第117話 胸が高鳴った瞬間。
「一体、如何してこんな数が攻めてくるんですか?」
キサヤさんは眉を顰めて、困った様な相貌を浮かべながら教えてくれました。
「しょうがないわよ。私達は元々人間に嫌われているもの。それでも今までピステアとはお互いに不干渉を貫いていたんだけど、前回は……ね?」
「私を助ける為に、戦っちゃったからですか?」
「勘違いしないで? 攫う為の間違いよパンツ姫様。そういう命令だったって言ったでしょ?」
「そうでしたね……でも私はもう争って欲しく無い! 彼方にビナスさんやザンシロウさんが居るとしたら余計に嫌です!」
我儘かもしれません。世界は優しく無いのかもしれません。でも、目の前にいる人達を守りたいんです。
ーー傷付いて欲しく無いんです。
「成る程。パンツ姫の望みは理解した。ならば、我が出るしかあるまい」
「いけませんよ! センシェアル様自らが前線に出るなど、屍人として許せる筈が御座いません!」
「それならば、拙者達が出陣するでゴザル!」
「あっしらは死なないでやんすからね」
センシェアルさんは己を止めようと立ちはだかる三人に向かい、優しい口調で悟らせる様に語り掛けていきます。
ーーこの人、こんな顔も出来るんだなぁ。
「我に嘘を吐くのは許せんなぁ屍人達よ。とっくに気付いておるのだろう? お前達は『不老』ではあっても『不死』では無い。四肢を斬り裂かれようと動けるお前達も、限界以上の肉体的損傷を受け、再生能力を上回る攻撃を浴び続ければ消滅してしまう存在なのだ。真祖である我とは違うのだからな」
「そ、それは、確かに仰る通りですが……」
その言葉を聞いた瞬間に押し黙ってしまいました。みんなになんて言葉を掛けて良いのか判らずに、困惑しています。
ーー不死じゃないなら、前回のザンシロウさんとの戦いの時、本当は危ない状況だったという事?
「我には秘策があるのだ。パンツ姫を悲しませる事なく、こちらも無事なままピステア軍に撤退して貰う秘策がな!」
「す、凄い! 流石はセンシェアルさんです! そんな策士みたいな事も出来るんですね⁉︎」
「任せるのだパンツ姫よ。大人しく城で待っているが良い。戻ったらまた皆で食事を食べよう! 時計作りも進ませねばならんしな」
「はい! 信じて待っています。キサヤさんがさっき聞いてくれたのですが、彼方にいる私の仲間にはシルバが伝言を届けてくれるみたいですから安心して下さい」
「ワフウゥゥ!」
『主を哀しませない様に、しっかりと頼むぞセンシェアル。乗れ。途中までは送ってやる』
「言われるまでも無いわ」
珍しくシルバが背を低くして私以外を背に乗せる様です。いつもは嫌がっていたのになぁ。
それに比べて、屍人のみんなはこのまま行かせていいのか躊躇っている様です。私は無事に争う事なく終わってくれる様に祈っていました。
銀狼に乗って、城門を出発するヴァンパイアの真祖の背中を見送りながら……
__________
「それでザンシロウ殿。貴殿の仰っていたレイアという冒険者は、城に捕らえられて居るのだろうか? まだ無事だと思うか?」
「ふむ。クロウドとか言ったかぁ? 戦神は簡単にやられる様な雑魚じゃねぇから平気だろ。問題は記憶が無ぇから弱体化している事だが、あの大剣の力があればそれも微々たる問題の筈だぞ?」
「GSランク冒険者にそれ程の評価を受ける存在なのか……恐ろしい事だな。無事救出出来ると良いが」
「少なくともお前さんは一撃で負けっから、喧嘩売るのはやめとけ?」
「売るわけ無いだろうが! 寧ろ即時撤退する!」
「お前さん、仮にも将軍だろうが……」
ーー其処へ桃色の髪を靡かせ、眠たそうな目をした女騎士がトボトボと歩いて来る。
「どうでもいいからたたかおう? まちくたびれた」
「オリビア、自軍で待機だと指示しただろう? 大人しく戻るんだ!」
