第69話 ディーナの逆鱗、コヒナタ激震!

 

 禍津火マガツヒを放ち終えたレイアとディーナは、一度相手の様子を見ようと後方のビナス、コヒナタと合流した。


「凄まじい威力でしたね。正直、私まで身体が震えちゃいました」

 コヒナタの言葉に、ビナスが同意しながら頷いている。


「あまり嬉しくはないんだけどね? 魔獣を相手にするのとはやっぱり違うよ」

「マスター、悩むのは……」

「わかってる。全部終わらせてからにしよう。エルムアの里を守るのが一番だから」

「主様よ。敵陣に変化があったのじゃ」

 ディーナは空中から様子を見ていたのだが、マリフィナ軍から白旗が上がるのに気付いて降りてきた。


「降伏してくれるのかな? これで一安心だよ」

「戦はそんなに甘くはないよ。あちらの大将が出てくるなら我も行こう。多少は駆け引きをミナリスから学んでいるしな」


 ーービナスは自ら進んで、女神の隣に並び立つ。


 レイアは一瞬躊躇ったが、竜化したディーナは相手を怖がらせて交渉の妨げになるかも知れないし、コヒナタは見た目的にアウトだと判断して、ビナスの意見を了承した。


 もし、敵が攻撃してきた際の打ち合わせを軽く済ませて、戦場の中央へ二人で歩いて行く。彼方からはソフィアが数名の部下と共に、捕縛したアーマンを連れて来た。


 八メートル程離れた場所で両者は対峙する。ソフィアは銀髪の美姫の姿を見て驚愕した。とても自軍を殲滅させる様な人物には見えなかったからだ。

 寧ろ、人外離れした美しさに見惚れそうになる。


「成る程……これが悪魔の正体かい。アーマン、あんたやっぱり嘘をついてたね?」

「んーっ! んんーっ!」

 ソフィアの問いに対して、猿轡を噛まされたアーマンは必死で首を振る。隊を滅ぼされた身からすれば、レイアは美しい悪魔や死神にしか見えない。


「……私はマリフィナ軍千人長ソフィア! こいつを引き渡し、帝国アロに帰ると誓おう! 降伏するからこれ以上の攻撃は止めて貰いたい! 返答や如何に?」

 レイアは敵大将を『女神の眼』を発動して『心眼』で見つめる。


(嘘はついていないけど何だろう? 意識に靄が掛かっているような不思議な感じだ。ーー怖がられているからかな?)


「そちらの言い分は分かった。だが、俺の仲間の里を滅ぼし、沢山の罪も無い人を殺したその男は決して許さない! 一度逃したのは己の所業を後悔させる時間を与える為だ。撤退するのであれば軍にはもう攻撃はしない! 約束しよう!」

 レイアの言葉を受けてソフィアは安堵する。気丈に振る舞ってはいたが、先程の恐怖が抜けておらず足は震えてたままだ。そして、アーマンがこの大陸で何をしたのかを漸く把握し、侮蔑の視線を向けた。


 部下らしき兵が両腕を押さえ付けてレイアの側まで連れて来ると、勢いよく目の前に転がす。


「ん〜っ! んんん〜〜っ⁉︎」

「何を言ってるかわかんないけど、お前の懺悔を聞く気もないんだよ。この戦を巻き起こした一番の原因はお前だ! 死ね! 『朱雀炎刃・閻魔』!」

 女神は双剣を抜くと、『剣王の覇気』を発動させてt奥義を放つ。神剣の炎と魔剣の斬撃に刻まれ、アーマンは塵も残さずに消え去った。


「終わったか……」

 レイアは空中を見上げると、ほっと息を吐いた。戦なんて無い穏やかな日常に帰ろう、と。


「おやおや、気を抜いちゃいましたねぇ?」

 戦の終わりだと気を抜いた瞬間、ソフィアの影からピエロの仮面を被った男が現れ、開いた小瓶をビナスに投げつけた。同時にソフィアは気を失い倒れる。


「あの時のピエロ⁉︎ 危ないビナス!!」

「旦那様、来るなぁ!!」

 仲間を庇おうとするレイアの性格を読んでいたピエロは、わざと本人ではなく仲間を狙った。ビナスはその敵の意図を逆手に読んで、自ら『聖女の嘆き』に向かい、黒水を身体に浴びる。


