閑話1 女神と男のティータイム。
「なぁ、女神様よぉ。いい加減ここから出すか、酒くれね?」
光り輝く十柱から伸びた、無数の鎖に繋がれた檻の中で、男が目の前の女神に懇望している。
「駄目よ〜! お酒は身体に悪いのよ〜? 女神としては許可できないわぁ〜」
「その話し方止めろって言っただろ? 怠くてイライラする……」
女神は男の前に近づくと、テーブルを作り出して紅茶を差し出した。まるで茶会のように洋菓子を添えて。
「この前惜しかったなぁ。アズラは死に掛けてたし、レイアは俺を呼びかけたのに」
「確かにそうね〜。危ないとこだったかな〜?」
ーー男は腕で鎖をギシギシと引っ張る。
「これ堅過ぎだろ! 少しは手加減してくれない? それか檻の中で俺の夜の相手でも頼むよ」
「そう言ってこの前私の首を噛みちぎろうとしたでしょ〜? 断るわ〜?」
「あんなのプレイの一種だって! きっとレイアの奴もやってるぞ?」
「プレイで殺されちゃたまんないかな〜! 貴方とあの子を一緒にしないで〜?」
ーー女神はやれやれと首を横に振った。
男の表情に変化はない。軽い口調だが、髭を生やし伸び続けた髪に隠れている顔は無表情そのものだった。
「あぁ〜、誰か死なねえかなぁ?」
その発言の直後、女神が真顔になり男を見つめる。
「死なせないわよ。私の身体を持ったあの子に、ナナをつけた意味を貴方なら理解出来るでしょう?」
「わかってるさクソ女神。俺の嫁の魂弄りやがって。檻から出たらまずお前を喰らってやるからな」
ーー徐ろに男は立ち上がる。
「おい! 聞いてんのか⁉︎ てめぇら十神も喰らい尽くしてやるからな! 他人事みてえに黙ってんじゃねぇぞ! 絶対、絶対だぁ!!」
血の涙を流し、黒いオーラが男の身体から徐々に漏れ始めると、十本の柱から鎖を伝って雷を纏った神力が迸った。
「ギャ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
一度絶命した後、男は数分後に何事も無かったかの様に檻の中で再び起き上がる。
「わりぃ! また熱くなっちまったわ!」
女神は紅茶を啜りながら、金色の相貌を向けた。
「貴方は既に充分魂を喰らったでしょう? 死ぬ事すら出来ない程に。なんで今尚世界だけでは無く、神まで喰らい尽くそうとするのか私には理解が出来ない」
「お前、本気で言ってんのか?」
「ごめんなさい……女神にもわからない事はあるのよ」
「まぁ、お前さんは優しい奴だ。前言撤回する。奈々さえ返してくれりゃ喰らわねぇよ。だが……」
「ーーーー?」
会話が途切れた直後に女神は首を傾げる。男は怒りを押し殺しながら唇を
「あの瞬間見たんだ。俺は確かに見た。ずっと考えたんだ。今なら分かる。神力を感じたよ……嫁と息子ははねられたんじゃねえ。嵌められたんだ。どっかの神が、俺の力を利用する為に巻き込みやがった……家族を」
「…………」
無言の女神。それは男の言葉が事実なのだと認めるようなものだった。
「おい、酒寄越せ? 暴れてまた死にたくねぇ」
「しょうがないなぁ〜!」
女神はウイスキーをテーブルに差し出すと、グラスを二つ用意して氷と共に注ぐ。
「女神様のキャバクラたぁ、贅沢なんだろうな! 檻の中に入れられてない俺なら泣いてるぜ?」
「あらぁ? お世辞は上手くなったのねぇ〜?」
「プハァ〜。美味い、美味いぞぉ! 約束してやるよ、今日は暴れねえ!」
「この空間じゃ、いつが今日かわからないわよ〜?」
男は無表情に戻るが、気分だけでも味わっているようだった。
「いいじゃねぇか! 酒は嫌な事を洗い流してくれる。心の洗濯だ!!」
「本当にいつもそうならいいのに……」
女神はどこか哀しげに視線を落とすと、眼前の存在を見つめなおした。
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもないわよぉ〜! 飲んで飲んで〜?」
「うぬ、いい店だ! サービスが行き届いてるな! 檻以外? ガッハッハ!」
「じゃあ機嫌がいい今ならいいかな〜? ーー聞いて、ソウシ君の魂が見つかったわ」
「はっ?」
一瞬にして、無表情だった男の顔が歪む。
「貴方の息子の魂は、レイアとは別の世界に生まれ変わっていたわ。しかも勇者として。その意味は……」
「はっはっは! あははっ、はははははははははっ!」
男は笑う。目頭を押さえた右手の隙間から再び血が溢れ出した。圧倒的なプレッシャーを放ち、檻がギシギシと歪み出す。
「お、落ちついて? まだそうだと決まったわけじゃ! キャッ!」
凄まじい闇のオーラが檻の中に渦巻いた。
「お願い止まって⁉︎ お願いよ!!」
女神が檻に近づき懇願するも、男は狂った獣の様に叫ぶ。
「そいつだ……そいつが俺らを弄りやがった神だ。息子に受け継がれてる俺のリミットスキルが狙いかぁぁぁ! 間違いねぇ! 見つけたミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタゾォォォ!!」
先程と同じく十柱から鎖を伝い神力を流されるものの、男は一切止まらない。檻を破壊し全てを喰らおうと黒手が伸び続け、漆黒の闇が染め上げていく。
ーー最早怒りが限界を超え、狂人にしか見えない程に。
「はぁっ。やっぱり、こうなるかぁ……」
女神は大きく溜息を吐いて男に近づくと、慈しむ様に優しく檻越しに抱きしめた。
「大丈夫。私とレイアが貴方を必ず救うから。落ちついて?」
「れ……い、あ?」
「そうよ。ある意味私達の子供みたいなものよ! 私の身体と貴方の魂の一部が宿った存在」
少しずつ闇が鎮まり、項垂れた男は弱々しく呟く。
「………いつもすまないな。だがその神は殺す。そいつだ。スキルなんぞ発現してねぇ俺の世界に干渉して、利用しやがった奴は」
「わかってる。本当にそうなら神界で対処するわ? 貴方は見ていればいい」
その女神の牽制を受けても、首を縦に振りはしない。
「出来るわけねぇだろ。レイアが誰かを失い俺を呼べば全てを終わらせてやる。別の世界だろうが絶対だ」
「なんて悲しい人なの……今の貴方をナナは愛さないわよ?」
「うるせぇ、殺すぞ。俺にはわかる。近いうちにレイアは誰かを失い、必ず俺を呼ぶ。終わるのはその時だ。楽しみにしてろ馬鹿神共が」
「だから、させないっていってるでしょ! あの子は私が守るし、ナナが付いてる。そしてもう一人頼りになる仲間が出来るわ。紹介しようかしら? さぁ、おいで?」
ーー女神がそっと空中に手をかざすと、光の柱から少女が現れた。
「そんな……あ、あぁ……」
男が血涙ではなく、透明な涙を瞳から溢れさせる。ふらふらと檻の隙間から手を伸ばした。
「貴方もレイアと記憶を共有しているのだからわかるでしょう?」
男は肩が外れそうな限界まで、手を伸ばし続ける。
それを優しく両手で握るのは六枚羽根を背から生やす、天使の輪を浮かべた銀髪の美しい少女。
「私が貴方を必ず救ってみせます。安らぎと幸福をレイアだけでなく、貴方にも。約束しましょう? 指切りです」
小指を差し出す少女に対して、男は黙って動かない。そっと悲痛に呻いていた。
「無理だよ。レイアも俺もきっと救えない。俺は……そもそも救われていい存在じゃない……」
「うふふっ! 本当に似てるよね。落ち込む顔!」
成長した少女は笑顔のまま、檻越しに男の顔を両手で掴み、引き寄せ、唇を重ねて舌を絡めだす。
「んむぅぅぅ⁉︎」
ーー突然の出来事に困惑する男。背後であらあらと微笑む女神。
「プハァっ!」
一歩後ろへ退がった少女は、満面の笑みを浮かべる。
「げんき、でた?」
少女は敢えて噛んだ台詞を発した。忘れたなら思い出して貰おう、と。
男は先程までの無表情が嘘かの様に、みっともなく溢れる涙を流していた。泣きながらも冷徹な仮面を崩し、ーー笑っていたのだ。
「叶わないなぁ……やるじゃねーか馬鹿神共が。元気出ちまったよ。レイアも俺も救えるもんなら救ってみてくれや、愛してるぜ?」
「ふふっ。知ってる! 大丈夫だから任せて? 私がいない間に調子乗って他の女に手を出してるレイアに、お仕置きするんだから!」
「……そこはお手柔らかにな?」
そろそろいいかと、女神が微笑みながら二人に語りかけた。
「効果覿面ね〜! 正直ちょっと妬けちゃうわ〜?」
男は気恥ずかしさから黙って背を背け、少女は膝をつき構える。
「……レイアの事を頼むわね」
「はい。私の全てに代えてあの方を護り、あの方が大切だと思う人々を護って見せましょう。その力を与えて下さり、感謝に絶えません」
「堅苦しいのは私の姿のせいかしら? レイアと同じだものね」
「はぁはぁっ……はい。正直こうしてないと色々我慢が限界です。下着もヤバイんです……では失礼します」
(あの子も大変なんだなぁ……)
呆れた女神に挨拶を終えた少女は羽根を広げ、銀色の輝きを放ち始めた。神々により隔離された封印の間から飛び立つ聖天使。
ーー『アリア』がいた。
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