閑話 魔王アズラ、主に似る。

 

 レイア達が人族の国ミリアーヌに向けて、旅立ったその頃。ミナリスは王都シュバンへ向けて全速で馬を走らせていた。


「急ぐのです! 魔王がまた悪巧みをしているような途轍もなく嫌な予感がします!!」

 獣人の国アミテアで王族と交易に関する直接交渉を行う為にレグルスを離れていたミナリスは、直感を信じて全力で仕事を済ませる。

 何故か背後でビナスが高笑いしているかの様な苛立ちを覚えていた。


 魔王軍参謀であり暗部部隊隊長は焦る。長年の直感から確信があったのだ。


 ーー自分のいない間に奴が動いた、と。


 そして二日後に王都へたどり着き、城に戻った直後に予感は的中する。

『謁見の間に魔王ビナスがいない』

 それだけで選択肢を二つまで絞り出し、状況を整理していた。


「第一から第三まで各部隊長を呼べ! 大至急だ! 急げ!」

 隊長の号令に従って暗部の部下達は瞬時に動き出す。


 迅速動きにより、謁見の間へ三人が集まるのに三十分も掛からなかった。


 __________



 ーー第一『騎士』部隊隊長アズラ。

 ーー第二『魔術』部隊隊長キルハ。

 ーー第三『召喚』部隊隊長ジェフィア。

 ーー第四『暗部』部隊隊長ミナリス。

 この四人が一同に揃う事など、戦争でも起こらない限り有り得ない程珍しい。皆が揃うとミナリスは軽く咳払いをして、詰問する。


「では事情を説明して貰いましょうか? まず、何故貴様が城にいるのですかアズラ? 隊長を辞めた筈では?」

 頭をボリボリ掻きながら、アズラは快活に笑った。


「あぁ、悪いが予定が変わってな? ちょっと魔王になる事にした!」

「……そっちのパターンですか、成る程。それで、どうせ引退宣言した魔王様は今どこに? まだ数日中の話でしょう?」

「あぁ。我が姫と旅に出たぞ! 今頃どこらへんにいるかは俺にもわからん」

 その瞬間、ミナリスは『フッ』と力が抜ける様に膝から崩れ落ちて床に手を付き、ブツブツと呪文の様に呟き始めた。


「やりやがった、そしてやられたやられたやられたやられた……自分だけ抜けがけして我が最愛の姫君についていきやがった。やられた、やられた、ゆるさん許さん、認めないみとめない、ゆるさないやらせない、許さない許されナィィィィィー!」

