第61話 実際空から飛んで来て砲撃とかされたら、地上にいる方は滅茶苦茶ビビる

 

 人族の大陸「ミリアーヌ」は、五つの国が均衡を保ちながら成り立っている。


 ーー東の何代も続く王族が治める、伝統ある王国シルミル。


 ーー西の商人が集まり、成り上がりを夢見るミリアーヌ随一の財力を持つ新国ザッファ。


 ーー南の軍事力にこそ、力と財を注ぎ大陸制覇を掲げる帝国アロ。


 ーー北の冒険者達が集まり栄える、ダンジョン王国ピステア。


 ーーそして中央には長年各方角から侵略を受けつつも、それを跳ね除けてきた賢王が治める大国シンがある。

 マリフィナ軍は南の帝国アロの軍隊だった。


 帝国の誇る二大将軍の一人『マリフィナ』が率いる五万の軍勢の内、今回の魔人の大陸レグルスへの遠征は、三人の千人長に命じられる。


 任務の内容はニつ

 ・レグルスの魔獣の捕縛、また王都シュバンの戦力調査。

 ・真女神教という、女神を語るニセモノを崇める信仰組織の実態の把握。


 本来斥候や密偵を放ち、調査が完了すればアロに帰還する簡単な任務の筈だった。しかし、任務の過程で千人長の一人、アーマンは知ったのだ。

 奴隷商の隠し金貨を溜め込み、逃げ出した奴隷達が集まる里が存在する事を。


 アーマンは他二人の千人長には手に入れた情報を報告せず、自分の手柄にしようと画策した。

 また、逃げ出した奴隷達の買い手の貴族に話をつければ、かなりの金貨が己の元に手に入る。


 そして本日、計画は実行に移され予想以上の成果を挙げた。売れれば純金貨五百枚は下らないであろう珍しい獣人の種族、「月夜ツクヨ」の家族を丸々捕らえる事に成功したのだ。


 アーマン率いる部隊は皆が歓喜に打ち震えていた。

 今回の報酬はデカい。これからもっと美味しい目にあえるに違いない、と。


 隠れ里エルモアを滅ぼした狂気から生まれるべき罪悪感は、自らの欲望の前に霞んでいた。


 __________


「上手いことやりましたね。アーマン隊長?」

「ハッハァ! 笑いが止まらねーよ! 言っただろ? 俺に着いてくりゃ美味しい思いを味合わせてやると! どうだ、あぁん?」

「ここまでだとは思いませんでしたよ。それに里を襲撃した際も、素晴らしい獲物に逢えましたしね!」

「お前は仕事は真面目な癖に、その悪癖だけは変わらねえなぁ、ジール」

 下卑た笑顔を浮かべながら、隊長と副隊長は軽口を交しあっていた。


「隊長こそ何故あの快楽が分からないのですか? 泣き叫びながら暴れる少女を汚し切った瞬間に剣を突き刺し、溢れていく命の輝き! あぁ、あああ! たまらん! 思い出しただけでどうにかなってしまいそうです!」

「……俺は世の中金だと思ってっから、てめーの趣味は理解出来ねーわ」

「それは残念……」

「今回の作戦が上手くいったのも全て、我が帝国アロを守護する女神様のお導きってやつなんだろうよ? 笑っちまうよなぁ! あはははっ!」


『ーーお前らを守護した記憶はないなぁ』

 突如……怒りを押し殺す様な低い声がアーマン達の頭に直接響いた。


「はぁ? なんだ? お前なんか言ったかぁ」

「隊長でしょう? 女性の声の様にも思いましたが……」

 周囲がざわつき始める。どうやら周囲の兵達にも聞こえていた様だとアーマンは辺りを見渡すが、何者の姿も無いと首を傾げた。


「薄気味悪いがまぁいい。ジール、拠点に急ぐぞ。バーレンとソフィアの隊に気付かれる前に、奴隷達をミリアーヌに運べ」

「了解致しました!」

 アーマンは嫌な気配を感じて部隊の進行を急がせようと命令を出したその瞬間、夕闇を切り裂いて、黒炎を纏った光の柱が空から降り注ぐ。


 ーーズギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!


「な、なんだ! うおおおおおおおおおおっ⁉︎」

「隊長、馬がぁっ!」

 アーマンとジールは大地を揺るがす震えと、捲き起こる砂嵐に馬ごと転倒し、そのまま影に身を低くして隠れて必死に耐えた。暫くしてそっと身体を起こした後、眼前に広がる光景に絶句する。


 自分の部隊の半数がいた場所が消失しているのだ。何が起こったのかを知らせるのは、三十メートル程の大地を抉る、巨大なクレーターのみ。


『聞け。愚かな兵士共よ』

 静寂を切り裂き、再び脳内に声が響く。同時に空から眩しい程の光の輝きが降り注いだ。金色の翼を広げ、頭上に聖なる輪を浮かべた女神。

 自分達とは明らかに違う天上の存在が、ゆっくりと戦場に舞い降りたのだ。


「な、なんだあれは⁉︎ 女神や天使だとでも言うのか? そんなモンいるはずがねぇだろ! 弓隊攻撃準備! あれは敵だああああああ!!」

『チッ! やっぱ戦意喪失させてやろうとか、まどろっこしくて似合わないか。なぁ、あんたらさ。さっき女神の守護だの何だの言ってたよな。その俺に普通弓向ける? 信仰心足りないんじゃない?』


 ーー素に戻ったレイアの呆れた口調が、『念話』でアーマン隊へと響く。


「騙されるなぁ! 我らが信仰する真の女神は帝国アロを守護しているのだ! こんな魔人の大地になど降り立たぬ! 女神の名を語るニセモノを許すな! 隊長の号令通り弓隊放てぇぇ!」

 副隊長ジールの号令の直後、百本近い矢がレイアに向けて一斉に放たれた。


「ふぅっ。ニセモノってのは確かに正解かもな。『聖絶』」

 ナナにより、射線上の矢にのみ範囲を限定した『聖絶』を発生させて防御する。ディーナの様に広範囲に結界を展開させると三十秒も保たないからだ。


 これが、ナナとのシミュレーションで新しく考えたレイアなりの『聖絶』の形であった。範囲は狭いが防御力と発動時間は以前のスキル『結界』の比ではない程、硬く長い。


「ナナ。対象の判別ついてるかな?」

「もちろんですマスター。檻の中にいる味方に被害が及ばないように、ターゲットのロックも完了しておりますよ。いつでも発射のご指示を」

 女神は深くため息を吐いた後、意識を交渉から殲滅へと切り替えた。


『聞け馬鹿共!! 命令で仕方なくやらされてるならちょっとは手を抜いてやろうと考えていたけど、もう無理! お前らの心の声は汚すぎて聞いてらんねぇ! 地獄で後悔しな。簡単には殺さない!! 自分達のした行いを悔やみながら死ぬといい! 『滅火メッカ』!』

 死の宣告の後、黒炎球から五十本以上の細く黒い拡散光線レーザーが放たれ、次々と兵士達を貫いた。しかも、レイアは滅火メッカにとある細工をしたのだ。


 より出力と発射数を抑えて、細くした拡散レーザーを放出し続けたまま、敵の上下左右へとランダムに動かすことで、滅火は敵を貫きそのまま四肢を両断する。


 レベルが上がって知力と魔力が増していた事で、まだまだ威力も発射数にも余裕が出来ていた。

 ちなみに最初に放った『天獄テンゴク』は、やはり威力が強すぎて味方を巻き込むと判断した為、二発目からは『滅火メッカ』に切り替える。


 ーー兵士達が一瞬で後悔する事無く『逝く』ことを、良しとしなかったのだ。


「ぎゃあああああああああああああ!!!!」

「止めてくれぇ~!」

「足が! 俺の足がぁ!!」

「天罰だ! 天罰なんだあああああっ!!」

「お許しください女神様ぁぁ⁉︎ 俺らは命令されただけ! 決して本意でわぁぁ!」

「鋼の盾が容易く切られていく。ーーなんだこれは⁉︎」

「やめて、や、や、めてええええええええええっ!」

 レイアは地上で起きている阿鼻叫喚を、冷酷な表情を浮かべて見下しつつ微笑んだ。


「お前ら嘘ばっかつくなよ。面倒くさい」

「あ、あぁ、悪魔……」

 アーマンとジールは偶然にも『檻のすぐ傍にいた為、悪魔の攻撃から逃れて助かった』と、幸運なのだと勘違いしていた。


 だが、膝から崩れ落ちつつ失禁し、歯はガチガチと震えすぎて割れてしまい血を流していた。抑えようと右手を噛ませるが、身体全体が震えて無意味な事に気づく。


「ねぇ?」

 声がして後ろを振り向くと、いつの間にかアーマン達の背後に銀髪の美姫が立っていた。


「ひぃぃいいいいいいいいいっ⁉︎」

 二人は恐怖から賺さず後退り、腰を抜かして尻餅をつく。


「お前らだろ? 隊長クラスの人間。よくも好き勝手やってくれたね。今回は俺の身内とは少し違うけど、一宿一飯の恩っていうだろ。あんないい人達を苦しめたんだ。今頃絶対仲間を思って泣いてるだろうよ。それを思うと俺まで泣けてきちゃいそうでさ。許せるわけないよな?」

 女神は拳を握りしめて震えている。溢れそうになる涙を堪えるが、既に雫は頬を伝っていた。


「隊長はそっち? 本拠地にお前だけ逃がしてやるから伝えなよ。一週間後、俺はお前らの軍を全滅させに行く。それまで後悔しながら抗う準備をしろ。あぁ、今いる部下はこの後殺すから駄目だよ。ねぇ、返事は?」

 アーマンは勢い良く立ち上がって敬礼すると、震える歯を必死で噛み締めながら女神に慈悲を乞う。


「りょ、了解致しました! ちなみに降伏や逃走は許されるのでしょうか?」

 レイアは『女神の微笑み』を発動して威圧を放った。見つめられた瞬間にアーマンの身体が硬直する。蛇に睨まれた蛙どころの恐怖では無い。


「それは許さない。里の人達は助けてと言わなかったか? 許してと泣いていなかったかい? お前らだけが生きる事を許される訳無いだろうが! 行け!」

「ひゃあああああああああああああああああぁ〜〜っ!!」

 アーマンはモタつく足並みで走り出す。馬も先程の『滅火』で切り裂かれて絶命していたからだ。


 ジールはその姿を見て、今なら自分もと起き上がってレイアに背を向けた瞬間、膝裏に剣を突き刺され、右足を両断された。血が吹き出して地面を転げ回る。


「ギャァァァァィィィィァア! なんで⁉︎ 私が何をしたと言うのだぁ!」

「お前さ、臭うんだよ。凄く、凄く嫌な臭いがする。俺の鼻は特殊でさ。嗅ぎたくも無いのにその下半身からする生臭い臭いでわかったよ。里の少女に剣を突き刺したのは、お、ま、え、だ、よ、な⁉︎」

 キレた女神は双剣を抜き、深淵の魔剣でジールの四肢を両断すると、出血多量で死なない様に朱雀の神剣の『神炎』で傷口を焼いていった。


 今まで朱雀の神剣からは紅蓮の炎が出ていたのだが、それはレイアが剣を使いこなせていなかったからだ。剣が主と認めていなかった事もある。


 それがスキルイーター戦後、『神覚シンカク』の影響もあったのか、朱雀の神剣はより紅く輝き、軽く、そして白い炎『神炎』を纏わせる様に覚醒したのだ。


 ーー己の主の怒りに呼応する様に、白赤光を放出しながら朱雀は燃え盛っている。


「ありがとね朱雀。上手く焼いて?」

「ひゃ、ひゃめて、すいばぜんでした、ぼうじばぜんから、びゃめて、くだざ、い」

 芋虫の様に胴体のみで這い蹲り、地面に顔を這わせて土を食いながらジールは命乞いをした。だが、レイアは聞く耳を持たない。


「何言ってるかわかんねーよクズが! 死ね! 『朱雀炎刃・閻魔』!」

 神炎が紅と黒の剣身をうねる様に纏い、白く輝いた朱雀がジールを呑み込むと、黒い無数の剣閃が身体を細切れにして焼き尽くし、塵と化していく。それはまるで罪人を裁く処刑の様に見えた。


 消失するジールのすぐ隣、空中を見つめながら女神は優しく語りかける。


「ごめんね。マーニャって言ったかい? 俺にはこんなやり方でしか君の無念を晴らせなかったんだ……嫌かも知れないけど、許しておくれ?」

 ボンヤリとした残像は、『女神の天倫』を発動した状態でしか見えない残留思念だ。


 本体の霊から切り離された思念体がジールに縛りつけられていたのが見えたから、『狩人の鼻』だけじゃなくーー「こいつだ」という確信を持った。


 思念体は、レイアにか細く消えそうな遺言を伝えてくる。


「君の不安は別にあるのか。クラド? その男の子を助ければいいのかな。……んっと、君の言葉を伝えればいいんだね。だから君は今度こそ眠りな? もう悪い夢は見ない様にしてあげるからね」

 マーニャを抱きしめる様にして、女神は聖なる輪を輝かせる。消えていく思念体は、何処か笑っている様に見えた。


「んー。人の表層の心の声が聞けて霊とか残留思念まで見え出したら、俺普通に暮らしていけない気がするなぁ。ナナ、何とかしてくれない?」

「馬鹿、馬鹿なの? とっくに何とかしてるに決まってるでしょ⁉︎ マスターの力で普通に暮らせる訳ないじゃん! 百キロの重さを小指で持てる化け物が人間を抱きしめたら圧死だよ! 普段からマスターの戦闘意思がない時は、ナビの私がスキルで抑えてる事に気付いてよ。寧ろ気付け、ーーもげろ!」

 レイアが軽く愚痴を吐いただけで、主人格ナナから数十倍の悪口になって返ってきた。


「な、何がもげろなのかは気になるが聞かないでおくよ。とりあえず檻から里のみんなを出す前に残りを片付けるよ! 生存者の索敵は?」

 逃げる様にして仕事モードのナビナナに切り替わる。面倒くさい演算は任せきりだった。


「勿論マスターが主人格といちゃついてる間に出来ておりますよ」

「あれをいちゃついてると言うのかナビよ? 君とも今度色々話し合う必要があるな……」

「了解しましたマスター。ですが、今は目的を果たしましょう」

「うん。苦しめたまま放置ってのは趣味じゃないからね。しっかり殲滅するよ、いけっ! 『滅火メッカ』!」

 生き残った兵士に向かい殲滅の黒光が降り注ぐ。レイアはマリフィナ軍に戦線布告したのだ。


『貴様等は一人足りとも生かしておかない』ーーそう確固たる意思を見せ付けた。


 エルムアの里の襲撃を行なった狂った兵士達、九百人以上の死者が横たわる大地を見て顔を顰めるが、自ら選んだ選択だと、檻へ歩を進めた。


 ーー囚われた里の人達を助ける為に。


 虐殺とも呼べるこの行動に意味はあったのだと、納得できるよう救いを求めたのはレイアの方だったからだ。

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