第90話 メイドのたしなみって言葉にときめく憧れる。

 

 俺達は『風の導き』が住んでいた家に着くと、メムルに割り振られた部屋へと入った。


「宿より全然広いね。A級冒険者ってみんなこんな暮らししてるの?」

「王様が元々S級冒険者ですからね。強い冒険者程優遇されるのですよ。その分危険な依頼を受けなければならないのですから。しかし今回の依頼は完全に想定外な難易度でした。レイア様がいなければ全滅していたかもしれません」

「終わった事を気にしてもしょうがないさ。俺はやりたい様に動いただけだしね」

「終わった事……ですか」

 そう呟くとメムルは重々しく顔を伏せる。何を考えているかわかっているが、現実は変わらない。己が歩む道を見据えて、下よりも前を向いて欲しかった。


「少し休みなよ。俺達も疲れてるしさ。そういえばお風呂はあるの?」

「はい、こちらです。暫く帰ってきて無かったので掃除致しますね」

 俺はメムルに案内されてついて行くと四人位同時に入れそうな、大きなバスタブに感動する。


「おぉ、広いじゃん! これは入るのが楽しみだね。俺も掃除手伝うよ!」

「喜んで頂けたなら幸いです」

 すると突然、俺がいるのも気にせずにメムルがメイド服を脱ぎだした。


「ちょ、なんで脱いでるのさ⁉︎」

「どうせ濡れるのなら脱いでしまった方が早いでしょう? レイア様にお目汚ししてしまい申し訳ありませんが……」

 メムルはアリアやディーナと同じく巨乳なのだ。普段三つ編みにしている緑色の長い髪を解くと、二十三歳のお姉さんの色気が漂い出す。

 マムルといた時の子供っぽさが嘘見たいだ。


「別に嫌じゃないけど、なんか照れる」

「恥ずかしがるようなモノもついていないじゃないですか。レイア様は女なんですから」

「いや男にもなれるよ? 一日一時間限定だから悲しい事に、ほぼ女と変わらないね……」

「それも神の御力ですか。じゃあ、いつか私の事も抱いてくださいね。私にはもう貴女様しかおりませんし、トギもメイドのたしなみですから」

「そんな事求めて無いよ! ーーいや、ありか? メイドなら普通なのか?」

 俺は異世界の常識を当てはめてはいけないと唸る。確かにメイドさんのお仕事の一つな気もしなくはない。


「私自身が嫌がっていないのならよいではありませんか」

「う〜ん。でも今はビナスが拗ねちゃうから駄目かな。メムルが本当の意味で笑えるようになったら考えるよ」

「厳しいご主人様ですね……努力は致します」

 俺はメムルの頭をくしゃっと撫でた。するとお返しと言わんばかりに、俺の服を脱がせに掛かってくる。


「ご主人様も濡れてしまうから脱ぎましょうね?」

「こらこら! ーーってなんでナナといいメムルといい、脱がせるのが早いんだ⁉︎」

「メイドのたしなみです。そのお方とはよい友になれそうですね」

 俺は服の裾を掴んだり引き離そうと抵抗するのだが、その力すら利用してヒラヒラと服が剥がされていく。どんな達人だと驚愕した。


「わかったわかった! 脱ぐから無理矢理はやめてくれぇ!」

「ーーチッ!」

「なんで舌打ちするのさ⁉︎」

 諦めた俺が裸になって風呂を洗い始めると、メムルが隙を狙って胸や脇をツンツンして悪戯を仕掛けてきた。

 挑発に乗らないように無視しているのだが、身体はビクビクと反応してしまう。


(負けるな俺、呑まれるな俺! やり返したらきっとドツボに嵌まる。メイドの思う壺だ)

