第53話 『嗜虐に嗤う魔獣』
いつ喰われるのかを怯えながら、待つしか無い現状に俺は絶望していた。
蜘蛛の糸に包み込まれた様なこの巣は奴の餌場だ。
どう足掻いても俺の力では切れない。そして、助けも来ないだろう。
涙はとうに枯れ果て、下半身は汚物だらけだが、それすらもうどうでもいい。
『狼の誇り』の面子は残り三人になり、ーー二人は既に殺された。
俺の眼下では、虚ろな眼をしたアミーレを血の涙を流しながらひたすら犯し続けるナキラがいる。
気絶している間に何が起こったらこんな事になるというのか。もう、訳が分からない。
処刑台に立った罪人の様に、俺は死刑執行を待つ事しか出来なかったんだ。
__________
レイア達が依頼を受ける三日前に時は遡る。ハマドの洞窟のAランク魔獣討伐クエストを受けた『狼の誇り』の五人は、道中盗賊に襲われ予定より到着が遅れていた。
だが、洞窟に着いてからは順調にブラックオークやゴブリンナイト、ゴブリンメイジ等を狩り続け、奥へと進見続けている。
「楽勝だなぁ。この洞窟がAランクダンジョンに認定された理由がわからねぇよ」
「そう言うなアルガス。どんな場所でも油断すれば待つのは死だぞ?」
「はいはい。ナキラは心配症だなぁ。そう思わないかアミーレ?」
「……調子に乗るのは構わないけど、さっきも魔術で防御してなかったら貴方結構なダメージを食らってたよ?」
「それはごめん。次は気をつける!」
盾役のリーダーアルガス、騎士のナキラ、魔術師のアミーレは洞窟を進む。二人の仲間に索敵と斥候を任せて弱い魔獣を狩りながら、のんびりと魔獣を討伐していた。
一年程前にAランク冒険者になったアルガスは、最近のクエストが手応えなさすぎて気が緩んでいる。
己のランクと実力に対する自信と誇り。それは仲間達にも伝播し、自然と緊張感を薄くさせる。
俺達は負けないのだと、死ぬ事など有り得ないのだ、と。
「金は結構貯まったし、引退して結婚相手でも探そうかねぇ?」
「悪くは無いかもしれないな。俺も最近街のパン屋の売り子が気になってるんだ」
「おっ! 堅物なお前がせっせと通っていた理由はそれか! 早く言えよこの野郎!」
「……どうでもいいけどそれフラグ。ほら、やっぱり来たよ!」
前方を警戒していたアミーレの警告と共に、大きな球体が三人へ投げつけられた。
「ひゃっ⁉︎」
洞窟の壁に当たった塊が弾けて転がる。潰れる様な気持ち悪い音を立てた物体は、先に行った仲間二人の頭部だった。
「な、なんだ⁉︎ 一体何が起こってる?」
「いいから警戒して。オズとモズを殺した奴が来る! 『ワールシールド』!」
アミーレが魔術で仲間を守る為に小さなドーム状の障壁を展開し、正体の知れない敵を警戒する。
耳にはーー『ズルリ、ズルリ』と何かを引き摺る音が、徐々に近づいて来ていた。
「キャッ、キャッ、ギャッイ!」
まるで笑う様な鳴き声と共に現れたのは、二足歩行する白い人型の魔獣だ。
顔はまるで作り物の能面を貼り付けているかの如く、不自然で歪だった。腕は鞭の様に長く、地面に垂れ下がりズルズルと引き摺っている。
直後、三日月を描く魔獣の口元を見て、三人は背筋に悪寒を奔らせた。
「ヒュヒュンッ!」
鞭を振るう様な風切り音が聞こえた瞬間、『パァンッ!!』ーー平手打ちを喰らいアミーレが吹き飛ばされる。
魔術の障壁を軽々と破られ、攻撃された事に気付く間も無く意識を失った。
「アミーーレェ!!」
アルガスが雄叫びを轟かせ、魔獣へと駆け出し始める。女魔術師は壁に激突して、身体を痙攣させていた。
「くらえぇぇぇっ!!」
剣を内蔵したアルガスの盾は、攻防一体となっていて魔獣の腹を突き刺す。
ナキラはアルガスの背後から死角を狙い、二連の刺突を繰り出した。
「キャッキャ、やっぱり貴方達馬鹿なんだねぇ……」
魔獣は突如笑いながら言葉を発する。それは即ち『知性を持っている』という事に他ならない。
特異な存在であるSランク魔獣の証だった。
「『結界』!」
アルガスとナキラの攻撃は、魔獣の身体に当たる寸前に見えない壁に阻まれる。
「そんなまさか⁉︎」
驚愕と同時に後退る二人には、一体何が起こったのか理解出来ていなかった。
「『エアショット』、ついでに『獣の咆哮』かな」
魔獣がボソリとスキルを呟いた瞬間に、拳大の空気の塊がアルガスの腹を撃ち抜き、極大の咆哮が二人の鼓膜を容赦なく破裂させる。
「耳があああああああああああぁ!」
「ぎゃああああああああああぁぁ!」
冒険者達は耳を塞ぎながら、脳内をグリグリと弄られているかの如く襲いかかる激痛に耐え切れず、地面を転がった。
アルガスの背後にいた事でまだダメージが少なかったナキラは、自分達が受けたスキルに心当たりがあったのだ。
しかし、そんな事は有り得ないと魔獣を睨み付ける。
だが、考えれば考える程に疑念は確信へと変わっていくのだった。
「馬鹿な! どう考えてもオズとモズのリミットスキルだ。ーー何故? 何故お前がそれを使えるんだ⁉︎」
理解してしまった瞬間、恐怖に怯え狂い洞窟内で絶叫した。様子を見ていた魔獣は突然地面に座り込む。
「ねぇ? あなた達って何ランク?」
魔獣の問い掛けに対して、鼓膜を破られて何も聞こえない二人は答えられない。
それよりも、突然座り出した魔獣に困惑していた。
「あぁ! 耳が聞こえないのか。じゃあ、『念話 』でいっか。」
『あーあーっ! 聞こえる? あなた達って何ランク? 冒険者でしょ?』
『な、なんだ? 何故、声が聞こえるんだ?』
『いいから答えてよ。ランクはどれ位なの? B位?』
アルガスは突如脳内に聞こえ出した声に困惑しながらも返答する。
『俺達はAランク冒険者「狼の誇り」だ!! まだ負けた訳じゃ無い! 絶対魔獣には屈しないぞ』
『へっ? Aランクなの? その腕で? なんか冒険者も昔に比べて質が下がってるねぇ。正直食いごたえが無いわ』
白い魔獣は作り物の様な態とらしい表情を浮かべながら、やれやれと肩を竦めた。
『そういえばさっきの質問だけど、私は相手の身体の一部を食えば、その人物、魔獣の記憶やスキルを受け継げるのよ。世間じゃスキルイーターって呼ばれてるんだけど知らないの? 結構有名だと思うんだけどなぁ?』
『冗談を言うな! スキルイーターなんて災厄指定されてるSランク魔獣だぞ⁉︎ こんな洞窟にいる筈無いだろ!』
『はぁ……君程度とこれ以上話しても仕方ないか。ちょっと眠ってて? 私は面白いショーが見たいの』
瞬時に腕の鞭を振るい、アミーレと同様にアルガスを気絶させる。次に魔獣は恐怖で身体が固まっているナキラの元に向かい念話を送った。
『ねぇ、ゲームをしない? そこに転がっている女は君の仲間なんでしょう?』
魔獣の能面の様な口元に亀裂が入り、三日月を描く様に『にやあぁぁっ』と大きく吊り上っていく。愉悦に浸っているのが嫌でも伝わった。
『あ、あぁ。俺はどうなっても構わない……仲間を助けて欲しい』
『でたでたぁぁ! 毎度毎度お決まりの台詞だね。貴方達はみんな最初そう言うのさ。出来もしないくせにね?』
『何を言う! 騎士の誇りを馬鹿にするな!』
ナキラは自らの騎士道が侮辱されたと憤慨し、『念話』で咆哮した。
『じゃあゲームをしようよ。あなたはあの寝ている女をひたすら犯し続けるんだ。それが出来ている間は命を奪わないであげるよ。大丈夫。私は好都合でぴったりなスキルを持ってるからね!』
『はぁ⁉︎ 一体何を言っているんだ? 俺がそんな事をする訳が無いだろう!』
『まぁまぁ。取り敢えず準備をするから、大人しく待っていてよ?』
スキルイーターは気絶しているアミーレに近寄り、スキルを発動させた。
「『感覚倍加』っと!」
そして、次はナキラに向けてスキルを発動した。
「続いて『
「お? おおおおおおおおおおおおおおおおお〜〜⁉︎」
突然獣の如く吠えたナキラの視界が真っ赤に染まった。アミーレに飛び掛かると服を破り、身体を貪り尽くす。
「ははっ! 騎士道は凄いねぇ⁉︎ 約束通りその女を犯し続ける限り生かしてあげるよ! 何日持つか楽しみだなぁ!!」
己の意思なぞ皆無だと言わんばかりに狂わされた思考の中で、ナキラは血涙を流しながら
スキルイーターは逃げ道を塞ぐように糸を巻き続け、通路の入り口に巣を作ると、アルガスをショーの観客として壁の突起に縛り付ける。
その後、寝転がって嗜虐の笑みを浮かべ、
暫くして目を覚ましたアルガスは脱出しようと暴れるが、糸を千切れず次第に抵抗する意思を失っていく。
身体に違和感を覚えて目覚めた後、アミーレは現状を理解出来なかずに泣き叫ぶしかない。
「お願い! やめてナキラァ〜〜!」
最初は叫びながら手足をバタつかせて抵抗していたが、自然と時間が経っていくうちに何も語らなくなった。
虚ろな瞳をした、不出来な人形の様に痙攣するだけの存在に成り下がる。
アルガスは悟ったのだ。『俺達の人生は終わったのだ』、と。
冒険者達の絶望が洞窟内を支配する中。スキルイーターだけが腹を抱えて、キャッキャと笑い転げていた。
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