第60話 隠れ里エルムア
「はぁっ、はぁっ、はっはぁっ」
僕は怖くて逃げ出したんだ。みんなを守る力なんて無いもの。仕方ないんだ。子供に何か出来る事なんて無いんだ。
あいつらは数も多くて、きっとマーニャも逃げ出した筈だ! 必死に探したけど、見つけられなかったんだから仕方ない。仕方ないんだ。
僕は自分を納得させる様に自問自答を続けながら、木々の枝で腕を切っても止まらず、里から全力で離れて走り続けた。
「ごめん。ごめんみんな!」
里からある程度離れた岩の隙間に座り込んで泣き続ける。言い訳なんだって分かってるんだ。でも、どうしたらいいのさ。奴等には敵わない。逆らえない。
「キュゥゥゥン?」
「あ、あぁっ……」
いつの間にか二十匹を超える三本角を生やした兎の魔獣『ジビット』の群れに囲まれていた。こいつらは動きも速いし、信じられない程力が強くて角が硬い。
ーーもう駄目だ。バチが当たったんだ。
「ごめんなさい神様。次に生まれ変われたらみんなを守れるような男に……」
目を瞑って神様に祈った。涙を流しながら死を覚悟したのに、何故か頬が吊り上って笑っていた。僕はおかしくなってしまったのかな。
「なんじゃ? ちびっこが泣いておるのう? 迷子かぇ?」
ーーその直後に、奇跡は起こる。
その人は紅い鉄扇を広げ、ヒラヒラと仰いでいた。乱れた着物を彩るような白く輝いた髪。銀色の瞳の綺麗な女性は偉そうに岩の上に寝そべって、僕を見下ろしている。
「な、なんでこんな所に⁉︎ 僕が食べられてる内に逃げてぇ!」
僕はジビットの群れに向かい、自ら飛び込んだ。死を覚悟したけど不思議と怖くはなくなっていた。
「この馬鹿者がぁ!!」
上空から瞬時に僕を抱き上げた後、お姉さんは鉄扇に炎を纏わせてひらひらと舞うように踊り出す。
(あぁ。これは夢なんだなぁ。でも綺麗だぁ。涙が止まらないよ)
お姉さんは楽しそうに笑いながら炎の舞を踊る。次々と消し炭になっていくジビットの群れは必死に逃げようとしたけど、炎に喰われていった。
いつの間にか、魔獣は一匹も残っていなかったんだけど、僕はそれを見届ける前に意識を閉じる。夢は終わるのだ、と。
__________
女神の暴走から一晩明けた昼過ぎ。マッスルインパクトのメンバーは力の女神降臨の宴だと夜通し飲み続けた。
全員が肩を組み、歌いながら踊る光景を前にして、いつの間にかディーナやビナスが加わり、コヒナタも酒を飲みながらはしゃいでいた。
ーー『紅姫』は素直に宴が楽しかったのだ。
「ウゥ〜軽く頭が痛いなぁ。飲み過ぎたよ」
「大丈夫ですかレイア様? 実は私も少し痛みます。皆さん楽しそうに騒いでましたからね」
「我は今日は何もせんぞぉ〜? 旦那様、膝枕とかどうかな? してもされても嬉しい! あはぁっ!」
「ビナス……朝から発情しない。あれ? そういえばディーナは?」
レイアは周囲を見渡すがディーナがいない。昨夜は酒を飲んでふらふらしていたので、先に寝た筈だと首を傾げた。そこへガジーが近付いてくる。
「おはようございます女神様。昨日はとんだ無礼を働きやして申し訳ねぇ」
「無礼なんて何も無かったさ! 楽しかったよ」
「そう言って頂ければ恐縮です! ひいては皆様に俺らの隠れ里エルムアに来て頂きたいんです。鍛えて貰うにも、一時的に里を出ている俺らは防衛の役割も兼ねてやして。如何でしょう?」
レイアは元々急ぐ旅では無いことから別に構わないと判断し、話を聞くことにした。
「そこがアジトって事?」
「正確には俺らの生まれた場所でさぁ。奴隷達が力を合わせ、新しい奴隷を迎えいれ、次第に子を成し里を作った。だから俺達は無理矢理攫われた奴隷達を解放して生きているんです」
「成る程ね〜。昨日の話の意味が漸くわかったよ。急ぐ旅でも無いしガジーの里へ向かおうか!」
その時、コヒナタがレイアの背後から近づいて、そっと耳元に問題を告げる。
「ところでレイア様。ディーナ様が居ませんよ」
「ナナ、ディーナは?」
「気分がいいって昨日酔った勢いで竜になって飛んでったよ〜? 場所はまだ寝てるからか、イマイチハッキリしないなぁ。起きて動き出せばすぐわかるよ!」
「ディーナが竜形態なら焦る事は無いか。わかったらすぐ教えて?」
「了解しましたマスター」
みんなで昼食を終えて里に向かう準備をしていたその頃、突然馬が全速で駆けてくる。何やら慌てているようだ。
「奴らだ! マリフィナ軍がまた里を襲いに来やがった! 助けてくれぇ!」
ーー
「ちくしょう! 俺らが居ない隙を狙ってやがったな! 野郎共! 急いで里に戻るぞ!」
レイアはまだ事情も知らないが、ガジー達の里が危険だという事のみ理解して頷いた。
「ガジー! 俺らも助太刀するよ? どうしたらいい?」
「危険だ! 女神様を危ない目になんざ合わせらんねぇ……」
「そういう台詞を昨日のマッスルパワーを見てまだ言えるのかぁ。終わったら教育が必要だな……」
「ひ、ひぃっ! わ、分かりました! 付いてきてください、案内します!」
ガジーは突然女神から放たれた強大な威圧に腰を抜かす。巻き添えを食った周囲の者まで下半身を濡らす羽目になり、涙目だった。
身軽な先発組と、荷物を預かる後発組に分かれて馬を疾らせる。レイアは馬に乗れないので『女神の翼』を広げて上空から追っていた。
ビナスが駆る馬の背にコヒナタが乗っている。
「こんな時にいないなんて、後でお仕置きだよディーナ!」
レイアは竜に乗ればひとっ飛びなのにと、もどかしさを抱いた。暫くすると上空へ煙が巻き上がっている地点が見え、先行する。
「見えた! 先に行くよ!」
「お気をつけて!!」
__________
「な、んだ……これ?」
俺がエルムアの里へ降り立って見た光景は、立てられた長い木の杭へ、男や老人の死体が突き刺さった無残な姿だった。死体の表情はどれも恐怖に歪んでいる。
辺りは燃え盛っていて人気が無い。そこら中に倒れている死体の中に、鎧を着た兵士が数人混ざっていた。想像するに敵兵だろう。
「ーー遅かったのか?」
ふと一番近い家の中を覗き見ると、下半身から血を流し、抵抗したからか胸元に剣を突き立てられている裸の少女の死体があった。何が行われていたか想像に容易いが虫酸が走る。
「酷い事しやがって……」
俺はローブを少女の死体にかけてやるとその場を離れた。生存者の数も、死体の数も明らかに足りない様に思えてナナに問う。
「どう考える? やはり攫われたという事?」
「恐らくそうでしょう。相手はマリフィナ軍だと言っておりました。かなりの人数で短時間の攻撃による成果を挙げた筈です。生存者は女性、子供、後は珍しい種族の者が殆どだと推測します」
軍隊ね。こんな事を平気で行うのは命令だからか。
「ナナ、索敵で敵味方の判別は出来る?」
「了解しましたマスター。場所の特定はもう終わっております。敵味方の判別は情報が不足しているので不可能です。なので、檻に閉じ込められているものを味方と判別致しましょう」
敵兵が何人いようが所詮は人間だろ。竜の大群と比べるまでもない。
「充分だね。さて、これから俺の部下になるであろう者達。あんな良い人達の家族に手を出したって事は、俺に喧嘩売ったのと同じだよな?」
「はい。マスターのお望みのままに」
「じゃあ、喧嘩を売られた相手には?」
ナビナナから主人格に切り替わる。こんな時はお堅い口調より気分を乗せて欲しいもんだ。
「殲滅あるのみ! やっちゃいなマスター!」
「良い返事だナナ! 行くぞおおおおおおおおおおおおお!!」
俺は単独でマリフィナ軍の拠点へ飛ぶ。
攫われた者達には救済を、ーー愚かしい真似をした軍隊には圧倒的な膂力をもって、絶望をプレゼントする為に。
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