第105話 クラドの苦悩の日々4

 

「今頃クラドの奴は、妾達に騙されたと思って泣いている頃じゃろうなぁ」

「えぇ、私達が真犯人を見つけて、事件を解決したと知った時の驚く顔が楽しみですね。きっと私達を尊敬の目で見つめるに違いありませんよ」

「ぬふふっ。妾も偶には頭が良いのだという所をクラドに見せてやらねばのう! して、準備は出来ておるかぇ?」

「はい、村長さんには既に眠って貰っています。さぁ、行きましょうか。真犯人を捕まえに!」


 ディーナとコヒナタは家を出ると洞窟には向かわずに、そのまま村長宅を目指して歩き出した。

 扉を開けて無断で家の中に入ると、ベルヒックが簀巻きにされ、猿轡を咬まされ倒れている。


「んーーんん、うむぅーー!」

 猿轡を外すと、一気に怒鳴り出した。


「一体何のつもりだぁ! いきなり気絶させられたかと思えば、こんな目に合わせるなんて君達は盗賊か何かだったのか⁉︎」

「黙れい悪党がぁ! 村の者達の目は誤魔化せても妾の目は誤魔化せんぞ! 己の悪事を洗いざらい白状せい!」

「な、何の事だ⁉︎ 意味が分からないぞ! 一体君達は何を言ってるんだ?」


 コヒナタが一歩前に進み出て説明を開始した。

「まず、貴方の言葉遣いです。村の人達に対して訛りが無さすぎる! それは、貴方がこの村の出身では無いからでは無いのですか?」


「そ、それは確かにそうだ。俺は元々南の帝国アロで兵隊をしていたが、脱走した所をこの村の亡き妻に助けられたからな。まさか⁉︎ 今更俺に追手が掛かったというのか? 君達がそうなのか?」


「んっ? それは違うのじゃよ。妾が言いたいのは、お主が嘘をついているという事じゃ。隠していても妾の鼻は誤魔化されんぞ! その手にこびり付いた血の匂い。そして、お主しか見た事が無いという名無し様という存在。導き出される答えは一つじゃ! 魔獣なぞおらん! お主が自作自演していた証拠じゃろうが!」


「その通りです! だから余所者の私達に事が露見するのを恐れて、あんなに必死に追い返そうとしたのでしょう? 完璧な推理です。それに残念でしたね。洞窟には私達の仲間が証拠を掴みに向かっているのですよ。洞窟内に何も無ければ、私達の正しさが証明されます。観念しなさい!」


「……君達は馬鹿なのか?」

 ベルヒックはわなわなと震えていた。二人は、きっと己の悪事を暴かれて悔しいのだろうとドヤ顔で見下ろしている。


「あのな。俺は元々帝国アロで軍医もしていたんだ。この村で村長をしているのは、皆が困った時に助け続けた事を感謝してくれて、みんなが俺を選んでくれたんだよ。昨日も、森で獣に襲われて足を切り裂かれた村人の治療をしていてね。血の匂いが染み付いてるのは当たり前だ」


 ーードワーフの幼女の表情が徐々に青褪める。竜姫は未だ気付いていない。


「あと、君達を追い返そうとしただったかな? 見ず知らずの旅人を生贄の代わりに差し出す方が、よっぽど外道だと思うがね。俺しか魔獣を見ていないのは、洞窟には近づかない様に徹底させたからに決まっているだろう? 好奇心で村人が犠牲になるのを見てたまるものか! わかったらさっさと拘束を解け! そこの馬鹿二人!」


 ディーナはコヒナタの耳に口元を寄せて、相談を開始する。

「のうコヒナタよ? こやつ嘘を言っておらぬ感じがするのう。間違えた場合、妾達はどうなるかのう?」

「それは非常に拙いですね。全く無関係な人を犯人扱いして、拘束したとなれば犯罪者は私達ですね」

「それは嫌じゃのう。よし、しらばっくれて逃げるとするかぇ?」

「それがいいでしょう。私に任せて下さい」


 ーーコヒナタはベルヒックの縄を解くと、それはそれは慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。


「危ない所でしたね。私達は迫り来る名無し様から、村長を守る様に依頼を受けて来た冒険者だったのですよ。ここで暫く待っていれば、無事に事件は収まります! 良かったですね」