「わたしにめいれいすんな……」
欠伸をしながらゆらゆらと揺れていたオリビアは、一瞬でクロウドの眼前から消え去り、その首元へレイピアを突き付けた。先端が数ミリ刺さっており、血が滴っている。
「さすがGSランク。ぬれそう」
「こんな時に喧嘩してんじゃねぇよ……馬鹿共が」
ザンシロウはオリビアの動きを正確に捉えており、動き出しに合わせて今より一歩でも踏み込めば腹が斬り裂かれる寸前の胴体へ、翠蓮を添えていた。
ーー突如繰り広げられた紙一重の攻防に、脂汗をダラダラと流しながらクロウドは一人胃痛に苦しむ。
「チッ。お前さん達がチンタラ遊んでる間に敵さんがお出でなさったぞ? ーーってあれはもしかして真祖か? 拙いな。下手すると全滅すんぞ?」
「なっ⁉︎ 最初からセンシェアルが出て来るだと‼︎ そんな事前代未聞だぞ!」
「えものが、むこうからでてきただけでしょ」
シルバに跨ったセンシェアルは、ピステア軍とオルビクス城の丁度中間部分に降り立つと、己の背後に広がる大地へ手を翳し、強大なオーラを巻き起こしながら叫んだ。
『爆地破砕!』
ーーゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオォォォォォーーッ‼︎
地震を起こしながら、大地に裂け目が生まれていく。両端を五十メートル以上離された、底の見えない絶壁が、世界の果てまで繋がっていると勘違いさせる程の規模で拡がった。
「聞け! 人間達よ。我はヴァンパイアの真祖センシェアル! 我を倒さん限り、此の先へ進む事叶わぬと知れ! 勇気がある者は掛かって来るがいい!」
警告は遠く離れたピステア軍の兵士一人一人へ恐怖と共に刻み付けられた。先程の大地の崩壊を見て、それでも戦意を喪失させない程の屈強な兵士などおりはしない。
ーー「ば、化け物だ……」
ーー「無理だよ。あんな規格外な存在相手に対して、俺達に何が出来るって言うんだよ!」
ーー「無駄死になんじゃ無いか? 撤退した方が……」
兵士達は己を鼓舞する訳でもなく、撤退する訳でもなく逡巡していた。そんな中、少しずつジリジリと後ずさる兵士の横を桃色の陰が疾る。
「おくびょうなやつは、され」
レイピアを構え、駆け出すのはピステア軍将軍が一人オリビア。その動きはまるで疾風。両者の離れていた距離は、みるみると縮まっていた。
「ふむ、やはり向かって来るか。『空間固定』」
四角い透明なキューブが周囲へ次々と生み出されていくと、それは上空へ舞い上がり、城への攻撃を守る様に展開された。
「わたしなんて、がんちゅうにない?」
その台詞と同時に右手に持ったレイピアをセンシェアルの胴体へ突き刺した。防御も抵抗もせず貫かれた状態から右手首を掴むと、レイピアを無理矢理引き抜き、その身体を思い切り放り投げる。
空中で回転しながら地面に着地すると、同時に駆け寄り、再び銀閃を放ちながら右太腿を突き刺した。どんな反撃が来るかと警戒するオリビアの手首をまたもや掴もうと動き出した瞬間に、顎に向かい膝蹴りをカウンターで浴びせる。
それでも真祖は止まらない……次は足首を掴まれるとまた遠くへとぶん投げられた。そんな戦いとも言えない攻防が数度続いた後、流石におかしいと違和感に気付くのだ。
「まさか……うそでしょ?」
「…………」
疑念を覚えたオリビアは一度その場を退く。試して見ねばならないと。無言のセンシェアルへ背中を向けて自軍へ歩き出した。
「せなかをみせても、やっぱりこうげきしてこないのね。ふざけてる……」
クロウドは戻って来た桃色髪の将軍を叱責した。
「何を考えているんだ⁉︎ 真祖相手に無謀過ぎるぞ貴様!」
「あいつ、たぶんこうげきしてこないよ。ゆみたいをまえに」
「はっ? そんな訳無いだろうが!」
「クロウドよぉ、取り敢えず試してみようや。俺様も何かしらの違和感を感じてるぜ?」
