第103話 再会はまだ遠く、行き場を無くした感情は何処へ向かったらいいのだろう。
アリアは倒れたレイアを抱き締め、何回もキスをした後に泣き崩れる。
「嫌やだよぉ……! 離れたくない! せっかく会えたのに、触れ合えたのに! 何で、何でなの⁉︎ 今だけはこんな身体にした貴女を怨むわ女神様! 酷いじゃない……レイア、レイアぁぁ〜!」
ピスカは、突如様子が変貌したアリアへ問い掛けた。
「どうしたの? 離れたくないなら、離れなければいいじゃない」
アリアは鋭い眼光でピスカを睨みつける。
「ひぃっ!」
「ごめんなさい。貴女が悪いわけではないのに……私はね、本来まだ顕現出来る準備が整っていないの。レイアに会えるのは、もう少し先だった。でも『シールフィールド』の封印を解いてしまったのと、そこの男に『闇夜一世』を発動させたから、焦った神々が私を一時的に地上へ降り立つ力を貸してくれたのよ。だから、すぐ戻らなきゃいけないの。」
「……何かそいつに伝えておく事はある? 命の恩人にそれ位しか出来ない自分が、情けないけれど」
天使は少しだけ考えた後に、ピスカへ伝言を残し、光の粒子を放ちながら消えていった。
その言葉を受け取った後に涙を流すーー
『なんて純粋な愛なのだろう。いつか私にもそんな恋が出来るかな』
ーー消えたアリアの代わりに、レイアを膝枕して目覚めるのを待った。
しかし、先に目を覚ましたのはザンシロウだ。揺らいだ意識を無理矢理覚醒させ、周囲を見渡すと怒鳴りつける。
「おい! さっきの天使は何処に行った⁉︎ 俺様はまだ負けてねぇぞ!」
「あれだけボコボコにされて気絶した癖に、今更何言ってるのよ。完敗を認めなさいな。それより傷は平気な訳? あんだけ色々刺されておきながら、なんで血も止まってるのよ。この化け物」
アリアに刺された場所も、殴られた顔の傷も全て完治していた。
「俺様はそういう身体なんだよ。どっかのクソ神が俺様に不死の呪いを掛けやがったからな。それよりあの天使は⁉︎ 勝ち逃げなんざ許さんぞ!」
「だからもう天界に帰ったってば。でも、暫くすれば地上に降りて来られるって言ってたわよ。その時を待ちなさい」
「そうか! 負けてはいないが、あそこまで非情に俺様をボコボコにしてくれた奴は久しぶりだなぁ……こりゃあ復讐戦を狙うしかねぇだろ! いつ来るんだ? 明日か? 明後日か?」
「私は知らないわ。暫く待っていれば、必ずこいつの側に現れるわよ」
ーー眠る女神の柔らかい頬を指で抓む。
今日会ったばかりなのに、同じ女なのに、天使がこの子を好きな事を一切不思議に思わなかった。唯一、意味がわからないと思うのは、あのアズオッサンの姿と弱いフリをしていた理由だ。
見た事はないが、Sランクの冒険者を軽く凌駕する力。噂でしか聞いた事がない『あの大会』にも出れるで有ろうその力を、何故こいつは隠しているのかと疑問に感じている。
「ねぇ、あんたの目から見て、こいつってどれ位強いの? 冒険者ランクでいったらどれ位になるの?」
ザンシロウは顎を抑えて考察する。
「こいつは人間じゃないから、冒険者ランクじゃ測れねぇよ。単純に言うならGSランクだろうな。でも多分予測だが、さっきの黒いスキルを本来の形で使われたら世界が食われるぞ」
「確かに怖かったわ」
「こいつは絶対に死んじゃいけないし、殺してもいけない。俺様に掛けられた不死より何倍もすげぇ呪いに近い封印がこいつには掛けられてる。戦いの最中に感じた十柱の神々の力が破れたら、全てが終わるな」
ピスカはその推測に絶句した。こんな穏やかな寝顔をした美しい女神のような女性が、そんな恐ろしい存在なのだとは、理解できる範疇を超えていたのだ。
ただ決意している事は、必ずいつか命の恩人の手助けをしようという事だった。
(私は、今日最低三回以上死んでいる。恐れる事なんてもう無いわ)ーーその意思は固い。
「凄い女の子なのね……」
「いや、多分だがそいつ女じゃねぇよ。身体はともかく精神が歪だ。俺様が思うに男だぞ」
「はぁっ⁉︎」
このままじゃまた脳がパンクして気絶してしまうと、気を落ち着かせた瞬間にレイアが目を覚ました。
「んっ、ここ、は一体……」
「起きたのね! 良かった」
「はっ! あのクソ野郎はどこだ⁉︎ 俺のアズラに滅茶苦茶やりやがって! ぶっ殺してやる!」
気まずそうに頭を掻きながら、ザンシロウは飄々と真実を明かす。