 狂乱したミナリスが勢いよく立ち上がるとそこへ、ジェフィアが気怠そうな声をあげた。


「どうでもいいんだけどぉ。私達は認めないわよぉ?」

「……認めない」

 キルハは小声でボソッとジェフィアに同意して頷く。


 ジェフィアは一本の小角に褐色の肌、ウェーブのかかった金髪に眠そうな垂れ目。二メートル近い大きい身長に見合った、色気ムンムンのスタイルをしたお姉さんだ。


 キルハは角無しで、全てがぺったんこだろうと分かる幼女的なスタイルと、百四十センチに満たない小さな身体に真白い肌。白髪のおさげをした魔術師である。

 気にしているのか、常に大き目の黒いローブを纏っており、ビナスと同じ赤い瞳をしていた。


『小ちゃいのと大きいの、どっちが好きですか?』

 まるでそう問い掛けるかのような合判的な姿の二人に重ね、ミナリスは眼鏡をクイっと掛け直して冷酷に嗤う。


「残念でしたね! 流石に貴様でも我々三人を相手に勝とうなど自惚れにも程がある! 魔王様に戻って来て頂いて、私が姫君と共に行くのだ! あはっ、あははははぁ!」

「やっぱりそうなるかよ……」

 実際アズラは焦っていた。自分以外の三人で一番厄介なのはキルハだ。魔術の使い手としてビナスに及ぶ事は無いが、高位魔術を会得しており、発動時間も早い。

 更に範囲は広く、戦闘になれば中々近づかせて貰えないだろう。


 それとは逆にジェフィアは召喚獣さえ潰してしまえば次の召喚まで時間もかかり、隙が多い事から勝ち目はあると考えていた。


 そして、その二人の天敵とも言えるのがミナリスであり、素早い身のこなしに、気配を消して標的へ近づく術を持っていた。頭もズバ抜けていい。


 つまりは『ミナリスを手に入れた方が勝つ』ーーこの図式が完成していたのだ。


「さすが参謀ねぇ? 終わったら私が肉体的にサービスするわよぉ? ベットの中でねぇ……」

「……ばっちこい」

 テンプレなお色気ポーズをとるジェフィア。何故かキルハは横で自分もそれに参加する気で招き入れるポーズを取っている。


「いえ、お心遣いだけで結構。あとキルハ。貴様は色々無理ですよ」


 ーーガァァァァァァァァァァァァンッ!!


 キルハは完全なる拒絶にショックを受け、膝から崩れ落ちる。己の身体のどこにその溢れる自信があったのか。

 ジェフィアは黙ってそっと寄り添い肩を叩いていた。キルは顔を上げると血の涙を流し、満ち満ちた憤怒をアズラをぶつけながら宣言する。


「ーーーー殺す!」

「おいいいいいぃ⁉︎ 今のやり取りの一体どこにその憎しみを俺に向ける要素があった⁉︎ ミナリスが悪いだろうが! ーーつか、完全に自爆だろうが⁉︎」

「……世界は不条理に満ちている」

「カッコイイ台詞だなぁおい⁉︎ それで騙されるのはウチの姫様のとこにいる馬鹿竜くらいだろうよ!」

 キルハはローブの裾をぎゅーっと引っ張って、ワナワナと震えていた。


「コホンッ! 落ち付きなさい? これもきっと我々の中を違えようとする小賢しい企みなのですよ。それに嵌っては魔王様の思うつぼでしょう? 冷静になるのです」

「そうよぉ? ミナリスの言う通り三人で組めば、アズラに勝ち目なんて無いんだからぁ」

「……わかった。決闘まで我慢する」

 アズラは何もしていないのに勝手に混乱し、怒り、励まし合う隊長三人を見て、何もしなくても自滅するんじゃないかと心底呆れていた。


「では『魔王就任の儀』の約定に従い、勝負は一週間後に王都の外に結界を張って行います。ルールは力でもそれ以外の何かでも良い。魔王就任に反対する勢力を負かせば貴様の勝ちです。ようは決闘ですね」

「わかった。異存は無い」

 アズラは赤髪を搔き上げつつ凛としていた。三人は落ち着きぶりに驚き、何か策があるのだとより気を引き締める。


 ーーミナリスは特に燃えていた。魔王ビナスの好き勝手にはさせない、と。


 __________


『決闘当日、シュバン近郊にて』


「よくもまぁ逃げずに来たものですね。勝ち目はありませんよ?」

「あぁ。俺には女神様の加護がついてっから負けねぇよ。どんな手を使っても……な」

 アズラの宣告にミナリス、ジェフィア、キルハは戦慄した。脳筋馬鹿。戦闘の事しか頭にない男が『どんな手を使っても』などと口にするとは思わなかったのだ。


「我が姫よ。力を借ります……」

 一週間アズラが何をしていたか、それはひたすらにレイアの発言と行動を思い返していた。


「姫ならこう言う……いや、こうか?」

 思考を模倣する為に繰り返し続けた。その答えがここにある。


 一瞬だけ闘気を解放した後、騎士の身体にまるで他の何かが乗り移ったように目が据わっていた。ゆっくりと三人に近づくと、穏やかな口調で語り掛ける。


「あ〜、時にミナリス君? 君は女性に変身出来るよね? 情けだと思って少し見せてくれないかな? 疑う気持ちもわかるから、この通り大剣は置こう」

 らしからぬ口調に戸惑うミナリスだが、どうせ女体化しても戦闘力は変わらない。寧ろ大剣を手放した事を後悔させてやろうとほくそ笑む。


「いいでしょう。何を企んでるか知りませんが、女体化して差し上げますよ! 二人は念の為、攻撃準備を!」

 キルハとジェフィアは杖を構える。以前レイアの前で見せた『身体変化』を発動した女版ミナリスが現れ、アズラはそのタイミングで畳み掛ける様に言葉を発した。


「やはり美しいなぁ。これは我が姫も喜ばれるぞ! 知っているかい? 姫は女性が好きなのだよ。だから君は以前相手にされなかったんだ。魔王様も女性になった事で側にいる事を許されているしね? そして姫は君の能力をコピーした事で、ある一部分だけが男に戻る事が出来るようになった! この意味がわかるかな? 頭の良いミナリス参謀君?」

 ーー??

