第101話 その男の名はザンシロウ。

 

 ブレイブレイブのリーダー。ユートが大地の試練地下四階層で目を覚ますと、目の前には髭を生やしたアズオッサンに似た男が立っている。

「おっ! 起きたか雑魚。なぁ、教えて欲しいんだがよ。お前らについて来ていたポーターどこ行った?」


「わ、わからない。俺はゴブリンクイーンにやられて気絶していたんだ」

「ふーむ。役にたたねぇな。お前さんの仲間に聞いても知らねぇっつうし。ーー匂いで辿るか」

 男は鼻をスンスンしながら、ダンジョン内を歩き出した。


「地下だな……それにしてもこの匂いと瘴気。もしや『シールフィールド』の扉を開けたのか? ここにゃあ確か『メルゼス』がいるんじゃなかったか。死ぬぞ?」

 顎を抑えながら『ふーむ』と悩んでいる男へ、ユートは懇願する。


「あ、あの。仲間が一人居ないんだ! さっき言ってたポーターと一緒にいるかもしれない! 探索を手伝ってくれないか?」

 男は振り向くと、呆れた表情を浮かべながら応えた。

「お前さん冒険者だよな? なら、自分の仲間の責任は自分等でもてや。つーか、雑魚は死ね。話しかけんな。だりぃ」


 ユートはその言葉に絶句するーー

(何なんだこいつは)

 ーー怒りが込み上げるが、見ず知らずの他人に救いを求める己自身の弱さに悔しさがこみ上げた。


「俺様が探してる奴の側にいるなら、首根っこ捕まえて地上に出すくらいはしてやらぁ。まず自分の心配しろよ。その足じゃあ、魔獣に襲われたら戦えねぇんじゃね?」


「分かってる。俺は大丈夫だから仲間を、ピスカをもし見つけたら教えて欲しい」

「まだ言うか。気まぐれ位に考えておけ。じゃあな」

 男はダンジョン内部を気怠そうに歩き出した。

「ふむ、ここら辺かね?」

 腰の刀を引き抜くと、翠色のオーラを巻き上げて咆哮した。

「おらぁ! ぶっ壊せ、翠蓮!」

 右手に握られた刀を大地に突き刺し、崩壊が始まると同時にダンジョン全体が揺れる。

 男は落下しながらも、眠たそうに欠伸していた。


「まだ生きてりゃいいが、多分メルゼス相手じゃ無理だろうなぁ……つーか、何でそいつ神の封印を解けるんだ? 俺様ですりゃ切れねぇっつーのによぉ。其奴が死んでたら、俺様がメルゼスと戦えるっつー事で、万々歳だしいいか」


 男はレイアと同じ様に涼しい顔をしながら、壁を蹴って地下へと降りていく。

「そろそろか……」

 軽快に着地すると、其処には涙を溢れさせながら両手で己の身体を抱き締め、震えるピスカが居た。


「だ、誰⁉︎ いえ、誰でもいいわ! ここに降りて来られる力を持ってるのよね⁉︎ どうかお願いします! あいつを助けて下さい!! 血だらけなのに諦めないの。あんなにボロボロな癖に、何度も止めたのに、私じゃ止められないの! どうか……どうか、お願いします。私に出来る事なら何でもしますから。どうか……」

 土下座して、嗚咽を吐きながら男に懇願した。


「俺はザンシロウってんだ。俺様が匂いで追ってた奴はまだ生きてんのか? お前さんはさっきの雑魚が言ってた冒険者だな。とりあえずどんなもんか見てみっかぁ」


『シールフィールド』に近づくに連れて血の匂いが色濃くなってゆき、男のボルテージは高まり続けた。

 そして、眼前に広がる光景を見て三日月に広がる口元、武者震いする身体。

「見つけたぁ〜! こりゃあ、想像以上じゃねぇか」


 双剣を持った美しい銀髪を靡かせた女が、メルゼスの首を裂き胴体を噛まれようが、瞼一つ動かさずに目の前の対象を殲滅しようと戦う姿。金色のオーラが闇を彩っている。


「何だありゃあ。普通じゃねぇとは思ったが、戦神か? どうやら痛覚を遮断してやがるな……しかし、このままじゃもたねぇぞ? 隠し玉があんなら見せて見やがれ」


 その場に座り込むと女神の戦いを観戦しだした。小袋から酒を取り出し、お猪口に注ぎながら瞼一つ閉じる事なく一挙手一投足を見つめ、『観察』しているのだ。


 __________



「メルアイスフォールン!」

 氷の礫がメルゼスに降り注ぐ。『滅火』と違い、数が多過ぎて首一つでは魔術を吸収し切れていない。

 ナナはこの空間では己を『天使召喚』で呼ぶ事が出来ない代わりに、全人格でメルゼスの行動パターンを読み、レイアをサポートしていた。


 分かったのはオーククイーンの『結界』と同じ様に四頭の頭の特殊能力は、同時には発動出来ないという事。

 しかし、空間を切り裂く虎頭だけは独立した動きをとる。連携の隙を埋める仕組みになっていた。


「マスター! 私は空間の歪みに集中します! 『女神の翼』で防御しますから、その隙に斬り裂いて!」

「分かった! 余裕があったらな!」

 魔術で人頭に結界を張らせずに蛇頭へ魔力を吸収させる。その隙に『神炎』で胴体を焼こうとした瞬間、竜頭から『滅火』が放たれた。


『聖絶』で防いだ隙に『結界』を展開されて弾き飛ばされ、距離が開くと嫌なタイミングで磁力を発動し引き摺られる。

 ーー必死の形相を見せるレイアに対して、魔獣は喜々として嗤っているのだ。


「くっそおぉぉ! 強い! こんにゃろおぉ!」


『朱雀炎刃・閻魔』を放つが結界に阻まれ、逆に『滅火』に焼かれた。不運なのは一番最初に己の『滅火』をメルゼスに取り込まれた事だ。

 ナナと必死に創り上げた『滅火』が、敵に撃たれる日が来るなど予想もしていなかった為、最大の苦戦を強いられている。


「ナナ、空間の虎より『滅火』の方がHPのダメージがでかい! そっちのサポートに誰か回して!」

「私がやる! ナビナナは空間、私が『滅火』に対して『聖絶』を張るから、マスターは首を斬り裂いて!」

「さっきも斬り落としたけど再生するんだよ! 何か弱点は無いのか⁉︎」


「昔は聖属性に弱かったのですが、天使を食った事で、その弱点も埋まってしまったのですよ!」

「ごめんマスター、要は私達天使は、あいつに対して役に立てない」


「『天使召喚』が使えないのはそういう理由もあったのか。『神覚』を発動したくても博打過ぎる。耐えれたらアウトか……アレを使うしか無いのか」

「ダメだよ! 絶対『闇夜一世』はダメ! メルゼスを喰らったら、封印された力が増す可能性があるの!」


「何でだよ! 手が無い以上しょうがないだろうが!」

「マスター。主人格が言いたいのは悪食メルゼスの内部にある『悪神の魂の欠片』を喰い、取り込んでしまう事が危険だと言う事です」


「あぁ〜もう分かったよ! とりあえず剣技で攻める。サポートを!」

「「はい!」」

 作戦会議中にもヤンデレナナはひたすらに『女神の翼』を使い、防御に徹していた。


「くぅぅ! 破られるよ!」

「『女神の心臓』!」


 五秒のみの凍らせた時間の中で、四頭を全て首から跳ね飛ばし、崩壊の可能性の高い『天獄』を胴体に向けて放つと、胴体を消し去った。

 万が一の可能性を考えて急ぎ頭部を双剣で斬り刻む。


『女神の心臓』のタイムリミットが終わると飛び退がり、滅びた筈のメルゼスへ目を見張るがーー

「やっぱりこうなるか……」

 ーーバラバラになった肉片がうねうねと動きながら中央に集まり始める。驚異的な生命力から再生が始まった。


「ナナ! 今しかない『神覚』発動!」

「はい! 複合リミットスキル『神覚』発動!」

 金色のオーラを最大限に放ちながら双剣を構え、全力で悪食の肉片へ駆け出した。


「荒れ狂え双剣! 『星堕ち』!」


 中央に集まる肉片を片っ端から粉微塵に潰していく。足掻く様に『滅火』が放たれ、肩口を焼くが、振るわれた双剣は止まらない。


『星堕ち』が終わる頃には大地に穴を穿ち、メルゼスは一片の欠片も残さず消滅した様に見えた。噛まれ、焼かれ続けたダメージから、そのまま膝折り崩れ落ちて気絶する。


 しかし、離れた場所に飛び散った微かに大地にこびりついた肉片は、再び集合して復活しようと動き出した。


 ーーそこへ、ザンシロウが動く。


「往生際が悪い奴は嫌いなんだよ。勝負は確かに死ななかった方が勝ちだがな。お前さんにゃあ美学が足りねえ。だから、これで終わりだ」

 男は刀を振り下ろすと、残った肉片を翠色のオーラを纏った斬撃で消滅し尽くした。


「まさか悪食メルゼスに勝っちまうとはなぁ。俺様が残したガントレットがあるとはいえ、こいつはGSランクで間違いねーだろ。さて、運ぶとするかね」

 気絶したレイアを担いで、一度ピスカの元に戻ると、その首根っこを掴む。


「な、何? そいつは無事なの? 何で私は持ち上げられてるの?」

「こいつは無事だが、力を使い果たして倒れた。俺様が思うにこいつは戦神だ。これ以上関わるな。死ぬぞ雑魚」


「戦神ねぇ……その美しい寝顔を見てると、とてもそうは思えないけれど」

 レイアは満足そうにすやすやと眠っていた。

 この後、更なる連戦が待っているとも知らずに……

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