第102話 『墜ちた女神』
「んっ……ここは?」
眼を覚ました直後に辺りを見渡すと、ピスカが回復魔術を施してくれていた。
「よかったぁ……あんたなんて無茶してんのよ! あんな化け物相手に一人で挑むなんて正気じゃないわ⁉︎ 女の子なのに!」
「寝起きからきゃんきゃん叫ぶのはやめてくれよ。でも回復してくれたんだな。ありがとう」
「私に出来る事なんて、これ位しか無いもの」
くしゃっとピスカの髪を撫でて微笑んだーー
(こいつ、漸くデレたな)
ーーそこへ、ザンシロウが話しかけてくる。
「おい戦神。起きたならこの扉を開けろや。さっきから斬ってるんだが、なかなか開きやしねぇ。怠いからなんとかしてくれ」
「あんた誰だ? 戦神って俺の事か?」
「そうだよ。俺様のガントレットを持ってるからどんなもんかと思えば、メルゼスを倒すなんざやるじゃねぇか! 血が滾るぜ〜! 早く俺様とも戦ってくれよ」
(絶対、こいつとは関わりたく無い)
纏った雰囲気から、間違いなく戦闘狂に違いないと感じる。
「とりあえずここから出たいんだ。その扉は開かないの?」
「おう。これにゃあクソ神の封印が掛かってるからな。お前さんがあの扉を開けれたのは、神力を有してるからだろ?」
「んなもん知らん。勝手に開いたんだからな」
「あんな化け物を封じてる扉が、勝手に開いてたまるか馬鹿が! いいから開けやがれ!」
ザンシロウに怒鳴りつけられ、正直苛ついていた。なんでこんな会ったばっかの奴に、偉そうに命令されにゃならんのだ。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ殺気を放つと、いつの間にか刀を抜き去り、喉元に刃を突きつけていた。
「殺気を放ったな。そりゃあ俺様を殺すってことだろ? 気が変わった。殺り合おうぜ戦神」
ザンシロウから溢れ出た殺気に反応して、思わず双剣を抜いてしまう。回復魔術を受けたとはいえ、ピスカの魔力は高くない為、微々たるものだった。
「この状態の俺とやっても、楽しめないかもよ」
「何だ、お前さんまだそっち側かよ。魔獣が現れても同じ事を言えるか? 戦うだろう?」
「お前、味方なのか敵なのかどっちなんだよ」
「どっちでもねぇが、お前を追って来たのは確かだぜ。そのガントレットやレグルスに残して来た装備には、俺様と出会うように魔術が掛けられているからな! 知らなかったのか?」
「知らん。知ってる魔王二人が阿保だからなぁ。帰ったらお仕置きが必要だと理解したよ」
「おぉ、お前さんアズラと知り合いなのか? あいつは良かったぜぇ。中々強かった! ちょっとやり過ぎて、生きてるかはわかんねぇがな〜」
嬉々として語られた事実を聞いた瞬間、ゆらりと天井を見上げて問い正した。
「お前……アズラに何した? さっさと答えろよ」
怒りに呼応する様に金色の神気が周囲に巻き上がる。
ザンシロウは悪戯を思いついたかの様に、厭らしい笑みを向けた。
「ボコボコにして腕や脚を叩き斬ってやったんだよ。何か文句あるか? 見せてやりたかったよ。そういや姫〜姫〜! ーーって煩かったなぁ!」
「てめぇぇ! ふざけてんじゃねぇぞおぉ!」
覚醒した深淵の魔剣で斬りかかる。ザンシロウの右足を躊躇する事なく切断するつもりだったがーー
「ガキィンッ!」
ーー悠々と翠蓮に防がれ、力を込めて刀ごと叩き折ろうとしても、ビクともしない。
「遅えよ。俺様にそんな適当な攻撃が通じると思うな」
「まだまだこれからだ! 『神速』!」
