第55話 スキルイーターとの激闘 2

 

 ディーナとビナスに分身体の時間稼ぎを任せた後、俺とアズラはスキルイーター本体への攻め手を欠かし、焦っていた。

 ビナスの予想通り、分身体は本体の半分も力を持っていない。


 故にこちらの戦力低下は否めなかった。対してスキルイーター自体のステータスは落ちていない様に見える。


「これもチートなスキルだな」

 俺は正直な所、久しぶりの焦燥感に苛まれていた。


 ここが洞窟内でなければ『天獄』で焼き尽くしてやるが、崩壊を考えると威力の高過ぎる攻撃は出来ない。

 崩落に巻き込まれ、仲間を巻き込む自滅に等しいからだ。


「あぁーもう! 全部吹き飛ばしてやりたい……」

「落ち着け姫。こんな場所で生き埋めは嫌だ」

「しょうがないか。アズラ! 接近戦で同時に仕掛けるよ! 『結界』の隙を突くんだ!」

「おう!」

 俺達はスキルイーターの口元が歪んでいる事に気付かずに懐へと飛び込む。それはまるで悪魔の誘いに知らず知らず飛び込んでしまう愚者の選択だった。


 スキルの手の内を晒していない相手に対して、取るべき手段では無かったからだ。


「それは悪手だよねぇ? 『獣の咆哮』!!」

 突如、洞窟内全域に響き渡る程の雄叫びが超近距離で轟いた。


「えっ? きゃああああああああああああああああ!!」

 俺は咄嗟に回避行動をとるが、至近距離で耳へ直撃した極大の咆哮によって鼓膜を破られ、聴覚を奪われる。


 耳から血を流しながら脱力して地面に倒れた。俺を護るように同様のダメージを受けたアズラはスキルイーターの前へ立ちはだかり、大剣を支えに無理に立ち上がる。

 直後、平衡感覚が覚束無い状態に陥った俺達に、更なる追い打ちが掛かった。


「次はこれだよ。『目隠死メカクシ』」

 目元を触ることの出来ない暗闇が覆う。手で払おうとしても摺り抜けてしまい、靄を外す事が出来ずにいた。

 聴覚を奪われ混乱した所へ敵から放たれたスキルをまんまとくらい、視覚までも奪われた。焦るナナの『念話』が脳内へ響き渡る。


「マスター! 『念話』で対応してください。視覚は私が対象をアップして脳内レーダーでサポートします!」

『わかった! アズラ! 聞こえたら一時的に退いて!』

『断る。目と耳が聞こえなくても姫の盾にはなれるからな! 『真・白虎雷刃』!』

 アズラは剣士の感からこちらだと奥義をスキルイーターに放つが、それがまたしても罠だった。

邪蛇鞭イビルスネーク』に逸らされ翻された白虎は、勢いそのままにこちらへと向かって来る。


「危ないマスター! 緊急回避を!!」

 突然の切り返しに視覚、聴覚を奪われ、更に極小『滅火』の準備へ集中していた俺の身体は反応出来ない。

 多少の斬撃は双剣で防いでも、雷に焼かれ剣閃に四肢を刻まれた。


「グウゥッ!」

 アズラの為にも叫んではいけないと堪えるが、どうしても襲う痛みに呻いてしまう。

 先程から積み重なったダメージは正直大きい。血を垂らし、斬られた脚を引き摺る羽目になった。


『楽しいなぁ! ギャッギャッ! 味方を焼くなんて酷い奴だねぇ⁉︎ きっと私の為に道化を演じてくれたんでしょお? 笑いが止まらないよ〜!』

 腹を抱えて嬉しそうにステップを踏みながら踊るスキルイーターは、俺が崩れ落ちる姿を眺めながら、全力で無数の鞭打を撃ち込み続けた。


 手数で負け無い為に『女神の翼』を広げ、ナナにサポートを任せながら双剣で防ぎに掛かる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお〜〜っ!!」

