第57話 せめて今は私達の胸の中で……

 

 アズラがカナリアの宿を去った後。気絶したレイアをそのままベッドへ寝かせ、戦闘の疲労からみんなも横になって眠りに就いた。

 そんな中、コヒナタは一人宿を抜け出して、城下町のドワーフの鍛冶屋を訪れる。


「夜分遅くに無理を言って申し訳ありません。どうしても、明日の昼までに造らなければならない武器がありまして」

 頭を下げるコヒナタへ、老獪なドワーフは畏まって視線を流した。


「いえいえ。巫女様の鎚を振るう姿が見れるなんて喜ばしい限りですよ。時に、一体何を造りなさるんで?」

「私自身の武器です。私達ドワーフは身体が小さいし戦闘に向きませんが、力と器用さは他の種族にも負けません。故にそれを活かした射撃武器を作成します」

「成る程。儂に手伝える事があれば好きに申し付けください。しかし……本当に宜しいのですかな?」

 重苦しい雰囲気を放ちながら、鍛治師はコヒナタに問う。だが、当の本人に心当たりは無かった。


「……? 何か問題があるのですか?」

「巫女様の封印がもう解かれており、武器や防具をパーティーメンバーに作った事は、この王都中のドワーフが知っておりますぞ? 遠からぬ先、国から追っ手がかかるのでは?」

 喉元を締め付ける様な怒りを覚えて、コヒナタは叫んだ。


「私は二度と国には戻りません! 四十年以上経って尚、そんな真似をしているのですかあの王は⁉︎」

「我が王だと思うと恥ずかしながら、本質が変わらぬ者は変われぬのでしょう。儂等は鍛冶の事だけを考えたくて国を出ましたからな。一切気には致しませんがね」

「ーーーー!」

 過去、自分の力を封じた男を思い出し、脅迫概念から身体を震わせた。しかし、顔を上げると直ぐに鍛冶場へ歩き出す。


「私は大切な人と歩み続けるのです。その人が今悲しんでいる。迷っている暇など無いのです! 手の空いてる同胞に連絡を! リストの材料の準備も急ぎます。どうか力を貸してください!」

「了解ですぞ巫女様!」

「今夜は徹夜です!」

 コヒナタはこれからも仲間達と共に歩む為に敢えて別離したアズラを思うと、涙を堪える程に胸が締め付けられた。


(あんな覚悟、私には無かった……みんなに着いていければ、側に居られればと思っていたんだ。七十年も生きている癖になんて情け無い女! 目を覚ませ私! アズラ様にも、ディーナ様にも、ビナス様にも負けるな!! 想いだけは絶対に負けるな!)

 己の頬に両手で張り手をかまし、気合いを入れるとコヒナタは燃え上がる炉へ向かう。

 辺りのドワーフ達が集まり、ただ一つの作品を造り上げる為だけに鎚を振るった。


 巫女を支える皆の顔には、新たな作品を作り上げる歓喜の笑顔しかなかったのだ。


 ーーこれぞドワーフ魂だ、と。


 __________



 翌日昼過ぎ。まだ未完成だが、仕上がった武器を身体に不釣り合いな大きいケースに詰め、コヒナタは冒険者ギルドへ向かった。

 煤けてボロボロな姿に驚くマーリックとメリーダだが、ちゃんと報酬の準備を整えていてくれており、助かったと胸を撫で下ろす。


 今回の事件の報酬を受け取ると、レイア達の装備の借金分も含め、仲間のドワーフにお礼を込めて多めに報酬を支払った。

 また、己の未完成な武器を完成させる為に必要な素材と鉱石を買い取る。


 全ての用意が整った頃、本来『紅姫』が受け取る報酬は残り純金貨十二枚と、金貨が九枚にまで減っていた。


「また使い過ぎちゃった。怒られるかなぁ……」

 コヒナタは鍛治師として後悔はしないが、怒られるのは嫌だと溜息を吐きながらカナリアの宿へ向かう。すると、入口の近くでレイアが立っていた。

 表情から判る程に怒っている。


(どうしたんだろう?)

 コヒナタは小さな歩幅を更に狭めながら近づくと、自らの姿を思い出して後退あとずさった。


「ただいま戻りました。あの、その、今の私……汚いので離れていてもらっていいですか? 多分臭いです。すいません……」

 だが、コヒナタは有無を言わさずレイアに抱き抱えられると、そのまま無言で服を脱がされ、風呂場に連れられていく。


「あの、あのぉっ! どうしたんですかレイア様?」

「……したんだ……」

「えっ?」

「心配したんだ! コヒナタまで俺の傍からいなくなっちゃうんじゃないかって、怖かったんだ! 何も言わずにいなくなったりしないでくれよ!」

 レイアは嘆くと同時に幼女の小さな胸に飛び込んで、赤子の様に泣き出し始めた。


(あぁ、本当にこの人は大切な誰かがいなくなる事に脆いのね……なんて可哀想で、愛おしい人なんだろう)

 コヒナタは無言のまま胸中で泣くレイアを抱き締め、母親の様に優しく頭を撫で続けた。

 するとそこへ、自分ごと包み込むように四本の腕が伸びてくる。


 ーーいつのまにか右側にディーナが、左側にビナスがいた。

 レイアは三人の女性に包まれながら、嗚咽を漏らし泣き続ける。


「アズラ様が大切な方だったのですね? 居なくなって寂しいんですか?」

「……寂しい。凄く寂しい! アズラはずっと俺と一緒だったんだ。離れたく無い。ーーなのに無力な俺は止められなかった。止めたかった!」

「アズラ様は必ず戻ると言っておりましたよ? 信じてあげられないのですか?」

「わかってる。そんな事わかってるけど、誰かが居なくなると思うと我慢できないんだ。ーーごめん」


 ディーナとビナスの腕の力が自然と強まる。二人共胸中で何か思う所がある様だった。


「では……レイア様の悲しみは私たちが癒しましょう。せめて今は私達の胸の中でお泣きください。うふふっ! 自分で言ってて悲しくなりますが、大中小とよりどりみどりですよ?」

「ハハッ。コヒナタに一本取られたなぁ。確かにそうだね」

 レイアは三人の女性の胸元を見つめ、涙を流したまま苦笑した。


「妾が一番気持ち良いぞ? こっちにおいで?」

「我は普通だけど柔らかさなら、ーーって恥ずかしい! あまり見るな!!」

「私は……ノーコメントで」

 ディーナは嬉々として腕を広げ、ビナスは赤面しながら俯いている。コヒナタは達観した遠い目をしていた。


「ごめんね。じゃあ少し甘えさせて? もう一度ちゃんと立ち上がるから」

 レイアは再度啜り泣き始める。その姿を包み込みながら、コヒナタは宣言した。


「私達はあなたの傍から居なくなりませんよ? 貴女が人々を守る代わりに、私達があなたを守り癒しましょう。絶対です。約束しますからね」


(別に身近な人以外守る気はないんだけどなぁ。みんなからお願いされた時は少し頑張ろっかな)

 涙は自然に止まっていた。レイアは三人に向け、お礼のキスをする。


「ひゃあっ⁉︎」

 そんな中、ビナスだけが驚きに目を見開いていた。レイアはその様子を見て首を傾げたが、瞬時に理解する。


(あっ! そういえばビナスは初めてだったの忘れてた!)

「ごめんね? 嫌だった?」

「い、いや嫌ではな、ないぞ? ただ、初めてのキスが風呂場でいきなりだったからびっくりしたのだ! しょうがあるまい!」

 ビナスは顔を真っ赤にしながら悶えていた。可愛かったのでもう一度キスをしたら、今度は驚かずに両手を絡めて受け入れる。


「んっ……もっと……」

「調子に乗るでないわ新米が!」

 ディーナが惚けたビナスの頭を叩いて、風呂場から引き摺り出した。


「コヒナタ。本当にありがとう!」

「いえいえ。これからも存分に甘えてくれて構いませんよ? 忘れているかもしれませんが、私の方が年上なんですからね?」

「……それは本当に忘れてたよ。これからもよろしく! さぁ、風邪引いちゃうから着替えて出発の準備をしよう!」

「はいっ!」

 我ながら単純だと思いつつ、女神の顔から迷いや憂いは晴れていた。


 __________



 俺達は出発の準備を整えると、カナリアの宿の女将さんにお礼を述べる。


「今までありがとう! また必ず来るからね? 元気でね女将さん!」

「グスッ。あ、あんたらも元気でやるんだよ? 待ってるからね!」

 涙脆い女将さんと別れて宿から外に出ると、一頭の馬に繋がれた荷馬車が用意してあった。


「これはもしかして、コヒナタが準備してくれたの?」

「はい。人族の国は海を挟んで向かいの大陸なので船が必要です。しかし、港町までも中々遠いですからね。急ぐ旅でもありませんし、ディーナ様の疲労も考えて報酬から馬と馬車を購入しておきました。勝手な真似をして申し訳ありません……」

「お、お主という奴はなんて愛い奴なのじゃあ~! ほれ、こっちゃこい! チューしてやる!」

 ディーナは感動してコヒナタを挟んでいた。傍目から見れば窒息してしまいそうな絵面だ。


「本当にありがとう! 馬車の旅とか楽しみだなぁ……考えてみたら竜に乗って一直線なんて冒険終盤イベントだもんな。まずは馬車だ。うん馬車だ!」

「我も楽しみだ! とりあえず自由気ままな旅が楽しみぃ!」

 コヒナタの粋な計らいに、俺達のテンションは跳ね上がった。馬車が通る道には顔を見知っている人達が集まっていて、手を振ってくる。


「また戻ってきてね〜! 女神様〜!!」

「真女神教はいつでも貴女様の側に!!」

「食王様行かないでくれぇぇえ!」

「巫女様〜! ドワーフ魂だぁあ!」

「あれ? あの人どこか魔王様に似てないか?」

 マーリックとメリーダもどこからか噂を聞きつけたみたいで、走って追いかけて来た。


「貴重なシュバン冒険者ギルドの戦力がああああああああああ〜〜っ!!」

 必死に叫んでいたが、俺は見ない振りをする。


「みんなぁ! 元気でね〜!」

 手を振りながら軽快に馬車を走らせていると、正門前で兵士達が敬礼で見送ってくれた。だが、正門が開くと同時に兵士達が一斉に剣を抜き出す。


「一体なんだ⁉︎」

 俺が驚いて背後へ振り返ると、アズラが着慣れていない高そうな黒いマントを羽織り、騎士の正装に身を包んでいた。

 胸に大剣を立て構えると、全兵士が『ザザッ!』と音を立てそれに倣う。


「我が女神に今後も変わらぬ忠誠を誓う! これからの旅路に幸多からん事を!!」

 同時にアズラは大剣を空に向け、大きく掲げた。


「先に行ってるからね……待っててあげるから、早く追い付くんだよ?」

「この剣に誓って約束致します! 我が姫よ!」

 俺達は頷き合うと共に、天高く上空を見上げて涙が滴り落ちるのを必死で堪えた。


 そのまま振り向かずに王都シュバンを後にする。新たな人族の大陸「ミリアーヌ」を目指して。


 この後、俺は嫌でも知る事になるーー

 ーーこの世界で一番醜い心を多く抱いた種族は、人族である事を。

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