第93話 『レイアの新しい装備』2

 

 バルのおっちゃんの鍛冶屋を後にした俺は、胸を弾ませ、軽快なステップを踏みながら次の店を探しに行く。


「やっぱランクの高いローブを求めるなら、布から探した方が早いのかな。道具屋とか?」

「そうですね。それだけでは無く、布を卸す専門の商人等を探すのもありだと思いますよ」

「確かに布がいい素材だとかっこ良さが違う気がするもんね。今回はビナスの分も作らなきゃだからなぁ。ディーナとコヒナタが来た時にも、お揃いの物を作ってあげないと拗ねそうだけどね」


 ナビナナと雑談しながら人混みを縫うようにして足を進める。裏路地はトラブルに巻き込まれそうな気配がしたので、念の為に避けた。


「そういえばマスター、主人格にも何かプレゼントを用意しては如何ですか? 多少は機嫌がよくなるかもしれません」

「そうだねぇ。『風妖精の羽根飾り』はメムルにプレゼントするから、他のみんなの分も考えなきゃ。なんか久しぶりの買い物なのにプレッシャーを感じるのは何故だ……」

「一番最初にメムルのプレゼントを選んだのは何故ですか?」

「ちっ、違うよ! ただ単にMP補正が付くなら、俺らの中ではメムルが一番適任だと思っただけだよ! ほら、ビナスはもともと封印解いたら半端ないMPがあるんだから!」


 俺は一瞬キョドッてしまい、掻きたくもない汗を流す羽目になった。やましい気持ちが心の何処かにあったのは否めない。暫しの無言の後、ナビナナが話を続けてくれた。


「……なんか言い訳がましい気も致しますが、今回は見逃しましょう。次の店を探しましょうか」

「はいよ! 今は楽しみながら良い物を見つけて買いまくればいいのさ!」

 俺はローブの素材を探しながら『女神の眼』で次の出店を覗く。そこには小さな緑の宝石を嵌め込んだ指輪が、淡い光を放っていた。

 どことなく店全体も薄く光っているように見え、不思議に思いながらも二十代半ば程の綺麗なお姉さんに声をかける。


「お姉さん、この緑の宝石の指輪はいくらかな?」

「あら可愛い声ね。女の子かしら? それは『緑霊樹の指輪』っていう精神に補正のかかる指輪よ。精霊が住まう土地の大樹の雫が宝石部分の素材になっているの。ちょっとこの中じゃ高いけど、純金貨四枚よ」

「う~ん精神かぁ……今の所は要らないかな。誰か欲しい子もいないだろうし」

 俺は既に状態異常無効の効果を持つ『深淵のネックレス』がある為、精神補正にはいまいち興味が無かった。お姉さんも押し売りする感じでは無く、真剣に俺の求める物を見繕おうとしている様に感じる。


「マスター。この人は『鑑定』のスキルを持っていますね。だから掘り出しモノではなく適正価格です。今は他を当たりましょう」

「わかったよナナ。綺麗なお姉さん、いい目をしてるね。よかったら名前を教えてくれる? この店気に入ったからまた見に来るよ!」

「あら褒め上手な子ね? 私はニルアーデっていうの。ここら辺で『彫金師』をしているのよ。何か作って貰いたい物があったら相談に来て頂戴? 買って貰えないのは残念だけど、私の作品を気にいってくれてありがとう」

「えぇ⁉︎ これニルアーデさんが自分で造ったの? 全部?」

 俺は外見からただの売り子だと思っていたので、純粋に驚いた。ニルアーデさんは嬉しそうに微笑みながらも、どこか自信に溢れている瞳を向けてきた。


「そうよ! これでも腕は一流なんだから! 冒険者からもアクセサリーにして欲しい素材や鉱石を持ち込んで貰って、依頼を受けているわ」

「そりゃあ凄いよ。そっか、この店の輝きは、この指輪とニルアーデさん自身のものか……」

 俺は少し思い悩んだ後、二ルアーデさんに再び声をかける。ちょっと良い事を閃いたからだ。


「相談なんだけど、ニルアーデさんが『この素材さえあれば最高の指輪を作ってみせる』って思える素材は何か、教えてくれないかな?」

「あなた、不思議な事を聞くのねぇ……手に入れるのは絶対無理だと思うけど、ピステアの『魔竜の巣穴』って呼ばれているダンジョンの最奥には、長年魔力を溜め込んで様々な色に変化する『輝彩石』っていう魔石があるらしいわ」