瞬時にその場から消えると背後に回り込み、朱雀の神剣の『神炎』で左足を焼く。
確かな手応えを感じた筈なのに、ザンシロウは苦痛に顔を歪める事なく振り返ると、同時に首を傾げた。
「なんだそりゃあ? お前さんもしかして、今スキルを使えねえのか?」
「うるせぇ! それ位、お前を倒すにはいいハンデだ!」
「キレさせてもスキルが使えねぇんじゃつまらねぇなぁ。こりゃあどうしたもんかな」
ザンシロウは何かを閃き、手を叩いて頷く。
「よし、俺様は刀を仕舞って、拳だけで勝負してやろう。優しいよなぁ〜〜惚れんなよ?」
「ははっ! 人間の中でここまで苛かされたのは、お前で二人目だよクソ野郎!」
「おぉ〜! んじゃ覚えとけや。初めて負けた記念に俺様、ザンシロウの名前をよぉ。俺様はフェミニストだから顔は殴らないでおいてやるよ!」
手首を翻して此方を挑発してきた。
「マスター、絶対挑発に乗っちゃダメだよ⁉︎ こいつ何か狙ってる!」
「分かってるけど無理だ。ピエロ野郎以来だよ。こんなにムカついてるのは。俺のアズラの手足を斬っただと⁉︎ あいつが追いついて来ないのは、きっとそのせいだ!」
ナナの忠告を無視して奥義を放つ。
「斬り刻め! 『絶覇舞姫』!」
全力で放った奥義を素手で防げるわけがないと、せせら嗤った。どうせすぐに刀を抜くだろう。
しかし、予想は覆された。刀の柄に手を掛けず、ボクサーの様に両拳を顔の前で構えだしたのだ。
「中々の斬撃だが、それぐらいで俺様を仕留められると思ったら大間違いだぞぉ?」
唯のテレフォンパンチを適当に振るだけなのに、『絶覇舞姫』の斬撃は霧散していく。
己の奥義が、まるでそよ風のように散らされていくのを見て驚愕した。
「ナナ、あいつは何のリミットスキルを使ってるんだ? ありえない位強力な筈だ。この空間じゃ、阻害されてステータスが見れない。分析してくれ!」
「マスター。とっくにしてるんだよ。全員でしてるんだ……」
「なら早く教えろ! とろとろしてんじゃねぇ! らしくないぞ!」
「違うんだよ……あいつスキルが何も無いんだ」
「……はっ? そんな訳無いだろ?」
「リミットスキルどころか、スキルすら発動してない。何も無いんだよ。ただの純粋な力なんだ。『限界突破』もないから、ステータスもマスターの方が高いんだよ。何あれ……本当に人間なの?」
ナナが恐怖しているのが、痛いくらいに伝わった。嘘や冗談じゃ無いのだとリンクから感じる。
「本当なんだな。でも俺は引けないよ! 絶対にこいつは倒す!」
再び双剣を構えると、ザンシロウは欠伸をしながらゆっくりと近付いて来た。
「風神閃華・散!」
「おぉ〜、こりゃいいそよ風だなぁ。気持ちいいぜ!」
斬撃は確かに肉体を斬り刻んでいるのだが、致命傷にはならない。何故なら皮膚を斬っても肉は斬れていないからだ。
ーー更に、徐々に傷口が塞がり再生していく。
最早特攻覚悟で魔剣を刺突しようとした瞬間、顎にとてつもない衝撃が走った。ザンシロウの右拳が下段からアッパーを放ち、勢い良く跳ね上げる。
「きゃあぁぁぁぁーー!」
天井の岩に叩き付けられると、追い討ちを掛けられ腹部へ拳打を連続で撃ち込まれた。
ーー止まらない、防御をした腕も直ぐに弾かれ、肺から無理矢理空気を吐き出させられ続ける。
「ぐえぇぇぇっ! お、おい、顔は狙わないんじゃなかったのか……?」
「顎だからギリギリセーフだろ! ん? いやアウトか?」
「アウトに決まってんだろうがぁ!」
「知るかぼけがぁ!」
ーーバキィィィィンッ!
「なっ⁉︎」
フェンリルの胸当てが砕け散り、左胸に直接拳打を食らうと、余りの威力に身体が硬直する。
そこへ、天井の壁にしがみついたザンシロウに背中へ踵落としを叩きつけられた。
「がぁぁぁぁ!」
急転直下し地面に叩きつけらると、ダメージの大きさから最早動けない。
「マスター撤退を! このままではやられます!」
「に、逃げる場所が無いし、逃げられない……こいつ、俺より速い。『神覚』の制約がある今の俺じゃ、勝てないかもしれないな」
命を賭ける覚悟を決め、血反吐を吐きつつゆっくりと立ち上がった。ピスカは人外の戦いに震えていたが、これだけは分かる。応援するべきはレイアだ。
己を救ってくれた恩人を、見放すことは出来ない。
レイアに向けて駆け出したピスカは、泣きながら回復魔術をかける。
「ごめん。私あんたにこんなことしか出来ないけど、お願い。勝って……お願いよ」
「ははっ! デレ過ぎだろお前! いい女のお願いは断れないんタチなんだよ。こりゃあ勝つしか無い、ーーーー逃げろピスカ!」
「邪魔すんじゃねぇよ。雑魚が!」
降りてきたザンシロウが、ピスカの脇腹を右足で蹴り飛ばす。耳にはっきり聞こえる程に、肋が折れた音が響いた。
「てめぇぇぇっ!」
「お前さん、何か隠してるだろ。曝け出せよ! その上でボロボロに負かしてやるからさぁ!」
もう我慢の限界だった。俯いたまま決意を固める。
「ダメだよマスター! 今の状態じゃ制御が危ない! お願いだから止まって!」
「第一柱封印解除……第二柱封印解除! 喰らえ『闇夜一世』!」
『神覚』の制限から、今の己が使える唯一のリミットスキルを発動した。
悪魔カトリーヌの時よりも、封印解除の段階を引き上げた状態でーー
ーー分かってしまったのだ。敵が現状の自分より、遥かに強いと。
「ぐががががぁぁぁあぁぁぁーー!」
身体から黒いオーラが迸り、闇が再び目を覚ます。
「おいおい。こりゃあ確かに隠し玉だ」
変貌を遂げる存在を見て理解した。
(こいつは、化け物を身体に飼っている化け物だ)
「わりぃ。それは流石に素手じゃ無理だな」
「死ね……化け物野郎……」
朦朧とした意識の中で呟くと、牙を剥いた無数の黒手が伸びて襲い掛かる。
「お前さんには言われたくねぇなぁ。鳴け! 翠蓮!」
刀を振るう度に『黒手』が斬撃と衝撃波に散らされていった。
「はっ⁉︎」
「なんなのあいつ⁉︎ 何故マスターの究極のスキルを斬れるの⁉︎ 世界の理を覆してる!」
「うぅぅ……喰らえ! 喰らえぇぇ!」
無数の黒手が伸びて岩や空間を削り取るが、ザンシロウには届かない。
「お前さん、更に封印されてるだろう? 俺様相手にそんな中途半端な状態で挑もうなんざ、十年早いんだよ! 使いこなせる様になってから出直しな!」
一瞬で懐に入り込んだ隙に翠蓮の柄で腹の急所を力の限り突く。最早レイアに蓄積されたダメージは限界を超えていた。
ーー「がはぁっ!」
この世界に来て初めて味わう圧倒的な敗北に、死を覚悟する。そのまま崩れる様に意識を失った。
ピスカは化け物同士の戦いに巻き込まれた恐怖と、折れた骨の痛みから呻くが、恩人を救わなければと、必死に身体を引き摺っている。
「心配すんな。もうこいつには何もしねぇよ。久しぶりに己で決めたルールを破っちまった。引き分けみたいなもんだな。後日再戦とすっか」
その台詞に安堵したのか、保たれていた緊張の糸が途切れると同時に、地面に這いつくばった。
ザンシロウは肩を竦め、座り込む。どうせ眼前の戦乙女が目を覚まさなければ、出口の扉が開かないからだ。
「我ながら放たれた殺気が素敵過ぎて、抑えが利かなかったなぁ」
冷静な判断を欠いていた事を、素直に反省していた。
「とんでもねぇ、化け物だ。スキルが使える時に、もう一度戦ってみてぇ」
すると、とても静かで冷淡な声色が響く。
「あらあら。貴方にもう一度なんて無いわよ? 今ここで死ぬんだから……」
三人が落下した地点の開かれた扉から、ゆっくりと淡い銀光を纏った一人の少女が歩いて来た。
突然現れた存在に疑念を抱きつつ、その様相から呆れている。
殺気どころか気配も弱々しく、せいぜいEランクが良い所だろうと、食指が全く動かなかったのだ。
「なんだ巨乳のお嬢ちゃん? 危ねーから帰んな」
その、己自身の言葉に愕然とするーー
(こいつはどうやって、此処まで降りて来た?)
ーーここには唯の人間は来れない。己や倒れている戦神位の実力が無いと、自ら来る事など不可能だと気付いたのだ。
「……お前さん何者だ?」
「黙れ下種。私の愛しい人を傷付けた罪、己が命で償え」
少女は背中から六枚羽を広げ、銀色の神気を放つと、光粒が収束し右手に宿り出す。天使の輪が浮かび上がり、抑えていた力を『天使形態』になり解放した。
「来なさい。神槍バラードゼルス」
唯の槍とは思えない覇気を放ちながら、少女の右手には一本のシンプルな装飾の銀槍が握られた。
唯一普通の槍と違うのは、柄の先に九本の光る符呪がひらひらと舞っている事。
「お前さん天使。しかも聖天使クラスかい? その槍はやべーなぁ……」
少女は会話をする気も無く、返答もせずに目をギラつかせて槍を構える。
「目の前にレイアがいるの。貴方如きに構ってる暇は無いのよ! さっさと、掛かって来なさいな」
「ははっ! 調子にのんなよ? 天使如きが俺様に勝とうなんざ八十年早いんだよ!」
「その天使如きに貴方は負けるのよ。死になさい」
槍の柄の符呪を二本破り棄てる。瞬時にザンシロウの懐に飛び込むと、右足の太腿を突き刺し、そのまま腰元まで斬り裂いた。
「なっ⁉︎ 疾い!」
一回転すると、柄で脇腹を叩きつけて壁の岩へ吹き飛ばす。
「ぐはぁっ!!」
右腕、左足、股関へ瞬時に三段槍で貫き、そのまま槍を手離してザンシロウへ馬なりに乗った。
反応も出来ない疾さと膂力に、ザンシロウは畏怖する。
「ねぇ? レイアに何してくれてるのよ。痛めつけるのも、気持ちよくするのも、気持ちよくされるのも、痛くされるのも、泣かせるのも、泣かされるのも、悲鳴の欠片すら全ては私のモノなの。そこにレイアがいるのに、貴方のせいで気付いて貰えないじゃ無い。死ねぇーー!」
瞳を充血させ、キレた少女はザンシロウの顔を全力で殴り続ける。反撃に自分の脇腹へ拳を食らっても、顔を殴られても、痛みを感じていないかの如き無数の拳打は止まらない。
数分後ーーーー痙攣しながら気絶したザンシロウを置いて、レイアの元へ歩き出した。
「やっと会えた……アリアだよ。寂しかった。愛しいレイア……もう、離さないからね」
泣哭に喘ぎながら、意識を失った最愛の女神へキスをする。
その光景を動けずに眺めていたピスカは思ったーー
ーー『天使』って怖いと……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます