第70話 さよなら、筋肉達よ。
ソフィアとコヒナタを乗せ、竜化したディーナはレイアを探す旅支度の為に、一度エルムアの里に戻っていた。
基本的に旅に必要な物はワールドポケットに入れてしまっていたので、金も道具も何も無かったからだ。
「それじゃあ、軍曹はどこかわからない場所へ飛ばされたって言うんですかい?」
「おそらくは、人族の大陸ミリアーヌのどこかでしょうね。転移魔石は行ったことのある場所にしか、行き先を設定出来ませんから」
「じゃあ、帝国アロのどこかにいるんじゃないですか?」
「いや、ピエロの仮面の男はどうもレイア様をミリアーヌ自体に行かせたくないように見えました。それなら自国に飛ばすなんて危ない事はしないでしょう。きっと、本来狙われていたのは私達です」
キンバリーの言葉に推測を立てるコヒナタ。そこへ、顎をさすりながら悩んでいたディーナが口を挟む。
「取り敢えず、そやつを起こして話を聞けばいいんじゃないかぇ? 仮にも敵の大将じゃろ? 知らんわけがない」
「そうですが、手荒な真似はやめましょうね? どうやらピエロ仮面の男に利用されていたようですし」
「妾を何だと思っておるのじゃ……もう十分暴れたからのう。今は落ち着いておるよ」
「んっ……」
「おっ、噂をしておれば起きるみたいじゃな?」
ソフィアはまるでよく寝たと言わんばかりの欠伸をしながら腕を伸ばし、間の抜けた声をあげる。
「ふぁ〜! ここどこぉ〜?」
「この人、寝起きに頭が働かないタイプですね。確実に……」
「みたいじゃな。妾でもこんなにのんびりはしておらんぞ?」
ディーナの呆れた様相を見て、コヒナタはすかざず否定した。
「いえ、ディーナ様はご飯が出来てない時はもっと酷いです。レイア様に可愛がって貰った次の日も……」
「それを言うならコヒナタだって子作りした次の日は涎垂らして、えへえへと阿呆面してるではないか!」
「なっ⁉︎ ディーナ様には言われたくありません!」
「ねぇ、状況が理解できないんだけど……」
言い争う二人を見て、ソフィアは困惑する。その後、コヒナタが大体の事情を説明した。
「それじゃあ、私は捕虜って事? そして軍は壊滅したのね?」
「えぇ、それについては謝る気はありません。この里をこんな状態にしたのはあなた達の仲間なんでしょう?」
「アーマンの屑と一緒にはされたくないけどね……否定も出来ないか」
ソフィアは荒れた里を見て気が沈む。知っていれば何かが変わったのかと思ったが、もう取り返しはつかないのだ、と。
「なぁ、それより軍曹は何処に飛ばされたんだ? 知ってるんだろ?」
「軍曹っていうのは、あの怖くて美しい銀髪の少女のこと? ピエロが北の国って言ってたから、ピステアの領地のどこかに飛ばされたんじゃないかしら? 敵だった私の言葉を信じられるならだけど」
キンバリーからすればソフィアもマリフィナ軍の敵と変わらない。だが、今はそれよりレイアの情報が優先だと我慢して堪えた。
ディーナは退屈そうに床に寝転びながら、再び問い掛ける。
「お主がここで我らに嘘をつく理由が見当たらんよ。それより、なんか自暴自棄になっとらんかぇ?」
「国に戻ったって私は今回の戦の責任をとらされて死罪確定だもの。行く所もやりたい事も無くなったら、自暴自棄にもなるわよ」
ソフィアは枯れた笑い浮かべながら、静かに落涙した。
「滅ぼした妾からすれば、何とも言えん話じゃなぁ」
「話を戻していいか? とりあえず軍曹は北の国周辺にいるんだな? 聞いたか野郎ども! 探しだすぞぉ!」
「「「うおぉぉぉ! マッスル!」」」
漢達は一斉に片手を振り上げて雄叫びを上げる。そこへ、冷淡な視線をコヒナタが浴びせた。
「何言ってるんですか! あなた達は里を守らなきゃいけないでしょうが! レイア様を探すのは私達ですよ?」
「えっ? そ、そんなぁ⁉︎」
「レイア様はあなた達がどんな困難にも立ち向かえるように、力と気力を鍛え上げました。その思いを無駄にするのですか?」
「うっ……で、でも俺達も軍曹が心配で……」
コヒナタはうじうじする団員達に向けて『チャキッ』っとザッハールグを構える。にっこり微笑んでいたが、目は笑っていない。
「返事は?」
「「「サー、イエッサー! 里は俺達が守るであります!!」」」
「よろしい。旅の為に色々必要なものがあるので協力してくださいね?」
すると、ディーナが忘れていた事柄を思い出し、手を軽く叩いて団員達にお願いした。
「そうじゃ! お主ら金をくれ! 妾達の金は主様に預けてあって、無一文なんじゃよ」
団員達はいきなりの『金をくれ』宣言に驚いているが、事情を聞いてなるほどと頷く。
「わかりましたが、いくら位用意すれば足りるんですか?」
「うーん。途中買い食いもしたいからのう。金貨五百枚か、純金貨五十枚ほどおくれ?」
「「「無理無理無理無理無理無理無理むぅぅぅりぃぃぃぃぃ!」」」
「そ、そんな大金軽く渡せるわけないでしょう? 里の復興もあるんですからぁ……」
全力で否定する漢達を手で制すと、キンバリーは冷静に説得を始めた。しかし竜姫の眼差しは揺るがない。
「お主達の主様への愛はそんなものかぇ?」
「うっ……それとこれとは話が……」
「主様も言っておったではないか、『お前達の命は俺のもの、俺の命は俺のもの』ーー金なんて、命を失うよりましじゃないかぇ?」
「それもうお願いじゃなくて、金出さなきゃ殺すって言ってるのと変わりませんよね? 脅迫ですよね?」
キンバリーが悲痛に呻いていると、竜姫は紅華を広げてヒラヒラと団員達を扇ぎだす。
「返事は?」
「「「サーイエッサー! 頑張って集めてきます!!」」」
「うぬ! いい返事じゃな! 妾も鬼ではない、金貨二百枚で許そう!」
「「ありがとうございます! サー!」」
マッスルインパクトの面々は見事な敬礼をしながら、勢い良く汗と涙を垂れ流していた。
ディーナは満足そうに両腕を組んで頷いている。いつもなら理不尽だと止める筈のコヒナタも、レイアをさっさと探しに行きたいので口を挟まずに黙っていた。
(確かにお金は必要だなぁ)
「あと、誰か一人私達についてきてくれませんか? 特に料理が上手ければ他は何も望みません」
「料理ですかい? それならうちだとボンズの奴が一番上手いですかね? よく食うしなぁ」
いきなり話を振られたボンズは『えっ! まじで⁉︎』一驚してガジーを睨む。先程のやり取りからこの二人に付いて行くのは危険だと、危機察知センサーが全力で警鐘を鳴らしていたからだ。
「よく食う奴はいらん。妾の分が減るからのう」
やれやれとディーナは首を横に振る。助かったと安堵するボンズに対して、他の団員は舌打ちしていた。
水面下で壮大な押し付けあいが始まっている。皆、何としても自分だけは助かろうと必死だった。
「俺は団長だから行くわけにもいかないしなぁ~! 残念残念」
「チッ!」
キンバリーが先制攻撃を仕掛けて候補から外れようとすると、家族持ちの正論にガジーが舌打ちする。
「いやぁ~軍曹に鍛えられて俺らも強くなりましたし、団長が行きたければどうぞ? さっき軍曹を探しに行きたがってたじゃないですかぁ~!」
そこへまさかのボレットの裏切りが切り込む。キンバリーは破壊された絆に涙ぐんでいた。団長の威厳など欠片もない。
「あ、あの、僕が行きます! ミリアーヌの事なら詳しいですし、北の国ピステアにも行ったことありますから」
すると、突然クラドが入って来て自分が行くと名乗り出た。その顔に迷いは無い。
「クラドよ。旅はお主が考えているより辛いことも多いぞ?」
「大丈夫です! このネックレスがありますから! それに僕は人族ですから、いずれミリアーヌに戻ろうと考えていました。元々無理矢理攫われただけなので故郷に戻るいい機会なんです。お願いします!」
深々と頭を下げる少年の姿に竜姫は軽く溜息を吐く。
「ちなみに料理は作れるのかぇ?」
「人並ですが作れます! 旅の途中も勉強して、絶対美味しく作れるようになります!」
「コヒナタよ、どうする?」
「私は別に構いませんよ? ただ、途中で音を上げないでくださいね?」
「はい! 頑張ります!」
クラドは嬉しそうにお辞儀をして、コヒナタは軽く肩口を叩いた。
「ふむ。いい面構えになったじゃないか」
「いつかはマッスルインパクトに入団させようと思ってたのになぁ」
偉そうな事を言いながらも、キンバリーとガジーの目元は潤んでいる。
「あの、私はどうしたらいいの?」
話に割り込むタイミングを計っていたソフィアは、完全に忘れ去られていた。
「好きにせい、ただ行くところが無いなら、この里で復興を手伝うといいんじゃないかぇ?」
「それも一つの償いになるか……」
マッスルインパクトの面々は勝手に進む話にどうしたらいいか悩むが、ディーナに言われたら逆らえないので黙って聞いていた。
ーーガジーが一歩踏み出して、提案する。
「俺達は償いなんて望んじゃいない。だから、生きる理由は自分で探せ! 生き方がわからないならマッスルインパクトに入団しろ! 軍曹流の特訓を生き延びれば、自分の命の大切さがわかるぞ! 生きててよかったって思わせてやる!」
ソフィアは俯いたまま思い悩むが、決意した表情を浮かべて力強く頷いた。
「そうだね……入団するよ。その命の大切さを知る訓練とやらを受けてみたい。よろしく頼む」
ガジーとソフィアは握手する。過去を悔やむのではなく、未来を歩いていく為に。他の団員達も新たな仲間の加入を認めて拳を握った。
様子を見ていたコヒナタは、レイアに会いたくてすぐにでも出発したかったが、準備をしっかりしないと後々大変になるとわかっていたので口を噤む。
「じゃあ、今日は準備を整えて出発は明日の昼にしましょう!」
「はい、明日からよろしくお願いします! コヒナタさん、ディーナさん!」
「こちらこそ宜しく頼むぞクラド。特に料理」
「宜しくお願いしますねクラド君。特に料理」
「どれだけ料理出来る人を求めてたんですか、二人共……」
三人は向かい合い笑う。レイアを捜す旅はこうして新たな仲間を迎えて始まった。
__________
一方その頃、レイアは北の国ピステアの領内に飛ばされていた。
「また森か……何故いつも森なんだ……」
イタズラ好きの妖精が生息する『夢幻の森』に佇みながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます