第66話 孫馬鹿なジジイ登場と、コヒナタの覚醒。そして秘密は暴かれる。

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 俺は鎖のついた鉄球に押し潰され、森の木々を破壊しながら吹き飛ばされる。双剣で鎖を斬ろうにも頑丈な上に硬く、一瞬でも怯んだ隙に鎖は瞬時に主の元に巻き戻された。


「なんて威力だよ! つーかなんでこんな事にぃ⁉︎」

 直後、とてつもない熱量を秘めた蒼雷を纏った砲撃が放たれる。


「ぐぅう! 『聖絶』!!」

 辛うじて防いだ後に周囲を見渡すと、俺が立っている場所以外は全てが灰塵へと化していた。確実に全力の滅火並みの威力を秘めている。


「なんじゃ! だらしがない奴だな。そんなんで儂と愛しいコヒナタのお爺ちゃんタイムを四十年以上邪魔したのか? 神を畏れぬ不届きものが! 滅してくれるわあああああっ!!」

「だからそれは俺じゃないっての! このクソジジイ!」

 俺と初めて出会ったこの世界の神族との戦いは、破壊音を聞いて集まった者達が手を出せない程苛烈を極めていた。


 本当に一体何故こんな事になったんだろう。コヒナタと戦うなんて、マジで勘弁して欲しい。


 ___________


 時は遡る。


 女神式ワークアウト二日目の夜。俺は里の工房を借りているコヒナタの元へ向かった。何やら実験に協力して欲しいと頼まれていたからだ。


「コヒナタ〜来たよ〜?」

「あっ、レイア様! お待ちしてました。忙しい中ごめんなさい!」

「いいよいいよ、コヒナタの頼みだもんね! いつも頼んでばかりだから気にしないで?」

「ありがとうございます! まず団員の皆さんの武器のメンテナンスは終わっていますよ。新しく打つわけじゃないので、左程時間は掛かりませんでした。刃毀れ等はきっちり修復してあります」

 コヒナタの視線の先に並んでいる数々の武器を見ると、新品同様に仕上げられている。光沢まで放っているように見えるのは気のせいだろうか。


「仕事が早いなぁ! 流石コヒナタだ!」

「えへへっ! 照れちゃいますよう!」

 幼女は指を絡めながらモジモジしつつ頬を染めた。小動物を連想させる程に可愛い。スタ○ドはきっとハムスターとかに違いない。


「それで、俺に頼み事って何なんだい?」

「はい……私のリミットスキルをご存知ですよね?」

「『鍛治神ゼンの右腕』だよね。俺が『女神の眼』で覚えられないって事と何か関係してる?」

「はい。このスキルは一族の巫女に選ばれた者だけが覚えられる。ーー正確には降ろす事が出来るスキルなんです」

 翠色の瞳はどこか言い辛そうに伏せられていた。何か秘密を明かす時に人はこんな仕草を取る。


「神様の加護みたいなものかい?」

「そうですね。レイア様は私のスキルを鍛治のレベルが高くなる位に思っていませんか?」

「う、うん……確かに思ってた。違うの?」

「それも一つなんですけど、本来の力は『神降ろし』、一時的に鍛治神ゼン様の神力をこの身に宿して、力を何倍にも高める事が出来るんです。ただ、封印されてから四十年以上経っているので、今でも降ろせるかが不安で……」

「成る程。もし何か予想外の出来事が起きたら、俺が止めればいいんだね?」

 俺は不安そうな幼女の頭を優しく撫でて微笑む。何も心配はいらないからだ。


 コヒナタは軽く頷き返すと、大きなレザーのハードケースから、大口径の穴が空いた太いトンファーの様な紅い武器を逆手に持った。

 トリガーに人差し指と中指をかけると、腕に二本のベルトを締めて固定する。


 砲身の逆側には細めの白い鎖が幾重にも巻かれており、素人の俺には一体どんな武器なのか想像もつかない。


「この武器、『ザッハールグ』は三つの形態に変化します。一つ目は鎖の先につけた心霊石に自分の望む武器の形をイメージして伝え、その武器を鎖ごと射出する中距離戦闘形態『一式』」

「うん! 名前がかっけぇ!」


「二つ目は、近距離戦闘主体のトンファー形態と身体に鎖を巻きつかせ、主人への攻撃をオートで守る『二式』。戦い慣れていない私のサポートを鎖がしてくれます」

「オート機能キターー!」


「そして、最後が神力を込めた砲撃『鳴神ナルカミ』を放つ、長距離形態『三式』です。『一式』と『二式』は今の私でも使えますが、『三式』は神降ろしの状態じゃないと使えません」