「そ、そうだったのか……ありがとう、本当にありがとうーーーーなんて言う訳ないだろうがぁ! 説教は後だ! それよりも、君達の仲間が代わりに生贄になっているのだろう⁉︎ 助けなければ、本当に拙い事になるぞ⁉︎」

「そうじゃった! 急いで洞窟へ向かうぞ! 神降ろしで案内を頼むのじゃ。クラドが危ない!」

「はい! 偉大なる鍛治の神ゼンよ。初代巫女マールの血を受け継ぎしコヒナタが願い奉り候。この身に御身の神力を宿らせ給え!」

 神降ろしを発動し、鍛治神ゼンが降りる。

『おっ! 儂の可愛いコヒナタじゃないか! 爺ちゃん寂しかったぞぉー? 今日はどうしたんだい?』

「お知恵をお貸しください。いつも私達と側にいた子供、クラド君の正確な位置をお教え下さいませ」


『あの子なら、いつもコヒナタと居たから気で直ぐに分かるぞ』

「ありがとうございます! 行きますよ! ゼン様が感知出来ました!」

「おう!」

 村を飛び出し、全力で疾駆しながらザッハールグを右腕にセットしてベルトを締めた。


「「間に合え!」」


 __________



 一方籠を洞窟前に置かれ、一人取り残されたクラドは、どうしたものかと悩んでいた。


「多分、あの人達の作戦は僕を囮にして魔獣を倒すっていう、普通の人が考えそうな事とは違う筈だ。きっと、言葉遣いが違う村長さんが実は余所者で犯人だとか、意味わからない真似をしているに違いないーーすると僕に助けは来ない訳か、困ったな。取り敢えず村に戻りたいけど、地理も分からずに歩くのは逆に危険な気がする……」


 お前本当に子供かって程の冷静なプロファイリングで仲間の動向を推測していた。

 ある意味、これも信頼の証だろう。


「本当に魔獣がいるかどうかだけでも確認するか。ここに居ても始まらないしなぁ。どうせ向こうから来るなら、こっちから見て隠れた方が早い。いざとなったら守ってね、マーニャ」


 深愛のネックレスに軽く口付けをする。この旅の間、辛い時にはこうして己を鼓舞して耐えて来た。精神的にも強くなれたのは、亡きマーニャのお陰だと信じている。


 ーー暗い洞窟の中を暫く進むと、薄っすらと内部に明かりが見えた。


「やっぱりおかしい。この洞窟は竜が住むには小さすぎるし、あの明かりは人工的な物だ。何者かが細工をしている。じゃあ、村を襲う竜巻っていうのは魔術の類なのか? それに何で籠に置いていかれた僕を迎えに来なかったんだ?」

 音を立て無い様に、静かに明かりの導くままに進む。


 ーー其処には、驚くべき光景が広がっていた。

「ま、まさか……そういう事か……」

 村で最初に門番をしていた若者達が、せっせと作業を繰り返していた。後から村長と歩いて来た若者も後方にいる。

 何をしているのかを理解したくも無かったが、気付いてしまった。

 己が奴隷から解放されエルムアの里に馴染んだ頃、噂はマッスルインパクトから聞かされていたからだ。


 ーー『人体コレクター』ーー

 数々の臓器が緑色の培養液に漬けられている。目、鼻、耳、髪、脳、皮膚、腕、足、胸、心臓、内臓の隅々までバラバラにされていた。

 それを指示しているのは、執事服を来た老人だ。豪華な魔術師の杖を持っている。村人は指示に従って動いている様だ。


「この数は、村の生贄だけじゃ足り無い。他の村にも同じ様な手口で生贄を差し出させているのかーー早く二人に助けを求めなきゃ!」


 ーードゴッ!

