第91話 お仕置きはお尻叩きで。
「ぐぬぬっ」
ビナスはプルプルと震えながら憤怒していた。朝目が醒めると、横には何時も絶世の美女である女神が寝ている。だが、変わらぬ日課のほっぺにチューをした瞬間、とある違和感に気付いたのだ。
「なんかいつもの匂いじゃない様な。いい匂いなのは変わらないけど、どこか違った雌の臭い……まさか⁉︎」
ビナスはベッドから飛び降りて一気に走り出した。隣の部屋を開けると裸のメムルが寝ており、近付いてクンクンと匂いを嗅ぐ。
「コレだ……一緒の匂いだ……」
その瞬間、ブチっと何かがキレる音がした。
ディーナとコヒナタ、まだ見ぬ第一夫人とやらはしょうがない。出会ったのが先なのだから許すしかないし、みんなといるのを楽しいと思った事もある。
ーーしかしメムル、お前は駄目だ、と。
(私を寝かしつけた後何してるのかと思えば、まさか新参者に寝取られるとは何たる不覚……元魔王の名が泣く。それに旦那様も、何平然とひっかかっちゃってるの? 一日一時間しか無い大事なイチャイチャタイムをメイドに取られた……私は明日までお預け……放置プレイだと思えばそれも悪くはないか? いやいや、まずは二人にお仕置きしなきゃ気が済まない)
ビナスは眠るレイアの元に戻り、顔を掴んで無理矢理キスをした。
「んむっ? ーーんむむぅ⁉︎」
レイアは起きてビナスの紅い双眸と目が合った瞬間に理解したのだ。
(バレてる。これ、絶対バレてる……)
「ぷはぁっ! さぁ旦那様、今からお仕置きタイムだよ。オイタしちゃったらどうなるか、身体で覚えましょうね?」
元魔王はにっこりと微笑むが、深紅の瞳は輝きを増していていた。
「お、お手柔らかにお願い致します……」
「だ〜めっ! 『インビシブルハンド』!」
魔力で作られた無数の透明な手がメムルの部屋に伸びて四肢を掴むと、宙を浮かせながら引っ張ってくる。
「えっ? な、何が起こってるの? ちょっ! 服着てない! 私、服着てないってばぁぁーー!」
メムルは廊下を裸のまま浮遊しており、寝起きで完全に混乱していた。
「ご、ご主人様? ビナス様? 朝からこれは一体……」
「黙りなさい。この泥棒メイド!」
「ごめんメムル。寝起きからバレてた。諦めてくれ」
レイアはほんのり涙汲みながら、悟りを開いた様に達観していた。痛くないといいなぁ、と。
「何か弁解はあるかな?」
ビナスの問いにメムルは少し考え込んだ後、突然口元を手で抑え、涙を流し始めた。
「私はただ背中を流したかっただけなのに、欲情したご主人様が無理矢理……うぅ、ううぅ……」
「ーーファッ⁉︎」
女神は突然のメイドの裏切りに驚愕し、目を見開く。
「本当なの? 旦那様?」
「いやいやいやメムル!! お前は悪女かあぁ! 天国のマムルにごめんなさいしなさい!」
「お姉ちゃんは草葉の陰からきっと私を応援してくれています。双子だから感じるんです」
二人のやりとりを眺めながら、ビナスはどちらでもいいと指を鳴らした。
ーーパチンッ!
「再封印まで時間が無いから説教は後ね。やっぱり悪い事したらお尻叩きでしょう?」
二人は『インビシブルハンド』に持ち上げられ、空中で四つん這いにさせられる。レイアはペロンっと尻を丸出しにされ、裸のメムルと共にあられもない姿を晒していた。
「ねぇ、この時点で凄まじく恥ずかしい……」
「私なんか裸のままですよ? ご主人様はまだマシです」
「さぁ、いくよ〜〜? インビシブルハンド!!」
一時的に封印を解かれたビナスの魔力が、一気に増大していくと、レイアはその様を感じ取り、顔面蒼白になっていく。
「この感じ……まさか禁術⁉︎」
「そうだよ? 何だと思ってたの?」
「いやいや、やり過ぎ注意! ビナスさんやり過ぎ注意ですよぉ⁉︎」
「だ〜めっ! 逝っちゃえええええええ!」
ーーバシィィィィン!!
「「キャアアアアァ! 痛ったーい!」」
部屋に絶叫が響き渡る。一発受けただけで分かる鞭打の威力に二人は慌て蓋めいた。だが、ビナスは止まらない。
ーーバシンッ、バシンッ、バシンッ、バシンッ、バシンッ、バシンッ、バシンッ、バシンッ、バシンッ!!
