【第5章 涙は枯れず、想いは果てぬままに……】

第71話 可愛い妖精との出会いを期待した女神は、幻想をぶち壊される。

 

「森か……また森からスタートなのか」

 俺は黄昏ていた。やっと人並みの生活が出来る様になったのに、また森の野生生活に戻るのか、と。


 大きく違うのはテントや布団がある事だが、料理が出来ない以上、焼き○○生活に戻るのは目に見えて分かっている。


 膝枕で眠るビナスの頭を撫でて、とりあえず焦るのは後回しにした。『繋がり』を感じる事からディーナとコヒナタが無事なのは分かっている。

 まずは良く分からない状態にあるビナスを何とかしなきゃいけない。


「んっうぅ……」

 ビナスは少しずつ瞼を開いて意識を覚醒させた。顔を左右に振ると、急に抱きついて頭をグリグリ擦り付けてくる。


「おはよう。体調はどう? あまり離れた場所に飛ばされなくて良かったね。」

「おはよう! 体調は普通かな! でも貴女の無事な顔が見れて嬉しいよ!」

「……貴女? 実際身体はどんな感じ?」

「身体? 元々私はただのか弱い女の子だよ?」

 キョトンと目を丸くしながらこちらを見つめるビナスは、至って健康そのものに見えた。


「ん? なんでそんな元気なのさ。俺のせいでごめんね」

「貴女は何も悪くないよ? 二人共無事でよかったよね!」

「もちろんさ! とりあえず森から出たいんだけど、ナナに聞いても変な力が働いていて現在地がよく分からないみたいなんだよね」

 俺はビナスと共に周囲を見渡す。だが、一見霧の濃い普通の森にしか見えなかった。


「お腹も減ったし、食べれる魔獣か動物がいないか探そう。俺達二人じゃ焼くしか出来ないけど……」

「わかったよ。今は贅沢言えないでしょ? 我慢我慢!」

 何故かビナスがやたら可愛く見えてドキドキしていた。思えば旅が始まってから二人きりになるのは初めてだ。

 心なしか口調まで柔らかくなっている気がする。


「今はとりあえず肉だ! ナナ、索敵宜しく!」

「マスター、やはり何か変です。今右前方に魔獣が見えますか?」

「ん? いやただ木があるだけだよ?」

「じゃあ近くに本当にビナスはいますか?」

「いや、目の前にいて話してるじゃないか。一体何を言ってるんだ?」

 何処か困惑した口調のまま、ナビナナから主人格ナナへと切り替わる。


「違うのマスター。何か私の感覚は無いなって感じるモノがあったり、反応があるものが目の前に無かったり変な感じなんだよ。ビナスの情報も差異じゃ済まない位におかしい。とりあえず私の言う事疑うな。殺すよ?」

「何故疑う前から殺人予告されなきゃならんのだ。確かにナナの感覚と、俺の感覚が一致してない気がするな。視覚情報を優先して、手探りで行ってみるよ」

「ねぇねぇ〜キノコを見つけたよ? 食べて?」

 真剣な表情でナナと相談している所へ、無邪気な笑顔をしたビナスが紫色のキノコを持ってきた。いつもの精悍さが皆無だ。


「それ色的にアウトだからポイしなさい! 紫色に当たりなんてありません!」

「チェッ! 色で判断なんて可哀想じゃないかぁ! 紫だって全力で生きているのよ!」

「君、その全力で生きていた生命を刈り取ったよね? 説得力ゼロよ?」

 俺は紫色の食べ物にトラウマを持っていた事から全力で否定する。こんな場所でお腹を壊すのは嫌だ。


 ーー「うふふっ!」

 突如、森の中を反響しながら幼い笑い声が聞こえた。


「お姉ちゃん達面白いね? 遊ぼっ?」

 続いて木の陰から、七歳くらいの幼女が顔を覗かせる。


「君は誰? この森の子なのかな?」

 俺はゆっくり近づきながら幼女に微笑み、優しく頭を撫でた。すると、両手を重ね合わせてきて嬉しそうに幼女の頬が染まる。可愛い。


「そうだよぉ! 妖精さん達と友達なの。私はリリナ! お姉ちゃんは何ていうの?」

(妖精さん?)

