第104話 クラドの苦悩の日々3
人族の大陸ミリアーヌへと渡ったディーナ、コヒナタ、クラドは馬車に揺られながら北のピステアを目指して北上していた。
中央の大国シンの領土内に入ると、休息の為に見かけた村へ寄ろうとする。
「もどかしいのう。妾が飛んで行けば、早いのじゃないかぇ?」
「そう言ってこの前飛んでたら、大騒ぎになって軍に追い立てられたのを忘れましたか? あんな風にいちいち逃げてたら、それこそ時間の無駄ですよ」
「人族の大陸で竜種は珍しいですからねぇ。でも着実にピステアには近づいていますから、もう少しの我慢ですよ! 僕の料理のレパートリーも、こうやって色々な場所に寄って増えてますからね。ピステアに着いたら、本格的に料理の勉強がしたいなぁ」
「クラド君。目覚めましたね……」
「うぬ。ここまで料理にハマるとは思わなんだ……」
クラドは毎日の様に料理を作らされ、その度にコヒナタとディーナの無茶な要望に応えていくうちに、みるみると料理の腕を上げている。
それと同時に、不味いものを作った後の二人のプレッシャーに耐え続けていくと、精神的に強くもなっていた。
ーー悟りを開いた修行僧の様な穏やかな顔で、空を眺めている。
暫くして村の入り口へ近付くと、突如鍬を構えた二人の若者が馬車を止めた。
「お前達、こんな時期にこの村へ何の用だべさ!」
「んだ! 怪しい奴らだべ! 今村は大変な時期なんだ。近寄るでねぇ!」
「お、落ち着いて下さい。僕らは旅の冒険者で、北の国を目指して旅をしている所なんです。この村には宿を貸して貰おうと立ち寄っただけですよ」
「いきなり慌てて何なのじゃろうなぁ? 無礼な奴らじゃ」
「ちょっとクラド君に任せて、話を聞いてみましょうよ」
不機嫌になったディーナは、馬車へ戻って寝転ぶ。
クラドは村人を興奮させない様に、静かな口調で語りかけた。
「何かのあったのですか? 話によってはこの方達が力になれるかも知れませんよ。かなり強いですから!」
「「ふぁ⁉︎」」
ドワーフと竜姫は一斉に驚きの声を上げるーー
(何勝手なこと言っちゃってるのこの子? 絶対に嫌なんですけど? 私達は一泊して食材を補充したら、さっさとレイア様のとこに向かいたいんですけど? ねぇ? 嫌なんですけどぉ!)
ーー全力で拒否したいと、目で訴えていた。
華麗にスルーする。最早このプレッシャーにも慣れてきていた。
「そ、そうなんだべか⁉︎ それは助かるだよ! おい、長に報告だ!」
「村の中で待たせて貰っても宜しいですか?」
「あ、あぁ! こっちにきてくれぇ。これも女神様の導きかも知れねぇだよ」
ディーナはあっさりと自分達を招き入れる村人に目を見開いた。身分証も確認せず、今の言葉だけで村に入れてしまうなら、己ら何の為に入り口で門番しとったんじゃと呆れたのだ。
「クラド君。村に入れたその手腕は褒めて差し上げましょう。しかし、何でこんな村の悩みまで解決しなきゃならないんですか? 私達は世直しの旅をしてるんじゃ無いんです。レイア様に会う為に、旅をしているんですよ? 忘れたなら、頭を叩き潰しちゃいます」
「落ち着いて下さいコヒナタさん。話を聞くだけなら損はありませんし、こういう村は大抵中に入ってしまえば、追い出したりは出来ない筈です。料理を食べてから考えましょうよ!」
「何か、クラドの口がどんどん上手くなって来ている気がするのう。純粋な可愛い子供じゃったのに……」
そこへ、村の若者を引き連れた、四十代前後の村長にしては若そうな男が歩いて来た。
「初めまして! 俺はこの村で村長をやらせて貰っているベルヒックという者だ。『メントス村』にようこそ旅の冒険者様。そして、申し訳無いがお引き取り願いたい。今この村はある祭りの最中で、君達を巻き込む訳にはいかないんだ」
「事情を聞かせて貰えませんか? お力になれるかも知れませんよ」
ーーベルヒックは苦い顔で、重々しく口を開いた。
「毎年この時期になると、俺達が『名無し様』と呼んでいる神様に、供物として村の若い女を捧げているんだ。いつの頃からか、祭儀を行わないと家や農作物が巻き起こる竜巻で吹き飛ばされ、まともに暮らしていけなくなった。だが、お前達には関係ない事だ。下手な真似をして、名無し様の逆鱗に触れたらたまったもんじゃないからな」
コヒナタは顎を抑えて、考察すると質問を始めた。
「その神様の姿は、誰か見たんですか?」
「いんや、おら達村の若いもんが後をつけた事はあったんだが、それが怒りに触れちまったみたいでよぉ。次の日村の農作物が吹き飛ばされちまってから、追うのもやめたんだぁ。長もやめた方が良いっていうしよぉ」
