第92話 『レイアの新しい装備』1
ーー『生命神のブレスレット』は紛う事無き本物だった。
俺は一度装備してその効果に大きく頷き、試しにメムルにも着けてもらうと、何の効果も起きない。これでやはり神気に反応するのだと実証された。
「もしかしたらこの街って宝の山かも知れないな。ナナはどう思う?」
「マスターの予測通りでしょう。恐らくは鑑定のレベルが低い者には価値が分からず、分かった所で神気を使えない者には価値が無いと投げ出されたのでしょうね。愚かな事です」
「つまりはそんな装備が格安で売ってるかもって事か! それは楽しくなってきたな!」
「お楽しみの所申し訳ございませんが、主人格より一つ伝言がありますよ。今聞かれますか?」
俺が胸を弾ませていると、いきなり興醒めしそうな発言を聞かされた。嫌な予感がするので後回しにする。
「……メムルの件でしょ? 大体分かってるから。やっぱ俺を殺す気?」
「いえ、マスターに生を後悔させる
「ナビナナがそれに入れるって事は、他のは中々に凄そうだね……」
「聞かない方が宜しいかと。とりあえず今はお宝探しといきましょう。思考をリンクして私も手伝います」
「ありがとう。助かるよ、色々な意味で……」
ーーまた聖戦が始まるのかも知れないと、俺は心の中で決意を固めた。
__________
俺は次に『女神の眼』が捉えた淡い輝きを放っていた出店に近づく。そこには身体中にタトゥーを入れ、如何にも怪しい恰好をしたやせ細った男が立っていた。
「いらっしゃい。旅人かい? 冒険者かい? あっしの所の商品はBランクギルド「グラックス」の直卸品ばかりでさぁ。目にかなった物があったら、声をかけてくだせぇ!」
既に燐光から欲しい商品は決まっていたのだが、俺は敢えて首を傾げる。
「おっちゃん、これは何?」
「それは『愚者の仮面』っていうただの怖い顔をした仮面だねぇ。正直この中じゃ一番おススメしないよ。特殊効果もないって先日鑑定したからねぇ。ただ、ダンジョンから出た品だから純金貨一枚なのはまけられないのさ」
上から見ても下から見ても、確かに泥で作られた汚らしい怖い顔の仮面だ。子供を怖がらせるくらいしか使い道がありそうにない。本当に価値があるのか疑問だね。
「マスターそれは絶対購入してください。私の言う通りの台詞を復唱して伝えてくれれば上手くいきます」
「わかった。俺には何かわからないけど、ナビナナは理解してるのか?」
「これは鑑定持ちだけでは気づけないような仕掛けがあるんですよ。では、いきます」
俺は演技を始め、興味を無くした様にやっぱりいらないと仮面を置く。
「おや? お気に召さなかったかい? やっぱりそうなるかねぇ」
「そりゃそうだよ。これじゃあ子供を怖がらせるくらいしか使い道がなさそうじゃないか」
「その通りだねぇ。それじゃあこれなんかどうだい? 『風妖精の羽根飾り』さ。MPに+500の補正がつくよ。フードで見えないが、可愛らしい声からして女性なんだろう?」
ーー俺は直ぐには食い付かず、悩むフリをする。
「それはいくら? あんまり高いと買えないよ」
「そうだねぇ。これはダンジョンから流されたものじゃないから、純金貨二枚でいいよ」
「けっこうするなぁ……純金貨一枚と、金貨二枚にまけて?」
「こっちもぎりぎりさぁ。流石にそこまではまけられないよ」