「通常のコヒナタじゃ神力が無いからか……」

 漸く話の核心が見えてきた。この武器を完成させる為に、リミットスキル『鍛治神ゼンの右腕』を発動する必要があるのだ、と。


「最初にこの三つの心霊石に神力を込めて埋め込まないと、ザッハールグは起動しないんです。神の鉱石ルーミアとスキルイーターの素材を使っていますから、かなり強力な筈なのですが……」

「……話だけ聞くと、また偉く凄い武器を作ったもんだねぇ」

 俺はそんなもんコヒナタに使わせていいのか真剣に悩んでいたが、まずは完成品を見てみないとわからない為、逡巡を振り払った。


「では、私が制御出来なかったら気絶させて貰って構いませんので、お願いしますね」

「なるべくコヒナタを攻撃なんてしたくないから、そうならない様に頼むよ?」

「私もレイア様に迷惑かけたくないですからね! 頑張ります!」

 どこか達観した様相をコヒナタが見せると、俺から離れて祝詞を唱え出した。


「偉大なる鍛治の神ゼンよ。初代巫女マールの血を受け継ぎし、コヒナタが願い奉り候。この身に御身の神力を宿らせ給え!」

 ドワーフの小さな身体が金色の光に包まれると、どこからか工房へ声が響く。


『おぉぉ! この時代に『神降ろし』なんてするのは何処の馬鹿者だと思ったら、我が愛しいコヒナタでは無いか! 久しぶりじゃのう。儂は寂しくてたまらんかったよ!』

「お元気そうで何よりですゼン様。今日は御力を賜りたく存じ上げます」

『なんじゃ? コヒナタのお願いなら爺ちゃん何でも聞いちゃうぞぉ?』

 俺は思った。姿は見えないが、確実に鍛治神ゼンは孫馬鹿のジジイだ。


『ぬ! 其処の者は何者じゃ? どうやら天上の気を感じるが?』

「私の大切な人ですよ。この方と共に戦う為、この心霊石に御身の神力を賜りたいのです」

『た、大切な人……だと。あの可愛かったコヒナタに、遂に手を出す輩が現れおったかぁ〜〜!!』

 俺はなんだか猛烈に嫌な予感がして、徐々に後ろへと退がる。場に放たれたプレッシャーが増しているからだ。


『話はわかった。その武器を起動するのに儂の神力が必要なのだろう? ついでに威力も上がる様に加護も付与エンチャントしておいてやろう。少し身体を借りるぞ?』

「ありがとうございますゼン様! 宜しくお願い申し上げます!」

 コヒナタは瞼を閉じると、ゼンをその身に宿した。眩い程の金色の光が更に強まって、堪らずに俺も薄眼になる。


「ふむ。封印は完全に解けているな。成る程良い武器だ……腕を上げたな、コヒナタよ」

 ゼンは心霊石に近付いて触れると、神力を流し始めた。すると白かった鉱石は赤、青、緑の三色の輝きを放つ宝石へ変化する。俺からすると、まるで錬金術見たいに見えた。


 ザッハールグに三色の宝石を嵌め込むと、武器全体が大きく輝き始める。ゼンは納得しつつ頷くと、突如俺の方を向いて、穏やかな口調で語り始めた。


「貴様、儂のコヒナタをちゃんと愛しているか? 嘘偽りなく答えよ……これは神の問答じゃ」

 俺はこういう場面で茶化してはいけないとピンっと姿勢を正し、真剣な表情で応えた。気分は娘さんを僕に下さいだ。


「勿論です! 脇が弱くてツンツンすると悶える所も、意外に夜ベッドで熱が篭ると、自分から積極的に動く所も、ディーナに負けない様に果物のツタを使って舌を上手く動かす練習をしている所も、隠れて俺の服を脱衣所で抱き締めて匂いを嗅ぎながら床をゴロゴロしている所も、クマさんパンツを卒業しようと新しいセクシーな下着を買ったのに、未だにクマさんパンツを捨てきれない所も、先週買った『これで身につく大人の女の色気vol.4』を、自分のベットの下にダミーの武器本をいれて、その棚を外した中に隠している所も……etc大好きです! 愛してます!」


『「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええっ⁉︎」』

 俺が胸を張って仁王立ちしている所へ、コヒナタとゼンのシンクロした絶叫が工房中に轟いた。一体どうしたんだろうか。


「お、お前、わざとか! わざとなのか? コヒナタ意識失っちゃったよ! そういうの普通儂に言わないじゃろう? 息子のエロ本を見つけた親がそれをそっと元に戻してあげる優しさ。ーーお前のは家庭のリビングのテーブルの上に重ねちゃうやつじゃよ! ねぇ? 鬼なの? 鬼畜って言葉はお主の為にある様なものじゃ! 流石の儂も引くわ!!」

「そんなぁ! 本心を言っただけなのに!!」

 幼女の姿に爺言葉だけで違和感が半端無いのに、説教されるなんて心外だ。俺は本音をぶつけているだけなのだから。


「いいや、今ので儂決めた、お前は鬼畜だ! そんなやつにコヒナタは渡さん! コヒナタを封印して儂に会えない様にしたのもお前だ! 意識を失ってる今なら好き勝手出来るしのう! その腐った根性、叩きのめしちゃる!」

「滅茶苦茶八つ当たりじゃねーか! 正気かクソジジイ⁉︎」

「あっ、今……神を侮辱したな! あーあ、もう駄目だ。半殺しで済まそうと思ったけど、儂怒っちゃったもんね〜? もう殺す〜、すぐ殺す〜! 殺し尽くす〜!!」

 ゼンがザッハールグを起動させると、『一式』の鎖の先が直径二メートル近い巨大な鉄球に一瞬で変化した。


「はっ? デカすぎだろ! そんなもん発射出来るわけーー⁉︎」

 俺の言葉を遮り、鉄球ごとザッハールグを装着して右腕を構えたゼンがトリガーを引く。

 ギャリギャリと音を立てて鎖ごと打ち出された鉄球を、ギリギリでワールドポケットから取り出した双剣の鞘で防いだ。

 だが、威力が強過ぎて工房の壁を突き破り、容赦無く身体が吹き飛ばされる。


 俺は神様の癖に完璧な不意打ちを食らわしてきやがったと、額に青筋を受けべて苛ついていた。


 そして、話は冒頭に戻る。


 __________


「なぁ、クソジジイ! こっちが傷付けれないからって、あんま調子乗んじゃねーぞぉ!」

「あっ? 黙れやこのクソガキが! 儂の可愛いコヒナタの純潔奪いよってからに! ブチのめしてくれるわ!」

「おいおい、口調まで変わってんぞ。頭悪い神様だなぁ! さっさと神界で死ね!」

「残念でしたぁ! 神様なんでまだまだ死にませーん! お前こそ変な身体しおって! なんだそのよく分からん封印でグルグル巻かれた魂は! 気色悪い!」

 鍛治神の悪口は的確に女神の脆いグラスハートに突き刺さった。一瞬動きが固まるが少し涙目のままレイアは反撃する。


「そんなもん本物の女神様に言ってくれよ! 俺は知らねぇ!」

 口喧嘩をしてる様にしか聞こえないが、それを見物しているマッスルインパクトや仲間達からすれば、金色の神気を纏った神々の超常の争いにしか見えない。


 双剣とザッハールグが交差し合い、レイアの斬撃で大地は割れ、ゼンの『鳴神ナルカミ』で森は灰塵と化していく。


 レイアは既に『限界突破』以外の身体系スキルを全て発動させ、『ゾーン』まで起動させているのにも関わらず、コヒナタを気絶させて元に戻す事が出来ずにいた。


 単純にゼンの神力を宿した巫女は、スキルイーター戦で見せた『神覚シンカク』モードに近い強さを誇っている。気を抜けば負けると思わせる程の膂力を秘めていたのだ。


「あぁ、もう! コヒナタの身体にこんな事したくないんだから、さっさと寝ろクソジジイ!」

「なんだ限界か? そんなんじゃこの子はやれんよ、クソガキ!」

「……いいや、終わりだよ! 『女神の心臓』発動!!」

「なんじゃとっ⁉︎」

 女神は凍った時間の世界で瞬時にコヒナタの首に手刀を浴びせ、頸動脈に一瞬力を込めて指で締め落とした。


「ーーかひゅっ⁉︎」

 時が再び動き出すと、呼吸の出来ないゼンはダメージと共に意識を失う。戦いが終わってから漸く気づいたのだが、レイアは右腹を焼かれ、左足が粉々に折れていた。


「うーん……まじで痛いなぁ。コヒナタ……ジジイを、宿すと……強過ぎ」

 愚痴を呟きながら、女神も意識を失い倒れる。


「主様! コヒナタ!」

「旦那様ぁ!!」

 ビナスとディーナが駆け寄り、二人の介抱を始めた。団員達はレイアの強さは勿論の事、コヒナタの凄さに恐れ慄いている。


 ガジーは石像の様に黙り込み、コヒナタを馬鹿にした事に対して、人生で一番美しいフォームの土下座を披露した。

 ゼンが去り、コヒナタは薄っすら蘇る意識の中で先程の愛しい人の告白を思い出す。


「脱衣所のあれも見られていたのか……本までバレてる。ヤバイ……死にたい……」

『カクンッ!』ーードワーフの巫女は再び意識を失った。顔は茹で蛸の様に真っ赤なままに。


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