第94話 変身アイテムをゲットしたら、俺は絶対に悪戯をする。

 

 俺は大方目ぼしい店を回った後、ビナスとメムルに合流して防具屋に向かっていた。


「その顔だと収穫はあった様ですね?」

 フードで表情が隠れていても、口元を見るだけでメムルには俺が上機嫌だと伝わったらしい。


「わかる? とりあえず先に渡しておくね! ビナスには封印の小箱に入ってた『天翼のネックレス』をプレゼント! 何と魔力で発動させると飛べるんだよ!」

「……う、うん」

「誰も開けられないからってずっと放置されてた箱を、銀貨五枚で買って無理矢理こじ開けたら入ってたんだ! 勿論Sランク! どう?」

「旦那様……嬉しいんだけど、手に入れた経緯は言わなくていいんじゃないかな」

 もっと喜んで貰えると思ったんだけど、ビナスは若干引き攣った笑顔を浮かべていた。気に食わない筈はないんだけどなぁ。


「次はメムルね。二人と別れてから向かった怪しい雰囲気だけど実は優しいおっさんに勧められて買った『風妖精の羽根飾り』だよ!」

「……え、えぇ」

「変なお面を安く買う為のついでに買ったんだけどね。MPに補正が付くから高くてさぁ〜! Bランクだけど、メムルには効果がピッタリだったからさ! どう?」

「ご主人様。素直過ぎるのが時には悪意になるという事を、今度身体に教えて差し上げます」

「??」

 二人はなんだかんだ言いながらもネックレスと羽根飾りを見に着けると、にやにやと口元をだらしなく緩めていた。

 気に入ってくれたなら何よりだ。


「嬉しくない訳ないでしょっ!」

 ビナスが耳元で囁いた後、俺の腕を両側にメイドが寄り添う。


「喜んでくれたなら俺も嬉しいよ。さぁ、無難な防具を買ったら家に帰ってご飯にしようね。家の材料は平気?」

「えぇ。今夜は東の国シルミルで今流行っている『カレー』というものを作ってみるつもりですよ。レシピも出に入れましたし」

 俺は聞き慣れた言葉を耳にして『ギョッ⁉︎』と目を見開いた。


「か、カレー? まさか、そんな訳ないよな……名前が一緒なだけだよな? ここは異世界なんだから期待はしちゃいけない。夜を待つんだ」

「どうかしたの? 旦那様」

「いや……何でもないよ。行こう、二人共!」

 その後、メムルから値段的にオススメされた何の変哲も無い防具屋に入ると、俺達は防具を見て回る。


「うん。食指が全く動かないな……」

「なんで毎回要らない物を買う時って、虚しい気持ちになるんだろうね」

 俺はビナスと共に遠い憧憬景を見通す様な、物悲しい目をしていたに違いない。だって要らないもの。


「はいはい、二人共文句を言わない。この装備を買う為に本来Dランクなら血の滲む苦労をするのですよ? ミスリルなら有名ですし、装備している冒険者も多いですから目立ちません」

「んー、胸当ては幾らくらい?」

「純金貨十六枚ですね」

「メムルちゃん……君もAランク冒険者だって事をすっかり忘れてたよ。ごめんね」

「そうね。雑魚でも私達よりランクが高いって事は、お金持ってるのよね。忘れてたわ」


「「高い!」」

 俺とビナスは口を揃えて叫んだ。メムルは『はて?』と不思議そうに首を傾げている。あんな装備をしている人達が、お金に困っている訳が無いだろう、と。


「説明してなかったっけ? 俺達って実際は二回しか依頼を達成した事がないんだよ。その二回目が『スキルイーター』っていうSランク魔獣の討伐でさ」

「それは凄まじい報酬になりそうですね……」

 メムルは驚きつつも、報酬の額が気になるみたいで身を乗り出してきた。うちのコヒナタちゃんの金遣いの荒さをナメるなと言ってやりたい。


「確かに純金貨百枚以上手に入れたんだけど、借金の返済と仲間の武器作成費用に消えて、あまりお金を持ってないんだ。冒険者ギルドにいけば、この前倒したSランク魔獣の報奨金でかなりの額が手に入るとは思うけどね」