『やるねぇ? そこにいる木偶の坊とは大違いだよ!!』

 凄まじい金切り音を辺りに響かせながら、互いに無数の攻撃を仕掛け防ぎ合った。

 死角からの攻撃には、ナナがサポートに入り致命傷を防いでいる。


「 いけぇっ! 『朱雀炎刃』!」

「だめだめ! 『フロストウィップ』!」

 燃え盛る赤光を煌めかせた朱雀を放つと、それに合わせてスキルイーターは氷冷を絡みつかせた鞭を真正面から打つけてくる。


 威力は互角で相殺されたかと思った矢先に、『邪蛇鞭イビルスネーク』の平手打ちが俺の頬を直撃して強く壁に打ち付けられた。


「ガハッ!」

『油断大敵だよ〜? だが貴女は中々面白い! 是非ともそのスキルを奪ってあげるね? しっかり殺した後にさぁ!』

『……俺はお前のスキルなんて絶対覚えてやらないよ! 絶対にいるもんか!』

『ん? 分かって無いのかなぁ? スキルをコピーできるのは私の特権なんだよ? 幾ら強くてもそんな真似は私以外の誰にも出来る訳がないんだよ〜?』

『……それは如何だろうね?』

『ちっ。遊んでやれば調子に乗っちゃってさぁ。溶けちゃえ『アシッドボール』』

 苛立ちを覚えたスキルイーターの掌から連続して酸の塊が放たれる。


「くそがっ!!」

 俺は剣で斬り裂いても、少なからず酸を被る事になるだろうと判断した。直撃の瞬間に『聖絶』を展開して防ぐ。

 辺りの地面は予想通り、『ジュウジュウ』と音を立てて溶けていた。


 ナナの脳内レーダーから地形の様子を把握していた分、その威力の高さに冷や汗をかかざるを得ない。


「敵に回ると本当に厄介な能力だな。コピー能力……」

 スキルイーターは俺の呟きを聞いて、賺さずに次の手を打ってくる。


『んん! イラっとしちゃったよぉ! 今の防ぐとかさぁ。じゃあ、これはどうかなぁ?』

 俺はこれ以上後手に回るのは拙いと判断して、喋っているスキルイーターに向けて先に奥義を放った。


『黙れよ! 『風神閃華』!』

『ちょっと遅いよ? 『邪竜鞭イビルドラゴン』!』

 巻き起こる竜巻の中を剣閃が飛び交わし、スキルイーターの肉体を飲み込もうと襲う。

 だが、その直後に何本もの『邪蛇鞭』が捻れ合い、太い首の先端が竜のカオへと変貌した。


邪竜鞭イビルドラゴン』に一瞬で奥義は蹴散らされ、見えなかった鞭打スキルは漸くその姿を露わにする。

 紫紺の光を放つ竜は、そのまま自我を持っているかの如く俺に襲い掛かり、双剣ごと大地に叩きつけられた。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ⁉︎」

 俺は想像以上の重さに耐えきれず、地面を破壊しながら沈む。


『そろそろいい頃合いかな? 面白いショーを思いついたしね!』

 スキルイーターは両手を広げた。まるで劇の開幕を演出する司会者の様に、俺達に向かって新しいスキルを発動したのだ。


 __________


 先程からアズラは己の主人を傷付けたショックと、二人の攻防に混ざる事の出来ない己の無力さに固まっている。


『「血染めの絆」発動。さぁ、貴方達は耐えれるかな?』


 ーーレイアとアズラの二人を真っ赤な結界陣が包み込むと、勢い良く二人の傷口から血が噴き出した。


『そのスキルは、どちらかの血が出る量が増せばもう一人の血が出る量が減るのさぁ。さて、どうするのかな。勇敢な騎士気取り君?』

 アズラはその挑発染みた台詞を聞いて、絶望するどころか余裕を取り戻した。


 口元を高く吊り上げて笑うと、『そんなスキルに一体何の問題があるんだ?』ーーそう言わんばかりに軽やかな表情を浮かべていた。


(まさか⁉︎)

 レイアは慌てて念話を送るが、それを遮る様にアズラが語りかけてきた。


『さっきは暴走しちまってごめんな? 次は俺の番だ!』

『ダメだよ! やめろ! やめろ! やめろ!! やめてええええええええええええっ⁉︎』

 アズラは痛哭に喘ぎながら己の元に飛びかかろうとする主人を見つめる。柔らげにもう一度微笑むと、護神の大剣を腹に突き刺した。


 そのまま大量の血を吹き出しながら、ーーベシャリと血溜まりに平伏したのだ。


 __________


「あ、あ、ぁあ、あ、あ……ああ〜〜!!」


 ーードグンッ、ドグンッ、ドグンッ!!


