【第4章 心優しい盗賊団と鬼軍曹】

第58話 旅とピクニックは違うと、気付いた時にはもう遅い

 

「諸君、これは非常にまずい事態だ。我々は力を合わせてこの窮地を脱しなければならない!」

 俺の宣言に同意して、ディーナ、ビナス、コヒナタは真剣な表情で頷く。王都シュバンを出発して一週間が経った頃。


 ーー『紅姫』は滅茶苦茶困っていた。


 旅の支度はしっかりと整えたつもりだ。食器や調理器具、調味料等も手に入れて夜はテントを張り、ワールドポケットから大きな布団を出して、みんな一緒に眠る。


 見張りの代わりにナナに索敵をお願いして、スキル『霞』を発動し、テントの認識を薄くする事で安全を保っていた。

『霞』は俺が触れている対象も一緒に認識を阻害してくれる。


 お腹が減れば、大量に用意して貰ったカナリアの宿の女将さんの手料理を食べた。

 次元魔術の中は時間が止まっている為、出来立てを食べれる満足な食生活を送っている。


 火も水もビナスが魔術で幾らでも出せるから不便はないし、風呂も魔術で作り出した岩を削って即席風呂を作れば、いつでもどこでも入れた。

 道中ゴブリンやモルモが襲って来たが、ディーナが食後の運動代わりに蹴散らしている。


 この一週間、馬車でのんびりと港町ナルケアを目指し順調に進んでいるのだが、八日目の夜、衝撃の事実に気付いたのだ。


「主様よ! 妾はお腹が減ったのじゃ。そろそろ飯にせんかぇ?」

「我も賛成だな。日も暮れて来たし、今夜はここらで野宿でいいんじゃないか?」

 ディーナとビナスが休みたいと遠まわしにおねだりして、俺はやれやれと肩を竦めながらも、二人を眺めながら自然と微笑む。


「あっ! そういえば昼に食べたクリームスープで女将さんの料理が最後だったね。じゃあ、夕飯の準備しなきゃだなぁ」

「私も手伝いますよ!」

「えっ? 手伝うっておうか、俺は料理出来ないよ?」

 コヒナタと目線を合わせ、互いに不思議そうに首を傾げる。


 俺が深淵の森で暮らしていた頃、食べていたのは『焼き鳥』、『焼き豚』のみだ。


 他にも香草や調味料代わりになりそうな植物はあった。ナナの知識があれば野菜類も探せる。じゃあ何故ひたすら焼いていたのか。ーーそう、知識があっても料理は出来ない。俺は食う専門なのだ。

 何故か手を加える程不味くなったしね。


(これが女神の身体の呪いか……)

 地面に崩れ落ちて、項垂れ続けた日々が懐かしい。


「あの〜? 今までの旅は誰が料理を作っていたのですか?」

 コヒナタに問われた直後、俺はディーナと見つめ合いーー『やばいっ!』と焦燥感に苛まれた。


「……アズラじゃ」

「うん。あいつがいつの間にか材料手に入れて、なんか手早く作ってたね。調理器具もないのに食器になりそうな植物とか実とか切って、上手いことやってたな」

「あやつ、使える男だったんじゃのう」

「言われるまで全く気付いてなかった位、いつも自然に用意されてたしね……どうしよっか?」

 俺達の焦る姿を見て、コヒナタとビナスが漸く事態を把握したのか蒼褪め始める。


「最初に言っておくし、我自身も期待されてるとは思っておらんが敢えて言おう! 我は元魔王だ! 何も作ったことは無いし食べる専門だ! だからごめんなさい! なんとかして旦那様⁉︎」


「非常に言いずらいのですが、何故か私が料理作ると黒くなっちゃうんです……作り方はあってる筈なんですけど謎です。これも封印の影響なんだと諦めていましたが」

 元々期待はしていなかったビナス良いとして、飲食店に勤めていたコヒナタが料理を作れないのは想定外だ。非常に拙い。


「やばい。ディーナは、ーー作れるわけないかぁ。竜王だもんねぇ」

「おいおい主様よ? 妾はこれでも四百年以上生きておるし、雌じゃぞ? 出来るに決まっているであろうが! 皆も安心せい。今夜は妾がご馳走を作ってやるのじゃ!」

「「「おおおおおおおおおおおおおおお〜〜!!」」」

 俺達は『助かった神様!』とディーナの背後から射し込む後光に平伏していた。


 __________


 ーータラタッタッタタタ! タラタッタッタタタ!


「ディーナの三分間クッキング~!!」

「「「わあああああああああああい!」」」

 テントの近くで拍手と歓声が巻きおこる。既に調理台はビナスが魔術で岩を削り準備していた。


「なんか照れるのう? 惚れ直してもよいぞ主様!」

「惚れ直しまくりだよディーナぁ! 今夜は寝かさないぜ?」

「えへへ! では腕を振るうかのう!」

 ディーナは俺がワールドポケットから取り出した、オーク肉へ手を伸ばす。


「まず、ここにオークの肉をおくじゃろ? それをこうして一か所にこうまとめるのじゃ。塩を忘れてはいかんぞ?」

「うんうん!」

「そしたら次は周りの物をどかすのじゃ。邪魔じゃからな!」

「うんう、ん?」

「少し離れて紅華ベニハナを広げるじゃろ?」

「うう、ん⁉︎」


「仕上げに焼くのじゃ! 熱閃‼︎」


 ーーチュドオオオオオオオォォン!