「そうでしたか。及ばせながら私が立て替えてもいいですよ?」

「いや、それ以前にもっと安くていい。何で要らなくなる装備に純金貨払うんだよ。皮じゃなきゃ、最早何でもいい」

「私もボロくなきゃ、何でもいいかな」

「じゃあ鋼の鎧でいいのでは? 胸当てが金貨七枚とお手頃ですよ」

 最初に良い装備の値段を聞いてしまうと、途端に滅茶苦茶安く感じてしまうこの現象は何なのだろう。だけど贅沢は言うまい。


「鉄よりはまだましかぁ。ローブと新しい剣の鞘が出来てから決めてもいいけど、その辺が無難かな」

「私は重くて厳しそうだからまだいいよ。旦那様が新しいメイド服を作ってくれないかな?」

「任せて! 実は仕立て屋にコネが出来て、いい生地をちょろまかしてあるんだ!」

 その頃、置いてあった筈の高級な生地が消えている事に気付いたマダームが絶叫していたと後に聞いたが知らん。


 俺はそんな事を露ほどにも気にしないまま、鋼の胸当てとガントレット、グリーブを試着してこんなもんだろうと決定する。

 皮装備を念の為に一セットだけ残して下取りに出して料金を値引いて貰うと、純金貨一枚と金貨三枚で済んだ。

 剣はレイグラヴィスの鞘の完成を待ち、今は『鉄剣』のままで良いかと諦めた。


 日も暮れ始めた頃には冒険者区域の家に帰ると、俺はとりあえず夕飯までベッドで休んでいた。


「なんだかんだ疲れたけど楽しかったなぁ。一週間後まで冒険者ギルドに行けないのは厳しいけど、待つ甲斐はあるか」

 すると瞼が重くなり眠くなり始めた頃に、懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。

 ーーカバッ! 

 俺は勢いよくベッドから起き上がると、キッチンに走り出した。


「まさか本当にカレー⁉︎ 何で? 何でこの世界にカレーがあるの⁉︎」

 色は少し黒っぽいが、紛れも無く『カレー』がテーブルに置かれていた。そして、中央の皿には粒の大きい米がある。


「デカイけど米だ! これってどうしたのメムル⁉︎」

「あら? レイア様は知ってらっしゃったのですか。東の王国シルミルに召喚された勇者様が、切望して流行らせた料理の様ですよ。お口に合えばよいのですが、私も食べた事が無いのでレシピ通りにしか作れません」


 ーー俺は『勇者召喚』という言葉に驚愕する。


「ナナ! 勇者がいるなんて聞いて無いぞ!」

「マスター……女神や天使、悪魔に魔王がいたら、勇者位いるだろうと何故思わなかったのですか?」

「確かに! 何で考えなかったんだ! 俺は馬鹿か!」

 ファンタジー世界の王道職業が存在しない筈がない。自分の存在が異質過ぎてポロっと頭から抜け落ちていたんだ。


「一つだけ忠告しておきますが、マスターの想像している様な勇者ではありませんよ。第三柱の神から与えられた特殊な力は持っていますが、一言で言うならクズです。関わったら殺し合いになると思いますから、会わない方が宜しいかと。マスターに比べれば雑魚です」

 ナビナナの冷酷な台詞を聞いて、俺まで寒気がした。主人格ならともかく、ナビがここまで言うのは珍しい。


「メッタメタに言われてるなそいつ。でも、カレーを知ってるって事は俺と同じ世界から来た異世界人なのか?」

「いいえ。禁則事項に触れるので詳しくは言えませんが、マスターとある方以外にこの世界に来られる異世界人は存在しません。『勇者召喚』とはこの世界の古代の時代から現代へ召喚する、いわゆる『タイムスリップ』ですね。失われた知識や能力を有している分、一般人よりは強力なのですよ。あくまで人間の範疇を抜けませんが」

 まだまだ知らない事があるものだと、俺は素直に感心していた。


「そんな事が出来るのかぁ。確かにレイグラヴィスも伝説の『巨人殺し』とか言われてる位だから、過去にはいたんだろうしなぁ。すげ〜!」

 俺とナビナナがたわいも無い話している間にカレーは完成し、サラダが添えられている。思わず生唾を飲み込んでしまうのは仕方ないだろう。


「さぁ、お二人共食べましょう!」

「私はちょっと怖いから、旦那様の後でいい」

「大丈夫だよビナス。色や匂いは特殊だけど、まぁ見てて? いただきます!」

 一口頬張ると、懐かしさが込み上げて来た。前世の自分の記憶なんて無いが確信する。


 ーー俺は絶対にカレーが好きだった、と。


 四角く切られたオーク肉は柔らかく煮込まれていて、芋が無いからか少しサラサラ感が強いが、野菜が溶けこんだ甘みで補っていた。

 特に玉ねぎに拘りをみせているのかレシピを見ると、微塵切りした後に炒める火力から色と時間まで細かく書かれている。


 使用している量も通常より多くしている様で、甘さにより辛さを引き立てていた。中辛程度に抑えてあり、万人が食べられるようになっている。


「美味い! 俺の知っているカレーとは少し違うけど、懐かしくて美味い! ありがとうメムル!」

「おぉ! 初めて食べる味だぞ! 我の知らない料理があるとは世界は広いな!」

「ビナス、感動したのは分かったから口調に気をつけてね?」

「は、はーい! 美味しいよ!」

 メムルは俺達がばくばくと食べ進める姿を見て、微笑んでいた。


「おかわりもありますからね。どうすればご主人様好みのカレーになるか、アドバイスをくださいな」

「うん! 我が家のカレーを研究しよう。楽しみが増えたね」

 俺達はカレーに舌鼓を打った後、リビングのソファーで寄り添い合う。するとそこへ、ナビナナが話し掛けてきた。


「マスター。まったりしている所を申し訳ありませんが、今日手に入れた仮面の事で説明があります」

「そうだった!」

 俺は勢い良く立ち上がり、『次元魔術ワールドポケット』から『愚者の仮面』を取り出した。


「なんか気持ち悪い仮面だねぇ。汚いし……」

「ご主人様には似合ってませんよ?」

 確かにその通りだと二人に向けて苦い顔をするが、先ずはナビの説明を聞く事にする。


「その仮面は二重の構造をしているのです。真の仮面を隠す為に、ワザと外側を『愚者の仮面』で覆っているのですよ。対象を視覚でしか捉えられない『鑑定』や『真贋』のスキルでは決して気付けません」

「成る程ね。それでレアな光は見えても、正体が分からなかったのか。じゃあどうすればいい? 外側を壊す?」

「いえ、表面の仮面は簡単に割れますよ。メムルに協力を求めて下さい。彼女が水魔術が得意で丁度良かった」

 俺はナビに方法を聞くと、ソファーから起き上がり実行する。


「メムル。俺が『フレイム』でこの仮面を燃やすから、限界まで熱が高まったら『アイスアロー』を放って急激に冷やして欲しいんだ。全力で放っても仮面は壊れないらしいから、気にしないで魔力を高めて欲しい」

「畏まりました。アクアで火を消しさるだけじゃ駄目なのですか?」

「冷やす温度が水より氷って事かな? 何発同時にいける?」

「同時となるとおよそ八発ですね。頂いた羽根飾りのおかげでMPも上がっておりますし」

 凍らせるだけなら十分だろうと予想していると、ビナスが勢い良く手を上げる。


「私の封印を解いてくれれば、『アイスレイズ』で凍り尽くせるよ!」

「中身が必要なのに凍り付くしてどうすんのさ! はい、ハウス!」

「クゥン! クゥ、クゥン!」

 ビナスは俺の腰元へスリスリと頭を擦り寄せてきた。


(プライド? 何それ美味しいの?)

 俺は日々の調教の成果が発揮されたのを確認すると、意識を切り替えた。


「そろそろやってみよう。『フレイム』!」

『愚者の仮面』が赤く染まっていくが、一向に崩れはしない。ナナが言っていた『熱膨張』とはこういう事かと納得した。

 十分に加熱し終わった頃合いを見計らって、メムルに合図する。


「アイスアロー!」

 氷の矢が仮面に突き刺さると、シュウシュウと音を立てて仮面の色が戻っていき、パッカリと綺麗に仮面が二つに割れた。

 一見何も存在しない様に見えたが、手を伸ばすとそこには薄く透明な仮面があったのだ。


「やはり……マスター、この仮面は『幻華水晶の仮面』というこの世に一つしかなく、そして何百年の間、見つからなかったら幻のアイテムです。売れば純金貨五千枚を優に超える価値があります」

「ーーはあぁっ⁉︎」

「決して壊れない事以外に効果は唯一つ。『対象の視覚を惑わせ、使用者が思い浮かべた人物に変化させる』というものです。意味を分かりやすく言いますと、触られない限りバレない『変身アイテム』ですよ」


「う、嘘だろ?」

 半信半疑でその仮面を被ると、俺は頭にある人物を思い浮かべた。


 ーーすると、突然ビナスとメムルが悲鳴を上げそうな程に驚愕している。


 二人が目を擦って見つめ直した先には、懐かしき髭を生やしたアズラが立っていたのだから。


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