「ふむふむ。輝彩石ね……」

 ニルアーデさんから若干怪訝そうな視線を向けられつつも、忘れないようにメモしておいた。ダンジョンは問題じゃない。必要なのは材料の情報だ。


「『輝彩石』を素材にした指輪は、装着者の特性を表す色と補正に変化するらしいの。世界に唯一つのその人だけの指輪……これ以上無い最高の指輪じゃない? キュンキュンしちゃうわ〜!」

「因みに魔石が大きければ、指輪位のサイズなら何個か作れるよね?」

 俺はニルアーデさんが嘘をついてないかと『心眼』で心の表層を覗き、飛びつく様に質問を続けた。


「そ、それはそうだけど唯の伝説よ? 私だって実物を見た事ないしわからないわ。ごめんなさい」

「大丈夫。見て確かめるからさ。ありがとうねニルアーデさん!」

 礼を告げると、俺は手を振りながら再び街中へ歩き出す。


「ふふっ! 可笑しな子。また来てくれたらいいな」

 ニルアーデさんは手を振り返しながら、口元を和らげ微笑んでくれていた。


 __________


「街は楽しいなぁ〜。コヒナタがいると買い物なんてする必要が無いと思ってたのは間違いだね! 頼り過ぎてたかもしれないなぁ」

「マスター。お楽しみの所申し訳ありませんが、気になる店が一つあります」

「ん? どうしたの?」

「この先を右に曲がって下さい。街中でこんな邪悪な気配を放っていて、何故誰も対処しないのか謎です」

「あぁ、気付くのが遅れたごめん。これ、カトリーヌとか言ってたデモニスと同じ気配だな」

 ナビナナに遅れて俺が気付いたのは、契約した邪悪な悪魔が呼び出す死霊の魔の瘴気に似ていた。


(何故こんな街中で?) 

 疑問に思いながらも近付いて行くと、飛び込んだ光景に絶句する。


 店の壁には、『出て行け悪魔!』『滅びろ!』『呪われし豚蛙!』『この街に不幸を撒き散らすな!』等、悪戯にしては酷い内容の落書きが書かれ、卵を投げつけた様な腐臭が漂っていた。


「酷いなこれは……」

「街の者達も気付いてない訳では無いみたいですね。では、これは一体何なのでしょう?」

 俺は顎を撫でながら考えるが、とりあえず『身体強化』、『ゾーン』を発動させて店に入る。以前手に入れた『感覚倍化』により効果は更に強くなり、ゆっくりと流れる時間を歩いている様に感じていた。