「ザンシロウ殿までそう仰るのか……ならば……」
この両名がそう提言するのなら、本当に何かがあるのかも知れないと、弓隊を前進させ一斉に矢を放った。
連続して降り注ぐ大量の矢をその身に受けても、センシェアルはピクリとも動かない。全身に突き刺さった矢は再生と同時にポロポロと地面へ落ちて、矢の山を積み上げていく。
「やっぱりだ。あいつちかづかなければ、なにもしないきだよ」
「巫山戯ているのか⁉︎ 我等を何だと思っているのだ!」
ザンシロウは前へ進み出る。その気にさせてやろうじゃねぇかと口元に笑みを浮かべたその時、隠れているシルバから念話が届いた。
『主は無事だ。それに救出もこの争いも望んでいない。センシェアルはその願いに応えてこの様な行動に出ている。カルバンへと撤退する様、軍に進言してくれ』
『あぁん? 戦神が彼奴にこんな馬鹿な真似をさせてるって言うのか?』
『いや、今行なっているこの行動は、奴の勝手な判断だよ。どうやら秘策とか言っていたがな……今頃主も呆れているだろう』
『そうかよ。カルバンに残して来たビナス達に、何て言やぁいいんだ?』
『じきに此方から戻ると伝言を頼みたい』
『チッ。分かったから早く記憶を取り戻して再戦しろと伝えておけ!』
『主の今の状態に、記憶は関係無いと思うがな……ビナスに聞けば分かるだろう。メムルも感じているかも知れない。では、私は主の元へ戻る』
『おい! そりゃあ一体どう言う事だ⁉︎』
その台詞を最後に、シルバは神速で大地の裂け目を遠回りしながらオルビクス城へと戻った。遠目には無数の矢をひたすら撃ち込まれ、それでも無言で仁王立ちするセンシェアルの姿。
ーーシルバは素直に感嘆する。馬鹿かも知れないが、凄い男だと。
___________
「あの人もやっぱり馬鹿だったんだ。何が秘策ですか。あんなの無茶苦茶ですよ……」
私は遠く離れたセンシェアルさんに、寒々しい視線を向け呆れていました。あんな力技が秘策なんて呼べる筈もありません。でも、私との約束を真摯に守ってくれるその姿に、喜びを感じずにはいられませんでした。
「凄まじい。あれが真祖の力……」
「あっし達を生み出した存在……」
「初めてみるわ……」
「もう少し、もう少しだ……」
屍人のみんなは真祖の凄さに圧倒されています。先程までは心配していたのに、どうしたんでしょう?
其れから矢が無くなるまで撃ち尽くしたピステア軍は、槍兵を前進させて、センシェアルさんを取り囲み刺し貫いていきます。しかし、その槍を掴んで、次々と兵士達ごと放り投げる姿は圧巻の一言でした。
ーーあんなに血を流して本当に大丈夫なんでしょうか? どうか無事に帰って来て欲しい。
夜中もその攻撃は続き、朝日が昇り始めた頃、次第にピステア軍は撤退を始めました。シルバがうまく伝えてくれたのでしょうか?
一万近い兵達が見えなくなった後に、空間の裂け目から城へと転移して来ました。私は叱りつける為に駆け寄ります。
ーー説教してやるんですから!
「馬鹿! あれのどこが秘策ですか! こんなに傷付いて……何か大事があったらどうするんですか⁉︎ みんな心配したんですよ⁉︎」
ーーあれ……私泣いてる? 何でだろう、涙が止まらない……
そんな私の頭に掌をのせて、クシャッと髪を撫でると、この人は子供みたいに無邪気に笑っています。冷徹な姿など微塵もありませんでした。
「すまんな! だが、約束は守ったであろう? さぁ、今日も皆でご飯を食べようじゃないか! なぁ、パンツ姫……で、出来れば手作りがう、うれひい! あぁぁ、また噛んだ……」
ーートクンッ!
この瞬間、私は確かに胸が高鳴る音を聞いたんだ……
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