商品の価値としてはこのおっちゃんがぼったくってる訳でもなく、俺はいつでも折れても良かったのだが、『愚者の仮面』に価値があると思わせない為に敢えて交渉を続けた。
「じゃあ、純金貨二枚と金貨三枚でいいからその仮面もつけてくれないか? 今度村の祭りがあって、その催しに使えそうだからさ!」
「う~ん! 子供達を喜ばす為だと思えばいいか。契約の仮面代は稼げたしねぇ……よし! 売った!」
「ありがとうおっちゃん! 買った!」
怪しい風貌に似あわずいいおっちゃんだったなと、俺は気分良く自然と笑みを浮かべていた。
冒険者ギルドにいけば報酬で贅沢は出来るが、買い物はこの値切りと掛け合いこそが楽しいのだ。
ナビナナが言うからには、あの醜い仮面も何か秘密があるのだろうと想像する。ネタばらしは夜だ。
ビナスは駆け引きが顔に出そうだからという理由で別行動を取っている。メムルと一緒に、日常品と衣服系の買い出しをお願いしていた。
次の目的は新しいローブだと仕立て屋の中で輝きを放っている店を探すが、これがなかなか見つからない。諦めて武器屋に向かおうかと思った時に、路地裏の小さな店から怪しい気配を感じた。
「ナナ。あれって何かわかる? 普通の店より光がダントツで強い!」
「既に神気を感じますね。これは流石にお宝というより、正規品としてとてつもない値段で売られていると思いますよ?」
「だよなぁ~! とりあえず商品だけでも見に行ってみよう」
外にはボロボロの剣が捨て値で並び、中を見るとそこそこのランクの鋼製の剣や鎧が並んでいる。
カウンターにはドワーフの爺さんが酒を飲みながら潰れていた。
「どれだナナ?」
「どうやら表には出していないようですね。もしかしたら売り物じゃないのかもしれないです」
「まずは聞いてみよう」
俺はカウンターで項垂れたドワーフにわざとらしく話しかけた。何も知らないフリをした方が警戒されないだろう。
「ねぇ、お爺ちゃん。この店の商品はこれだけ~?」
老人の心を掴むにはぶりっ子だろうと、自分なりに考えた演技をする。プライドとは見知らぬ他人の前では必要ないのだ。身内に見られさえしなければ良いのだよ。
「なんだお前は? 客か? 冷やかしなら帰りやがれ。うちの商品はこれだけだ」
「本当に? 何か奥から力を感じたって友達が言ってたんだけど」
「……なんだ、その友達とやらは『鑑定』スキルでも持ってやがんのか? 確かに奥に武器はあるが、商品にしたくてもできやしねぇんだよ」
「商品に出来ない武器って?」
「買った俺が騙されたんだ! とんでもねぇ値段がした割には使えねぇし、売れやしねぇ! おかげで俺はここを動く事も出来ずに、鍛治さえ満足にできやしねぇ!」
爺さんだと思うくらい老け込んでいるように見えた男は、髭が凄いだけで思ったよりは若いようだと声からわかった。悲痛な表情から何か事情がありそうだ。
「一体どうしたの? 武器があるなら売ればいいじゃないか。高いお金で買ったんでしょ?」
「あぁ。だが、価値からすれば破格の安さで買えたと思うぜ。純金貨二百枚払ってでも手に入れた価値があると、当時の俺は思ったんだ」
「純金貨二百枚⁉︎ それは随分と高い買い物をしたね」
「あぁ。必死に頭を下げて売って貰った。だが、この武器を売った男は言ったんだ。『いつか、この武器を抜ける者が現れるまで、分不相応な力を求めた事を後悔するがいい』と……」