 ビナスの用意した岩の調理台がオーク肉ごと吹き飛んだ。粉々に砕けた真っ黒いゴミだけが散らばっている。


「おや? おかしいのう? この程度で吹き飛ぶとは柔な肉じゃな!」

「おかしいのはお前の頭だあああああああああ! 馬鹿! 馬鹿なの? いやもうそういう以前の問題だよ! なんで肉を攻撃してんの? 何と戦ってるの君は⁉︎ 俺の期待を返せぇ!!」

「ひゃっ! す、すまんのじゃ主様! 怒らないでおくれ?」

「いえ、少しは反省してください。肉をあんな風に扱ってはいけません!」

「私の調理台を作った労力が……吹き飛ばすことないでしょうが!」

 白竜姫は俺達に囲まれて中央に正座する。先程までの威勢は消え去り、悲しい陰を落としていた。


「妾は料理が出来なかったのか……」

「あれを料理と呼ぶなら、世界は毎日戦争だよ」

「三日間で滅びそうだな」

 項垂れるディーナへ、俺はビナスと共に冷徹な視線を向ける。その様子を見ていたコヒナタが何かに気付いたようで立ち上がった。


「そういえば私の封印は解けていますし、今なら料理も普通に作れるかも知れませんね?」

「おぉ! さっきのに比べれば何を作られてもましだよ! お願い!」

「お任せください!」

「主様ぁ、酷いのじゃあ〜!」

「うるさい! 調理台を作り直す我の気にもなれ馬鹿竜!」


 ディーナへの罵声を聞きながらコヒナタは調理台へと歩き出した。瞳には燃え盛る炎が灯っている。


 __________


「コヒナタの愛情たっぷり煮込んだポトフ〜!」

「「「わあああああああああああい!!」」」

 再び拍手と歓声が起こる。俺は先程のあれよりマシなら、何でも食うと決意していた。


「まず、ベーコンの表面を厚切りに切って両面を軽く焼きます。野菜はみんなお腹が減っているので、早くトロトロにする為細か目に切る事にしましょう」


 ーーコヒナタは『スタタタッ』と、手早く野菜を切り始める。


「おぉぉ! なんだ、包丁さばき上手いじゃないか! 流石だ! 愛してるぞ!」

「えへへ〜照れちゃいますよう!」

 ジャッジャッとフライ返ししながら、焼いたベーコンと野菜に軽い下味をつけた後、具材が浸る程度のお湯が入った鍋に投入していく。

 料理下手な俺達からすると、最早プロのシェフにしか見えなかった。


(流石ドワーフ。器用さ半端ないな)


「何が問題なんだ? まるでプロじゃないか」

「城のシェフ並だぞ? 何者なんだコヒナタ?」

「妾でも分かるくらいに上手いのう。やっぱり悔しいが」

 三人の絶賛の声に気分を良くしたコヒナタは香草で香りづけし、調味料で味付けしながら鍋を混ぜ始める。


「ふんふん♪ ふふふ〜ん♪」

 鼻歌を歌いながら鍋を混ぜる。


 一混ぜ。ーー鍋の色が少しずつ濁っていく。


「んっ?」

「ふんふん♪ ふんふん♪ ふふふ〜ん♪」


 二混ぜ。ーー灰色に染まる鍋。ボコボコと変な煮立ち方をし出す。


「んんっ⁉︎」

「ふんふん♪ ふふふ〜〜ん♪ ふふふ〜〜ん♪」


 三混ぜ。ーー鍋はドス黒く染まり、ボコボコと異臭を放っていた。具材などどこにも見えない。


「何でそうなるのおおおおおおおお〜〜⁉︎」

 美味しそうなポトフが、かき混ぜる度に暗黒物質ダークマターに変わっていく光景を見て俺は絶叫した。


「はっ⁉︎ 鍋に一体何が⁉︎」

「いやいやいや。何が起こったのかこっちが聞きたいわぁ! なんで混ぜる度に色変わっていくの⁉︎ 暗黒魔術とか使ったの? さっきまでの期待返してくれぇ!!」

「我も見たことがない魔術とは恐ろしい……」

「妾が言うのもなんじゃが、あれは食えんのう」

「や、やはりまだ封印の影響が……」

 己の両手を見ながらブルブルと震える幼女。絶対に封印は解けているのだが、現実を認めないようだ。


紅姫おれたち』はがっくりと項垂れていた。


 __________


 その後、途方に暮れながら腹を減らし続けた。俺は最後の手段であるナナに頼ろうと呼びかける。


「あのさぁ、ナナさんやい? 君ってりょうーー」

「ーーねぇ、マスター?」

 突然俺の言葉を遮って、ナナから語りかけてきた。


「流石に料理を作らせる為だけに、『天使召喚』する気じゃないよねぇ? 幾ら慈愛の天使の私でも、そんな扱いされたらキレちゃうかなぁ〜? そ、ん、な、こ、と! 考えてないよねぇ〜?」

「か、か、考えていないですよ? やだなぁナナさんったらぁ、疑い深いんだからぁ!」

 やはり感が鋭い。徐々に俺の思考パターンが読まれつつある。


「ならいいわ。一つアドバイスしてあげるけど、私のスキルレベルも最大の10まで上がったでしょ? 数キロ先でも正確に対象を把握できるから、今料理を作ってる人を探してお願いしたら?」

「それだぁぁぁぁあー! 天才だねナナ! 断られないよう『女神の微笑み』で魅了チャームしちゃおうぜ!!」

「その発想は最低だけど、この際しょうがないんじゃない? 脳内レーダーにアップするから瞼を閉じて確認して? ここが一番人が集まってるね」

「うん、確認した。そんな遠くないね! すぐ行こう!」

 三人に事情を説明すると直ぐ様馬車を走らせる。気付いて貰えるように『霞』を切り、念の為全員フード付きのローブを羽織って顔を隠した。


「見つけたぞ!」

 向かう先にいる集団。それはこの辺りを縄張りにしている盗賊団『マッスルインパクト』の面々だった。

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