第110話 レイアVSピステア軍 2

 

 ピステアは冒険者の国である。力こそ正義では無く、ーー冒険者ランクこそ正義なのだ。


 ピステア国王ジェーミットはSSランク冒険者として数々のダンジョンを制覇し、溢れる財を惜しみなく国を潤せる為に使った名君と評されていた。

 そして三人の元Sランク冒険者である将軍が率いるピステア軍は、他の国の侵攻を許さない鉄壁の強さを誇っている。最低でもBランク以上の冒険者しか、軍には入隊出来ないからだ。


 首都カルバンに住む冒険者は、規律に縛られる事なく冒険者として気儘に生きる事を望む者もいれば、ランクを上げて、将来的に収入が安定しているピステア軍への入隊を目指す者とで分かれていた。


 ーー『どの道を選ぶも己次第。生きたい様に生きろ』

 ジェーミットは軍を拡大もしないし、縮小もしない。全てを決めるのは己の選択次第だと民に宣言しているからだ。

 しかし、自由の意味を履き違えて蜜を啜り、邪魔する者を蹂躙して生きていく者は、何処にでもいる。

『将軍バンクムル』元Sランク冒険者。齢五十五にして、まだまだ己の欲を満たしきれないこの男は、非常に焦っていた。


 権力を傘に、女も、金も、食も、装備も、服も、家も、美術品も、馬も、欲しい者は何でも手に入れてきた。邪魔する者は、己の力で排除すれば良いからだ。


 ーーそれはつい最近の出来事。バンクムル将軍は国王ジェーミットに玉座の間へと呼ばれる。

「久しいなバンクムル。なに、堅苦しい挨拶はいらん。頭を上げよ」

「はっ! 王もお変わりないその覇気。相変わらず凄まじい膂力を秘めておりますな」

「世辞は良い。お互い、寄る年波には勝てんだろうて」

「ははっ! 我輩はまだまだ色々元気ですぞ? 人生はこれからですから!」


「そうか、貴様のそういう気炎溢れる所を余は嫌いでは無いのだがな。ーー西のザッファに我が国の情報を流して、見返りに財を得る生活は楽しいか?」

 ジェーミットは微笑みながら玉座に座ったまま、覇気を巻き起こす。バンクムルは王の本気に一瞬で身体が凍りついてしまった。


「……はっ⁉︎ な、何を。お、お戯れが過ぎますぞ。お、王よ?」

「戯れが過ぎるのは貴様だよ。先日、お忍びでハーチェルがザッファの懇意にしている商人の元へ自ら出向き、貴様の数々の悪事の証拠を掴んで来たそうだぞ」


「デタラメだ! 西の国ザッファが、我輩を嵌めようとしているに違い無い!」

「逆だろう? こんな話もあったな。ハーチェルが帰路の途中、魔獣の群れに襲われたそうだ。運良く見知らぬ御仁に助けて貰ったがな。国に着いてから馬車の底を調べたら、魔獣を誘き寄せるマジックアイテムが取り付けられていたそうだぞ。 何故ハーチェルは狙われたのだろうなぁ? 心当たりはあるか?」


「そ、そんな事は、我輩には関係無いでしょう」

「そうか、貴様には話しておらなんだな。ハーチェルのリミットスキル『色気見シキミ』はな、人の気が見えるだけではなく、誰が何に触ったかまで気の痕跡を辿れるのだよ。どうやら、貴様の気の色は灰色らしいぞ」


「ハーチェル姫が適当を申しているだけかも知れないではありませんか! かつて互いに命を預け合い、数々のダンジョンを潜り抜けた我輩を疑うのですか? 変わりましたな王よ!」


「……変わったのは余ではなく貴様だ。後日、貴様には罰が降るだろう。先に話してやったのは、かつての友としての情けだ。大人しく罰を受けるか、他国に逃げるなり好きにするがいい。心配しなくても貴様の後釜には、先程話をしたハーチェルを助けてくれた御仁に褒賞を含めてお願いするつもりだ。どうやらSランク冒険者の試験もクリアした様だしな。これ以上話す事は無い。去れ」


 ーー「うぐうぅぅぅううっ」


 両拳に力を込め、歯を噛み締めながら悔しさにブルブルと震えながら城を去り、カルバンの居住地区にある己の豪邸へと戻った。

「なぁぁぜぇぇえだぁぁあぁ! 小娘如きが調子に乗りおって! あの時、魔獣に仕留められておればこんな事にはならなかったのだ! 何処の誰だか知らんが邪魔しやがってくそがぁぁぁぁ!!」


 暴れて部屋を滅茶苦茶に破壊すると地下に向かい、泣き叫ぶ獣人の女奴隷を死ぬまでいたぶり尽くして、己の狂った性欲を果たし続けた。

「まだだ。まだ我輩は終わっていない。ハーチェル姫を亡き者にして、その冒険者に罪をなすりつければいいのだ。まずはその冒険者を捕らえるか。腕のいい冒険者ならば軍を動かさねばな……ジェーミットに勘付かれる前に動く為には、六千程が限界だろう。情報も集めねばならん。急がねばな」