 俺は一瞬首を傾げたが、きっと夢みる年頃なのだろうとスルーした。


「リリナちゃんは小さいのに偉いね? 私はレイア。そっちのお姉ちゃんはビナスだよ。宜しくね」

「うん! リリナ大人だから偉いんだよぉ! 宜しくレイアお姉ちゃん!」

「ねぇ、貴女なんか口調が……」

「しっ! 子供の前で夢を壊すな。全力で優しいお姉さんを演じろ。これは義務だ!」

 不思議そうな視線を向けるビナスを手で制す。危ない所だった。


「リリナね、隠れん坊してたんだけど誰も探しにきてくれないの。でも、妖精さんが見つけてくれて一緒に遊んでくれたんだぁ!」

 こんな森で親はどうしたのか気になったが、子供の言う事だ。きっと迷子なのだろうと聞き流した。


 __________


 一方、ナナはやはりこの状況に違和感を感じており、戸惑いを隠せずにいた。

「目の前には生きている少女などいません」

 レイアにそう言いたくても、視覚共有でリリナが見えている現実から余計に困惑していた。触れる事が出来ている以上、現存しているのは確かだ。


「あっ、妖精さんが呼んでる! 行こ? レイアお姉ちゃん!」

「ん? 何か聞こえたかなぁ? 行こうかリリナちゃん」

 レイアはこの時点でナナとは違う違和感を感じていた。何故こんな森に幼女が一人でいるのか。またビナスが何故ヤキモチを妬かないのか。


 しかも、リリナはまるでレイアにしか興味がない様な態度を取っている。

 いつもなら相手が子供だろうが『我の事も構え』と拗ねるか涙目になる癖に、穏やかに微笑んでいるのが謎だった。


 ーーレイアは『何かがおかしい』とハッキリ感じとっていたのだ。


 暫く歩いていくと、巨大な大樹の下に沢山の燐光が舞っている。正体は体長三十センチ前後の元の世界の知識と重なる『妖精』そのものだった。

 身体は全裸で様々な髪色をし、二枚の透明な羽根を広げている。目は髪色に統一されていた。


「うわぁ。これはファンタジーだなぁ」

「妖精さん達綺麗でしょう? 気に入ったお姉ちゃん?」

「うん。これは驚いたよ! ビナスは見た事あるの?」

「えっ? う、うんビックリだね! 初めてみたかな」

 ビナスは急に問いかけられたからか、レイアからは何処か焦っているように見える。会話が所々繋がらないからだ。


「大丈夫? なんか様子が変だけど封印のせい?」

「封印? 何とも無いよ! 心配させてごめんね?」

「……ならいいけど」

  言いようの無い違和感は増していた。ナナとのリンクがズレている所為もあるが、この空間が妙に気持ち悪い。


「妖精さん達に紹介するから来て? レイアお姉ちゃん!」

(やっぱりこの子、俺にしか興味が無いな)

 リリナはレイアの手を引いて歩き出すと、大樹の下で妖精に語りかけた。


「妖精さん。言われた通りお姉ちゃんを連れてきたよ? リリナ偉い? 偉い?」

「よくやってくれましたねリリナ。貴女はとても偉い子ですよ。初めまして女神様。我等妖精族は貴女を歓迎致します」

 レイアは妖精に悪戯好きなイメージを抱いていた事から警戒していたが、とても丁寧な礼節と発言を受け、思わず目を見開いた。


「俺が女神だって分かるの? 何で?」

「それは貴女様の身体から神気が発せらてますからね。それに独特の匂いが……」

「ん? 今最後何て言ったの? 小さくて聞こえなかったよ」

「何でもございませんよ。どうぞ親交の証に、我等の歓待を受けて下さいませんか?」

「お腹も減ってるからそれは嬉しい限りだよ。ねぇ、ビナス?」

「えぇ、えぇ。そうねぇ……」

 背後に振り向くと、ビナスは涎を垂らしていた。レイアは発情してるのかと思ったが、どうも様子が変だと凝視すると視線を逸らされる。


「マスター。ちょっと相談タイムよろしく」

「わかってる。このまま脳内で並列思考で話そう。やっぱり何か変だ。妖精なのに俺がちっとも萌えない」

「マスターの性癖はおいといて、この森自体がなんかおかしいよ」

「感覚を狂わされてる感じか? それならわかる」

「多分だけど、この後に出てくる食料には何か盛られるよ。『深淵のネックレス』で無効化出来ると思うから、演技よろしく」


 ーー毒は無効化出来ても、不味い物を食わされるのは嫌だと女神は遠い目をする。


「努力はするさ。色々情報引き出せたら暴れるからね」

「了解だよ」


 __________


 妖精達は美しく宙を舞い、踊りながら俺をもてなしてくれた。ビナスは横で身体を揺らしながら、楽しげに笑っている。

 温かいスープを手渡されると、息を吹きかけて冷ましながら口に含む。


 かなり甘みのあるスープでとても美味しい。果実と野菜の甘みがふんだんに活かされていて、ココナッツミルクの様な風味をしたクリームで煮られていた。


 甘くなりすぎないように浮かべられた塩干草がいいアクセントになっている。ぶつ切りされた良く分からない肉も柔らかかった。何の肉かは敢えて聞かないでおこう。


「美味いね! ありがとう!」

「女神様に喜んで頂けたのなら幸いです。宜しければ、このドリンクでお口直しを」

「……頂くよ」

 そのドリンクを飲んで暫くしてから、俺は突如昏倒した様に見せかけて演技をする。だが周囲は平静のままに落ち着いていた。


「リリナ、こいつを餌場に運べ。クイーンが食べやすい様にぶつ切りにするのを忘れるなよ?」

「レイアお姉ちゃんはいい人ですよ? 食べちゃうんですか? リリナなんか嫌です……」

「黙れ傀儡が! 黙って言う事を聞いていればいいんだよ! 早くしろ」

 薄っすら目を開けて様子を覗くと、妖精達の美しい顔が次々と蟻の様な顔面へと変貌し、声を荒げる化け物になった。


(こりゃあ萌える訳がねぇ……)

 嫌々だがリリナちゃんは従うみたいだ。まるで幼女とは思えない膂力で俺を持ち上げると、真横をビナスは無言で歩いていた。


「ねぇ、本当にお姉ちゃんを食べちゃうの?」

「えぇ。きっとクイーンは喜ばれますよ? そんな上等な獲物は初めてかもしれませんしね。貴女も充分美味しかったけれど」

「……もうこんなのヤダよ!」

 リリなちゃんは突然声を荒げると、俺を担いだまま明後日の方向へ走り出した。もう少し様子を見よう。


「傀儡が何を⁉︎ 止まりなさい!!」

 ビナスは威嚇しつつ手を伸ばすが、リリナちゃんは止まらない。意外と足が速いな。


「騙してごめんねお姉ちゃん。絶対に逃して見せるからね。誰かが食べられるのを見るのは嫌なんだ。もう一人のお姉ちゃんは先に大樹に取り込まれちゃったけど、何とかして助けて見せるよ!」

(まじかよ……)

 担がれながら、ようやく俺は真実を知った。背後からは妖精擬きが集団で追跡してくる。


「チックショウ! あの傀儡が〜〜!」

「人形の分際でええええ⁉︎」

「殺せ! クイーンの為にぃ!!」

 妖精達から投擲されたナイフが幼女の足に突き刺さり、背負った俺ごと転げて地面を滑る。身体を襲う激痛から、これ以上もう逃げられないと判断したのか号泣し始めた。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 私が弱いから、臆病だからお姉ちゃんを助けられない! こんな事もう嫌なのぉ! 助けて! 私はいいから、お姉ちゃんを助けて神さまぁ!!」

 泣き叫ぶ幼女目掛けて、妖精達が投擲した十本以上のナイフが迫る。リリナちゃんは全てを諦めたのか、目を瞑りそっと呟いた。


「……ごめんね、お姉ちゃん」

 ーーギィンッ!!

 抜き去った双剣でナイフを弾き飛ばし、俺は吠える。


「とりあえずリリナちゃん、君はいい奴! んで妖精はクソ野郎でキモいから殲滅! ビナスはいつの間にかニセモンにすり替えられてて、本物は大樹の中! クイーンは殺す! 間違いないかねナナさんやい⁉︎」

「はぁ〜〜〜やっぱ私の索敵あってんじゃん! スッキリしたけどまだイライラするぅ!! マスター『天使召喚』要請! 直接この虫達ブッ殺するから!」

 互いにスッキリしたと解放感に浸るが、確かに苛立ちは治まらない。


「ハハッ! ナナと共闘は初めてだな! ビナスを救うのが優先だぞ? 約束守れるか?」

「あの忌まわしい記憶を思い出せや。誓約で私は召喚されたらマスターに逆らえないんだっての! 今回の願いは敵の殲滅にして! エッチな事したら殺すからね⁉︎ 社会的に!」

「異世界で社会的に殺せるわけ無いだろが! ただ今回は何でもいい! 来いナナ! 『天使召喚』!」


 俺は『女神の翼』と『女神の天倫』を発動させ、空中に飛ぶ。真横へ天上から降り注ぐ光柱の中を、四枚羽根の天使が舞った。


「ねぇ、ナナさんや? 勝負しないか?」

「あらあらマスター気が合うね〜〜? 私も持ちかけようと思ってたのよ」

 俺はヤンデレナナの同意を得て尚、負けた時の罰はワンちゃん登場しかないと身震いする。


「お互いの思考をリンクして、妖精擬きの討伐数で勝負ね。これなら不正出来ないし、殲滅した後にいざこざもない。俺が勝ったら『天使召喚』の際の人格は、今後ナビナナが受け持つ事にする!」

「あはぁ〜? 随分大きな賭けに出るのね? 天使に与えられた誓約を書き換えるなんて相当な対価が必要なんだよ? じゃあ、私が勝ったらマスターはいつもの空間で、感度を百倍に引き上げてペロペロね! 契約だから抵抗は無意味だよ? 新しい縄技もあるし……」

 最後の呟きは聞かなかった事にしよう。時に人は知らない方が良い事もあるのだ。


「う、うん。負けないから構わないよ」

「そんなマスターが大好き〜〜! じゃあ、始めよっか!」

 俺が下方を見ると、リリナちゃんは上空でこんなやり取りが繰り広げられているとは知らず、両手を組んで祈りを捧げているようだった。


 ーーさぁ、妖精狩りの始まりだ。

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