 俺は頭の中で数式を反芻しながら無心になろうとするが、気が付くとメムルが背後に迫っており、突然胸を激しく揉みしだかれた。


「ひゃあぁ〜〜っ!!」

「おっと、手が滑りました。申し訳ございませんご主人様! お仕置きなさいますか? これはお仕置きしなければいけませんよね?」

「君……意外と元気だよね。落ち込んでた健気な自分を思い出して?」

「いえいえ、ご主人様の裸をみればどんな状態でも元気になりますよ! その裸体は世界の至宝です!」

 俺は褒められているのに素直に喜べなかった。メムルの眼がヤンデレナナに似ていて、貞操の危険をびりびりと感じているからだ。


「さぁ、掃除も終わったし、お風呂は後にするとして着替えようかな」

「えぇ。あとでお背中をお流ししますね」

「だ、だめだよ。ビナスもいるんだから!」

「へぇ……ではビナス様がいなければ宜しいと……そうですか……」

 二人で脱衣所で服を着ていると、メムルは顎を抑えて何か良からぬ事を考えている様子だ。ちょっと怖いわこの子。


「食事までまだ時間がありますので、私は買い出しに出てきますね」

「うん、わかったよ。一人で大丈夫かい?」

「勿論でございます。一人じゃないと困りますので……」

「??」

 俺はこの時メムルのつぶやきを聞き逃した事を、後に後悔する羽目になる。


 __________


 およそ二時間後、帰ってきたメムルが食事の準備に入った。ある程度の下ごしらえまでビナスが手伝うと、後はいいと言われ、俺に擦り寄ってきて膝枕で休んでいる。

 最近のお気に入りだと言わんばかりに惚けた顔をしており可愛い。


「お二人とも出来ましたよ。ピステアの家庭料理『ハムトの包み焼き』です。すぐに切り分けますね」

 メムルが何かを包んでいる大きな葉を開くと、中から見たことのないハムトと呼ばれる大きな白身の魚が出てきた。香ばしい匂いが部屋中に広がる。


「「おぉぉぉぉ~!!」」

「シルバ様用に他のご飯も用意しておりますので、どうぞお先にお食べください」

「悪いね! いただきます!」

 ぷりっぷりの身から程よい脂が出ていて、柔らかくふわっとした食感だった。


「肉とは違って魚ならではの柔らかさだね! 美味い! 味付けも濃すぎ無くてちょうどいい感じだよ!」

「この甘めのソースがよく合うねぇ。あとでレシピを教えてもらおう!」

「確かによく身に染み込んでて美味い。でもなんか懐かしい気がするなぁ。醤油みたいな……」

「ショウユとは分かりませんが、そのサリームはこの地域ではポピュラーな調味料ですよ。気に入ったのなら作り方を調べておきますね」


(やはり異世界とはいえ、似た調味料は存在するみたいだ。いずれ冒険者生活をしながら世界を回って探してみよう)


「暫くはここで活動するつもりだから急がなくていいよ! それより多めに買っておいてくれるかい?」

「かしこまりました。では、シルバのご飯を作って参りますね」

「ありがとう!」

 メムルは台所に向かうとシルバ用に大きな塊肉を焼いていた。さすがに家の中は窮屈な為、外の納屋に入ってもらっている。

 シルバにご飯をあげにメムルが外に出ると、ビナスの頭が突如船を漕ぎ出した。


「こらビナス~、寝るならお風呂に入ってからだよ?」

「わかってるけど、なんか凄く眠いの~。駄目だ、起きてられない……運んで旦那様~?」

「しょうがないなぁ……」

 俺はお姫様抱っこをしながら寝室へ連れていく。ビナスを寝かしつけて、残りのご飯を食べようとした時に丁度メムルが戻ってきた。


「あら……ビナス様はどうしたのですか?」

「なんか急に眠いって言って寝ちゃったよ。疲れが溜まってたのかなぁ? 俺もなんか身体が熱いんだけど」

「あらあら、きっとそうでしょうとも。私の事は待たなくていいので、食べ終わったらお風呂へどうぞ。既に沸かしておきました」

「気が利くね! じゃあ、お腹も満腹になったしお風呂に入ってくるよ」

 この時俺は全く気づいていなかった。メムルがビナスの食事に睡眠薬を混ぜ、俺の食べる部分には興奮剤を混ぜていた事に。


 __________


 俺は鼻歌混じりに服を脱いで、湯船に浸かる。熱い身体が余計高まったが、きっとお湯のせいだろうと顔を洗い流していた。


「失礼しますねご主人様……」

 そこへ裸のメムルが入ってくる。タオルも巻かずに素っ裸だった。


「なんで入って来てるの⁉︎ ダメだってばぁ!」

「掃除の時に言っていたではありませんか。ビナス様がいないならよい、と」

「あれはそういう意味じゃないって! まさか、何かしたの⁉︎」

「いえいえ、睡眠薬をほんの数滴垂らしてなんていませんよ?」

 メムルはとても穏やかな微笑みを浮かべているが、目が笑っていないのだ。病んでる、この子病んでるよ。


「いや、それ絶対ダメなやつでしょ! 仲間に何してるのさ! 馬鹿なの?」

「愛の為なら人はどんな試練も乗り越えるのですよ……障害は排除しました。シルバも今頃ぐっすり眠っている頃でしょう……」

「どんな家庭料理だよ! 先人もこんな調理の仕方されてびっくりしてるよ!」

 俺の説教も意味を為さず、メムルは有無を言わさずに湯船は入って来ては抱き着いてくる。大きくて柔らい胸がしっかりと当たっていた。


 動揺しつつ逃げようとする俺を無視して、メムルが唇を重ねて舌を絡めだすのだ。


「ちょっ! んむぅ! ダメだっ、んむ〜〜っ!」

 チュッチュとメイドは止まらない。興奮剤の効果もあって、俺は次第に思考が麻痺して来ていた。


(あぁ~もういっかなぁ~? メムルが悪いんだ~! 俺は悪くないよね~?)

 蕩けた柔らかさに脱力していた所へ、メムルが甘やかな吐息を吐きながら、俺の耳元で呟いた。


「バレなきゃいいんですよ。悪いのは、全部私なんですからね……」

 悪魔の囁きを聞いた瞬間、理性が吹っ飛んだ。策士メムル女神オレは敗北したのだ。


 当然ビナスにバレて、禁術を放たれボロボロにされるとも知らずに俺達は肉欲の海に溺れた。



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