 入り口へ駆け出そうとした瞬間、頭部へ鈍い衝撃が奔り意識を失った。


 __________


 目を覚ますと、岩の台に両手足を鎖で固定されて寝かされている。


「おやおや? そのまま眠っていれば、痛い目に合わずに済んだものを……」

「うぅっ……僕は気絶させられていたのか。貴方は誰なんですか? 何でこの村でこんな事をしてるんですか?」


「残念ながら、これから解体される貴方は知らなくて良い事なのですよ。私の主人は変態でしてね。仕事はできる優秀な方なのですが、この嗜虐趣味だけは止められ無い様でして、誠に頭が痛い事です。巻き込まれた貴方には気の毒ですが、知られた以上はね……」


 執事は顎で村の若者へ合図をする。その手にはノコギリを持っていた。

「知られたくなかったのなら、どうして僕達を村に入れたのですか? 今考えると、反対する村長を説得している様にも見えた。一体何故?」

「おら達の目的は、お前の連れの女どもだぁ。あんな上質な女を監禁して、子供を産ませた後に解体出来ると思うと堪らねぇだよ。巻き込まれたお前は、ここで死ぬしかねぇべさ」

 クラドは成る程と納得した。一緒にいるから麻痺していたが、あの二人は確かに絶世の美女には違いないんだったなーー

「まぁ、マーニャには負けるけどね」

「死ねぇぇぇぇぇ!!」

 ーー村人がノコギリを振り下ろすと、金属音を立ててノコギリは弾かれた。


「な、なんだべ⁉︎」

 クラドの身体を薄い光が覆い、結界が包んでいる。死の危険が迫り深愛のネックレスが発動したのだ。

「僕を殺せるのはマーニャだけだ。お前らなんかに殺されて堪るものか!」

 村人を鋭い視線で睨みつけると、見知った声が洞窟内に響いた。

「はっはっはっ! 言う様になったのうクラドよ、今のお主は中々いい男じゃぞぉ! 主様には及ばんがなぁ」

「えぇ、確かに中々ですがかっこ良かったですよ。レイア様には及びませんがね」

 暗闇からディーナとコヒナタが出て来る。


「来るのが遅いですよ二人共! 村長さんはちゃんと解放したんでしょうね?」

 クラドの質問に、二人は目を見開いて驚愕した。

「お主、いつの間に『千里眼』のスキルを身につけたのじゃ⁉︎ それとも主様と同じ『心眼』かぇ?」

「な、ななな、何を言ってるんですかクラド君? 村長さんはむ、村で無事ですよ?」


「バレてますから言い訳はいいです。それより、この状況を見て理解して貰えましたか? 早く拘束を解いて貰えると助かるんですけど」

 ディーナは紅華を構えると、一瞬でクラドの寝かされている台座へ迫り鎖を断ち斬る。

 コヒナタはザッハールグ『一式』で村人と執事を一気に巻きつけて拘束すると、ゼンから降ろしてもらった神気を放ちながら、尋問を開始した。


「今回の首謀者を吐きなさい。私達にはのんびりしている時間は無いのです。頭を叩き潰しますよ?」

「「「ひいぃぃぃぃ!」」」

「おら達は何も悪くないだよぉ! この人に命令されて、仕方なくやらされていたんだべさぁ!」

「なっ⁉︎ 取引を我が主人に持ち掛けて来たのは、貴方達でしょうに!」


 その瞬間、村の若者の一人の頭部はーー

『グチャッ!』

 ーーザッハールグから発射された鉄球で潰された。


「なすりつけ合いとかいいんですよ。私達は格好良いタイミングで出る為に、そこの陰に隠れて聞いてましたからね」

 その台詞を聞いた途端、ディーナの顔が急速に青褪める。その表情を見たコヒナタも、己の失言に気付いて焦り出した。

「へぇ……僕がピンチの時に隠れて話を聞いてたんですか……成る程。深愛のネックレスが発動する程に僕が死の危険に晒されるまで、隠れてたんですねぇ? 着いていたのにも関わらず……」


