第64話 始めましょう! 女神式ワークアウトを!

 

 クラドの件を含めて仲間の弔いを済ませたマッスルインパクトの面々は、深い悲しみも癒えぬままに翌日の朝、レイアに呼び出されていた。

 筋肉達がずらりと体育座りで並んでいる奇妙な光景が広がっている。


「そろそろいいかな」

 女神は胸を張りつつ一歩前に進み出ると、両手を広げて満面の笑みで第一声を放った。


「っという訳で一週間後にマリフィナ軍と戦争をします! 敵は殲滅あるのみ! やったね! 機会は俺が作っておいた!」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやっ! 説明ぶっ飛んでるよぉぉ⁉︎」


 ーー団員達が顔の前で手を左右に振り、全力で拒絶の意志を示す。


「なんで争う相手が増えてるんですか? 確かにマリフィナ軍の奴らは許せないですけど……」

 キンバリーが恐る恐る手を挙げて、レイアに問い掛けた。


「話せば長くなる深い理由があるのだよ。キンバリー君」

「その理由を聞かせて頂きたいのですが……」

「だが断る!!」

(言えない。怒りに任せて勢いで宣戦布告しちゃったなんて、言ってはならない……)


「いや、そこはちゃんと説明してくださいよ⁉︎」

「今はおいておこうよ。敵は二千人前後だ。しかし、今のか弱い諸君では勝てない! だから俺が諸君を鍛え直そう! 女神式ワークアウトの始まりだ!」

 レイアは拳を掲げてあたかも自然に話を進めようとするが、誰一人としてそこで応じようとはしない。


「あの~拒否権はあるのでしょうか? あと、何故我々が戦うのが決定事項になっているのか謎なのですが。逃げればよいのでは?」

「拒否権? 何それ美味しいの? 逃亡は銃殺って昔から決まってるんだよ。こんな風にね?」

 レイアは掌に空気塊を練り上げ、太い幹の巨木へ『エアショット』を放った。


 ーーズドオォォォォンッ!!


 幹が粉々に砕け散り、倒れる巨木を見つめながら団員達は一斉に青褪める。ーー逃げたらこうなるのか、と。


 この後の特訓を思い浮かべ、猛烈に嫌な予感がするキンバリー他、マッスルインパクトの団員はなんとかのがれようと必死に頭を回転させた。


「しょうがないじゃん……もう宣戦布告しちゃったんだもん……」

 銀髪の美姫は髪を巻きながら、いじいじと足で土に悪戯書きしながら拗ねている。


「団長、気持ちはわかるが俺らは強くならねーと。今回みたいな事がまた起こった時に、何もできないのは嫌だろ?」

 意外にもガジーが一歩前に進み出て論じると、皆その言葉に共感して頷いた。


「確かにそうかもなぁ。レイアさんの強さは半端じゃないし、本当に強くなれるならどんな事でも耐えられるか……」

 団長であるキンバリーも仲間の様子を見て腹を括る。


「死ぬようなレベルじゃなければ俺らの筋肉なら耐えられる! なぁ、みんな!」

「「おうよ! マッスル! ビバマッスル!!」」


 レイアは自分をおいて勝手に話が進んでいく事に苛つきはしたが、話的には良い流れなので黙っていた。

 自主的に強くなろうという意思が、この後始める猛特訓に必要だったからだ。


「じゃあ、みんなの装備についてなんだけど、うちのコヒナタがメンテナンスしてくれるから出してね」

「皆さんよろしくお願いしますね!」

 コヒナタはレイアの背後から出てきて、丁寧にお辞儀をしながら挨拶する。今日も『全世界妹選手権』で一位を取れそうな程に、小さくて可愛い。


「そんなちっちゃい嬢ちゃんに任せて平気なのかぁ?」

 ガジーが不満気に両腕を組み、罵声を吐いた瞬間周囲の空気が一変した。


「あぁん⁉︎ お前今コヒナタの事馬鹿にしたか? 殺すぞゴラァ?」

 怒気を含んだ威圧が巻き起こる。石ころが宙に浮かんでは弾け、大地にヒビが入り出した。


「ひゃぁああ⁉︎ すんません、すんません、すんません、殺さないでぇ!」

 瞬時にガジーは土下座するが、女神の怒りと威圧は収まらない。


「レイア様。私は大丈夫ですから落ち着いて? ね?」

「……コヒナタがそう言うならわかったよぉ。次はないから気を付けろよ?」

 レイアは可愛く上目遣いで微笑んだが、団員達は土下座するガジーを視界に捉えている為、全くトキめかなかった。

 寧ろこの美しさが怖いとさえ思っている。


「あの〜レイアさん。俺達は装備無しで訓練するんですか?」

 キンバリーはタイミングを見計らって、抱いた疑問を問う。


「そこはちゃんと考えてあります。うちのビナスが木を魔術で削って、各自に合った武器を作ってくれるよ」

「旦那様の頼み事だからな! ご褒美はちゃんと貰うけどね!」

「はいはい落ち着いてね。ーーハウス!」

「ワゥン! ーーって、犬扱いはやめてぇ⁉︎」

 ビナスは否定しつつもレイアに顎をこちょこちょされると、とても満足そうに『アヘェ~』と惚けている。元魔王の威厳は最早微塵も無かった。


「話がそれちゃったね。まず、今日から俺の事は軍曹と呼ぶように! あと返事は『Yes《イエス》 、sir《サー》』ね!」

「……何故軍曹なのですか?」

「お約束だからだ。これは譲らない!」

「そうなんですか? わかった様なわからない様な……」

「ねぇ、返事は?」

「い、イエッサー!!」


 ーー軍曹は両腕を組んで満足気に空を見上げた。やはり形から入るのが一番だからだ。


「とりあえず何を行うかはこの後説明するんだけど、ちょっと準備するから待ってて?」

 レイアは岩の陰に向かい、団員達から見えない位置に隠れた。


「『セーブセーフ』!」

  今回は自分の特訓では無く、団員達の効率を高める為に『セーブセーフ』を発動した。一応このスキルは仲間以外には知られないように考慮している。


 ナナと相談して、一周目に『実験』と『結果』の考察、二周目に最適な『訓練』を行い成果を上げる。正にチート訓練だ。


 __________


 目的は三つ。

 一、全員に、身体強化スキルを覚えさせる。

 ニ、強制的にレベルを上げて、ステータス強化。

 三、逆境でも折れない精神力を身に付けさせる。


 これを一週間で行うのは本来無謀に近い。特に『身体強化』スキルを覚えさえるのが難しいのだが、レイアにはナナと考えた様々な秘策があった。


 __________



「さぁ、準備も整ったし始めようか。この中で『身体強化』のスキルを覚えている人は?」

「最近覚えたばかりですが、使えます!」

 ガジーが挙手した。意外な事にキンバリーは『身体強化』を覚えていない。『凍らせる心臓』でほぼ負ける事が無かったからだ。


『身体強化』は力、体力、器用さなどのステータスをMAXのLv10で最大1.5倍に上げる事が出来る。どの職にも役に立つスキルだ。

 スキルレベルを上げるには経験と時間が必要だが、まずは覚えることが必須だった。


「成る程。どんな時に覚えたかみんなに教えてあげて?」

 ガジーはスキルを覚えた時の状況を思い出しながら唸った。


「確かジビットの群れに襲われて、かなり危ないとこを撃退した時ですかねぇ? 命の危険を感じた時に身体が限界を超えて動いたような感覚があって、後々スキルとして覚えてたって感じです。詳しくは俺も感覚でしかわかってねぇです」

 当の本人は感覚的にしかスキルと捉えておらず、説明も不十分であったが大事なポイントは押さえていた。


「正解正解! まずは身体が悲鳴を上げても動かさなきゃいけない様な状況で、無意識に線を引いている己の限界を超えるんだよ! そうすれば勝手に覚える筈だとナナ先生も仰られている!」

「………おい、もう既に嫌な予感しかしないぞ。あとナナ先生って誰だよ」

 キンバリーの生命に対する危機センサーが、全力で警鐘を鳴らしている。


「ビナス! アレをみんなにお願い!」

「まかせて旦那様! おい、お前ら立って横に並べ」

 レイア以外には傲慢不遜な態度のビナスが、団員達を一列に並ばせるとオリジナルの魔術を唱える。


「『アースロック』!」

 一瞬で粘土の様になった土が団員達の手足に巻き付くと、そのまま固まり片方五kgのパワーアンクルに変わった。


「重いが耐えられなくはないな!」

「あぁ! 俺達の筋肉はこんなもんじゃへこたれないぜ!」

「おい、やめておけお前ら。見てみろ。俺は軍曹のあの微笑みが怖い……」

 レイアは頬を蕩けさせつつ、まるで玩具で遊ぶ子供の様な無邪気さに染まっていた。


「じゃあ、みんな走ろうか! 最初はマラソンだよ!」

「「「イエッサー!」」」

(なんだ、案外普通じゃないか)

 安堵する団員達。地獄はここから始まった。


『マラソンが始まって一時間後』


「なぁ、そろそろ休まないか? ゆっくりなペースのマラソンとはいえ、重りのせいで疲れてきたぞ」

「そうだなぁ。軍曹も何も言ってこないし、休憩くらいいいんじゃないか?」

 団員達はさすがに疲労が積もり、徐々にペースを落とそうとしだした。ボレットは背後が気になり振り向いた直後に戦慄する。


「みんな休むなああああああ! 決して休むんじゃない! あと後ろを振り向いてもいけない! 目がやられるぞ!」

 見るなと言われると見たくなるのが人のサガだ。団員達は一斉に後ろを振り向くと、レイア軍曹が楽しそうに木の双剣を振り回しながら、踊りつつ背後に迫っていた。


「あれは、下がると斬るという意味ではないよな?」

「わからん。今はただ走ろう。俺は嫌な予感しかしねぇ」

 キンバリーとガジーは念の為ペースを早める。最後尾は生きた心地がしないからだ。

 それに伴い、全く同じことを考えていた団員同士の最後尾争いが始まった。


「ようやく気付いたか」

 レイアの待ち侘びていた瞬間だ。走るペースも団員達に合わせて上げていく。


 __________


「ぜひゅっ、ぜひゅっ、がはっ、もうげんか、い」

 三十分後、マッスルインパクトの中では唯一筋肉というより、贅肉を纏った男ボンズは焦っていた。


 先程から自分が常に最後尾を走っており、背後からは『ヒュンッ、ヒュンヒュンッ!』と、不気味な風切り音が聞こえる。


「ぐ、んそうう! もうげ、んかい~!」

 愚痴って走るのを止めようとした瞬間、背中に熱い衝撃が走った。ーー斬られている。本当に薄く、薄皮をなぞる様に背中が切られているのだ。


「ーーまさかっ⁉︎」

 ボンズが驚きに目を見開いた次の瞬間、腕にちくりと痛みが走った。二の腕に数ミリ剣先が刺さっている。


 こんな芸当ができるレイアも凄いが、それ以上に『走らなければ斬られる』ーー疑問が確信に変わったのだ。諤々ガクガクと団員達の恐怖が伝染する。


「ひゃあああああああああああああああああああ〜〜!!」

 ボンズは走った。先程までの弱音は何だったのかという位のスピードで走り抜けた。


「後ろは嫌だ、後ろは嫌だ、後ろは嫌だ、後ろは嫌だ、後ろは嫌だぁぁぁあ!」

 抜かされて最後尾についたボレットは、驚きから躓いてしまう。四つん這いの様なポーズをとったと同時に、容赦無く尻を突き刺された。


「いでえぇぇぇ〜〜!」

 その痛みからクラウチングスタートの体勢で駆け出す。抜かれて最後尾になってはレイア軍曹に斬られ、再び走り出しては先頭を追い抜くという流れが出来ていた。


「ぜぇぇっ。ぜえっぜえっ。かひゅっ!」

 そして、キンバリーは遂に最後尾に落ちる。『身体強化』を覚えているガジーはキツそうだがまだ先頭集団にいた。


「も、う、む、りぃだぁ〜!」

「諦めるなキンバリー! 限界を超えるんだ! ーーブフッ!」

 レイアは笑いを堪えながら、次なるターゲットの尻を木剣の腹で思い切り叩いた。一瞬身体が宙に浮く程の衝撃が、脳天まで響き渡る。


「ギャァァァァィァア〜〜!」

 キンバリーは絶叫しながら、無我夢中で先頭のガジーを追い抜いた。


 その後も小一時間程走り続け、漸く終了の合図が出ると、呼吸をする以外に誰も口を開かず寝そべっている。


「よし。大分みんな身体の使い方が分かってきたみたいだね! 少しだけ休憩してよし! ビナス、重りを外してあげて?」

(やったぞ! 俺達はやり切ったんだ!)


 ーー無言のまま拳を掲げる団員達。重りが外された身体の軽さに喜び打ち震えていた。


 ナナタイマーによる十分後。団員達が横になって休んでいる間に一人ずつ腰にロープを巻かれ、その両端を捩じらせた逆側に手を振るレイアが立っている。


「次はなんだ?」

 怯えた表情のままに団員達は自然と手を握り合っており、怯えた小動物の様な視線を向けた。


「さぁ、次は力の限界を超えようか! ルールは簡単だよ。俺一人対マッスルインパクト全員の綱引きだ!」

「いくら軍曹でも、流石に俺達全員を相手にするのは無謀なんじゃないですかい?」

「そうだそうだ! 俺達の筋肉を馬鹿にするなぁ!」

「マッスル! マッスル!!」

「……御託はいいからやれえぇぇ!!」

 レイア軍曹は恫喝すると同時に右足で大地を思い切り踏み付けて、地響きを起こした。


「「「い、イエッサー!」」」

(やべぇ、言い過ぎた)


 ーー後悔する間も無く、マッスルインパクトへ次なる恐怖が訪れる。


「お前らが自信満々なのは理解したよ。じゃあ炎の勢いを下げる必要も無いな。ビナス、よろしく」

「了解! 『フレイムサークル』!」

 魔術師が両手を交差させると、綱だけを避け、レイアと団員達を結ぶ綱の丁度真ん中辺りに、蒼炎が燃え盛り始めた。


「負けたら炎に突っ込むからね。軽い火傷程度にしようかと思ったけど自信があるなら平気だよね? さぁ、始めようか」

 謝まろうが絶対やらされる事を理解したマッスルインパクトの面々は、まるで死地に向かう英雄の様な顔付きで遠い空を見上げた。


(死ぬ時は一緒だぜっ!)


 ーー団員達の決死のアイコンタクトが繰り広げられる。その間にレイアはグルグルと腕にロープを巻きつけた。


「旦那様〜頑張ってね! 始めぇ!」

 ビナスの合図で一斉に綱引きが開始される。


「引けえぇ! 腕が千切れる位の勢いで引けえ! 唸れ俺の筋肉うぅ!」

「「「マッスルウウウウウウウ!!!!」」」

 キンバリーの号令に続いて、漢達は命をかけた綱引きに持てる全ての力を込めたのだが、綱はピクリとも動かない。


「う、そ、だろぉ?」

「ぐそおぉぉ! マッス、ルうぅ〜〜!!」

 目頭が熱くなるのを感じながら、次第に絶望からか、死神の鎌の幻想が宙に浮かぶ。


「少しずつ力込めてくから、ちゃんと踏ん張れよぉ?」

 軽過ぎる忠告を受けた後、徐々に綱がレイア側へと引っ張られていった。


「やべぇ、まじやべぇっす軍曹!」

「俺らが悪かったぁ! 謝るからやめでぇぇえ!」

「死ぬ! マリフィナ軍と戦う前に死んでしまうぅ!」

「やめるんだぁ! 君はまだ若い! こんな事をしてお母さんが泣いてるぞぉ! ーーアチっ、まじ熱いヤバイ!」

 ジリジリと身体が青白く燃え盛る炎の中心へ引きずられていくと、熱気を帯びてきて仲間達はパニックを起こした。


 ーーズル、ズル。

 ーーズル、ズル、ズル。

 ーーズル、ズルズル、ズル。


「ぎゃああああああああああああああああぁ! 熱い! まじ熱いぃぃ!」

「がんばれー! げんかいをこえろー!」

 レイアは棒読みだった。さっきの団員達の文句に苛ついていたからだ。


 五分後、炎に呑み込まれたマッスルインパクトの団員達は生死を彷徨った後、『ヒールアス』で無理矢理回復させられ、逃げる事叶わず強制的に第二回戦をやらされる。

 一回目より格段と上がった力に、レイアは確信を持って頷きながらも、容赦なく炎へ引きずり込んだ。


 その夜、団員達は一日目の終わりに聖者の様な悟りを開いて達観しながら涙を滴らせたが、全員が『身体強化』を覚えていたのだった。


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