閑話 ナナの秘密。

 

 レイアとのリンクを絶ったナナは天界の小部屋を出て、自分の上司である大天使の元へと飛ぶ。

「絶対に許さないわ……」

 自分でも何故こんなに怒っているのか理解出来なかったが、暫くすると大天使の住まう空間に繋がる扉が見えて来た。

 クリスタルで出来ている透明な扉を勢いよく開くと、中には静かに椅子に座っている八枚羽根の大天使が居り、ゆったりとした口調で語り掛けてくる。


「突然どうしたのですか? それと、扉を開ける時はノックをしなさいと何回も言っているでしょうに」

「今はそんな事どうでもいいのよ。今回の件について説明して貰うわよ。大天使マリメアス様?」


「アリアを地上に向かわせた事ですか? それなら私の判断ではありませんよ。第七柱戦神バッカス様のご指示です。しかし、悪食メルゼスもあの無理矢理次元の狭間から抜け出た男、ザンシロウも貴女には倒せない存在だったのは事実。何をそんなに荒ぶっているのですか?」

 その瞬間、主人格の意識は閉じ、瞳の色が青から黒へ変わる。

「久し振りねマリメアス。主人格のナナには眠って貰ったわ。堅苦しい話し方は止めていいわよ」


 マリメアスは勢い良く盛大に溜息を吐いた。表情も先程までの精悍さが失せている。

「やっぱり奈々の仕業だったか。何で目覚めているんだ? 一体いつの間に……」


「ナナのスキルが、ある一定以上まで上がってくれたからね。少しずつだけど意識を取り戻して、封印を削っていったのよ。それよりどういう事? 今回のこれは、明らかに契約違反よね」

「仕方が無かったのだ。戦神バッカス様はアリアに一部力を譲渡していてな。自分の渡した神槍バラードゼルスで暴れる姿が見たかったのだろうよ。いかに大天使といえど、神には逆らえないさ」

「何を言ってるんだか……あの人の封印の為に自分達を柱に縛り付けて動けもしない神達の言う事なんて、聞く必要無いでしょうが。言い訳ばかりしてると、いい加減キレるわよ?」


 ーー奈々が途轍もない勢いの威圧を放つと、大天使の住まう空間にビキビキっと亀裂が奔る。

「止めろ止めろ! 分かったよ、悪かった! 今回の件は私にも非があるさ。それで、一体お前はどうしたいんだよ」


「封印を六枚羽根まででいいから解きなさい。あと聖弓も強化して。あの人を一番側で守るのはナナである為に。それが守れないなら、契約の破棄だとみなして私はナビを辞めるわ。封印なんか破って、好きにさせて貰うわよ」


「はぁっ……冗談でもよしてくれよ〜。そんな事したら確実にレイア様の封印が弱まるじゃないか。分かったよ。今回はこちら側の非も認めて、その条件を呑もう。しかし、ナナには何て伝えるんだい? レイア様と違って、お前は直接会ったり話してはいないんだろ?」


「昇進とでも言えば、主人格なら喜んで騙されるわよ。上等なワインをお祝いだとでも言って渡してみなさいな。満面の笑顔で何もかも忘れてあの人の元へ戻るわ。我ながら複雑な気持ちではあるけどね。どうして私の魂から、あんなお馬鹿でドSな子が生まれたのか謎だわ……」


 大天使マリメアスは心の中でーー

(案外お前にソックリだと思うよ? キレやすい所も、ドSな所も)

 ーー静かにツッコミを入れている。


「じゃあ、ローブを脱いで背中を此方に向けてくれ。私の神力で六枚までは封印を解くけど、それ以上は本当に駄目だからな? 本来の十二枚まで解くのは、女神様以外には無理だけどね」

「構わないわよ。アリアはあの人の中で、とても大切な存在に育ってる。私もそれを止めたり、あの人のハーレムに文句を言うつもりは無いわ。異世界に転生してまで前世のルールに縛られる必要なんてないし、幸せでいてくれればそれでいいもの」


「その台詞、初めて会った時を思い出すね。『私はどうなっても構わないから、あの人の魂に自由を』だっけか? 健気ないい女だと思った」

「何? 口説いてるの? マリメアスに性別なんて無いでしょうが」

「ははっ! 口説くとかってこういう言葉を指すのかい? そんな感情とうの昔に忘れてしまったから、嬉しいものだね」

 マリメアスと奈々は微笑み合い、ローブを脱いだ背中へ神力が流れ始める。


「馴染むまでには少し時間が掛かるよ? それまでは『天使召喚』は出来ないとレイア様に伝える様に僕から指示しておこう」

「よろしく頼むわね。あと、アリアはいつ頃地上に顕現するの?」

「あと一ヶ月は掛からないな。あの子はあの子で、中々お前に負けず劣らず凄い性格をしていると思うよ」

「それは見ていれば判るわね。あれは愛を手に入れる為なら、人を殺せる女よ。恐ろしいわ……」


(いや、だからそれお前も変わらないじゃん。どっちも恐ろしいよ)

「ん? 今何か失礼なことを考えなかった?」


「え? な、何も無いさ。じゃあ、聖弓は此方で預かるよ。鍛治神ゼン様に私から頼んでおこう」

「あぁ、あのコヒナタ馬鹿の爺さんね。じゃあこう伝えておいてくれる? 最高の弓に仕上げてくれたら、コヒナタのプライベートで知りたい事を三つ何でも教えてあげるって。これで大丈夫な筈よ」


「そのコヒナタって子が可哀想になるが、確かに伝言しておくよ。仮にも神がそんな事でモチベーションを上げるとは思えないけどなぁ〜?」

「見てれば判るわ。じゃあ、私はそろそろ戻るから手筈通りお願いね。次に約束を破ったら、神だろうが封印を破って殺すからね……」


「わ、分かった。肝に銘じておくよ……」

 唐突に意識を失って奈々は倒れる。暫くすると目を覚まして、自分の羽根が増えている事に驚いていた。

「貴女はいつも良くやってくれています。これは私からの昇進祝いとして贈りましょう。如何ですか?」


「うっはぁぁぁ! これは良いワインだわぁぁ〜? まさか大天使様が昇進させてくれた上にワインまでくれるなんて、これも日頃の行いが良いからなのね? 神様、仏様、大天使様ありがとう! そして流石だぞ私! 偉いぞ私! 大天使への昇進も夢じゃないのね!」


 ーーナナは完全に調子に乗り一頻り騒いだ後、己が何故此処に来たのかもすっかり忘れていた。


「じゃあ、私はマスターに自慢しにナビへと戻りますね〜? 早くこのワインも飲みたいし! ではまた、大天使様〜!」

 ナナが扉から出ていった後、マリメアスは盛大に溜息を吐く。


「やっぱあの男に負けず劣らず奈々も恐ろしいよ。さて、またキレられる前にゼン様に伝言と聖弓を預けに行くか。何でこの私がこんな下っ端天使が行う様な雑事までせにゃならんのだ……」


 マリメアスは八枚羽根を広げて、ゼンの住む神域へと飛ぶーー

 ーーその後、神界に爺の歓喜の雄叫びが轟いたのは、もはや言うまでも無い……


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