 キルハとジェフィアが(何言ってんだこいつ?)と疑問を抱いて首を傾げる中、ミナリスだけがブルブルと拳を握りしめ、俯きながら震えていた。

 そしてアズラの方を向き、一歩前へ踏み出す。


「そ、そんな……百合展開を味わいながら女の幸せも感じる事が出来る『二度美味しい』が、この世にあるというのか……楽園はいずこに⁉︎」


 ーー魔王軍参謀は涙を流しながら、両手を広げ天を仰いだ。


「ミナリスぅ? どうしたのぉ? さっきから、意味がわからないわぁ?」

「……ちんぷんかんぷん」

 アズラが続いて追い討ちをかける。それは最早洗脳とも呼べる口調と語りだった。


「理解してくれて嬉しいよ。ここで君に残酷な事実を告げなければならないのが非情に心苦しい。我が姫は仲間には慈愛を、敵には滅殺を齎す主義なんだ。今回もこのアズラを魔王にし、後にまた仲間に加えてくれる事を条件に一時的に離れたに過ぎないからね」


 ーーピクッ!


「ねぇ? 君が今そちら側に立っているという現実は、姫の敵になるという風に捉えていいのかな? 仮にこの勝負に俺が負けても、きっと敵対したという事実は魔王ビナス様から姫の耳に入るよね?」

 アズラは誰かさんを真似したような肩を竦めたポーズをとる。ミナリスは黙りこくったまま動かない。


「楽園を求めるなら、こっちだよ……?」

 和らげに告げられたとどめの一言。ミナリスは瞬時に姿を消してアズラの真横に跪いた。


「如何なるご命令もこのミナリスが命に代えて遂行して見せましょう。どんな命令にもイエス! マイロード!!」

「なぁぁぁぁあ⁉︎ ミナリスぅ? 一体何を言ってるのぉ〜〜?」

「……裏切りの翼⁉︎」

 ジェフィアとキルハが驚愕しつつ、絶望に苛まれる。それ程にミナリスの態度が豹変していたのだ。


 ーーアズラの目は据わったまま、ミナリスに命令を下した。


「じゃあお願いしちゃおうかな? 遠距離から奥義を放ちまくるから、その隙に相手の懐に潜り混んで気絶させてね? ちゃんと君の活躍振りは我が姫へ報告させてもらうよ! さぁ、張り切っていこうか!」

「イエス! マイロード!!」


(こいつら……一体誰だ?)

 ジェフィアとキルハが後退る程の黒い欲望を放ち、アズラとミナリスが一斉に襲い掛かった。


 魔術を連発するほんの少しの隙も与えられず、キルハはミナリスに首を締め落とされ気絶する。

 召喚獣を呼ぶ前にジェフィアは白虎に胴体を噛まれ、雷をたんまり食らって失禁していた。


 実力を一切発揮する事なく敗れた二人を前にして、新魔王アズラの瞳に光が灯る。


「我が姫ながら恐ろしい……」

 目前の光景は自らが行った結果であり、レイアなら発案して実行し得た事をトレースしたのだ。


 こうしてアズラは自己嫌悪しながら絶対に負けられない戦いに勝利し、魔王になる事が決まった。

 どこからか女神の声が聞こえた気がして、空を仰ぐ。


『勝ちゃあいいんだよ! 負けたものは全てを奪われ、勝った者がそれを自由に出来る権利を待つ……それが世界のコトワリだあああああああああああああ!!』


 何処までも続く空の彼方に、ドヤ顔で高笑いする主人レイアの姿が見えた気がした。




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