 いつでも攻撃出来る様に『エアショット』も掌に準備している。


「誰かいませんか〜?」

 店内で大きな声を上げると、奥からのっそのっそと太ったケバいおばちゃんが出て来た。顔が通常の人と違い、目元を彩るアイシャドウも唇も紫で気持ち悪い。


 しかし、気配自体は一般人のソレだ。俺は不思議に思い慎重に質問する。


「貴女はどこかの森の魔女とかです? それとも、紫のカエルの呪いに掛かったんですか?」

「ーー誰が魔女やカエルだわね! 初めて会った人間に対する質問じゃあ無いわだわね! 外の落書きを見て入って来た勇気だけは、褒めてあげなくも無いだわね!」

 拙い、どうやら未知の生物とのファーストコンタクトに失敗して怒らせてしまったらしい。もう少し言葉を控えよう。


「じゃあ、『だわね』って言わなきゃいけない呪いなんですか? 大変そうな人生ですね。ご愁傷様です……」

「なぁ〜にが呪いだわね⁉︎ これはあたいの唯の口癖だわね! 本当に失礼な客だわね〜!」

「じゃあ、普通に『いらっしゃいませ』って言ってみて下さい」

「いらっしゃいませだわね!」

 俺はその台詞を聞いた瞬間に理解した。ーーこの人重症だな、と。


「も、もういいですから。ここって布を取り扱ってますよね? 格好良いローブが欲しくて、布と仕立て屋を探してるんです。何か心当たりはありませんか?」

 紫のおばちゃんは胸の前で腕を組もうとするが、肉が邪魔をしてカッコ良く組めず、一人で苦戦しながらドヤ顔で叫んだ。


「ピステア最高の仕立て屋! マダームとはあたいの事だわね!」

「お疲れさんでした! では自分失礼します! あざっした!」

 俺は『押忍!』っと両腕を交差し振り下ろし、空手家の様に頭を下げた後、マダームを無視して店を出ようとした。


「ま、待つだわね〜! 嘘じゃないだわね! 作品を見てから判断してだわね!」

「え〜なんか面倒くさくなってきたし、だわねだわねうっさいからもう良いかなって」

「ぐぬぬっ……なんて失礼な奴だわね! ついて来て度肝を抜かすだわね!」

 マダームは俺を挑発するな仕草を取った後、一人で奥に向かってのっそのっそと歩き出した。


 __________


「なんでついてこないだわねぇぇぇ⁉︎」

 十分後、向こうの部屋で俺が来るのをマダームは今か今かと待ち詫びていたらしく、一向に来ない事からこちらへ戻って来るなり絶叫した。

 俺はメムルに朝注いで貰って、『次元魔術ワールドポケット』にしまっておいた紅茶をテーブルで優雅に飲んでいる。


「いや、なんか『来い!』って命令されると行きたくなくなるよね。人ってさ」

「……初めて会ったあたいが言う事じゃ無いかもしれないけど、言うだわね。もう少し素直に人の言う事を聞いてあげる優しさを持つだわね。あんたのその行動は隠れんぼをしようって言い出したのに、いざ帰りたくなったら鬼を一人放って帰る。本当の鬼。ザ、自己中の所業と変わらないだわね……それで、トラウマを背負った子は沢山いるだわね!」

 何故か説教を始めたマダームは、遠い目をしながら過去を思い出した様に涙ぐんでいた。当然そんなもんは知らん。


「いや、俺は『身内に激甘』、『他人に激辛』人間なんで、他人がどうなろうが知らん。寧ろ泣け? 精一杯生きろ? みたいなね」

「ぐあぁぁぁあ! 久しぶりに話し相手が出来たと喜んで見ればこれだわね! やっぱり、呪いの毛皮のせいだわねぇぇ!」

「おっ? 漸く本題が切り出せそうだ。おばちゃんは呪われてる自覚はあるんだよね? その毛皮って何?」

 俺の質問を受けてマダームは黙った後、静かに語り始める。とりあえず黙って聞いてみる事にした。


「王族や貴族へ特注の衣装を作っていたあたいは、ある日、絶対に人生で触れる事が出来ないと思っていた『ある魔獣』の毛皮を貴族から渡されただわね。そして、最高のローブを作る様に依頼を受けただわね」

「ふむふむ」

「その後、貴族は直ぐに姿を眩ませ、毛皮だけがあたいの元に残っただわね。どうしていいか悩んでいたあたいは、とりあえず作業に取り掛かろうと毛皮に触れただわね……」

「…………」

「それ以降、何処に行こうとしても辿りつけず、逃げようとしても周囲をさ迷って毛皮の元に戻って来てしまうんだわね。会う事が奇跡と言われる魔獣『迷死狐』。あたいは死ぬ迄、この家から何処にも行けないんだわね」


(悲しい話の筈が、口調の所為で全く悲しくならないな。こんな残念なおばちゃん初めて見た)

 俺が話に飽き始めていた頃、ナビナナが魔獣について補足してくれた。


「マスター。口調はともかく『迷死狐』は本当にフェンリル並に有名で、滅多に出会う事の出来ない貴重な魔獣です。毛皮を手に入れられる機会などもう無いかもしれません」

「うーん。さっきから無視してるけど、その毛皮の念にすげー語りかけられてるからねぇ。気は乗らないがローブの為に頑張ってみるか!」

 面倒くさいがローブの為なら我慢するかと思い、俺はやれやれと肩を竦めた。


「おばちゃん、まずは毛皮を見せてくれない? もしかしたら呪いを解けるかもしんないから」

「あんた、そんな事が出来るんだわね⁉︎」

「だけどタダじゃ無いよ? 呪いを解いたらその毛皮を全て使って、俺に最高のローブを作る事! いい?」

 俺はビナスに贈るローブは別の物にしようと諦めた。呪い付きのローブなんて着させられないだろう。


「そんな事が本当に出来るなら契約してあげるだわね! また仕立て屋が始められるなら何でもするだわね!」

「じゃあ、案内してくれ」

 俺は再びのっそのっそと歩くマダームの背後について行く。奥に近付くにつれて、邪悪な瘴気と共に嘆きの声が増していった。


「……これか」

 美しい金色の毛皮の前で『女神の天倫』を発動し、呪いの声を聞く。マダームは突然フードを取って輝き出した俺の姿に驚愕していた。


「初めまして! 私はレイア。君の声は聞こえてたよ。何をすれば呪いを解いてくれるんだい?」

 すると、毛皮から幼い声をした『念話』が語り掛けて来た。


『おいらを母ちゃんに会わせろ。それまで呪いは解かない。おいらを騙して殺した奴も呪い殺してやった。そこの女もじきに迷い死ぬ。嫌ならおいらを母ちゃんの所に連れて行け!』