(なんだその聖剣みたいな設定。中二病か? めっちゃツッコミたい)
「分不相応な力って?」
「大剣さ。ただしグラビ鉱石と、神の鉱石ルーミアが混ざり合った特殊な大剣だ。最大まで高まったグラビ鉱石の重量に固定されているから、誰も持ち上げる事が出来ねぇ。名を『レイグラヴィス』。過去に伝説となってはいるが実在したという『巨神殺しの大剣』とも言われてる」
俺が顎をなぞりながら頷いていると、ナナが補足説明をしてくれた。
「マスター。本物ならアズラの『護神の大剣』を超えるSランク以上の武器です。お宝じゃすまないレベルですよ」
「ほうほう成程ねぇ。それが家に突き刺さってどうしようもないと?」
「あぁ。剣なんて放ってどこかへ引っ越そうとも考えたが、俺達ドワーフにとって自分の工房の炉は誇りなんだ。あの野郎それを分かっていて突き刺しやがった。自分から壊すなんてことは出来なかったんだよ」
「それをどうにか出来たら、大剣はどうするの?」
さて、ここから交渉の始まりだ。俺は何も知らぬ小娘を演じながら、強かに情報を引き出し始めた。言質を取ればこっちのもんだ。
「はっ! 持っていける奴がいるならくれてやるさ! 俺の人生を狂わせた剣だぞ? もう見たくもねぇ! 今まで様々な腕っぷしを持つ奴等にお願いして、どかそうと努力したんだ……男二十人がかりで引っ張りもした」
「男二十人ねぇ」
俺は別に大した事じゃ無いと視線を流した。どんなレベルの男二十人なのかによるし。
「でも、動かねぇんだよ。俺はいつしか思うようになったんだ。あの大剣は重いんじゃなくて、動かせない呪いでもかかっているんじゃないかと……もうどうしようもねぇんだ! さぁ、帰ってくれ!」
「じゃあ、俺がその大剣をどうにかしたら、材料費のお金だけ払うからただで鞘を作ってくれよ」
「無理に決まってんだろ? お前声からして女じゃねぇか。さっきから馬鹿にしてんのか?」
「いやいや馬鹿になんてしてないさ! 約束は守ってね? とりあえず見せて?」
俺は途中から演技するのが面倒くさくなって素で喋りつつ、交換条件を突き付ける。おっちゃんは呆れた視線を向けてきたが、渋々と椅子から立ち上がった。
「はぁっ……頑固な奴だな。記念に見るだけ見せてやるさ。でけぇぞ?」
無言のまま俺はおっちゃんについて行くと、確かに凄いなと驚いた。
ーー『斬るのではなく潰す』
まるでそう言わんばかりの赤黒い大剣が、窯の炉を塞ぐように突き刺さっていた。俺の伸長を優に超える二メートル近い刃に、赤い
神気を流せばどうなるのか、試して見るのが楽しみでしょうがない。刃の厚さは前方に向けて細くなっているが、それでも並の大剣より半端なくぶ厚かった。
全力で叩きつけても、折れる事など絶対になさそうだ。徐々に興奮が加速すると、我慢していた感情が爆発した。
「かっけぇぇ~~! 太いでかい! 黒と赤が良い! 片手じゃぎりぎりの柄の太さ! これぞ大剣って感じだなぁ! 俺に出会う為に待っていてくれたのかい? よ~し待ってろよ〜レイグラヴィスちゃ~ん!」
「何言ってんだお前? 持ち上がるわけねーだろ。この大剣を前にしてそんなリアクションしたのもお前が初めてだよ。普通絶句するぞ」
「いいから見てなって。面白いものを見せてあげるよ」
俺は大剣の柄を両手で掴むと、一応念のために『身体強化』を発動させた。
「おっ、確かになかなか重いね。よっと!」
ーーズズズズズッ、ズンッ!