「俺は、初めて村の娘を祭壇の洞窟に連れていった時に見たんだよ。恐ろしい竜の化け物を……あれが名無し様に違いない。長として、これ以上の犠牲は出せんのだ!」
「成る程。じゃあ私達に出来る事はありませんね。食料だけ買わせて下さい。お疲れ様でした」
「コヒナタさん? 面倒臭さそうなメーターを超えたからって、さり気なく会話を終わらせるのやめて下さい。本当に、レイアさん以外の事には無頓着なんだから!」
「しかしですね、この人達が関わって欲しくないって言っているのですから、私達が余計な真似をする必要は無いのです!」
そんな中一人黙っていたディーナは、とても愉快そうに笑みを浮かべながら提案した。
「コヒナタよ、気が変わったわい。ちょっと面白そうじゃしなぁ。妾に名案があるのじゃが、耳を貸せい。」
「もう! そうやってディーナさんはコロコロ寄り道しようとするんだからぁ……はいはい、何ですか?」
ゴニョゴニョっとその名案とやらを告げると、コヒナタは驚いた表情を浮かべた後、ディーナと同じ様に楽しそうに嗤い出した。
「良い案です。えっと、村長のベルヒックさんでしたっけ? その竜とやらを、倒して差し上げましょう。あと、村の娘を用意する必要もありません。私達の中に適任な者がいますから」
クラドはその話を聞いて、成る程と頷いていた。
コヒナタは見た目だけならロリ幼女だ。供物になる娘の代わりにも丁度良いし、これが名案か。
「成る程! ディーナさんにしてはいい作戦ですね! 村の娘の代わりを演じて、現れた名無し様を倒すんでしょう?」
「ん? うむ。その通りじゃよ! ーーと言う訳で村の者達よ? どう転んでもお主らに損はあるまいて」
村の若者達は歓声を上げて喜んでいた。どうやら今年供物になる筈だった少女は、村でも器量のいい者だったらしい。
ベルヒックだけは何かを考え込んでいたが、ゆっくりと頷いた。
「分かりました。よろしくお願い致します。冒険者様」
「うぬ! 任せよ。『しっかりと』解決してやるのじゃよ」
__________
村には宿はないと言われ、使われていない家を一軒借りて、身体を休めながら夜までどうするかと話し合っていた。
「どうしたんですか? ご飯を食べた後、コヒナタさんを籠に乗せて運ぶ準備をするんでしょう?」
「ま、まぁ似た様なもんじゃから、気にするな。さて、コヒナタ時間が無いぞ! 早速準備に取り掛からねばな!」
「え、えぇそうですね〜? 私は村の女性達の元を回って素材と服を借りて来ますね! ついでに手伝って貰って来ます」
「う、うぬ行ってくるのじゃ! 妾はもう少し休んでおるよ」
「何か二人とも変ですね。お腹でも減ったんですか?」
気にするなと首を振る二人に対して、不穏な空気を感じ取ったクラドだが、この時はまだ分かっていなかったのだ。
二人が愉快に嗤っていた意味を……
料理の準備を終え、皮袋を持って帰って来たコヒナタと、寝ていたディーナを起こして一緒に食事をとる。
「この村では、この黄米という食べ物が主食らしくて分けて貰えました。以前レイアさんが食べたがっていた食材に似ていませんか?」
「ふむぅ。確かにこんな形をしていると言っておったのう」
「是非、依頼を解決して大量に分けて貰いましょう。レイア様へのお土産になります」
「そうですね! そろそろ準備をしなくて良いのですか?」
「え、えぇ。そろそろ開始しようかしら。ねぇ、ディーナ様?」
徐ろに立ち上がると、ディーナは一瞬で少年の視界から姿を消し、紅華を首筋に打ち込んで気絶させた。
ーー「うっ……」
ーー「頑張って下さいね。クラドちゃん!」
__________
「名無し様、鎮まり下さい。名無し様、お召し上がりください。名無し様、今宵の供物も美しい者を用意致しました」
籠を持つ村の者達が、唄を歌いながら籠を担いで洞窟へ向かっている。
「んっ……ここは? あれ? 何か浮かんでる。何で僕はカツラなんて被ってるんだ? それに、この服は村の女の子達が着ていたものだよね。あれ? 二人は?」
クラドは子供だが頭がいい。自分の状況と外を覗き見て籠で運ばれている事、自分が今村の女の子と同じ格好をしていることから、全てを理解した。
「成る程ね……全て分かりましたよ。あの笑顔の意味が……」
天に轟く程に絶叫した。
「あの二人もう嫌だぁぁぁぁ! 助けてレイアさぁぁぁん!」
薄暗い洞窟に向かう籠の中、生贄の代わりにされたクラドちゃんの慟哭だけが響いたのだった……
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