 その後、部下からフェンリルを従えて検問を通ったというメムルの情報を集め、冒険者ギルドに何食わぬ顔で出向いたバンクムルは、旧知の間柄であるギルドマスター、マイルビルからレイアの情報を得る。

 家に見張りの部下を配置し、クエストなどで外出するのを待っていたのだが、当のレイア本人が帰って来ず、苛立ちと焦燥感が限界を迎えていたのだ。

 このままでは罪をなすりつける前に、国から罰を受ける羽目になってしまうと……自由が終わると……


 そして今日、メムルの家からフェンリルとメイド二人が飛び出したと言う情報が入った。

「待っていたぞぉぉ! ここしか無い。全てを覆せるのは今日しかないのだぁぁ!」

 あらかじめ待機させていた軍を動かすと、他の将軍には軍事演習だと報告を出し、レイア達を追う。


 穴だらけな計画。己の自由を奪われてたまるかという焦りから、正常な判断さえ出来なくなっていたバンクムルは、全てをレイアの所為だと本当に心から信じていた。


 思い込むのでは無い、本当に自分は何も悪くなくて嵌められたのだと『信じている』のだ。

 ーー悪意は記憶を失った偽物女神へ、最悪のタイミングで襲いかかる。


 ___________



「ねぇ、本当にあの人達の狙いは分からないの? 私達が何かしたんじゃ無いのかな」


 記憶が無いからわかん無いけど何でこんな人数が私達を狙うのかな。普通じゃ無いよね。ザンシロウさんが強いからかな。うぅ〜怖いよぉ。


「ご主人。恐れる必要は無いっすよ! このチビリーが五百人は倒してやるっす!」

「うん、残り五千五百人はどうしたらいいのさ。自信満々な割に、現実的な数字を導き出すのはやめてよ」

「ばっかやろう戦神! 気合いだ! 気合いと根性で世の中の出来事は大体何とかなる! だが一つ問題がある事は事実だ!」

 今、気合いと根性で何とかなるって言ったばかりなのに、直後に問題発生を告げるとか、この人どういう神経をしてるんだろうね……きっとアホなんだな。可哀想に。


「それで、問題って何ですか?」

「ふっふっふ! 聞いて驚け! 俺様はな、魔術も使え無いしスキルも無い。剣技何ぞ知らん! つまりだ。多人数を一度に相手にする技も無いから負ける事は絶対ないが、確実にお前らの方まで抜かれるな! 隊を分けたりされたら最初から拙い! だって俺様の身体は一つしかねぇんだからよ!」


 あっ。やっぱりこの人アホなんだな。ビナスさんもメムルさんも呆れた顔をしてるね。何でチビリーさんはちょっと、はぁはぁしてるのかな?


「おい下衆男。貴様のさっきまでの自信は何だったのだ? 四千人は倒すとか言ってただろうが!」

「向かって来てくれれば四千人位ぶっ飛ばしてやるっつーの! 向かって来てくれればな!」


「と、とにかくあっちの軍隊を足止め、もしくは罠に嵌めないといけないよね。ザンシロウさんに向かう様にすればいいの?」

「おう。向かってくるなら正直全員相手にしても俺は勝てるぞ。死なない、いや死ねないからな!」


「成る程。メムルさんちょっと相談していいかな。魔術で氷が出せるなら、同じ様に霧って出せる?」

「ミスト系はあまり得意ではありませんが、目くらまし程度であれば何とかなりますよ」

「うん、十分だよ。相手の注意を地面から逸らしてくれれば良いんだ」

 私はある作戦を思い付きました。罠といえばやっぱりあれでしょう。


 ザンシロウさんに説明しても分かってくれなそうだったので、配置だけ教えて後は残りのみんなで準備をします。

 ピステア軍も突入の準備にかかっている様で、隊が動いていますね。直ぐに来られた方が困るのに、慎重な人が隊長なのかな?


 それから三十分程でこちらの準備は整いました。ザンシロウさんが緑色のオーラを纏っていきます。


 ーー作戦開始ですね。


 __________



 バンクムルは馬に跨り、己の槍を掲げると軍に向かって叫んだ。

「全軍に告げる! 彼処に見える者達こそ、姫を暗殺しようと企み、西の国ザッファから放たれた間者だ! 遠慮はいらん。捕らえた者には純金貨百枚を褒美として与えよう! 早い者勝ちだぞ! 全軍進めぇぇぇぇ!」

「「「「うおおぉぉぉぉおおお!」」」」

 ピステア軍の給料は高い、だがそれでも生活に苦しむ者はいるのだ。純金貨百枚という金額は、欲望を刺激するのに十分な額だった。

 また、バンクムルの軍には『性格に問題がある者、金が好きな者』が集まっている。


 将軍にするならこの人だと、自らの誇りより欲望に主を置く者達は、将軍に憧れを抱いていた。

 ーーこの人は全てを手に入れる男だと。


 狂ったバンクムルと、欲望に駆られ興奮の坩堝に嵌るピステア軍の攻撃が始まった……

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