 レイア身体が不自然に跳ねる。『女神の眼』は既に『目隠死メカクシ』のスキルを食らい、無効化して黒く染まっていた。


『な、何? 一体これは何⁉︎』

 突如発せられた異様なプレッシャーに、魔獣スキルイーターは焦りを浮かべながら勢い良く退がり始める。


「マスター落ち着いて⁉︎ まだ私達には出来る事がある! 『闇夜一世オワラセルセカイ』は発動しちゃだめ! こいつをさっさと倒してアズラを救うんだよ!」

 レイアはぼんやりと意識を取り戻し、ナナに尋ねる。


「無理じゃないか……? こいつ、強い……今のままじゃ無理だ」

 そんな弱音を聞いて、主人格ナナは発したくなかった台詞を嫌々叫んだ。


「私の初めてを無駄にするなあぁ! 思い出して! 忌まわしき記憶を!」

 ナナのその言葉を聞いた瞬間、レイアの身体がガクブルと震えだして絶叫を洞窟内に響き渡らせる。ーー思い出してしまったのだ。


「い、い、嫌だぁぁぁぁぁぁあ!! 『アレ』はもう嫌だぁぁ!」

 ナナと生み出したくて生み出したんじゃない新技がある。悲しみの『聖戦ジハード』が生み出した究極の技だ。

 女神ははっきりと意識を覚醒させ、天使ナナに命じる。


「やるよナナ! 『神覚』発動!!」

「了解しましたマスター。複合リミットスキル『神覚』発動します!」

『女神の翼』と『女神の天倫』が発動し、いつの間にか戻っていた金色の『女神の眼』、身体系スキル『限界突破』を含めて全発動する。

 女神の身体から嘗てない金色の神気が巻き起こっていた。


 ーー短時間の最終決戦モード『神覚シンカク


 それは意識と肉体感覚の中でリンクしたナナに防御と回避を完全に任せ、ただレイアは目の前の敵を斬り裂く事にのみ集中する。唯それだけの技だ。

 しかし、『神覚』モードの桁外れた「力」を存分に振るうその剣撃の破壊力は凄まじい。


『攻防』という言葉が存在する以上、戦いにおける人間の思考はどちらも意識する上で、バランスを意識せざるを得ないからだ。無我の力が解放される。


『荒れ狂え双剣よ……死ね』

 念話でスキルイーターへ聞こえるよう呟くと、女神は徐ろに歩き始めた。ゆっくり、本当にゆっくりと白き魔獣を金色の双眸で睨みつけながら近づいていく。


「ちょっと……何余裕ぶってるのさ? 『邪蛇鞭イビルスネーク!』」

 魔獣は冷や汗を流しながら見えない鞭打を放つ。しかしレイアには何も変わった様子は無い。まるでスキルが不発だったのかと首を傾げる程、自然にスキルは消え去った。


『ん? エアショット!』

 続いたスキルはまたしても不発に終わり、女神の歩みは止まらない。己が放ったスキルはどうしたのだと疑念を抱きつつも、魔獣は攻撃の手を緩め無かった。

 鞭の様にしならせた右腕で攻撃した際に、初めてスキルイーターは肉体の異変に気付いたのだ。


 一瞬にして消えている。ーー右腕が消失しているのだ。


『な、何? 一体あなたは何をしているんだよ⁉︎ ……そうか。私の知らないスキルを発動してるんだね? それならば……』

 スキルイーターは『女神の翼』から散った羽根に飛び付いて、それを貪り喰らう。焦燥感と未知の攻撃に対する恐怖から、Sランク魔獣の必死さが垣間見えた瞬間だった。


『ほら! これであなたのスキルも私のも、のさ……? 何だ⁉︎ 何も奪えていないだとっ⁉︎』

 驚愕するスキルイーターに主人格ナナが念話で応える。


『あはははぁ〜! ばっかじゃないの? あんた如き屑魔獣が女神のスキルを奪えるわけないでしょぉ〜? あんたの口調って、なんか私と被っててイラついてたんだよね。分かったら死ねばぁ〜!』

『クソがあぁぁ!! 『邪竜鞭』! 『エアショット』!!』

 激しいスキルの連打はレイアの目前で掻き消され、同時に左足が弾け飛び、左腕が細かい肉片へと刻まれ、何も理解出来ぬまま、遂にスキルイーターは地面に突っ伏した。

 その瞬間強制的に状況を把握する。


(剣撃が強過ぎる!! 疾すぎて眼で追えないのか⁉︎)

 ーーそして、己には防ぐ術が残されていないのだ、と。


『何なの? 何なのあなたは? 邪魔しないでよ! どっかに消えてええええええええ!!』

 レイアは駄々をこねるような魔獣の叫びを呆れながら聞き、そっと念話を使わず囁いた。


「いいからお前は死ね……ナナ、やるよ?」

「了解しました。マスターの好きなようにどうぞ?」

 主人の怒りに呼応した深淵の魔剣は黒く輝き、朱雀の神剣は炎を纏い燃え盛る。


「神技! 『星堕ち』!」

「やめてくれええええええええええぇぇぇえぇぇぇぇぇっ!!」

 無数の連続切りは鳴き叫ぶスキルイーターごと地面を破壊し尽くす。ナナも防御と回避を止め、力の全てを攻撃に回す女神たる神技。


 ーー『神覚』モードでのみ使える『星堕ち』


 それは尋常ならざる膂力を体現していた。荒れ狂う双剣を振り回しながら敵を叩き潰していくその姿は、女神の『ソレ』では無くまさに戦神。


 ーー破壊音が鳴り止んだ後、Sランク魔獣スキルイーターの肉体は一欠片も存在しない。


 全てが終わった後、洞窟内には涙を滴らせながら慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、己の騎士を抱き締める女神だけがそこにいたのだった。

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