「きゃああああああああああああああああっ!!」

「ビナスッ⁉︎」

 黒水が身体に纏わり付き、不思議な紋様を刻んでいく。裂かれる様な痛みが全身に迸り、ビナスは堪らず絶叫しながら意識を失った。


 その光景を見た直後、レイアは再び双剣を抜き去り疾駆する。しかし、『聖女の嘆き』が発動すると同時にアーマンを連れてきた部下は、鉄仮面を被った黒装束の男に変化した。

 一斉に短刀による連続攻撃を仕掛けられる。


「邪魔をするなぁっ!」

 レイアは身体系スキルを全て発動させると、怒りのまま双剣を振り回して襲い掛かる鉄仮面を肩口から両断した。


 それでも次々と現れた敵は足にしがみ付き、動きを封じようと縋り付く。死を恐れていないような無感情な行動が余計に焦燥感をかった。


 左右から投げ込まれた多数のクナイを『聖絶』で防ぎ、足にしがみ付く鉄仮面を刺し殺す。だが、動きも素早く、連携のとれた手数の多さから徐々に後手に回らざるを得ない状況に追い込まれていった。


「くそっ! ビナス、ビナス!! 『風神閃華』!!」

「マスター落ち着いて! 焦ると敵の思う壷だよ⁉︎」

「うるさい! こうなったら『神覚シンカク』で蹴散らすぞナナ!」

「そんな集中状態じゃ無理だよ! 発動させても一分も持たない!」

 怒りで冷静さを失ったレイアをナナが落ち着けようと諫めるが、倒れたビナスを前にして、感情を抑える事など出来なかった。


「少々予定は狂いましたが、効果はあった様ですねぇ? あなた達! そいつをそのまま抑えていなさい!」

 鉄仮面の部下達に命令すると、ピエロは倒れたビナスの傍へと歩き出す。その右手には歪な形をした『転移魔石』を持っていた。


 一方仲間の叫びを聞き、遠目から何かが起こった事を悟ったディーナとコヒナタは全力で疾走した。先程までの場の雰囲気から戦は終わったのだと油断し、人化してしまっていたのだ。


「主様ぁ! ビナス!」

「い、一体何が起こったのでしょう⁉︎ 急がなきゃ!」

 ピエロは苦戦するレイアの表情を見つめながら、愉快にステップを踏み締める。


「貴女の大切でだぁ~いじな仲間に、私は何をするでしょうかぁ~?」

 女神はやむことなく迫りくる攻撃を双剣で跳ね返し、鉄仮面を殺し続けながら絶叫した。


「ビナスにこれ以上何かしてみろっ! 絶対にお前を殺す! 絶対だ!!」

 怒気を含んだオーラが周囲に巻き起こり、鉄仮面達が一斉に吹き飛ばされる。


「ちっ! 化け物め……」

 一瞬ピエロが怯んで後退った。だが、攻撃の嵐を抜け出したレイアの視界の先では、既に右手の転移魔石を発動させていたのだ。


「残念でしたぁ~! もう発動させちゃいましたからねぇ~!」

 ビナスの倒れる地面に描かれた転移陣が、青光を放ちながら空中へと上がるように展開されていく。レイアはもう時間がないと判断し、奥の手にとっていたリミットスキルを発動させた。


 ーー「『女神の心臓』!!」


 五秒のみの凍った時の世界に入った瞬間、まず足にしがみ付く鉄仮面の両腕を切断し、ピエロに『エアショット』を撃ちながらビナスの元に駆け付け、己の腕に抱き抱える。


 しかし、強制的に転移の力に引き摺られていた為、その場から救い出す事は不可能だった。高速思考をリンクさせたナナに問う。


「ナナ、何とかならないか⁉︎」

「無理ですよマスター! 転移魔石が既に発動していて、座標が固定されてしまっています! このままではビナスは一人で転移先に飛ばされてしまう! 見捨てるか、一緒に飛ぶかご決断を!」

「馬鹿っ! 一人でなんか行かせるわけがないだろ⁉︎ この紋様も何なのかわからないのに!」

『女神の心臓』を最初から使わなかったのは、『聖女の嘆き』の刻印を刻まれたビナスに、一体何が起こっているのか分からなかったからだ。


 ナナの説明を聞いている余裕すらない程、鉄仮面達の連携攻撃は激しかった。


「マスター時間です! スキルが解けます! 見捨てないなのであれば、そのままビナスを放さないように!」

『女神の心臓』が解除されると、最初に驚きの声を上げたのはピエロだった。


「はぁっ⁉︎ ぐああああああぁ〜〜っ!」

 不意に『エアショット』を食らい吹き飛ばされる。レイアの全力パンチと同じダメージを顔面にくらい、仮面が半分破壊された。

 その程度で済んだのはレイアが動揺していたからなのだが、そんな事を知らないピエロは戦慄する。


(まだ私の知らない力を秘めているのかこの化け物は……)

 道化は素早く身を翻すもダメージは大きく、ビナスを抱きかかえ、今にも転移しそうな女神と互いに睨み合った。


「何故こんな状況になっている⁉︎ 一体何をした化け物おおおおおおおおおおお〜〜っ!!」

「へぇ、お前そんな顔をしてたんだな? 驚いたかざまぁみろ! 次だ。次会った時はお前を絶対殺すからなああああああああ!」

 女神は獣の如き雄叫びを轟かせると、ピエロに殺気を放ったまま転移陣の光に包まれ消失したのだった。


 __________



 このままでは間に合わないと判断したディーナは竜化してコヒナタを乗せ、現場のすぐ上空まで近づいていた。


 ーーしかし、伸ばした手は僅かに届かない。


「主様ぁぁぁぁっ⁉︎」

 消える主に向かい泣き叫ぶ。それは悲痛な慟哭として戦場に響いた。


「れ、レイア様とビナス様は何処に⁉︎ 一体何がどうなってるの⁉︎」

 コヒナタも突然愛しい人が消えた場所を呆然と見つめ、困惑する。


 二人はレイアの消失に落涙するが、次第にそれは敵であるピエロとマリフィナ軍への怒りへと変わっていった。


「コヒナタ……あやつらのせいか……」

「えぇ、ええ……ディーナ様……あいつらが、私達からレイア様を奪いました……」

 白竜姫形態のディーナと、怒りで強制的に鍛治神ゼンを降ろしたコヒナタは、ワナワナと込み上げる怒りに震えながら天空を見上げ、とてつも無い声量の咆哮を戦場に轟かせた。


「許さんぞ! 虫ケラがああああああああああああああああああああっ!!」

「レイア様を返せえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 ディーナはマリフィナ軍に向け、制御など最早関係無いと言わんばかりに迦具土命カグツチを放って兵を焼き尽くす。


 一方、コヒナタはゼンにお願いをしていた。


『な、何が起こってるのだ⁉︎ いきなり降ろされたかと思えば儂の可愛いコヒナタが怒っておるし、訳がわからんぞ!』

「突然申し訳御座いません、ゼン様。ーーそれでは私に降ろせる限りの神力を全て下さい。ピエロ仮面のクズを抹殺しますので」

『そ、そんな事したら、爺ちゃんちょっと元気なくなっちゃうかもなぁ〜なんて?』

「そんな事いいから全て下さい! 怒りますよ⁉︎」

『そ、そんな事! もう怒っとるし⁉︎』

「いいから、早くしなさい!」

『は、はいぃぃ! 儂の可愛いコヒナタがグレた……』

 ゼンの神力を最大限に宿し、コヒナタは金色の光を放つ。直ぐ様ディーナから飛び降り、標的の元に向かった。


 狙われた道化は作戦の失敗から撤退しようとするが、レイアから受けたダメージが大きく身体がフラついて視界が定まらない。


「くそっ! 早く影に逃げ込まなければ!」

 焦燥感が込み上げる道化の元へ、突如鎖のついた巨大な鉄球が襲い掛かる。


 ーーズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォン!!


「グウゥッ! な、何だこれは⁉︎」

 身を捻って辛うじて鉄球を避けたが、風圧に巻き込まれて体勢を崩し転がる。本来なら軽々と避けれる攻撃も、ダメージから脚を封じられた状態では厳しかった。


 ーーストンッ!


 鉄球の上にザッハールグを携えたコヒナタが舞い降りると、穏やかに微笑みながらピエロに死刑を宣告する。


「貴方でしょう? レイア様やビナス様に小細工を弄して私達から奪ったのは。ねぇ? 何してくれてるんですかぁ? 頭叩き潰しますよ」

 宣告と同時にザッハールグを『三式』に変化させて咆哮した。


「死ね! 『鳴神ナルカミ』!」

「ーーーー拙い!」

 以前マクシムの屋敷でレイアの『朱雀炎刃』を吸い込んだ黒布のアイテムを拡げるが、とてつもない威力の青い雷光は消失する事無く黒布を焼き去り、ピエロへ直撃した。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああ〜〜!!」

 絶叫を上げながら吹き飛ばされると、仮面は完全に粉々に砕け散る。タイツや籠手はボロボロになり、顔を露わにされた男はダメージの大きさから動けない。


 コヒナタが驚いたのは、男の正体が眼球の白目の部分まで黒く塗り潰されている以外、二十代半ばに見える人族の整った顔付きをしている事だった。


 巫女は神気を纏い、金色の燐光を放ちながら近付くと、ザッハールグ『一式』の鎖の先を短剣に変え、トリガーを引いた。


「ガハァッ!」

 男の腹部に突き刺さった短剣を鎖で巻き上げると、逸る気持ちを抑え込みながら脅迫する。


「レイア様を何処に飛ばしたのですか? 生きているのは結ばれた『繋がり』で分かります。場所を吐いてから死になさい!」

 道化は問いに対して一切応えない。腹部から血を流し、横たわったまま口元を三日月の様に吊り上げて嗤うだけだった。


「ニセモノ以外に、こんな化け物がいたとは完全に予想外でしたよ。今回は私の負けですかねぇ……さて、座標も設定してませんし、何処へ飛ばされるやら……」

 独り言を呟きながら、ピエロは自らに向けて転移魔石を発動させた。座標を設定していない転移は、何処に飛ばされるかわからない。


 深海や遙か上空、岩や土の中、飛んだ先で死ぬ可能性が高いから限界まで使うのを躊躇ったが、賭けに出たのだ。


「えっ⁉︎ 待ってぇ! レイア様の場所を!」

 巫女は突然の敵の行動に焦り、即座に一式の鎖を放って男の足に絡みつかせる。


 ーーしかし、眩い光を放ちながら、対象は転移陣と共に消え去った。


「レ、イア様……う、うぅぅぅ……」

 コヒナタは膝から崩れ落ち、両手を地面につき泣き喚くしか出来ない。愛しい人を奪われた悔しさと悲しみが襲う。


 空には白竜姫の咆哮が響き渡り、マリフィナ軍の本拠地があった砦も、三方に配置された軍も、叫び声を上げる間も無く迦具土命カグツチに焼き尽くされていた。


 コヒナタは負の感情を撒き散らすかの様に、残された鉄仮面を『鳴神ナルカミ』で消し去っていく。


 全てが終わった後の戦場で動いている者はおらず、二人の目の前にいるのは気絶したソフィアのみ。


 ディーナは人化してソフィアを担いだ後、ゆっくりと歩き出した。コヒナタも神降ろしを解くと、その後を歩く。


「主様は絶対生きておる。探すぞ、コヒナタ」

「当たり前です。とりあえず、エルムアの里でこの者を起こして情報を吐かせましょう。あと旅の連れをマッスルインパクトの団員から選ばなければなりませんね。私達は料理が作れませんから……」


「アズラを連れていけばいいんじゃないかぇ?」

「それは駄目でしょう。確かにこの事態を伝えれば何よりレイア様の元に向かいそうですが、アズラ様が我々と離れた理由の解決には至りません。再び離れる事になり、悲しませます」


「主様の涙は見たく無いからのう……」

「そうですね……」

「そういえば、金も無いのう。主様のなんとかポケットに預けたままじゃ」

「レイア様に頼りきってましたねぇ。どうしましょうか? のんびり冒険者クエストをやって稼ぐなど耐えられませんよ」

「そこは妾に考えがあるから平気じゃよ。とりあえずエルムアの里に戻るとしよう」

「わかりました……」

 すると徐ろにディーナは立ち止まり、ソフィアを地面に降ろす。振り返ると、コヒナタに向け両手を拡げた。

 行動の意図が直ぐに理解出来てしまったドワーフの巫女は、黙って俯いたまま強く竜姫を抱き締める。


「う、う、ああぁぁぁぁあ! レイア様ぁぁぁ!! 会いたいよう! 寂しいよう! こんなのやだよぉぉ〜〜!!」

「妾もじゃよ……直ぐに迎えにいくのじゃ。ビナスの奴が調子に乗る前にのう……」

 泣哭に喘ぐコヒナタの頭を撫でながら、ディーナは静かに涙する。


 遠く離された、愛しき女神を想いながら。


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