排除する為に軍は動くに決まっておろうが。冒険者達にも緊急依頼を出し助力を求めてある。其方もその中に加わってくれぬか?」


「勿論その予定ですが、私達は遊撃隊として動きたいのです。バンクムル軍と戦った時の事を知っていますか? 私の持つ大剣は凄まじい力を秘めています。落とし穴を作り、魔獣の足を止めたいのです」


「ふむ。確か霧を発生させて視界を奪った後に、その落とし穴に軍を叩き落としたのだったな。味方ながら恐ろしい事を平然と行うその力と判断力、末恐ろしいな」

「私が王の軍と戦う事はもう御座いません。この件が終わったら、この国を出て行くつもりですので」


「余としては、この国に残りバンクムルの空いた席を埋めて貰いたいと考えておったのだが、決意は変わらぬのか?」

 二人のやり取りを黙って聞いていたビナス、メムル、ザンシロウはーー

(えっ? そうなの? 聞いて無いんですけど⁉︎)

 ーー不意を突かれた言葉に、目を見開いた。


「はい。少なくともヴァンパイアの真祖、センシェアルと私はこの地を去ります」

「そうか……だが先ずはこの事態を収めなければな。是非其方達の力を貸してくれ」

「はい!」

 クロウド将軍とオリビア将軍と作戦会議を行う為に謁見の間を出ようとすると、私は引き止められました。

「あの……」

「えっ? 貴女は?」

 目の前には白いドレスを着たとても美しい女性が、真っ直ぐに私の瞳を見つめてきます。一体誰でしょうか?

 会った事があるのかな?


「私はピステア王ジェーミットの娘、ハーチェルと申します。こうして言葉を交わすのは初めてですが、会うのは二度目なのです。以前街道で魔獣に襲われた所を、貴女様に影より助けて頂きました。あの時のお礼を申し上げたくて、お父様に機会を作って頂いたのです」


「そうでしたか……申し訳ございませんハーチェル姫。私はダンジョン攻略中に記憶を失ってしまい、その事を覚えていないのです」

「ご主人様。その方の仰ってる事なら私とビナスが覚えておりますよ。間違いありません」

「そうですか。尚更申し訳ないですね……」

 正直身に覚えのない事で感謝されても、まるで、別人の事を言われてるようで嬉しくはありませんでした。


「道理で私の『色気見』に映る気の色が別人の様に変わっていたのですね。正直、フェンリルを従えている者だと貴女様を一眼見た時に、勘違いかと思ってしまいました」

「気の色が別人……か。ハーチェル姫、それはきっと勘違いではありませんよ。貴女様を助けたのはきっと私であって私では無いのです。いつか会えますから……待っていて下さい」


「えっ? それはどういう……」

「時間が無いので、話はまた後日に」

 謁見の間を出て歩き出すと、ビナスさんとメムルさんが私の手をそっと握ってくれました。慰めてくれているのでしょうか。不安そうな眼差しを向けています。


「大丈夫ですよ。今は迷っていられないんです。行きましょう!」


 __________



「斥候の兵の報告では、魔獣の大群がカルバンにたどり着くまであと二日前後だろう。籠城戦に持ち込むか、打って出るかが難しい所だ。冒険者達を含めた我等の戦力は凡そ二万」

「もんだいは、あいてがけんぞくってこと。つよい」

 クロウド将軍とオリビア将軍の言葉に私は俯きつつーー

『一緒にご飯を食べたみんなが、そんな酷い事をする筈無い』

 ーーそう叫びたい衝動を、必死で堪えます。


「取り敢えずよぉ、籠城戦は後にしようぜ? 相手にはカオスバットやウェアウルフが居るんだから、壁なんざ無いに等しい。絶対お前ら雑魚じゃ抑えきれねぇだろ」


「吸血鬼は空間を超えるスキルを持っています。私はこの目でレイア様の部屋に亀裂が入って、大剣が移動される瞬間を見ていますから、尚更籠城は無意味です。内部から崩されますよ」


「しかしザンシロウ殿、メムル、Bランク魔獣一匹を狩るのに必要な同ランク冒険者が五名だと言われる様に、相手の大群は殆どがBランクを超えている。中には我等と同じ、Sランクに匹敵する魔獣もいる筈だ。正面から勝ち目は無いぞ!」


「わたしはたたかうのすきだけど、むだじにはいや」

「ってな訳で戦神擬き。俺様の代わりに案を出せ」

「今度擬きってつけたら、アースブレイク食らわしてやりますよ」

「お、おう。わかった、わかったからその剣しまえ!」


「こほんっ! 予め落とし穴を作りましょう。私が魔獣の進行方向に大穴をあけていきますから、其れを表面上隠してカモフラージュして下さい。あと大網を用意します。罠に嵌って落ちた魔獣へ網を投擲して足を塞ぎましょう」

「ふむ。成る程」


「空中を飛ぶ魔獣には魔術部隊で対応して下さい。メムルさんは一緒に霧を起こす魔術師の選抜をお願いします。前回とは規模が違いますから。ザンシロウさんは適当に落とし穴を避けた魔獣へ対処を」

「バンクムルを嵌めた罠を最初から設置しておく訳か。動けなくなった敵を一網打尽にするのだな?」

「ざんぎゃく、すてきね」


 違います。誰も死んで欲しくないだけですよ。貴方達には敵でも、私からすれば一緒にご飯を食べて、時計作りに勤しんだ仲間なんです。時間を稼いで、その間に私達が屍人シトのみんなを止めるんですよ。


「それじゃあ、ピステア軍の配置などは将軍に任せます。私達は準備に取り掛かりますので!」


 その後、私はシルバに乗って進行方向にアースブレイクで大穴を開けていきました、途中からザンシロウさんが張り合ってきてーー

「どっちが大穴を開けられるか勝負だ」

 ーーとか言ってましたけど、レイグラヴィスには敵わなかったみたいで落ち込んでます。唯の馬鹿ですね。


「それじゃあ、兵士の皆さんはカモフラージュをお願いしますね」

 かなり疲労した私はみんなと家に戻って休む事にしました。一人でセンシェアルさんの元に戻ります。ビナスさんは気を使ってくれたのか、この家では私を避けているようです。きっと私が偽物だって気付いてるからですね。


 ーー部屋に入ると、絶界に閉じ込められて眠るセンシェアルさんへ、撓垂れ掛る様に寄り添いました。


「ただいまセンシェアル。恋人なんだから呼び捨てで良いよね? もう直ぐみんなを止めて、貴方の元に連れてくるからね。そうしたらみんなで違う大陸に旅に出ましょう? 戦いなんて無い場所でのんびりと色んな発明品を作りながら暮らすの。結婚式だけはしっかりとした所でやりたいけど、我儘は言わないよ。誰に恨まれてもいい。私は私のままがいい。絶対に消えたりなんかしない……貴方の側にいるわ……」


 気の所為かもしれませんが、ほんの少しだけセンシェアルの瞼が動いた気がしました。

 きっと、貴方もこの中で戦っているのでしょう。私は先程と同じ様に口元にキスをしてベッドに横になります。


「明後日か。絶対に止めてみせる……」

 私は疲労からそのまま眠りにつきました。


 予想だにし得ない惨劇は、此処から始まったのです……


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