第62話 感動の再会? 打ち上がる肉弾花火。

 

「外で何が起こってるんだ?」

 マッスルインパクトの団長「月夜族」のキンバリーは困惑していた。


 檻は最低限の呼吸が出来る小さな隙間以外、鉄に閉ざされている。怯える家族や仲間達を一箇所に固めて自らの背後に集めた。


 キンバリーが捕らえられたのは仲間達を人質に捕られたからであり、既に首と後手を拘束していた縄は引き千切り、檻の中で自由に動けるようになっていた。


 外からは兵士達の悲鳴が聞こえ、『ズシャッ』と、何かが崩れる音や、焼けた肉の臭いが檻の中にまで立ち込めていて、より恐怖を煽っている。


「お父さん。私達どうなっちゃうの?」

「大丈夫だ。何があっても俺がみんなを守ってやる。ガジーの奴も今頃里の状況に気付いてる筈だ。諦めるな!」

「でも団長。こんな兵士の数の中助けに来たら、あいつらまで死んじまうよ? 俺は里のみんなみたいにあいつらが殺られるくらいなら、いっそこのまま……」

 エルムアの里の者達はいわば家族だ。危険な目に合わせたくない複雑な気持ちが入り混じる。


「……確かにそうかもしれないな。良い奴らだもんな。死んで欲しくないよな」

「お父さん、私痛いの我慢出来るよ? 偉い?」

「あ、あぁ……えら、いな……」

 キンバリーは状況を把握できてない幼い娘の無邪気な言葉と、仲間達の優しさに胸が締め付けられる。妻のマイラは娘に見えないよう顔を伏せて涙を流していた。


 ーー決意する。月夜族の力を使う場はここしかない、と。


「外で何が起こっているかわからないが、檻が開いたら俺は奴らの隙をついて突撃する。マイラは俺の停めた時間が動き出したら、すぐにもう一度重ねてスキルを発動させて欲しい。檻の周りの兵士を片付けたら合図するから全力で走るんだ! いいな!?」

「でも、一度使ってしまえば私達はもう……」

「今しか無いんだ。もし外で何か恐ろしい事が起きていたとしても、一生奴隷として玩具にされる位なら死んだ方がマシだ! お前達だけは絶対逃がして見せる。みんなも俺の家族を頼んだぞ!」

 キンバリーは逡巡する妻の肩を叩き、仲間達に熱い視線を送る。だが、予想外の返答を受けた。


「……嫌だね! あんただけを行かせないぜ? 女達は逃げろ。俺らは団長に着いて行って時間を稼ぐ。他の檻の奴らも助けに行くんだ!」

「馬鹿! カッコつけても死にに行くようなもんでしょうが!」

「待て。外から音がする! いよいよだな、ーー頼んだぞマイラ!」

「ーー死なないでね。あなた」

 ジャキンッという金切り音が檻の扉を斬り裂くと、少しずつ内部に光が射し込んでくる。相手の姿を捉えた瞬間、決死の覚悟でキンバリーは咆哮した。


「いくぞ! 『凍らせる心臓』発動!」

 月夜族は例外無くリミットスキルを身に付けて生まれる。それは一日に一回だけ、周囲の時間を三秒停めれるというレア中のレアに値するスキルだった。


『凍らせる心臓』の中を動けるのは、同じスキルを持つ月夜族のみ。他の同族が発動させてもその中を動けるという特殊効果は、群れた時に最強の強さを発揮した。


 動けない敵を倒すほど簡単な事はない。何をされたかもわからずに倒されるのだ。恐怖の象徴とも言われた月夜族だが、そのじつ、優し過ぎた。

 殺さず撃退を続け、時に分かり合えたと勘違いした敵を助け、種族のスキルを語ってしまう事があった。


 そして、レアなリミットスキルの存在を知った世界は、歓喜して月夜族を狩り始めたのだ。


 ーーある者は、隷属の首輪を付けられ奴隷兼傭兵に。

 ーーある者は、リミットスキルの研究の為、脳を弄られ廃人に。

 ーーある者は、無敵の軍隊を生み出す為、苗床の様に子供を孕まされ続けた。

 その利用価値は計り知れないと噂が噂を呼び、月夜族は狩られ滅んでいく。


 キンバリーとマイラも同様に隠れ住んでいた森でハンターの集団に狙われ続け、力尽きて奴隷商に売られた所を、エルムアの里の同志に助けられた。

 ここが自分達の生きる場所だと決意した後、ガジー達とマッスルインパクトを結成して里を守り続けてきたのだ。


「俺が守って見せるんだ! 今度こそぉ!」

 周囲が凍り付いたかの様な時間の停止した世界から、キンバリーは檻の外に飛び出し驚愕する。そこには翼を生やし、この世の者とは思えない程美しい銀髪の少女が双剣を構えていたからだ。


 一瞬躊躇するが、辺りの斬り刻まれた兵士達を見て『やったのはこいつだ』ーーそう判断して全力の拳打を顔面へ撃ち込む。


「な、なんだこれは⁉︎ 硬い!!」

 鉄でも殴っている様に拳が弾ける。それでもキンバリーは尚攻撃を続けて十発程殴った所で時は動き出し、少女は蓄積されたダメージから倒れる筈だった。


「えっ⁉︎ キャアアアアアアアアアアッ!!」

 少女は吹き飛ばされて地面を転がるが、瞬時にガバっと顔を上げて平然と口を開く。


「な、な、何? 今の何? なんで俺吹き飛ばされたの? ビックリしたぁ!!」

「化け物め……」

 キンバリーは確信した。目の前にいるのはただの美姫などでは無い、と。


 __________


「ナナ、状況説明よろ!」

「あの者がリミットスキル『凍らせる心臓』で周囲の時間を停止させ、マスターを攻撃したのです。力が足りず防御力に阻まれたようですね。『身体強化』を発動していてよかったかと」

「なにそのチートスキル⁉︎ 女神シリーズ並じゃん!」

 レイアは素で驚きに染まった顔を見せると、主人格がまるでクイズに正解したかの様な陽気な口調で喋り出した。


「せーいかい! ピンポンピンポン〜! マスターの運はやっぱり神がかってるね! 今のリミットスキルは『女神の心臓』の下位互換スキルなんだよ? 本来ならあと30位はレベル上がんなきゃ覚えなかったのに、条件を満たしたから今ゲットした! スキル『幸福と不幸の天秤』に感謝してね?」

「ナナさんや。いきなり盛り上がってるとこ悪いけど、全然意味わかんない……」

「見てればいいよー? すぐわかるから」

 レイアはナナと思考をリンクして、状況をある程度把握してから動き出そうと再び構える。


「今だマイラ! スキルを頼む!」

「はい! あなたっ! 『凍らせる心臓』発動!」

 先程と同じく凍りついた時間の世界で、キンバリーは拳打を撃ち込もうと再び飛び掛かった。


 ーーガシィッ!


「なにいいいいいっ⁉︎」

 拳は小さな掌に軽々と止められ、顎が外れそうな程にマイラは驚愕する。


「成る程ね。ナナ、意味が分かった! 俺も時間を止められるし、その中を動けるってことだな?」

「そう! マスターは十二時間に一回、五秒のみ時を凍らせれるよ!」

 レイアは先程のナナの説明が漸くわかったと喜びつつ、握ったキンバリーの拳に力を込める。骨がミシミシ音を立て始めて、苦悶に呻き出した。


「こ、拳がぁ〜〜っ!」

「なんで? どうして貴女がこの世界で動けるの⁉︎」

「あり、え、ないぃ……」

 キンバリーは、恐怖から歯が震え過ぎて真面に話せない。捕まれている掌から、自分とは比べ物にならない圧倒的な膂力を感じとったからだ。

 それはまるで巨人と対峙しているのだと錯覚させる程に。


 そして、存在意義でもある『凍らせる心臓』が通じない。それは『みんなを守って見せる』という鋼の意志を容易く叩き壊した。残るは眼前に佇む化け物への恐怖のみ。


「あっぁぁあ〜! 頼む! お願いだから仲間だけは、家族だけは助けて下さい。お願いします!! 俺はどうなったっていい。何でもしますから!」

 プライドをかなぐり捨て、泣き喚きながら懇願する夫を見てマイラは意志を固める。


 ーー死ぬ時は、この人と共に逝こう。


 __________



「ねぇ、ナナさんや。何で助けに来たのに俺こんな扱いなの? いつもなら女神様~! 的な感じになるじゃん? まじで謎だよ」

「そりゃ今日のマスター超怖いもん! 見てこの虐殺⁉︎ うわぁぁぁ引くわぁぁぁあ! やっちゃったわこの人! おまわりさぁぁん!」

 俺のグラスハートに一瞬でヒビを入れられた。ドSナナ様の降臨だ。


「やめて⁉︎ 冗談でも止めて⁉︎ 今ので俺のグラスハートバッキバキにヒビ割れたから! 君も言ってましたやん! 逆らうものは殲滅だあああ! って言ってましたやん! 人のせいだけにするのズルくね⁉︎」

「失礼ですが記憶に御座いません。共犯を作ろうとするその甘く愚かしい心。反省してください。我がマスターとして恥ずかしいです」

 途端に冷ややかな口調に変わる天使。俺の目の前にいたらどんな顔をしているのか、想像に容易い。


「口調だけ変えたって主人格ナナなの百パーわかってるからな? 共犯だからね? 君、『滅火』撃つ時めっさロックオンしまくってたろうが!」

「ぐうぅっ! 止めなよ! 人を責めれば自分の罪が軽くなると思っているの⁉︎ それに言っちゃったよね? 『一週間後、俺はお前たちを全滅させに行く』ーーキリッ! みたいなのさ! なんで戦い増やしちゃってんの? ねぇ? ねぇねぇ?」


 本当に人の心の弱い箇所を的確に突くのが上手い天使だ。反論をやめたら直ぐにでも泣き出してしまいそうになる。既にちょっと涙目だしな。


「ぐぅぅっ⁉︎ しょうがないじゃん! ノリとかあるじゃん! 放っておいたらまたあいつら攻めてくるかもしれないじゃん!」

「今ノリって言いましたね? 言質取りました! おまわりさぁん! この人全く反省してませんよおおおおぉ! 逮捕逮捕!」

 俺達は子供の様に責任を擦りつけ合っていたが、キンバリーの一言で漸く目を覚ました。


「殺せ……」

「ん~、俺はレイア。君達の事をガジーに頼まれて助けに来たんだよ?」

「えっ! ガジーだと? あいつらは無事なのか?」

「うん。昨日酒とご飯を奢ってもらってさ。色々あってお礼に俺があいつらをこれから鍛え上げるんだよ!」

 先程までの緊張感が緩和していくのが伝わる。この男も気を張ってたんだろうな。


「本当なのか……助かるのか俺達は……」

 俺はやっと言葉が通じたと安堵しつつ頷く。だが、それとこれとは別の問題だ。容赦なくキンバリーに怒りの宣告をした。


「うん! でも君団長でしょ? 一応けじめはつけようか。助けに来た俺の話も聞かずに、いきなり殴って攻撃したんだ。団長としての覚悟はあるよね?」


(あれれっ⁉︎)

 ーーキンバリーはその言葉を聞いて青褪め始める。意外に顔に出やすい男だ。


「あ、あのですね。勘違いというか、不可抗力というか、ほんの悲しいすれ違いとかあると思うんですよ人生には……あれ? 聞いてます? レイアさん?」

「ん~。檻に閉じ込められていた事もあるし、腹パン一発で許してあげるか」

 俺は先程から念の為に掴んでいたキンバリーの拳を放す。やっぱり男としてけじめは大切だ。


「無理だって! ほんとやめて! すんませんっした!!」

 眼前のいい歳をした男はまじ泣きしつつ、腰を抜かしてビビッていた。そんなに怖いのか俺。


 ーーオブフゥッ!!


 キンバリーが逃げだそうとした瞬間、俺が腹パンを食らわすと上空十メートル付近まで吹き飛んだ。手加減はしたんだけど、なんか口やらあれこれから漏れちゃいけないものまで漏れている。絵図的に酷いな。


「あなたぁぁぁぁぁあああ!!」

 奥さんのマイラはロケットの様に飛び立つキンバリーを見て絶叫しているが、『心眼』で覗くかぎり『これは確かに自分達の自業自得かも』と納得しているようで、あまり心配している様子じゃなかった。


 寧ろ自分が巻き込まれない様に、先程より若干俺から離れる強かさを持っている。


 しばらくして大地を揺るがす墜落音と共に、キンバリーは地面にめり込んでいた。マイラは抱きとめようとはせず見守るばかり。ーー先程の決意はどこへいったのやら。


 丁度そのタイミングで、三つの檻から捕らえられた人達がぞろぞろと出てきた。

 皆助かった事を喜ぶ前に、一体何があったらこんな事になるのかと困惑している。


「とりあえずガジーや俺の仲間と合流しよう。話はそれからで」

「はい、お願いします。夫は私達が運びますから」

 俺は全員揃っているかを確認した後、助け出した人達と共にエルムアの里の方角を目指して歩き始めた。


 みんな不安はありつつも、少しずつ助けられた実感が沸いてきた様で徐々に笑顔が零れている。

 俺も漸く心の底からよかったと、安堵の笑みを浮かべる事が出来たのだ。


 不幸な目にあった一名を除いて、ね。


 __________



「お~い旦那様~! 無事だったか~!」

「ビナス様。大丈夫に決まってますよ。だってレイア様なんですから!」

 ビナスとコヒナタが、馬上より手を振りながら近づいて来る。


「ニ人とも問題なさそうだね。よかった!」

 俺達は再会を喜びつつ抱きしめ合った。ふと、胸の柔らかさから何かが足りない事に気づく。


「あれ? そういえばディーナは?」

「マスター、どうやら私達と入れ違いでエルムアの里の方に向かったみたいです。他にも誰かと一緒のようですね。知らない反応があります」

 ナナの報告を受けて、俺は居場所が分かった事に一先ず安心した。


「どうやら先に里の方に向かってるみたいだ。俺達もみんなを引き連れて一度戻ろう。これからどうするか話し合わないといけないしね」

 その頃、俺達が相談している後方でガジー達が泣き叫んでいる。


「ひでぇ、団長がこんなにボロボロにされるなんて……マリフィナ軍の奴ら絶対許せねーぜ!! なぁ、野郎共!」

「おう! 団長の敵は俺達が討つんだ! 許してたまるもんか!! ぶっ殺してやる!」

「鬼畜野郎が! きっと顔まで鬼みたいな奴だぜ!」

 団員達の罵声を聞いた、キンバリーの顔がみるみる青褪めていった。


「ち、違うんだみんな……それ以上はいけない、それ以上言ったら俺と同じ目に……」

「ん? なんか言ったか団長? 任せておけって! 俺らの筋肉で結ばれた絆は誰にも壊せやしないぜ!」


 ーーある程度話を聞かせて貰った後、俺は怒気を含ませた低い声で静かに呟いた。


「ふ~ん。鬼畜野郎ねぇ。あとなんだっけ……ぶっ殺すだっけ? 敵を討つんだっけぇ? 鬼みたいな顔? 残念、角は生えてないなぁ〜」


(((おややっ?)))


 ーーガジー達は首を傾げながら、俺の立つ方向へゆっくりと振り向いた。


「討ってみなよぉ〜敵(カタキ)? なぁに、気にする事はないさぁ〜! 俺は腹パンしかしないから、君達は好きに武器を使ってぶっ殺しにおいでぇ〜。命の恩人に殴りかかる団長に、これから教えを請う上司を鬼畜呼ばわりする団員達……教育が必要だよね?」

 俺は穏やかに、とても柔らかい表情で微笑みかけた。ーーだが、目だけは笑っていない。


「あばぁわわわわわわわわわわわわっ!!」

 ガジーや幹部の団員達は、俺が放った強大な威圧に腰を抜かして立てなくなった。それでも逃げようとハイハイしながら、別々の方向へ蟻の様に散っていく。


「さぁ、鬼ごっこを始めようか?」


 __________


 ナンバー2のボレットはレイアと一度と対峙した事から、団長の様子を見てきっとこうなると予測していた為、一切の無言を貫いていた。

 キンバリーと目を合わせながら黙って頷き、二人で仲間達に敬礼する。その姿は歴戦の軍人を思わせた。


「「逝ってらっしゃい!」」

 レイアは新しく覚えたリミットスキル『女神の心臓』を発動させると、凍り付いた時間の中で団員達に次々と腹パンを捩じ込んでいく。


 二十人以上の肉弾花火が上がり、口やらあれこれから漏らしてはいけないモノを漏らしつつ、漢達は飛んだ。

 何故かその中にはキンバリーとボレットもいる。


「なんで俺達までええええええええええええええぇ⁉︎ ぐふぅっ!!」

 マッスルインパクトの漢達が散った。


 肉弾花火は汚くて、一人後悔する女神が空を見上げていたのだった。



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