第119話 クラドの苦悩の日々 5

 

『ピステア領内、ヨナハ村』


「美味いのう〜! モビーの肉鍋は絶品じゃぁ〜!!」

「ディーナ様? 食べながら喋らない。テーブルに口の中の物が飛び散ってます。不愉快です」

「まぁまぁ、漸くレイアさんの進んだ痕跡に辿り着けたんですから、今日位はしゃいでも良いじゃ無いですか! 本当にこの鍋は美味しいですし、是非作り方を教えて貰いたいです!」


「ほっほっほ。こんな老いぼれの料理で良ければ、幾らでも教えてやるさね。美味しそうに食べて貰えて私も嬉しいよ。レイア様はこの村の恩人だからねぇ。私ら真女神教の信者からすれば、あんたらを無碍に出来る訳がないだろう?」

「その真女神教って、旅の道中やたらと耳にしましたけど一体何なのですか? レグルスが発祥だという事は聞きましたけど……」


「あんたら仲間なのにそんな事も知らないのかい? 真女神教はレイア様を崇め奉る新しい信仰団体さね。帝国アロにしか加護を与えてくれない旧女神教よりも、世界を回りながら奇跡を巻き起こすレイア様の方が、よっぽど私ら村人からすれば女神に相応しいだろう?」

「それはそうですねぇ」


「それに、どうやらレイア様の教えを受けたマッスルインパクトとかいう真女神教の使節団が竜に乗り、大陸問わず困った村や町の問題を解決しながら、布教活動に勤しんでいる様だよ?」

「あ、あの人達〜! あれ程エルムアの里を護る為に残れと脅したのに、まだ凝りませんか⁉︎」

「主様を崇める宗教の誕生とは、これまた厄介ごとの臭いがプンプンするのう……」


「みんな元気で頑張っているんだなぁ。真女神教かぁ、僕も入ろう」

 コヒナタは激怒し、ディーナは呆れ、クラドは瞳を輝かせていた。

 この旅でレイアの凄さを勝手に誇張していたクラドからすれば、あの人こそ信仰するに相応しいと神格化していたのだ。それは即ち二人それだけ苦しめられた事実を物語っていた。


 密かに企んでいる。レイアにあったらどうすれば、この二人に大人しく言う事を聞かせられるのかを絶対聞こうと。

 ーー旅が終わっても、関係が切れる訳では無いのだ。今後の為に、その知識だけは絶対に必要だと決意していた。


「明日には首都カルバンに向けて旅を再開するからのう。モビーよ、主様に何か変わった事や相談された事は無かったかぇ?」

「それは私も是非聞きたいですね。この村にいた時のレイア様の話をどうかお聞かせ下さい!」

「ぼ、僕も興味があります! お願いしますモビーさん!」

 モビーはこの村で繁殖期の魔獣達と戦い、悪魔デモニスを倒し、更にはフェンリルまで仲間にした一連の事件の流れ話し聞かせた。

 ーー三人は興奮しながら、まるで英雄の物語を聞く子供の様に目を輝かせている。


 そして、モビーは最後に女神が残念がっていた事案を思い出して語ってしまった。

「そう言えば、レイア様がこの村から旅立つ前日に一つだけ大変残念がっておった事があったのう」

 ディーナとコヒナタはガバッと立ち上がりモビーに顔面を近付けてーー

「「それは一体何ですか(何じゃ)⁉︎」

 ーー激しく問い掛けた。


 クラドはまた始まったと、最早新しく目醒めた第六感、もしくはリミットスキルといっても過言では無い『緊急トラブルセンサー』が 警鐘を鳴らしている。

 ーーこの後のモビーの台詞で、僕はまたこの二人に振り回されるのだと……

 この時、本当にクラドにはとあるリミットスキルが目醒めつつあったのだが、それに気付くのはまだ先の話。


 モビーはレイアの最後の台詞を三人に伝える。

『森にキングキバピグがいてさ。正直あんな使い道をするより、食ってみたかったよ。キバピグでこの美味さなら、きっとこのぶつ切り肉鍋にキング種を使えば滅茶苦茶美味しかったんだろうなぁって、ーーまぁ、今更遅いかな? また此処に来れた時にでも、探してみるよ!』


 その台詞を聞いた瞬間に『しゅた!』っと竜姫とドワーフの巫女は立ち上がった。

「あ、あのぉ〜もしかして……」

「ん? 何をしておるのだクラドよ? 狩りに行く準備をせい」

「お弁当の準備も忘れないで下さいね? 今夜中には生け捕りにしますよ。早く立ちなさい」


 決意の表情を浮かべ、立ち上がると同時に宣言した。

「今日という今日は言わせて頂きます! 僕は行きません! この家に残ってモビーさんに料理を習っていますからお二人で捕まえて来て下さい! どうして毎回毎回戦えない僕を、危ない所に連れて行くんですか⁉︎」

「腹が減った時に困るからじゃ!」

「誰が迷った時に料理してくれるんですか!」

 ディーナとコヒナタは考える迄も無く即答した。最早イントロドン! のレベルだ。


「ほんっとぉぉぉに素直な人達でぼかぁ涙が出ちゃいそうですよぉぉぉ! そこは心を揺り動かす様な、マシな台詞位言えぇぇ!!」

 血の涙を流しそうな慟哭を響き渡らせる少年を見て、二人はボソボソと相談する。

「どうしましょう? あの子きっと反抗期ってやつですよ?」

「そうじゃなぁ……坊やだからのう……」


「ここはお姉さんらしく優しい言葉の一つや二つかけて上げるべきだと思うんですよ。森に連れ出しちゃえばこっちのものです。一人では危なくて帰れませんからね」

「おぉ! コヒナタよ、お主だんだん主様に似てきたのう。確か初めてシュバンに着いた頃、主様もそんな顔をしてアズラを囮にしようと企んでおったぞ!」

「えっ⁉︎ 本当ですか? えへへ……嬉しいよぉ〜!」

「羨ましいのう〜? どれ、此処は四百年以上生きておる妾が、あんな小僧一人誑かして見せようぞ!」


「貴女にはその胸があるのです。恐るものなぞ何もありません! メロメロにしちゃいなさい! ご飯の為に!」

 クラドとモビーは空いた口が塞がらない。何故、この人達は当の本人に丸聞こえな音量で内緒話を始めるのだろうか……

 そして子供の僕相手に、色仕掛けが通用すると思っている時点で、馬鹿丸出しだと何故気が付かないのか……


「クラドとやら、お主苦労しておるんじゃのう。辛くないか?」

「ありがとうモビーさん。貴女のその一言で僕はまだ頑張れます」

「ババァのお節介じゃと思って聞きなされ。お主があの二人を御するのは無理じゃ」

「知ってます。でも諦めたら、僕は今まで何度死んでいたか分かりませんから……」

 ーー其処へ、竜姫がいつもより少し胸を開けさせて近付いてくる。


「クラドよ。大人しく妾のご飯を作っておれば、突く位なら許してやるぞ?」

「突きません。僕にマーニャを忘れるなって言ったの何処の誰ですか? 思い出せこの馬鹿竜」

「そ、そうじゃったぁぁあ!」

 ディーナはがっくりと地面に崩れ落ちた。その様子を見ていたコヒナタが、溜息を吐いて近付く。


「しょうがありませんねぇ……クラド君はまだ子供だからあんな大きい胸よりもこっちの方が良いんでしょう? 本当に突くだけですよ? これはレイア様のですからね?」

「突きません。せめてマーニャより大きくなってから言って下さい。言っておきますが、負けてますからね?」

「ぐふぅっ!」

 コヒナタは吐血しながら地面に崩れ落ちた。最早その姿に言葉はいらない。遠く離れた空の下でキルハが敬礼している姿が脳裏に思い浮かんだ。勿論二人は出会ってなどいない。


「良いからキングキバピグを捕まえて来なさい! どうせそれをピステアで肉鍋にするのは僕なんですから! 言うこと聞かないなら、レイア様に肉鍋を作らないのは二人の所為だって言いますからね⁉︎」

 無言で紅華とザッハールグを装備する。やれやれと呆れるクラドに向かい、泣きながら捨て台詞を叫んで走り去った。


「クラド君のバカぁぁぁぁぁ!」

「クラドのアホぉぉぉぉぉぉ!」

「いや、捨て台詞ですら、もうちょっと考えましょうよ……」


 翌朝、キングキバピグを動けない様に木にグルグルに巻き付け、根幹ごと引き抜いた状態で運びながら、スッキリした顔をして帰って来た。

 レイアへの土産が増えて嬉しそうに歓喜していた。その様子を見てモビーに己の予想を告げる。


「もしかしたら森の魔獣が全滅していて、生態系が今後荒れ狂うかも知れませんので、その時は名指しでピステアのカルバン冒険者ギルドにパーティー名『紅姫』宛で依頼を出して下さい。タダで引き受ける様に僕から伝えておきますから……本当にすいません……」


 モビーはそんなまさかと笑っていたが、後日村の狩人達から話を聞いて青褪めた。ヨナハ村周辺の魔獣達はディーナとコヒナタのストレス発散の為に一匹残らず滅ぼされていたのだ。


 間も無く三人はレイアと再会を果たす事になる。誰もが想像さえしなかった戦場の中で……


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