「君、子狐だったのか。なんで母親と逸れたんだ?」

『おいら達は迷わせる。そして自分達も迷うんだ……だから、いつの間にか逸れた……』

「それ、ただの迷子じゃん」

 俺が毛皮に呆れた視線を向けつつ深い溜息を吐くと、迷死狐は小さくボソッと呟いた。


『そ、 そうとも言う……』

「素直ないい子は嫌いじゃないけど、一つ質問して良いかな? 俺が君とこのおばちゃんを無視して帰るとは思わないの?」

『なぁっ⁉︎ 人間の半分は優しさで出来ているんじゃ無いのか! 母ちゃんが言ってたぞ⁉︎』

「どこのバ○ァリンだ馬鹿が! 普通にこんなカエルみたいなおばちゃんがどうなろうが知らんわ! あと、残り半分が何なのか凄い気になる!」

 どこの世界にも似たような売り文句はあるものだと俺が苦笑いしていると、毛皮の『念話』が途端に弱々しくなったのを感じた。


「おいらは……母ちゃんに騙されたのか……」

「いや、そんな事で母ちゃんの愛を疑うな。あと、人質にとるなら相手を選べ」

 俺は段々と面倒くさくなってきて、『次元魔術ワールドポケット』取り出した『朱雀の神剣』をチラつかせると、白い神炎を纏わせる。


「なぁ、子狐君? このおばちゃんは君を何とかすれば、俺に好きなだけ『最高級のローブ』を『無料タダ』で作ってくれると約束したんだ」

「なんか要求のレベルが跳ね上がってるだわね⁉︎」

 俺の要求を聞いたマダームが絶叫しているが、一切気にしない。


「つまり、呪いを解いて俺のローブになり、母ちゃんに会えるまで俺の為に尽くすか、今燃やし尽くされるか選べ。はい、時間は十秒ね? いっくよー?」

 迷死狐の毛皮が途端に慌て始めた。俺が確実に自分を消し去れるだけの能力を秘めていると感じ取ったんだろう。


「は、早いよ待って! 燃やされるのは嫌だよ! おいらは母ちゃんに会いたいだけなんだよ!」

「よーん!」

「にーいぃ!」

「いーっち!!」

「数が飛んでる⁉︎ わ、わかったよぉ! おいらローブになって、お姉ちゃんに着いて行くから燃やさないでぇ! 呪いも解くから!」

 俺は朱雀の神剣を鞘にしまうと、子狐の素直な返事を受けてうんうんと頷いた。


「じゃあ最高のローブになれよ? 微妙だったら置いて行くからな!」

「それは、そこのおばちゃんに言ってくれよぉ……」

「それもそうだな! カエルのおばちゃん、気分はどうだい?」

 マダームは肩を回すように動かして、呪いが解けているのを確認している。外見は変わらず紫ガエルのままだったけど。


「あぁ、なんか気持ちも軽い気がするだわね! 最高のローブは約束通り作ってやるだわね。ただ、お前は人としてどうかと思うだわね」

「ん? だわねが煩くて何のことかわからないなぁ。とりあえず、俺の新しい剣の鞘が出来るまで一週間あるんだ。素材は足りるかい? 何なら買ってくるけど」

「今まで何も作れなかった分、充分にあるだわね。一週間後にここにも寄りなだわね。最高のローブを仕立てておくだわね」

 俺は銀髪を搔き上げると、満面の笑みで答えた。


「楽しみにしてる!」


 __________


 店を出て行くレイアを見送りながら、マダームは今まで恐れていた迷死狐の子供の毛皮を、恐る恐る撫でた。


「とんでもない人が主人になっちまっただわねぇ。後悔はないだわね?」

「あの人があんな風に振る舞うのは多分わざとだよ。本当は凄く暖かい。おばちゃん、今までごめんね……おいらをあの人に気に入って貰えるローブに仕立ててくれないかい? お願いだ」

「しょうがないだわねぇ。任せておきな! 久し振りに腕が鳴るだわね!」

 先程まで絶望していたマダームと迷死狐は、何故か想いが通じ合い笑っていた。


 鬼畜なあいつの度肝を抜くローブを作ってやろう、と

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