第74話 目立たない為に必要なのは演技力。

 

 俺は絡まる蔦を斬り払い、眠るビナスを抱きながら大樹を出ると、近くの水辺に座りこんだ。


 服が破けている以外、外傷は無いように見えたが、全身に黒い呪印が刻まれていた。『ディヒール』を発動させて回復しても、一向に消えやしない。


「ナナ、ビナスは何をされたんだ? とても無事には見えないんだけど」

「肉体に浴びたあの黒い液体は、『聖女の嘆き』という封印を施すアイテムです。しかし、彼女の本来の魔力封印と複雑に絡み合って、呪いの様に身体を蝕んでいますね」

「さっき只の女の子と変わらないって言ってたけど、どういう事?」

「コヒナタの様にステータスが封印されているのですよ。もう少し時間を掛けて様子を見なければ、私も状態を把握できません。とりあえず、命に別状は無さそうですが」


 ナビナナが答えあぐねる状態か。どちらにしろ、ビナスを休ませる必要がある。


「目覚めるのを待ってから考えようか。ここら辺に街や集落はある?」

「はい。近くに六十人程の反応がありますね。村でしょうか? まだどの大陸かわからないので慎重に動きましょう」

「そうだねぇ。妖精擬きに騙されたばかりだしな。めんどくさい魔術使いやがって……」

「確かに厄介な森であったと同意します。迷いの霧を発生させる魔術はマスターに必要なのですか?」


 俺はSランク魔獣から、『女神の眼』で『ファントムミスト』という魔術をコピーしていた。正直小賢しい手だとは思うが、必要になるだろう。


「これはいざって時の逃走の為さ。ビナスがこんな状態なんだから覚えておいて損はないよ。『擬態』と『捕食』は『女神の眼』と『一部身体変化』の劣化スキルだし要らない。どうせこの身体じゃ擬態なんてできないし、魔獣食べて強くなるとかなんか生理的に嫌だし」

 正直、『魂魄封じ』のリミットスキルは悩んだ。物に魂を宿せる能力は、今後使い勝手があると好奇心が疼いたのは否めない。


 ーーリリなちゃん件が無ければ覚えていた筈だ。


「先程、討伐の証として『ワールドポケット』にクルフィオラの頭部をしまう時も震えてましたね。マスターは本当に気持ち悪い魔獣に耐性がないと思います」

「虫がダメなだけだい! なんかあのカサカサした感じが嫌だ。見たくもない!」

「はぁ……意気地なしは嫌われますよ?」

「大丈夫! うちには虫なんて気にもしないディーナがいるからね。早く合流したいけど、現在地がわからないと、どうにもできないな」

 俺はナナと相談しながら顎をなぞって捻る。まずはビナスが目覚めたら反応のある村へ行ってみよう。


 マリフィナ軍との戦いからそのまま夢幻の森に飛ばされ、妖精擬きと連戦が続いた。正直、体力も気力も疲れが溜まっている。休息が必要だった。


(いつもならこんな事じゃ疲れないはずなんだけど、『天使召喚』の時の『アレ』で精神をごっそり削られたから休みたい……)


「遠まわしに責められている気がしますが、今回は確かに申し訳御座いません。主人格に代わり私が謝ります」

「ありがとう。やっぱり勝負に勝って、地上に顕現する人格はナビナナにしたかったよ。マジで」

「愛されていて良いではありませんか? 私が言うのもどうかと思いますが、ハーレム要員が増えましたよ」

「そうなんだけど、何故かオーラが怖いんだよ! あとテクニックがどんどん増してて将来がもっと怖い」

 天使と他愛もない会話を繰り広げていると、ビナスの瞼がピクリと動き、徐々に意識を覚醒させた。


「んっ、ここ……どこ?」

「おはようビナス。無事で良かった。ここがどこか分かんないけど、魔獣はぶっ飛ばしておいたよ! 体調はどう?」

 ビナスは自分の両腕を振り回しながら、違和感を感じるのか戸惑っている。立ち上がると魔術を詠唱しだした。


「フレイム!」

 近くの木に向け魔術を放とうとするが、何の変化も起こらない。


「アイスレイズ! シンフレイム!」

『まさか⁉︎』と驚愕の表情を浮かべるビナスは、突然俺に抱き付いてきて力を込めた。


「旦那様! 我は思いっきり締め上げる位の力を込めているのだけど、どう?」

「柔らかくて気持ちがいいですね……是非続けて下さい」


「まさかぁぁぁぁあっ⁉︎」

 黒髪ツインテールの美女は怒涛のリアクションをとると、両手を見つめてプルプルしながら呟く。


「も、もしかして封印が重ねがけされてる? 浴びせられた変な水のせい?」

 涙目のビナスが上目遣いで見つめてくると、俺は正直に首を縦に振って頷いた。


「ナナが言うには『聖女の嘆き』って言うらしいよ? なんかビナスの元々の封印が絡み合って、呪いみたいになってるって。俺を庇ったせいでごめん」

「旦那様を守れたのは嬉しい事だから謝る必要なんて無い! ただ、『聖女の嘆き』なんて穢らわしいアイテムをまだ持ってる奴がいたのは計算外だな。素直に拙い……」


 どうやら自らの肉体に何が起こってるのか、ビナスの方が理解しているみたいだ。


「どんなアイテムなの?」

「コヒナタのような、『巫女』や神様から神託を受ける事が出来る『聖女』を監禁し、一切食事を与えず拷問した後、餓死させた時に垂らされる血だよ」

「うん。もう既にアウトだね」


 迷う必要すらない程にいらないアイテムだ。気持ち悪い。


「真の『絶望』が必要なのだが、神に仕えし者達は何をも呪わず死を受け入れる事の方が多いから、成功率が低い。悪い意味で有名なアイテムだ。お手上げだな」

 ビナスは腕を組んで、眉を顰めてる。確かに現状を打破する事は難しいが、俺は本当に一人で転移させる事が無くて良かったと安堵した。


「大丈夫。ビナスは俺が守るし、呪いを解除する方法も見つけて見せるよ!」

「ふふっ! そうだなぁ。旦那様が側にいてくれればか弱き十六歳の女になっても怖く無いよ。頼りにしてる」

「俺はビナスが十六歳ってのに驚いたけど。ディーナやコヒナタの見た目があぁだから、外見と年齢は違うと思ってたよ」

「失礼な! どう見ても歳相応だろう!」

 ビナスは眼前でツインテールを舞わせてくるりと回転し、黒のゴシックドレスの裾を摘み上げてポーズをとる。あまりの可愛さから、俺は思わず赤面して目を逸らした。


「まぁ、可愛いかな」

「ありがとう、旦那様もね」

 二人で照れあいながら気恥ずかしい気持ちに浸った。こんな高揚なら悪くない。


「これからの旅なんだけど、俺が女神である事は極力隠すよ。目立たない様に情報を集めながら、冒険者ランクを上げていこうと思うんだ」

「ふむふむ……」

「多分あの二人の性格からして、俺を捜しに追ってくると思うんだよ。竜化したディーナの方が移動スピードが圧倒的に早いから、シュバンに戻ろうと動けば入れ違いになる可能性が高い」

「悔しいが今の我では旦那様と共には戦えないから好きに決めてくれ。目立ちたくても魔力も皆無だしなぁ」


 哀しげに瞳を落とすビナスの肩を叩いて、俺はある提案をした。元々人族の国ミリアーヌに着いたら『紅姫』全員で行おうと思っていた事があったからだ。


「じゃあ、今日から『我と旦那様』呼び禁止ね? 目立たない様に『普通』を目指すんだ」

「えぇ〜? もう魔王じゃないから私って言うのは別に構わないが、旦那様を止めるのはやだな!」

「だって知らない人から見たら絶対変だからね? 俺も頑張るから努力して?」

 ゴスロリ少女が唸りながら悩んでいる。すると、ポンっと手を軽く叩いて閃いた案を出した。


「旦那様って呼んでも目立たない様にすればいい? なら、欲しい物がある!」

「高く無い物なら構わないけど、ーー何?」

 ビナスは得意げな表情を浮かべつつ、唐突に宣言した。


「メイド服だぁ! 我が! いや、わ、私が力を取り戻すまでの間、旦那様のメイドになればいいのだ! どう? ナイスアイディアだ!」

 その瞬間、俺の脳内に浮かんだのは料理も家事も出来ない無能メイドの誕生だったが、メイド服を着たビナスに膝枕される光景に瞳を輝かせる。


「うん! それでいこう! 早く買おうメイド服! 大量に買おうメイド服!!」

「おぉ! 旦那様が喜んでるぞやった! ところで、買うなら街を探さないと」

「そうだった。森は晴れたし、情報を集める為に近くの村に向かうんだ」

「情報集めだな? 了解!」

 ウキウキとした様子を見せる美女の横顔を眺めながら、素直に見惚れた。こんな時、早く男に戻りたいとつくづく思う。


「そろそろ行こうか? ビナスが捕まってる間も色々あって疲れた」

「確かにそうだなぁ。宿に着いたら丸一日寝たいね。旦那様とニ人きりーーふふっ、うふふっ!」

「元気が出てきたみたいで良かった!」

「道中演技の練習もしよう? 目指せ一流メイド! 楽しみになって来た!」

 きっと一流は無理だろうと俺は憐憫の眼差しを向けるが、『可愛い』は正義だ。二人で手を繋いで歩き出した。


 ーー人族の大陸『ミリアーヌ』で二人の新しい生活が始まる。


 __________


 王都シュバンで己を鍛え続けるアズラ。

 レイア達を追い、クラドを連れて旅を始めたディーナとコヒナタ。

 神界で新たな力を手に入れ、目覚めたアリア。


 それぞれの道が再び交差するのはいつになるのだろうか。


 そんな事露ほどにも知らず、女神の頭の中はメイド服でいっぱいだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る