閑話2 魔王アズラ、死にかける。

 

 王都シュバンに残り、思惑通り魔王になったアズラはまた悩んでいた。


「どうしようミナリス。すげぇ姫に会いたい。寂しさ半端ないぞ?」

「何を馬鹿な事言ってるのです魔王様。それならさっさと禁術とやらを覚えて会いにいけばいいのです。私も絶対着いていくので急いでください。身体が楽園を求めているのですよ」

 ミナリスは身悶えながら遠く離れた女神に恋い焦がれている。アズラと協力体制は結んだが、実際には欲望が八割を占めていた。


「そうは言っても、『魔仙気』の扱いは想像以上に難しかった。正直嘗めてたなぁ……」

「前魔王のビナス様ですら、その技の習得は諦めたと聞いております。あの方の場合、膨大な魔力をわざわざ闘気に混ぜ合わせるなんて必要がなかったからでしょうけど」

 赤い短髪をグシャグシャと掻きながら、アズラは軽い溜息を吐く。


「俺はもともと魔術の素質がないから魔力だけあっても無駄だろ? ならその力を闘気の増幅に使えるこの技には適任だと思ったんだがよぉ。一気に魔力だけ吸われて死にかけたなぁ」

「もともと魔術を使う素養が無い癖に魔力だけ操れるわけないでしょうが……」

「ぐぬぬ。困ったぞやっぱ『麒麟招来』しかねぇかな……」

 ミナリスは目を細めて冷ややかな視線を向けた。勇敢と無謀を履き違えた挑戦を容認する訳にはいかない。


「それこそ死にますよ。あなたは白虎と既に契約してるじゃないですか。他の神獣との契約は身体への負担が大きすぎる。ましてや麒麟は他の四神の上位神ですよ? 並みの力じゃ抑えきれません」

「習得した奴がいるからこの技があるんだろう? やってやれねぇことは無いさ!」

「その習得した人が自ら禁じたから禁術なんでしょうが! 考えて発言しなさい!」

 参謀の意見を本来なら魔王として重視するべきだろうが、アズラは引かない。


「それくらい出来ないと姫は守れない。姫に守られるのはもう嫌なんだ……」

 苦渋を舐めたスキルイーター戦を思い出し、深く拳を強く握りしめた。


「はぁ……わかりましたよ。念の為ジェフィアとキルハも呼びましょう。何かあった時に私一人で対処できるか不安ですし、結界を張って貰わなければ」

「サンキューミナリス! お前最近ちょっといい奴になったよなぁ」

「ふふっ! 楽園の為なら協力は惜しみませんよ? あぁ、レイア様に早く抱かれたい……」

 ミナリスは涎を垂らしながら、妄想の世界に突入する。


「おーい戻ってこーい! 楽園はまだ遠いぞ~!!」

「おっと失礼。では二時間後にシュバンの外で麒麟招来の陣を引き結界内で召喚しましょう」

「おう! よろしく頼む!」

 アズラは玉座の真横に立てかけてある護神の大剣を撫でると、レイアの事を思い出していた。


「姫は今頃何してんのかなぁ……無茶してなきゃいいが。馬鹿竜のせいで心配が絶えねぇ」

 徐ろに立ち上がり、コヒナタに作ってもらった英傑の鎧を装着していく。迷うのは後だと己の頬を叩いて、気合を入れ直した。


 __________


『二時間後、シュバン外周にて』


「……馬鹿が来た」

「馬鹿が来たわねぇ」

 キルハとジェフィアは呆れた顔でアズラを見つめる。


「いきなりだなおい! 仮にも魔王だぞ! 敬うとか知らねぇのかあん?」

「……あんなやり方で魔王になった奴なんて、前代未聞」

「私もお漏らしさせられた怒りは消えてないわよぉ?」

 二人は魔王就任の儀でミナリスに裏切られ、アズラにぼろ負けした事をまだ根に持っていた。


「キルハ、ジェフィア、魔王様は馬鹿ですが本当の事を本人に言ってはいけません。陰で言いなさい」

「おいミナリス。何のサポートにもなってないし、陰で言われてるって知った時の方が余計傷つくんだからな? いじめはそうやって起こるんだ。いじめいくない、いじめかっこ悪い」