「痛いっつーか、お仕置きじゃなくてこれ最早攻撃だよ!! メムルが死ぬって!!」
「大丈夫。威力は旦那様の半分にしてあるから!」
「ブクブクブクブク」
「全然大丈夫じゃないよそれ! 見て、泡吹いて気絶してるじゃん!! はうっ! 痛てえぇぇ!」
その後、百発ずつ尻を叩かれ終わるとビナスは満足そうに気絶し、メムルとレイアは尻からシュウシュウ音を出しながら倒れていた。
「ビナス。恐ろしい子……」
「えぇ。次は特製の匂い消しも買っておかなくては……」
「反省して無いね君! そのポジティブさに女神もびっくりだよ⁉︎」
「一度あの快楽を知ってしまったら諦めきれないのですよ。私は負けません!」
メムルは寝そべりながら拳を固めるが、受けたダメージから弱々しかった。
「……まぁいいか。メムルが元気になってくれたら俺も嬉しいしね」
「はい。それよりご主人様、回復魔術をお願いします。私の力じゃこれは完治しません」
「ほい、『
レイアは自分の尻とメムルの尻に治癒魔術を施し、痛みが徐々に引くのを気持ちよく感じていた。
「ありがとうございます。では、とりあえず服を着てきますね。食事の後はどうする予定ですか?」
「とりあえず、冒険者ギルドに行く前に皮と鉄剣の代わりにある程度のランクの装備を買っておきたいかな。ローブも何だかんだボロボロだしね」
「では商業地区の武器屋や鍛治師を回りましょうか。カルバンにはダンジョンからの掘り出し物などもあるんですよ。所有者が価値に気付かず流れていたりしますから、良いものが見つかるといいですね」
「良い装備はもう持ってるし、俺にはコヒナタっていう最高の鍛治師がいるから特に興味ないけどね。でも革鎧はダサくて嫌だ……」
「シンプルではありますが、ご主人様のフル装備を知っていると確かにそうですよねぇ……」
ビナスは頬に手を添え、ほうっと溜息を吐いた。
「じゃあ、ビナスも回復させたら食事にして出掛けよう。なんかまだ尻が痛い気がするけど」
「私もですよ。では、食事の準備をして参ります」
__________
暫くして目を覚ましたビナスは、驚く程機嫌が良くなっていた。どうやら俺達にお仕置きをして満足したらしい。
「旦那様が反省してるなら許してあげるよ! ご飯食べよ?」
「う、うん……食べ終わったら買い物に行くからね。まずは新しいローブを買おう。あと、この国にいる間は双剣を封印しようと思うんだ。鞘が目立つし」
「いつでも取り出せるんだからいいんじゃないかな。代わりに何を使うの?」
「ふっふっふ〜大剣だ! 魔獣を一刀両断しまくりたい!」
俺の中ではアズラの『護神の大剣』よりも更に大きな大剣をイメージしていた。せっかく力のステータスが跳ね上がっているんだから、大剣を振り回したいのだ。
「旦那様がそんな重そうな剣振ってたら、余計目立つんじゃ……」
「魔術を使ってる事にすれば平気平気! 折角の溢れるパワーを発揮しない方が損さ」
「そんな自制の効かない旦那様も好き!」
俺達が階下に降りると、ビナスの機嫌を良くする為に豪華な食事が用意されていた。美味い料理に舌鼓を打ち、食べ終わると三人でシルバの元に向かう。
「買い物に行ってくるよ。人通りが凄いらしいから、お留守番していてくれる?」
『あぁ、わかった。私もそんな人混みには行った事が無いからもう少し街に慣れてからにしたい。侵入者はどうする?』
「敵意がある奴は、殺さない程度に痛めつけたら放り出しちゃってくれ」
『了解した。安心して行ってくるといい』
「ありがとう。行ってくるよ」
俺とビナスはローブを被り、メムルに案内されながら徒歩で商業地区へ向かう。道の両隣には様々な木造の出店や店舗がズラリと並んでいて賑わっており、迷子にならない様に手を繋ぎながら進んでいく。
「ねぇ、メムル。この賑わいがいつも普通なの? 祭りじゃなくて?」
「この商業地区と交易地区はこれが普通ですよ。ダンジョンから出たアイテムや装備がいち早く並びますからね。みんな先取りしようと構えているんです。一獲千金を夢見る冒険者も集まりますから」
「でも、こんだけお店があったらどれが良い物かなんて分からない気がするなぁ〜?」
「冒険者は皆ある程度買うお店が決まっているんですよ。商人や職人と付き合いを深める事で、逆にアイテムを高く買い取って貰えたりしますからね。スキル『鑑定』や、『真贋』持ちの商人や冒険者は更に優遇されるみたいですが」
それはいい事を聞いたと喜ぶと同時に、俺は閃いた。『鑑定』や『真贋』は女神の眼の下位互換スキルだ。
「ふむふむ、それなら試してみようかな。『女神の眼』、『心眼』発動!」
俺が集中の為に立ち並ぶ商店から聞こえて来る声を極力抑えながら眼を凝らすと、所々に淡く光って見える場所がある。
そこに向かって歩いて行くと、ズラリと並ぶアクセサリーの中から一つのブレスレットを手に取った。
「おっちゃん。これは幾ら?」
「いらっしゃい。そいつが気に入ったのかい? 銀貨八枚だよ!」
「はい、これ銀貨八枚。ありがとう!」
「そいつは中々売れなくて困ってたんだ。助かったぜ! まいどあり!」
俺はビナスとメムルの元に戻ると、真珠色のシンプルなデザインのブレスレットを見せる。
「これが如何したんですか? なんかシンプルでレイア様らしくは無いというか、安そうですね……」
「装飾にもうちょっと工夫が欲しいな」
二人の意見に軽く頷きながら、俺はナビナナから聞いたアイテムの説明をした。
「これね、『生命神のブレスレット』っていう神具なんだよ。全部の素材がルーミアで出来てて、HPに1.5倍の補正が掛かるんだ。Sランク以上なのは間違いないね。神気を持たない普通の人が装備しても効果が出ないから、放置されてたんだよ」
「「はぁっ⁉︎」」
「ご、ご主人様? そ、それは一体幾らで買われたのですか」
「うん。銀貨八枚!」
「「はあぁっ⁉︎」」
顎が外れそうな程驚愕する二人を他所に、俺はニヤッと悪どい笑みを浮かべる。
「こりゃあ、宝探しの時間だね!」
装備など最高のモノを持ってるからどうでもいいと考えていたが、久しぶりに胸がトキめいていた。
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