第111話 レイアVSピステア軍 3

 

「な、何故こんな事になった……」

 目の前に広がるのは己が軍の壊滅する姿でも、狙った冒険者を蹂躙する姿でも無い。


 ーー道を防ぐ様に、遠くまで続いた大穴。

 将軍バンクムルは何が起きたのか理解出来なかった。

 先程までいた六千近い兵は散り散りになっている。恐怖に飲み込まれた者は逃走を開始していた。

 己の命の方が金より大事だと考えるのは、兵としての矜持の低さからだろう。


「助けてくれぇぇぇぇぇっ!」

「彼奴が来る! 何なんだ! 何も通じない! 悪魔だぁぁぁぁぁぁっ!」

「将軍! 援護をお願いします! 我々では此奴を止められません! どうか、どうかぁぁ!」

 大穴から兵士達の絶叫が木霊する。この底では一体何が起きているというのかーー

 ーーバンクムルはただ大穴の底を見つめながら、一歩も動けないでいた。


 __________



 ピステア軍が迫って来ます。私はシルバの背中にビナスさんとニ人で跨りながら、戦場を駆けていました。

 もともと此処は何も無い草原です。ちょっと位穴が開いても怒られないよね。


「シルバ。メムルさんと離れても話が出来るんだよね? 指示に従って、私に正確な位置を教えて頂戴?」

「ワウゥゥゥッ!」

「いい子。頑張ったら、後でいっぱいブラッシングしてあげるからね!」

「ワゥッ? ワオォォォォン!」

 分かりやすい子です。そんなに嬉しいのかな。取り敢えずザンシロウさんは配置に着きました。次は私達の番です。いきますよ〜!


「チビリーさん! 最初は退いて、打ち合わせた場所まで敵兵が攻めて来る様にしかけて下さい!」

「分かったっす! 鬼さんこーちらーっす!」


 何で異世界なのにそんな台詞は残ってるのかなぁ。私の他にも異世界人がいるのかも。今は取り敢えず、作戦を成功させないと。


「メムルさん! 霧の準備に! ビナスさんは、さっき言ってた魔術のサポートを!」

 どうやらビナスさんは封印されていても、他人の魔術にある程度の干渉が出来るらしいです。正直そこら辺は私にはチンプンカンプンなのでスルーしましたね。


「旦那様! 敵軍が霧の中に突っ込んだよ。そろそろいける!」

「早いなぁ……チビリーさんが言う様に、強い人が集まってるんだね。でもごめんなさい! 私はまだ何も分からないまま死にたく無いんだ! 異世界をもっともっと知りたいの! 記憶を取り戻すんだぁぁ!」


 私は背中の大剣『レイグラヴィス』を抜きました。鞘が真の姿を現して輝き出します。普通目立つのは剣だと思うんだけどなぁ……

「ごめんね! 『アースブレイク』!」

 シルバの背中から飛び降りると同時に、レイグラヴィスを思い切り大地に叩きつけました。兵達が進む道がひび割れて崩壊していきます。

 さっきは目を瞑っていてよく分からなかったけど、この大剣やっぱり凄いんだなぁ……


「な、なんだぁ⁉︎ この地響きは⁉︎」

「霧で何も見えません、これは、ーー地面が割れてる⁉︎」

「退避! 退避だぁぁぁ!」

 私は直ぐにシルバの背中に乗ると、次のポイントまで向かいました。同じ様に『アースブレイク』で大地に大穴を作っていきます。


「押すなぁぁ! 落ちる! 落ちるってえぇぇっ!」

「うるせぇ。さっさと進めや馬鹿が! 俺が獲物を頂くんだぁぁ!」

「次行くよ! シルバ、全体に気づかれる前に急いで!」

「ワオォォン!」

 ピステア軍の人達は狙い通りに霧のせいで前が見えず、大穴に気付いても、後ろから迫る自軍に押されてどんどん私の開けた落とし穴に落ちていきます。


 えっへん! やっぱり罠と言ったら落とし穴ですね。世界が違ってもこれは鉄板ですよ! テンプレってやつですね。


「さぁ、どんどんいくよ? ビナスさん、メムルさん、サポート宜しくね! チビリーさんは……まぁ、適当に」

「はううぅぅぅぅん! そう、その感じっすよご主人! 放置プレイっすね⁉︎」

「いや、違うけど。何故か指示したく無いだけだよ……」

「はぁっ、はぁっ、罵られてるっす! 今自分、最高に罵られてるっすよぉぉ!」

「いや、違うからね! 私を巻き込むのやめて欲しいだけだからぁ!」

 変態嗜好には付き合ってられません。スルーして大穴を開け続けました。


 ーーさて、本番はこれからですよ?

「ザンシロウさん、こっちの準備は出来ましたよ! 後はよろしくお願いしますね!」

「おうよ! 任せとけ戦神! えげつねぇ技を目の前で見せられて疼いちまったよ! 掛かって来いや雑魚どもぉぉぉぉ!」

 落とし穴を繋げて、その先端にザンシロウさんを配置しました。これで前進していた軍の殆どは穴に滑り落ちて、視線状に並びます。

 後は、最後尾の兵士をチビリーさんとメムルさんが倒せば私達の勝利ですね。


「えっへん! 何かの漫画で読んだ作戦が現実に行える! これぞ異世界生活ですよね! さぁ、私達は後退して状況を見ますよ」

「旦那様、シルバが自分も戦いたいって言ってるよ?」

「駄目です。前線に行っちゃったら、誰がか弱い私達を守るんですか? 貴方は私達の要なんですよ。私は絶対あんな怖い戦場には飛び込みたくはありません。もしそうなった時は、全力で逃げるのです!」


「シルバが旦那様も戦えばいいのでは? ーーって言ってるよ」

「全く。この子は分かっていませんね。記憶があった時の私と今の私は違うのです。怖い時は逃げる! 何度も言わせないで下さい! 私はか弱いんですよ!」


 ビナスさんとシルバが目を合わせて首を傾げていますね。何でしょう、とても失礼な話をされてる気がしますが、今はスルーです。


「さぁ、ザンシロウさんは頑張っていますか? あの人がこの作戦の合否をわけるのですよ!」


 __________



「何だ? 落とし穴なんていつの間に掘ったんだ。ダンジョンじゃるまいし、あり得ない」

「どっちに行けばいいんだ。次々と味方が落ちてくれるぞ! 上では何をしているんだ」

「多分、霧で目を眩まされているんだ。この穴がある事自体、背後から追い掛けて来た奴等は知らない筈だ」

「取り敢えず進もう。先から壁を登ればいい!」


 落とされたピステア軍は、上から降ってくる自軍を避ける意味も兼ねて先に進みだした。何処かしらに這い上がれる場所があるだろうと。


 ーーそこへ、ザンシロウが現れる。


「なぁなぁ。俺様と遊んでくれねぇかい? 最初に言っておくが、俺様の首を取れば金貨十万枚じゃ済まない位の報酬がもらえる筈だぞ? なんせ俺様はGSランク冒険者だからな」


 その台詞に兵達は生唾を飲み込み打ち震えた。自分達が憧れ続けた先にいる、伝説とも呼べるGSランクの冒険者が目の前にいるのだ。

 半信半疑に聞く者もいたが、中にはザンシロウのオーラを感じ取り、汗が吹き出るを堪える程の強者もいた。

「「「うおぉぉぉぉぉぉっ!」」」

「いいねぇ。中々の気合いだが足りねぇな。俺様を相手にするのにそんだけ雁首揃えておいて、作戦一つも無く特攻ってのはどういう事よ。舐めてんのか?」


 翠蓮は抜かなかった。抜く必要すらないという事もあったが、それ以上にレイアからーー

『絶対に殺さない事! 人は殺しちゃ駄目!』

 ーーそういう指示を受けていたからだ。

「ったく。甘い女になっちまいやがって。まぁ記憶が戻って再戦するまでは従ってやるさ」

 拳を構え、迫り来る四千以上の兵達に向けて、只管にボディーブローを放つ。


 ーー如何に攻撃されようが。

 ーーメイスで頭を叩き潰されようが。

 ーー剣で腹を突かれようが。

 ーー槍で心臓を突かれようが止まらない。

 ピステア軍からすれば、それは悪夢だ。

 魔獣だろうが仕留めて来たBランク以上の、つまりAランクも混じった兵士が腹パン一発で次々と沈んでいく。

 相手はたった一人。さっきから致命傷を幾度も与えている筈なのに何故、一体何故だと混乱、困惑は拡散していく。それはたった一人の叫びで爆発した。


「うあぁぁぁぁぁ! 化け物だぁぁぁぁ!」

 敢えて意識しなかった言葉、思っていても口にするのを堪え続けたキーワード。それが吐き出された時に、全ての負の感情は爆発した。

「「「助けてくれぇぇぇっ!」」」

 逃げ出す者、恐怖に怯えて身体が竦む者、そして己の力量に自信を持ち、立ちはだかる者。


「漸く美味そうな獲物だけが残ったか。ーー来いよ? 俺様とやるんだろ?」


 四千人近くいた兵は、お互いを潰し合い逃走を始めていた。しかし、ここは大穴の深部。逃げ出すにも壁を這い上がらなければならず、思うようにいかない。

 残った兵は、その時間を稼ごうという勇気ある元Aランク冒険者の者達だった。


「一つ聞いていいかねぇ。お前さん達なんで俺達を狙った? あいにく此方には心辺りがねぇんだよ」

「……将軍の命令だ。あの方が言うなら嘘だろうが我等は従うまで。家族には別れを告げてきた。遠慮無く来い」


「彼の方の今回の命令は、何かがおかしい。我等とてそれ位理解はしているのだよ。しかし、それが一体どうした? こういう時のために我等は冒険者を辞め、ピステア軍に入ったのだ。上司の命令に従えない部下が居ては、規律は守れんだろう」


「ふむ……腐った奴ばかりでは無いっつー事か。まぁ、ぶっ飛ばすのは変わりゃせんよ。掛かって来いや」

「「参る!」」


 ザンシロウの頭部ギリギリを槍が掠めた。頬から血が滴り落ちる。両足に向けて二名が挟撃を仕掛け、膝に剣が刺し込んだ。

「今だぁぁぁっ! 『ストライクインパクト』!」

 真正面から大剣を構えた兵士が、剣技を放って斬り掛かかる。ーー連携による連続攻撃は、見事だと言わざるを得ない程に、鍛錬されたものだった。

「お前さん達に手加減は失礼だな……すまん戦神。また約束を破っちまうわ」

 するりと翠蓮を抜き、目の前に迫る大剣を根元からバターの様に真っ二つにすると、その勢いのまま迫ってきた兵の胴体を横一文字に両断した。


「ぐああぁぁぁぁ!」

「ハンスッ! 畜生ぉぉぉ! 隙を与えるな! Sランク魔獣だと思って対処しろぉ!」


 十人以上の元Aランク冒険者の兵達が、一斉にザンシロウへと向かう。お互いの邪魔になら無い様に死角をつく者、背後から連撃を仕掛ける者、打ち合わせも無いままに、経験から連携を取っていた。


 しかし、そのどれもが無意味ーー

「馬鹿どもが。こんな事で命を賭けやがって。男の矜持にゃ、応えてやらん訳にはいかねぇだろうが!」

 ーー翠蓮を真正面に構えるとスキルも無い、剣技なんて呼べるモノでもない、ただ最大の力で振り下ろして兵達の顔面を一刀両断した。


 一振りしかして無い様に見える無数の剣速に、気付けた者はいない。その場を、静かな沈黙が支配していた。

 翠蓮を納刀して再度歩き出す。大穴を抜け出そうと足掻き続ける馬鹿達に、鉄槌を食らわせる為に。


「やっぱり戦なんぞサシの勝負に比べたら楽しいもんじゃねぇな。そう言えば彼奴が言ってたっけな。

『人を一人殺すより、一人守る事の方が、僕には何倍も大変で価値ある事だ』ーー

 ーーだっけか? 俺にはまだ分からねぇよ。あーあ、まだ届かねぇかな、ソウシには……」


 ザンシロウは、深い溜息を吐きながら歩き出す。


 ーー未だ終わらぬ戦場へと……


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