「あー悪いな。ありゃあ嘘だ! 挑発すればお前さんがキレて戦ってくれるかと思ってよ! すまんな! いやぁ〜、あんなに効果覿面だとは思わなかったぜ。がっはっは!」
「はぁっ⁉︎ 嘘? 何が嘘?」
鳩が豆鉄砲を食らったかのように、目を見開いた。
「いやぁ、アズラと戦ったのはマジなんだけどさ。意気投合して記憶がぶっ飛ぶくらいに酒を飲みまくった仲だ! あいつはダチになったのさ! その時に姫の話が煩くてよぉ、もしやと思ってカマかけたら、お前さんがブチ切れた訳だな! そういや必ず追いつくんだって言ってたぜ」
無言のままザンシロウの元へ近付くと、腹へ思い切り拳を捻りこませた。
「ぶへぁぁっ! な、ナイスパンチだぁ。お前さん、王者を狙えるぜ……ぐふっ」
馬鹿は顔面から地面へ崩れ落ちる。
「言っていい冗談と、悪い冗談がある事くらい分かれ馬鹿が!」
「あのね、聞いて? 貴女を助けたのはアリアっていう天使なの」
思いもよらぬ名前が出た事に驚愕し、ピスカの肩を掴みに飛び掛った。
「アリアがいたのか⁉︎ どこに? どこにいるんだ! アリアっ! アリアぁぁっ!」
洞窟内へ痛哭を響き渡らせるレイアを見て感じた。例え男だったとしても、私の入る隙間なんて残ってないんだ。
「聞いて? 伝言を預かってるわ」
「で、んごん……アリアはいないのか? どうして! どうしていないんだよ!」
徐々に震え出して泣き始める少女の銀髪を優しく撫でながら、伝言を一言一句違えぬ様に言葉にする。
__________
私の愛しい人へ。
もう少しだけ待っていてね。私は必ず貴女の元に辿り着いて、もう一度抱きしめてみせるわ。
大人になった姿を見れて嬉しかった。ますます美しくなっていたわね。
私も色々あって、少しは成長しているのよ?
まだ、花冠を覚えていてくれてるかしら。
また、一緒に笑い合いながら編みましょうね。
忘れないで、私は何処にいてもずっと貴女を、レイアだけを愛している。
私の女神様。この存在全てで守ってみせるわ。少しだけ、ーーさよなら。
__________
ピスカの腰にしがみついたまま泣き続けた。
「うわぁぁっ! 会いたいよアリアぁぁ!」
さっきまであんなに強く恐ろしかった存在が、唯の少女に戻った瞬間に、溢れる涙を止める事など出来なかった。
「私でごめん。今は、今だけはあの天使の代わりに私に甘えて」
ザンシロウは抱き合う二人を見つめながら、気恥ずかしさに頬を掻いて苦笑いをする。
今は何も声をかけるべきでは無いと、理解出来る位のデリカシーは持っていた。
泣き止んだ後、ザンシロウの元に向かう。その目は真っ赤に腫れていた。
「アリアは、強かったか?」
「あぁ、お前さんがハンデ無しでも負ける位に強いんじゃないか? 俺様がボコボコにやられちまったよ」
「ここから出る。ザンシロウとか言ったね。俺ともう一度、いや、何度でも戦え。明日には新しい装備が揃う。それにお前に壊された胸当ても、進化を望んでるって仲間が言ってた。まだまだ強くなる! アリアを守るのは、俺でありたいんだ!」
その台詞に、ザンシロウは口の端を三日月に吊り上げ、嬉々として嗤う。
「お前さん、俺様を強くなる為の糧にしようってか? 嫌いじゃ無いぜそういうの! あの天使に再戦を仕掛けるまで時間はありそうだから、当分お前さんの企みに付き合ってやるよ。俺様は負けないがな」
「言ってろ。身体が治ったら、ぼっこぼこにしてやるよ」
__________
その後、ディヒールで傷を回復させたレイア達は、悪食メルゼスの守っていた出口の扉を開ける。
「ナナ、聞こえてるか? 空間の阻害能力は解けたかな?」
「聞こえてるよ。私達が今迄黙っていたのは、それが原因じゃ無いよ。マスターの『天使召喚』の能力を天界側から使ってアリアが顕現したから、強制的に私達のリンクが切断されたんだ」
「そうだったのか。とりあえず無事でよかった」
「無事? 無事ねぇ……いや、違うよマスター。今回、神々はマスターを助けるのに私よりアリアを選んだ。六枚羽……天使長の力の影響? それとも十柱の誰かが力を貸したの? 認めない……マスターを助けるのは、『あなたを助けるのは』私なんだ。許さない。こんな屈辱、契約違反だわ」
「どうしたんだナナ? 言ってる意味がわからないぞ」
「マスター、私は暫く留守にするよ。絶対に許さない。プライドが粉々に粉砕されたんだよ。必ず戻るから待ってて?」
ーー突如、何かの瓶が割れた様な破壊音が、脳内で響いた。
言ってる意味は分からなかったが、ナナがキレているのは十分に感じ取り大人しく頷いた。巻き込まれてはいけない。
洞窟内を暫く歩くと、目の前に黄金の輝きが広がる。今迄ここに迷い込んだ冒険者や、大地の試練内で死んだ冒険者の持っていた装備や金貨が、全て集まっていた。
「こりゃあ、とんでも無いな……」
「私、人生でこんなに金貨を見たの初めて……」
「良かったじゃねぇかよ! これでもっと強くなれや。俺は装備なんざこの翠蓮さえありゃいらねぇからな。金貨なんぞいらん!」
「不思議だったんだが、何でザンシロウはこのガントレットを手放したんだ? 正直ぶっ壊れた性能だと思うぞ。力二倍なんて……」
「気付いちまったからさ。その装備な、残り三つあるんだがよ。全てを装備すると、逆に弱くなっちまうんだよ。最強だからこそ負けるのさ……今は言ってる意味がわかんねぇと思うけどな。不死になった俺様を人生で初めて負かしたその男は、もう会うことも出来ねぇが、凄い男だった」
「ザンシロウを負かせた男がいるのか……世界は広いなぁ」
「そういや、どっかお前さんに雰囲気が似てるぜ? あいつはもっと臆病で泣き虫だがな!」
「さっき泣いた事を根にもつんじゃねぇよ。さて、金貨をしまうか。ピスカ、回復してくれたお礼にお前にも分けてやるぞ! どん位欲しい?」
「えっ? 私に決められないわよ。てゆーか何もしてないのと変わらないし、受け取れない……」
「いいからこれでいい装備を買えよ! これからもダンジョンでパーティーを組む事があるかもしれないだろう? 後は、俺の正体の口止め料って事でさ」
「そ、そういう事なら……金貨五十枚位くれたら嬉しい」
「オッケー、けち臭い事いうなよ。ほら倍の百枚だ。俺は本当に冒険者についてよく分からない事が多いから、これからも頼むよ」
「あ、ありがとう。わっ! 重い……凄い……」
残り千枚以上ある金貨をワールドポケットに放り込むと、転がる装備を『女神の眼』で鑑定していった。
「なぁ、これって……さっき言ってたお前の装備じゃないのか?」
「おっ! 見つからないと思ってたらこんなとこにあったか。この『グリーブ』は確か体力を倍にするんじゃなかったか?」
「マジかよ……俺が貰っていいのか?」
「あぁ、だがそこまでにしておけ。残りの鎧と兜はお前さんを逆に弱くする。俺様の様に真の強者に会った時、ステータスに依存していると負けるぞ」
「あぁ、十分だ。それにしてもお前がそこまでに認めた男か……いつか会うこともあるかな」
「いや、無いな。詳しくは言えないが、俺達が今いる世界とは違う場所に其奴はいる。当時こっちに飛ばされた時には、随分荒れたもんだ。不死に飽き飽きしてた俺様の唯一の楽しみが、そいつに挑む事だったからなぁ」
ーーその説明を聞いて驚愕した。
「お、お前! それって別の世界からこっちに来たってことか⁉︎」
「ん? あぁ。俺様は『次元の歪み』に落とされて、無理矢理こっちに来たのさ。まぁ本来あんな所、人が生きていられる場所じゃないから直ぐに死ぬんだろうけど、俺様は不死だからな」
「ーーーーッ!」
「すげー時間がかかって抜け出したと思ったら、この世界に居たんだよ。戻りたくてもこちら側に歪みがねぇんじゃ無理だろ。多分あっちの神様、『デリビヌス』って言うんだがよ。其奴にとって俺は邪魔だったんだろうなぁ。思い出しても腹がたつぜ」
ーードグンッ、ドグンッ、ドグンッ、ドグンッ
レイアの身体が突如不自然に跳ね上がる。
「あっ、ああああああああああああああああああああああああぁぁぁーー!」
「おいどうした⁉︎ 大丈夫か?」
「どうしたのよあんた! 落ち着ついてぇ!」
『見つけたぞ……デリビヌス』
女神とは全く違う声色が口元より発せられた。
恐ろしい深淵を覗いたかの様に、恐怖に飲み込まれた二人はそのまま意識を失う。瞳孔が開いたまま、跳ね上がる身体を抑えきれずにレイアも地面へ崩れ落ちた。
『生命神のブレスレット』だけが眩い輝きを放ち、気絶した女神の身体を神気で包み込んでいる。
その光は何をもたらすのだろうか……
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