「あなたいじめられたことなんてないでしょうに。よく訓練につき合わされてボコボコにされている部下達の方が可哀想ですよ」

「……訓練と称したストレス発散の癖に」

 ボソリと呟かれた魔術部隊隊長の言葉がチクチクと胸に刺さる。ジェフィアは可哀想になって、アズラへ向け手招きした。


「あなた、本当に味方がいないわねぇ……可哀想だから今夜抱いてあげましょうか?」

「……ばっちこい?」

「ジェフィア、それは是非お願いしたい所だが理由が嫌だ。あとキルハ? お前は何故混ざろうとしている。絶対呼ばないぞ?」


 ーーガガアァァァァァァァン!!!!


 心象風景で稲妻が流れそうなショックを受けたロリ魔術師は、膝から崩れ落ちる。


「胸か、胸なのか……」

 アズラを睨み付け、忌々しいと血涙を流し始めた。


「……貴様を殺して私も死ぬ」

「待て待て! 何故そうなる⁉︎ お前ミナリスの時も言ってただろう! 男なら誰でもいいのか⁉︎」

「……人肌が恋しい年頃」

「そうなのよねぇ……わかるわぁ。私も毎朝起きるベッドが違って首が痛いものぉ」

「……毎朝、だ、と……」

 キルハは吐血しながらジェフィアに裏切られた絶望に倒れる。指で地面に『犯人はアズラ』と書きながら。


「おーい戻ってこい。さりげなく俺を犯人に仕立て上げるな。お前は毎回毎回俺になんの恨みを持っているんだ? 意味がわからんぞ」

「……昔酔ったアズラに胸触られた」

「おいぃ! 分かりやすい嘘をつくな! 触る胸もないだろうが! 酔ってても無いもんは触れない!」

 キルハは空を眺め、とてもとても静かに落涙した。悟りを開いたかの如き達観した表情だ。


「世界の不条理を呪ってはいけない……落ち着け私……」


 ーーだが、闇は再び彼女を呑み込むと、虚ろな瞳のままブツブツと呟き始める。


「さすがに今のは酷いわよぉ? ねぇ、ミナリスぅ?」

「私でもそこまでは言えないな。さすが魔王」

「くそう、マジで味方がいねぇ……」

「……ざまぁ」

「おい、お前実は元気だろう? 何も傷ついてねぇだろう? そうなんだろ?」

 このままでは埒があかないと、アズラはジェフィアの首根っこを掴んで結界を張らせた。


「あんっ! 強引ねぇ? 嫌いじゃないけどぉ?」

「いいから早くしてくれ。麒麟を呼ぶ前に俺の精神がやられそうだ」

「はいはい。じゃあ、四神の像を十字に置いてぇ?」

「あいよ!」

「キルハは私の張った結界を魔術で強化してねぇ?」

「……了解」

 四神の像の丁度中心にアズラが立つ。先程からミナリスが禁書を読みながら、地面に術陣を描いていた。


「魔王様、改めて本当に宜しいのですか? 一度麒麟を招来させれば下手したら自我を失いますよ? この陣を描いているだけで、私の魔力をガンガン吸い取っています。強力過ぎて危険です」

「今更引けないさ。もしヤバそうだったら三人で気絶させてくれ!」

「……馬鹿がいる」

「本当に馬鹿ねぇ……」

「はぁっ……じゃあジェフィア、キルハ、結界を!」

 呆れる三人だがアズラならばもしやと考えてもいた。力は認めているのだ。頭の悪さを認めないだけで。


 ーー「死なないでねぇん? 『四神結界・重』!」

 ーー「……『ワールシールド』!」

 ーー「行きますよ魔王様! 『麒麟招来』!!」


 ミナリスが術陣を発動させると、アズラに向かって大地から魔力が流れ込み始める。だが、その勢いが凄過ぎて身体中を引き裂かれそうな激痛が迸った。


「ぐっ! うおおおおおおおおおおおおおおっ⁉︎」

「耐えてください! これは麒麟と契約する前の段階ですよ!」

 肉体の所々から血管が破裂して血が噴き出し始めると、アズラは途切れそうになる意識を必死で繋ぎ留める。


「姫えぇぇぇ!!」

 突如、『フッ』と流し込まれていた魔力が止んだ。魔王は乱れる呼吸を整えながら汗を拭い去っている。


「お、終わったか?」

 気を抜いた瞬間、頭をまるで金槌で殴り続けられている様な鈍痛が襲った。外部からでは無く、内部からの痛みを受けて、意識は強制的に遮断される。


「なんだつまんないなぁ。もう少し持つかと思ったのにさ。ガッカリだよ」

 直後、アズラはまるで別人の様な口調になり話始めた。身体からは赤い神気が巻き起こる。


「貴方様は麒麟様でございますか?」

「そうだよジェフィア。君はよく子供達に愛されている様だね。召喚から帰って来た際、偶に話を聞いてるよ」

「あ、ありがとう、ござ、います……」

 ジェフィアは麒麟の賞賛を受けて涙を溢れさせると同時に感涙する。召喚士として今の台詞程嬉しい事はなかった。


「……アズラはどうなったの?」

「今は意識を失って深く沈んでいるよ。まな板ちゃん?」

 キルハはその言葉に血涙を溢れさせ崩れ落ちる。魔術師として今の台詞程悔しい事はなかった。ーー魔術は関係ない。


「麒麟様。我が魔王様と契約を結んで頂けないでしょうか?」

「うーん、確かにこの身体は神々の祝福を受けているし、神気にも馴染みやすい。だけど肝心の精神がこのレベルじゃ僕の力は使いこなせないさ。この大剣が泣いてるよ? もっと自分を使いこなしてくれってね。渡した神も目が曇ってたんじゃない?」

 麒麟が憑依した状態でアズラが護神の大剣を掴んだ瞬間、一気に意識が覚醒した。


「俺を侮辱するのは構わん。だが我が姫を侮辱する事だけは許さんぞ! このクソ野郎が」

「おぉ、いきなり闘気が跳ね上がったね。やれば出来るじゃないか?」

「うるせぇ。さっさと契約しろこの馬鹿麒麟が!」

「さっきから君、調子乗り過ぎ。ちょっとムカついたなぁ。白虎……契約を解除するから戻りなさい」

 麒麟が命令したと同時に、アズラから強制的に白虎の力が失われる。


「何しやがる!」

「お仕置きさ。可愛い我が子を巻き込む親なんていないだろう?」

「意味がわからねぇぞ?」

 傲慢不遜の態度のまま、神獣の王はアズラを突き放した。


「わからせて上げるよ。ジェフィア、君の身体を一時借りる」

「如何様にもお使いください。麒麟様」

 ジェフィアは迷う事なく膝をついて首を垂れる。その瞳は恍惚に酔い痴れ潤んでいた。


「おいぃ! お前『何で仕える主を見つけた』みたいになってんだよ⁉︎ 俺の味方をしろ!」

「黙りなさい。召喚士からしてみれば、憧れ最上級天元突破の麒麟様を前に貴様は塵芥に等しい」

「何で口調まで変わってんだよ! ねぇ、君誰? 戻って来て? エロいジェフィアお姉さんに戻って?」

 ツッコミに夢中になっていると、アズラの身体から赤い神気が抜け、ジェフィアへと移った。


「やっぱり耐性が弱いな。もって数分か」

「てめぇ勝手に抜けんじゃねぇ! さっさと契約しろや!」

「魔王様、そんな態度で契約出来るわけないでしょう?」

 ミナリスが呆れている。キルハはまだ崩れ落ちたまま、ーー「……まな板」と地面を弄っていた。


「僕がこの身体から出るまで、意識を保っていられたら契約してあげよう」

「マジか⁉︎ ジェフィアの攻撃なんかで気絶するわけ……」

 突如、艶めかしい肢体から先程とは比べものにならない赤い闘気が巻き起こり、両拳を光輝が包んだ。


「そ、それはまさか……?」

「おや、知ってるのかい? 『魔仙気』だよ。僕の神力と混ぜ合わせてあるから、攻撃力は格段に増してるけどね? じゃあ行くよ!」

 アズラは『剣王の覇気』を大剣に纏わせて賺さず構える。ジェフィアはふわっと空中を舞い、大気を蹴るようにして凄まじい速度で迫った。


「何でもありかこの野郎! 『風神衝閃波』!」

 巻き上げた竜巻は手刀で即座に散らされる。右掌で大剣を逸らされ、顎を左の掌底打ちで跳ね上げられると、浮き上がった身体へ右回し蹴りを食らった。


(早過ぎて反応出来ねぇ!!)

 アズラは吹き飛ばされた瞬間、大剣を地面に突き刺し何とか止まる。だが、脳を揺らされたダメージは大きく、グラグラと視界が歪んでいた。


「やっぱりジェフィアの肉体が保ちそうにないね。君も白虎の力を抜いたから技も出せないだろうし、降参する?」

「まだまだ全然余裕だよ! 掛かってこいやぁ!」

「見え見えの強がりだねぇ。眼球が揺らついて安定してないよ?」

 麒麟はほくそ笑みながらアズラの腹を蹴り上げ、くるりと一回転しながら右肘を背に叩きつける。


「ガハァッ」

「まだまだ!」

 倒れたアズラをひっくり返し返してマウントを取り、顔面に拳で連撃を浴びせた。身体が弛緩したのを確認すると、軽い溜息を吐き出す。


「やっぱこんなもんかぁ……」


 ーー神獣の王は魔王から失望の眼差しを外し、背後へ歩き出した。


「はいっ! おしまい」

 アズラはピクリとも動かない。ミナリスもやはり無理だったかと俯いていた。


「まだ、終わって、ねぇぞぉ……」

 女神の騎士は、血だらけになりながらもレイアから与えられた『護神の大剣』を支えに立ち上がる。主の想いに応えるように、武器も刃を輝かせた。


「成る程。その大剣って、本来誰かを護る時に能力を増すのか。どうりで力の流れがあやふやだと思ったよ。もうそろそろ時間が無い。今度こそ終わらせるよ?」

 再度敵意を放ちながら襲い掛かる。すると魔王は大剣を構えたまま瞼を閉じた。


「諦めたのかい?」

 麒麟は右拳を腹に捻じ込ませようと打ち抜くが、攻撃は音を立てて大剣に防がれた。アズラの拳がジェフィアの肘を下段から打ち上げる。


「ぐっ! 動きに無駄が無くなった⁉︎」

「姫が言ってた。達人は目で動きを追うのでは無く、気を読むと。今まで意味が分からなかったが、そんだけ強大な神気を撒き散らしていれば目を瞑ったって動きを感じられる。早過ぎて見えないなら、見なければいいだけだぁ!!」

「その姫って人さぁ、絶対嘘か適当だよそれ? 何故かそう感じる……」

 ジェフィアの肉体を離れ、麒麟は『しょうがないか』と諦め混じりにアズラの内部へ戻っていった。


「残念だけど時間切れだね。約束通り契約を交わそう。僕の力をしっかり使えるように、もう少し精神を鍛えてくれよ? あと君の肉体に神気が馴染むまで、半年は掛かるからよろしく」

「は、半年⁉︎ 長い……姫にあ、えない……」

 アズラは今度こそ完全に意識を失って倒れた。あちこちから血が滴り、骨はバッキバキに折れている。


「魔王様! 今回復を!」

 ミナリスが近付いてヒールアスをかける。ジェフィアは気絶しており、キルハは地面に崩れ落ちたままだ。


「……胸パッドはありか、無しか。プライドを捨てるべきなのか」

 ブツブツと血涙を流しながら自問自答を続ける。何をしに来たのだと後日ミナリスに説教される事となった。


「はぁっ。溜息を吐き過ぎて胃に穴が開きますね……楽園は何処に……」

 遠く離れたレイアを思い、ミナリスは涙では無く涎を垂らす。


 アズラが『紅姫』に追いつく日はまだ遠い。



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