第65話 守る者、守れない者。

 

 一日目のワークアウト終了後、レイアは一人で空を佇んでいた。女神の空の散歩は夜陰を金色で彩る。幻想的な光景を作り出している事に気付いていないのは本人のみだ。


「どうしたのマスター。悩み事?」

「ん〜いや、とりあえずマッスルインパクトのみんなには『身体強化』を覚えさせられたから今日は『セーブセーフ』を解除してもいいかなぁって」

「そうだね。一日目は覚えられない人がいた場合の保険だったし、いいんじゃない?」

 ナナと今日の成果は充分なものだったと話し合うと、本当の悩みを口にする。


「ナナ、気付いてるよね? 軍の奴等が言ってた『ニセモノ女神』って台詞を俺は最近一度聞いてる」

「『女神教』ってやつだね。あと、ピエロ仮面の男の事を言ってるのかな?」

「あぁ。多分あいつはマリフィナ軍か、帝国アロの人間だ」

「今回の戦いに出てくる事を危惧してるの?」

「いや、多分ピエロは出てこない。奴隷商の時も俺達が気付かなければ静観していた様に思う。目的が分からないけど、奴隷商を利用して俺達の力を計っている様に感じた」

 レイアはピエロ仮面の男を実力的にも、異世界で初めて出し抜かれたと認めざるを得ない存在として警戒している。


「マスターの手を煩わせる程の実力者なんて人族にはほぼいないよ? そうなら間違いなくSランク冒険者並みだねぇ。後は人と契約済みの悪魔位かな」

「悪魔? 女神や天使がいるんだそんなもんもいるか。余計にもう会いたく無いと思わせてくれる情報だな」

 元の世界の知識から悪魔くらいでは驚きはしないが、イメージ的には邪悪な存在として敵対する関係にあるのではと眉を顰めた。


「悪魔って言っても種族みたいなもので悪ではないよ。ただ、人と契約するリミットスキルを持っててこれを使った奴は別。力の増幅と引き換えに契約者の魂を喰らう事で、別人の様に心が汚染されて邪悪になっちゃう」

「悪い心を持つのは人も変わらないさ。所詮俺も弱い……」

 精神的に自分が脆い事をこれまでの旅で思い起こして、女神はそっと顔を伏せた。そんな最中、竜化したディーナが近付いて来る。


「ナナと話でもしておったのか? 邪魔したならすまんのう」

「気にしなくていいさ。それよりどうしたの?」

「主様は今回の戦にマッスルなんちゃらの彼奴らを本当に巻き込むのかぇ?」

 白竜姫は真剣な表情のまま銀色の瞳を女神へ向ける。エルムアの里の者達に情が湧いていたのだ。


「その話かぁ。正直言うと、彼等を鍛えるのは里や仲間を守る自衛の力を身に付けて貰うだけだよ。本人達にそれを言っちゃうと、緊張感が解けそうだからね」

「そうじゃったか。だが、戦は起こるのであろう?」

「うん。わざとアーマンとか言う隊長クラスの人間を逃したからね。俺に対する恐怖が上手く伝われば、敵の数はもっと増えるかもしれないな」

「ならば妾と戦さ場で踊ろうぞ。きっと楽しかろうて! クラドの想いも汲んでやらねばな」

 愛しい人を失った少年は前を向いて歩き始めていた。今は復興の手伝いに勤しんでおり、昼はディーナが木材や岩を運んだり手伝っている。


 レイアは戦争が始まる前に、里へ出来るだけの事をするつもりだった。


「……そうだね。力を貸してくれ」

「蹴散らしてくれるわ。妾も今新しい技を開発しとるでのう。主様も驚くぞ〜?」

「おぉ、それは楽しみだね! 残る問題はビナスの封印かぁ……」

「あやつの言うことなど無視じゃ無視! 妾はコヒナタは認めるが、ビナスはどうも可愛げが無くて好かん! 仲間としては認めるが、嫁としては駄目じゃあ!」

「そうだねぇ……封印解除の契約とか俺もヤダなぁ。アズラに似た様な事しちゃったけど元気かなぁ? あいつ」

「今頃禁術とやらで死にかけておるかもな?」

 尚、二人がこんな冗談を言ってる最中、アズラは禁術の制御で死にかけているのだが、それはまた後に知る。


「とりあえず戻ろうか! そういえばコヒナタがなんか新しい武器を作ったらしくて協力して欲しいらしいよ? 楽しみだね、モジモジしてて可愛かった!」

「おぉ、それは是非も無いのう! 楽しみじゃぁ」

 竜と女神の散歩は夜空に金と銀の光輝を放っている。地上から眺めている者達からすれば、それはまさに奇跡に等しい光景だった。


 __________


『マリフィナ軍本拠地』


「貴殿の言う事を疑う訳ではないが、そんな圧倒的戦力がこのレグルスに有るとは聞いた事がないぞ?」

「どうせ身の丈を弁えず、凶悪な魔獣に挑んで隊を全滅させたんじゃないのかい? あんたらしいわ」

 今回の任務を受けたアーマン以外の千人長、バーレンとソフィアはアーマンの報告と要請に対して疑問視していた。


「ち、ちがうんだ……あ、れは本当にあく、まみたいな、そ、んざいだ。たす、けて、たすけて! 助けてくれよぉ! 殺される! 俺は殺されてしまうんだぁぁあ!」

 髪を振り乱し、掻きむしりながら命乞いをするあーマン様子を見て、二人は冗談の類では無いのだと理解する。


 元来この様な事を懇願する様な男では無いのだ。涙を流しながら無様な姿を晒すアーマンの言葉に、両隊長は身震いした。


 ーー何かとてつもない化け物がいるのだ、と。


「悪魔か。本国からの増援は一週間では間に合うまい、港町ナルケアに控えている予備兵を合わせても兵の数は五千に足りるかどうか……」

「ねぇ、本当にあんたの部隊は一瞬で壊滅させられたの? 俄かには信じられないよ?」

「黒い光の柱が降り注ぐんだ……女神の様に美しい銀髪の少女が、微笑みながら全てを殺しつくした……一人残らず」

「何故そんな事になる⁉︎ 我が国が其奴に何をしたというのだ!」

「…………」

 アーマンはエルムアの里を滅ぼした事を黙っていた。恐怖に震えていても、バレれば己が交渉の為のスケープゴートにさせられかねない事を予測しての行動だった。


 ーーするとそこへ、女性の軽快な声が響く。


「あらあら、嘘つきさんはこちらですかぁ?」

「なんだとっ! 道化よ、いつからそこにいた⁉︎」

 影から音も無く出てきたピエロの仮面を被った存在は、人差し指を口元に当て、首を真横に傾げながら答えた。


「私は何処にでもいるし、何処にも存在しない哀れなピエロですよ。勿論貴方の戦いも見ていましたぁ。アーマン隊長?」

「ひゃあっ! お、俺は悪くない! 皇帝陛下の命で月夜族を捕らえただけだ!」

「へぇ〜? 陛下のご命令なら私が知らないのは謎ですがねぇ。それよりバーレン隊長、ソフィア隊長、黙ってお逃げなさい。アレは貴方達の敵う相手ではありませんよ?」

「貴殿がそこまで言う程の相手か⁉︎」

「冗談じゃないわ。敗走ならまだしも、戦う前から逃げるわけないでしょうが!」

 二人の隊長の威嚇を受けて、ピエロはやれやれと肩を竦めながら溜息を吐いた。


「死にたいのなら好きにしなさい。一応私も部隊を動かします。隙をついてあのニセモノを狙うつもりですから、どのみち兵は必要ですしね」

「では、兵五千の総隊長はソフィア殿が務められよ。マリフィナ将軍には私から報告しておく。我輩は強者と戦場にて剣を交わしたい」

「爺さん、無茶ばっかしてると死ぬよ? 戦については異論は無いけどさ」

「お、俺は出ないぞ⁉︎ 隠れさせてもらう。どの様に報告されても構わん!」

 震えながら隊長としてあるまじき言葉を発する惨めな男に、ソフィアは軽蔑の視線を向けた。


「元々あんたみたいなクズに期待なんかしてないさ。ここでビクビク震えながら隠れてなさいよ」

 その後、着々と作戦は練られてゆき、戦争の準備は進んでいく。


「さぁ! 悪魔との戦争の始まりだ!!」

「その選択……後悔しますよ。きっとね?」


 己を鼓舞する隊長達の中、ピエロだけが愉快に口元を歪め、闇夜へと消え去った。


 __________


「もう、無理だぁぁぁあ!」

「人間無理だと言ってからが勝負だと、偉大な先生も言っているぞぉ! 諦めたら試合終了だあああああ!」

 俺は竜化したディーナに乗りながら団員達を狩る。二日目の訓練は鬼ゴッコだ。ナナの索敵を使い、相手の位置は直ぐに判明する。

 追われる方からすれば、たまったもんじゃないだろう。


 因みに捕まると、檻の中で仲間が助けに来るまでビナス特製の電撃を流される罰がついていた。何名か心拍が停止したが、俺の『特殊心臓スペシャルマッサージ』で瞬時にこの世に甦らせる。


「ここは地獄なんだ。きっと俺らは地獄に迷い込んじまったんだぁ!」

「あぁ〜〜ガジーが電撃を喰らってる! 助けねぇと!」

「ダメだ! あれは罠だ。さっき同じ様に飛び込んだ仲間が竜に捕まっていたぞ!」

「畜生!! どうしろってんだぁ! このクソ軍曹があああああああっ!!」


「「あぁん⁉︎」」

 訓練を受けている身で、上官に暴言を吐くとは何事か。いかに極限状態であろうとも俺に対する暴言は許さない。ディーナも同じく顳顬こめかみに青筋を浮かべていた。


「今……俺のことなんつった?」

「虫の分際で我が主様を侮辱しよるか?」

「や、ち、ちがうんですよ? 別の人の事ですってば! やだなぁ。勘違いとか人生の摂理っすよ!」

 意味が分からない混乱した台詞を吐く団員達へ、俺は非情な決断を下す。


「ディーナさんや。軽くブレスいっちゃって?」

「ラジャーなのじゃ!」

 俺の合図を受けて、ディーナは練習していた新しい必殺技を放った。


 俺の『天獄テンゴク』を元に編み出した、『聖絶セイゼツ』をレンズ代わりにして、ブレスを収束して撃ち出す白竜姫形態のみ放てる必殺技。名を『迦具土命カグツチ』と元の世界の神を連想して名付けた。


「いっけええええええええええええええぇっ!!」

「「「「「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ〜〜〜〜っ!!」」」」」

 泣き叫ぶ団員達を、無慈悲にブレスは消し去ってしまう。俺は自分で命令しておきながら、顎が外れそうな程に愕然としていた。

 予想以上の威力と、本当に団員達を消し炭にしてしまったディーナの無邪気さが怖い。


「あの〜ディーナさん? 『手加減』って言葉知ってる?」

「い、いやぁ、この技はまだ練習中じゃから無理じゃよ主様〜?」

「うん。もうちょっと練習頑張ろうね? 俺も一緒に『天獄テンゴク』の制御の練習するから……」

「はーい! 頑張るからご褒美はおくれ?」

「そうね。俺とディーナで協力して放てそうな技を思いついたから、誰も人がいないとこで練習しよっか?」

「主様のお願いならなんでも良いぞ〜?」


「…………とりあえずみんなを戻したいからまたね。リセット!」


 ___________


 二日目の二周目である朝に戻った瞬間、俺は軍曹として固く決意した。ディーナは訓練に関わらせてはいけない。


「ビナス! やっぱり力貸して〜?」

「旦那様のお願いなら何でも聞こう! だからそろそろ我の封印を解いてくれないか?」

「それはそれ、これはこれで別の話でしょ? いいから手伝いなさい! 一緒に寝てあげないよ?」

「しょうがないけどわかったよ。手伝う〜!」

「戦までには封印解くための準備しとくよ……」

「ほ、本当に⁉︎ 嘘じゃない?」

 俺が顔を逸らしながら呟いた一言を聞いて、ビナスは瞳を輝かせながら身を乗り出す。


「嘘じゃないけど気は重いよ。一生俺から離れられなくなるんでしょ? 嫌じゃ無いの?」

「元々つがいは離れないのだ! 気にする事などないから、封印解除の方法を『これ』にしたのだからな!」

「わかったよぉ〜。とりあえずそれはまた後で。団員達と鬼ゴッコするから付き合って?」

「はぁい! やる気出てきたぁ! 魔術ぶっ放したい!」

「それやったせいで、ディーナは特訓には付き合わせないと決めたから手加減はしてね?」

 俺は団員達を想い、溜息を吐いた。


(俺の訓練なんて、まだ優しい方なんだぞ……)

 手加減を知っている分、他の仲間達に比べればましだろう。あいつらも自然に分かってくれるに違いない。


 __________


 同刻、ナナは神界から一人主人の様子を見て焦燥感から胸を押さえた。レイアに守るべき仲間や友が増えていく。それは守り抜けなかった時、『闇夜一世オワラセルセカイ』の封印の崩壊を危惧していたからだ。


「マスター、このままで大丈夫なのかな」

『……きっと大丈夫よ』

 突然空間のどこからか声が響いた。とても穏やかな温もりを感じて、ナナは微笑みつつお辞儀をする。


「ありがとうございます。女神様」

 レイアはそんな天界でのやり取りを知らぬままに、夜も更ける頃、癒やされるならやっぱり幼女だと工房に向かった。コヒナタから頼まれた事もあったからだ。


 その後、話されていた新武器の威力と、ドワーフの巫女の真の実力に驚愕する事になる。

 女神はまだ、コヒナタの凄さを全然理解出来ていなかったのだ。

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