「ち、違うのじゃよ⁉︎ コヒナタがまだ出るのは早いと申すから、妾は仕方なく我慢したんじゃ!」

「なぁぁ⁉︎ 妾達の失敗をチャラにするいい機会じゃぁ! とか言ってたのはディーナ様でしょうがぁ!」


「二人とも後で説教です……とりあえず事件を解決させましょう。執事さん。主人の名前と居場所を吐けば、命は助けて差し上げますよ。村の人達も一緒です。どうですか?」


「は、話すだ! おら達を雇ってるのは大国シンの貴族、ブラハット男爵様だ! ここから北のテールヌの町の屋敷へ。いつもこいつらを運んでるだ! 竜巻や竜の幻はこの執事の魔術なんだべ! た、助けてぇ!」

「馬鹿者! 情報を吐いたら始末されるに決まってるでしょうが⁉︎」


「いえ、僕達はこれ以上は何もしません。大体予想通りでしたしね。貴方達の処分は、村の人達に決めて貰います。執事さんは道案内に着いて来て貰いますけどね」

 鎖で犯人達を巻き上げたままコヒナタが引っ張り上げ、ディーナと三人で村へ戻ると事情を説明した。


 ベルヒックも、村の者達も、特に今まで我が子を差し出して来た大人達は、怒りを抑えながら言葉を紡ぐ。

「本当は御礼を言いたい所だが、正直ショックが隠せない。しかし、こいつらの処分は我々に任せて貰えないだろうか? もうどうするかは、皆の目を見れば分かる。私も同じ思いだ……」


「綺麗事を言う気はありませんが、後悔をしない選択をして下さい」

「君は凄いな。正直あの馬鹿者二人より、遥かに大人に見えるぞ……」

「その節はご迷惑をお掛けしました。ですが、あの二人は凄い人達なんです。僕なんかが到底及ばない位に。だから、こっちも必死なんですよ」

 クラドはベルヒックに別れの挨拶を交わすと、ディーナとコヒナタの元へ歩き出した。


「お礼としてしっかりお米を頂いておきましたよ! じゃあ最後の解決は二人にお願いしますからね」


「任せよ。速攻で決めるぞ! コヒナタ!」

「一撃で両方決めましょう! ディーナ様!」

 白竜姫形態に変化して、背中に巫女と執事を乗せて飛び去った。

 クラドは馬車を引きながら、別行動を取り北を目指す。


 白竜姫は天地を轟かす咆哮の後、今まで村人が苦しめられてきた洞窟に向かい、極大の迦具土命カグツチを放つと洞窟を燃やし尽くし、消し飛ばした。

 そのまま北のテールヌへ向かうと、執事を解放する。

 屋敷へ逃げ帰った瞬間に、ドワーフの巫女はザッハールグを構え、ゼンに降ろして貰った神気を全て込めて叫んだ。


「いっけえぇぇ! 『鳴神』!」

 ーー神の裁きに等しい眩い雷光が、街全体を輝かせる。

 屋敷を頭上から跡形も残さずに消し去ると、竜が街に現れたと人々が騒ぎ出し、混乱するテールヌを去りクラドの元へ戻る。


「終わったぞ。妾は疲れた。寝るから飯時になったら起こせ?」

「私も神気を使い過ぎました。眠りますからまた後で……」

 眠る二人を見ながら、やれやれと毛布を掛けてあげる。


 村を離れてから、信じられない程の早さで自分の元へ戻って来た二人を、優しく見つめていた。

「やっぱ、凄すぎて敵わないよなぁ。今日のご飯は美味しいものを作らないと煩そうだ。何にしようか……」


 クラドは悩みながらも笑っていた。

 三人の旅は、もう少し続く……

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