身長が足りないから腕の力だけでは引き抜けず、そのままジャンプして大剣を抜き去ると、ズシっと自分の肩に下ろした。
「何いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ⁉︎」
「あははっ! 驚き過ぎだよおっちゃん。そういや名前は?」
「ば、バルカムスだ……」
「長いからバルのおっちゃんね。これからよろしく!」
バルのおっちゃんは震えながら腰を抜かしていた。あり得ない、あり得るはずが無いと呟きながら、顔を抓ったり叩いたりしている。
「お〜い? 戻ってこ〜い! 現実だぞ〜! これで鍛治が出来るぞ〜!」
「お、お前は一体何者なんだ……? Sランク冒険者に頼んでも抜けなかった代物を、何故そんな容易く抜けるんだ? 本当に人間なのか?」
俺は一瞬化け物扱いされてむっとした表情を見せるが、バルのおっちゃんならいいかとフードを取る。
「ね? ちゃんと人だろ?」
「馬鹿か。美し過ぎて余計魔獣が変幻でもしてんじゃねぇかと疑うな」
うん、更に苛ついた。俺は丁度いいとレイグラヴィスを持ち上げ、『女神の翼』と『女神の天倫』を発動させ、神気を大剣に流し始めた。
「な、なんだぁ! 今度は一体何が起こってるんだ⁉︎」
『レイグラヴィス』は神気に呼応するかの如く、紅光の粒子を放ちながら輝き始める。すると、俺の身体に合わせて丁度持ち易い長さと柄の太さに変化した。
「うん。俺を主人と認めてくれたのかい? いい子だな!」
「…………」
バルのおっちゃんは絶句して固まっていた。
(俺を今まで苦しめていた大剣はこんなに輝いていたか? 鍛治師として見惚れる程だぜ)
「お前は本当に何なんだ? 神族なのか? 何故地上にいる」
「説明が面倒くさいから手っ取り早く言うと、バルのおっちゃんはドワーフだよな?」
「あぁ。それがどうした」
「俺はレイア。コヒナタの旦那になる男だ。正式な結婚はまだ先だけどね。ほれ、これ見りゃ分かるだろ?」
俺は『
「そ、そんな馬鹿な事があるわけ無い……コヒナタ様がまた鍛治を……しかし、この鞘の紋章は確かに……封印は⁉︎ あの馬鹿王が施した封印はどうなったんだ⁉︎」
「解いたに決まってるだろ! だから鍛治が出来るんじゃないか」
おっちゃんは暫く黙りこんだ後、涙を滴らせながら地面に跪いた。『心眼』のスキルを発動しなくても分かる。積年の思いが叶ったかの様に、伝わる感情は純粋な感謝そのものだ。
「我らが巫女を救いしお方に、ご無礼を働きました事をお詫び致します。大恩ある御身の鞘、首都カルバンに住むドワーフ一同の力を合わせ、最高の品を創り上げて見せましょう」
「堅苦しいのはやめてよバルのおっちゃん。この街じゃまだあまり目立ちたく無いんだ。この双剣じゃ剣は勿論鞘まで目立つから、新しい剣を今日は探してたんだよ。なんか偽装するいい方法ない?」
俺は元々鉄剣よりも少しランクの高い位の装備を探していたのに、目的が明後日の方向に向かいかけていた事に漸く気付いた。
「俺も堅苦しいのは苦手だから助かる。それなら鞘を二重にすれば良いだろう。本当の鞘を偽装出来る様に改造しておくぞ!」
「そりゃあいいね! どれ位で出来る? 金額は?」
「一週間は欲しいがな、報酬はいらん。実はこの街のドワーフ達は、若い頃にコヒナタ様より師事を受けた者が多いんだよ。きっとみんなお前の為に動いてくれるさ。俺達が成長した所を見せたいしな!」
鼻息を荒くしながら気合いを入れているおっちゃんには悪いが、コヒナタの外見から想像もつかない。こんな厳ついドワーフがコヒナタに頭を下げる光景もなんか歪だ。でも、黙っていよう。
「きっとコヒナタも喜ぶよ。今も多分この街に向かってる。後どれくらいかは分からないけど、着いたらきっと会わせるからね!」
「ありがとう。レイアは次に何を揃えに行くんだ? 知ってる店なら紹介するぞ」
「いや、街を見ながらこういった出会いがあるのも、冒険者の醍醐味だろ? 次に会う時は最高のローブを身に付けて来るよ! 『
「……何かしたくても出来んかったから、俺は十何年苦しんだという事実をもう忘れてやしねぇか?」
「大丈夫さ! 今のおっちゃん二十歳位若返った瞳してるよ? 気分がいいんでしょ?」
「ちっ! ばれてらぁな。こんなに胸が高鳴るのは久しぶりだ! 俺は仲間達に話をつけてくるぜ。一週間後を楽しみにしてろよ!」
俺は走り去るドワーフの後ろ姿を見ながら微笑んでいた。そして、再び賑わう街中を歩き出す。
「次は何に会えるかな?」
ーー全力で買い物を楽しんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます