【第3章 王都シュバンでの冒険者生活!】

第35話 初めまして魔王様。プロポーズはお断り致します。

 

「どうしてこうなった⁉︎」

 俺は困惑していた。鋭い剣撃が迫り、鉄剣は耐えることなく叩き折られてしまった。常闇の宝剣と紅く煌めいた魔王の長剣が、激しい金属音を立てながら斬り結ぶ。


 暫くして突然背後へ退いた魔王様は剣を下げ、俺に冷ややかな視線を向けた。


「お前は双剣使いなんだろう? 興が冷める。もう一本剣を用意せよ」

「気遣いは嬉しいけど、やっぱり魔王様と戦う意味がわからないです」

 俺は心底面倒くさそうな顔をしたが、瞳はある一点のみに集中している。


(絶対手に入れてやるぞ〜!)


 __________


 数時間前に時は遡る。レイア達は王都シュバンが見えてくると、白竜姫状態のディーナから降りた。

 目立たぬ様に人化して貰い、打ち合わせをしながら徒歩で進む。


 正門の前では兵士達の検問が行われており、商人や旅人の列が出来ていた。見るもの全てが物珍しいレイアは、人間観察を楽しみながら列に並んでいた。


「やっぱり村と違って色んな人がいるね! 楽しみだなぁ!」

「姫は本当に魔人や獣人に偏見が無いんだなぁ。安心したが」

 アズラは安堵した表情浮かべる。異世界に来たのだと興奮するだけで、レイアは一切種族など全く気にならなかった。


「あの子モフモフしたいなぁ〜!」

 獣人に至っては涎を垂らしながら、だらしない顔で見つめている程だ。もちろん女性や子供限定だが。


「妾も人がたくさんいる場所なんて普段来れんからのう。年甲斐もなくワクワクしておる!」

(いきなり国へ、竜王がポンポン遊びに来たら洒落にならんだろう)

 アズラは苦笑いしながら、複雑な表情をディーナへ向けた。女性二人は、頭をすっぽり隠せる深いフード付きのローブを纏っている。


 絶世の美姫が並んでいる姿は目立ちすぎて騒ぎになると、アズラが急いで用意したものだ。

 行列に加わろうと最初に話しかけた商人は、二人を見るなり鼻血を吹き出して気絶してしまった。


 自分達の美貌に自覚も無いし、男を誘惑する事など興味もない二人は「変な人だねぇ?」と、指を指し、ケラケラと愉快に笑っている始末。真面な感覚を持つアズラだけが、獅子奮迅の働きを見せていた。


 ーーそんな中、漸く自分達の順番が来て兵士が話しかけてくる。


「次! 身分証を見せろ!」

 その瞬間、女神と白竜姫は焦燥感に苛まれた。顔を近付けて内緒話を始める。


「ディーナって身分証とかあるの? 俺は無いよ!」

「あるわけがなかろう! 妾は竜じゃぞ! 身体が身分証と言って変化するのはどうじゃ? わかりやすかろうて」

「馬鹿なの? こんな所で変身したら正体がバレて追い出されちゃうじゃん! それならいっそアズラを囮にして、強行突破するほうが確率は高い!」

「主様は天才か⁉︎ なるほどのう、四百年以上生きた妾もそんな軍師の様な策は思いつかなんだ……」


「四百歳⁉︎ そっちの方がびっくりだよ! とりあえず奴にバレたら作戦は失敗するから、気付かれない様に背中に回り込んで兵士にぶん投げよう!」

「了解したのじゃ。我が主様は知恵が働くのう! 惚れ直すのじゃあ〜!」


 ーードゴッ!!

 顔を寄せて相談を終えた二人の頭上へ、突如拳骨が降り下ろされる。


「「痛い〜〜!」」

「聞こえてんだよね。さっきから小声でもばっちり聞こえてんだよね。なになに? 俺を囮に強行突破? 知恵が働く? 惚れ直す? 知恵が働くなら、まずは俺の肩書きを思い出せやあああああぁっ!!」

 レイアは顎を撫でながら悩んだ挙句、閃いた肩書きを素直に答えた。


「ツッコミ担当?」

「違うわボケが! 騎士部隊隊長じゃい!!」

 アズラの反応の速さを見て、レイアは嬉しそうにウンウンと大きく頷く。

(こいつの武器ツッコミは錆びついてないぜ!)


「とりあえず通してくれ。まさか俺の顔を忘れたわけじゃねぇだろ?」

 自信満々な男の様子に対して、兵士達が疑惑の視線を向ける。まるで不審者扱いだった。


「……悪いが見覚えが無いな! 最近、同様の手口の詐欺被害もあったと聞いている。大人しく身分証を提示せよ!」

「あぁん? 俺様に向かって身分証だぁ? あるわけねーだろそんなもん! この顔が今まで身分証みたいなもんだったろうが!」

(雲行きが危うくなってきたな)

 レイアはディーナとアズラに合図を送り、一度退くことにした。


「なんだ? あいつら俺の顔を忘れてやがる。この国に何か起きてやがるのか? まさか洗脳⁉︎」

 神妙な面持ちで、アズラは頭を抱えて悩んでいた。


 女神と白竜姫は見つめ合い、憐憫の眼差しを向ける。

((なんて役に立たない奴……))

 出会って間もないが、既に想いは通じ合っていた。


「ねぇ、身分証はどうしたの? この国の人なら持ってるんでしょ?」

「んなもん捨てたか無くしたよ! この国で俺の顔を知らないやつの方が少ないっての! きっと何かとてつもない陰謀が巻き起こっているんだ。二人に協力を頼みたい!」

「顔、かぁ……」

 レイアは何かが引っ掛かり、頭を捻って悩んでいた。背後からはディーナが後頭部を胸に埋めるように抱き着いていて、とても柔らかい。


「ハッ⁉︎ もしや!」

 ピカッと閃くと同時に皮袋から毛皮を取り出す。以前深淵の森で狩ったフォレスウルフの毛皮だ。

 ーーチクチクチクチク。

 女神は毛皮を切ったり貼ったりしながら、何かを作り始める。


「出来たっ!」

 暫くするとアズラの方に向かい、口元だけを避けたフォレスウルフの毛皮製『つけ髭』をくっつけた。

 おっさんが再び蘇り、レイアは何故か猛烈に嬉しかった。少し涙ぐむ程に。


「なぁ……まさか髭がないから気づかれなかったとか言わないよなぁ?」

「言うに決まってるじゃん! みんなが知ってて帰りを待っているのは、アズラじゃなくておっさんなんだよ! きっとこれで城門も通れる!」

「妾にはよくわからんが、お主髭を付けると一気に老けこむのう……」

 レイアが自信満々に右手の親指を立ててサムズアップをかますと、アズラが額に青筋を浮かべつつ吠えた。


「んなわけねぇだろうが! 髭が無くなっただけで認識されないとか、どんだけ髭の主張強いんだよ⁉︎ なにか? 俺の髭は『王の髭』とか伝説アイテムなのか? ーーってんなわけあるか! 馬鹿言ってねぇで真面目に考えてくれや姫様よぉ!」

 女神はその恫喝に愕然とし、顔を伏して膝から崩れ落ちた。


「ほ、本気で、真剣に、考えたのに……」

「こやつは酷いのう? 主様に知恵ある事を僻んでおるのかも知れぬわ。小さき男じゃな」

 良かれと思って行った行為を否定され、怒鳴られる。女神の心の傷は如何程のものか。ウルウルと悲哀の表情を浮かべていると、後ろから抱きついているディーナに撫でられ、再び巨乳に挟まれる。

(あぁ、柔らかい……癒されるぅ)

 二人の美姫から責められた魔人は、沈黙せざるを得なかった。


「わ、わかったよ。とりあえずこれで正門を通れなかったら、別の方法を考えような? な?」

 絶対の自信を持ちながら、女神は力強く頷いた。


 ___________



 三人は再度正門の前に近づくと、少し離れた場所から兵士が叫ぶ。


「隊長がお帰りなさったぞ! 皆整列しろ!」

 アズラの目頭には涙が溢れ、主人はドヤ顔だった。その横でディーナは、

「主様は天才なのじゃ〜!」

 眼を輝かせ、感動と共にレイアを抱き締める。


「隊長お帰りなさい! 魔王様より隊長が戻った際はすぐ城へご案内する様にとの命を承っております。お連れの方も一緒によろしいでしょうか?」

 レイアとディーナは瞬時にお互いの顔を見合わせ、手を振りながら答えた。


「「行ってらっしゃい! 街で待ってるね?」」

 面倒くさそうだし、早く観光がしたいと以心伝心をマスターする。


「この二人は魔王様への客人だ。丁重に持て成すように」

 対して、アズラは自分だけを見捨てて逃亡させてたまるものかと、華麗にスルーした。


「はっ! 畏まりました!」

 兵士が緊張しつつ敬礼し、三人を城内へ案内する。


「チッ! さっさと終わらせてくれよ」

「良い匂いが遠退いていくのじゃあ〜」

 脱出に失敗したレイアは舌打ちして、ディーナと渋々ついて行った。最低の主である。

 暫く歩くと大理石で作られた豪華な白い魔王城が見えてきた。


「ほほおぉ〜でっけぇ! あれが魔王の城かぁ」

 女神は城の巨大さに呆然とする。場内へ案内されるとアズラが先頭に進むのだが、立場からか偉そうな態度を振舞っていた。


 階段を昇り廊下を歩いていると、三メートル近い大きな扉の前で兵士の緊張感が増して行くのが伝わる。

「ここが、謁見の間で御座います」

 三人にお辞儀をして、警備兵に事情を伝えると去っていった。


「この先に魔王様がいる。二人共、失礼の無いようにな」

 アズラの強張った顔を見つめながら、扉を開けて部屋の中へと進んだ。


 そこは漫画に出て来そうな煌びやかな玉座の間だった。レッドカーペットが敷かれ、クリスタルで作られた四体の神獣の象が四方に置かれている。

 大理石の輝きが玉座の宝石を更に彩っていた。


 直様アズラが膝を落として頭を垂れるが、レイアとディーナは仁王立ちしたまま動こうとはしない。女神と竜王が自ら頭を下げる事などある筈も無かった。


 アズラを無視して玉座をフードの隙間から盗み見すると、黒髪に深紅の瞳、二本の角、豪華な鎧に身を包んだ魔王ビナスがこちらを見つめて微笑んでいる。

 年齢は二十代前後で、髪の色からか日本人の様にも見えた。


 隣にはローブを着た一本角の背が高い男が立っている。話を聞いていた参謀のミナリスだろうと予想した。眼鏡をかけて頭は良さそうだが、何やら不機嫌な面持ちをしている。


「ぐぬぬっ!」

 どちらも容姿端麗なイケメンであり、レイアは嫉妬の炎を燃やしていた。

(イケメン死すべし!)

 その不屈の精神は変わる事はなかったのだ。そんな最中、魔王ビナスが柔らかい口調で語り掛けてくる。


「我が騎士アズラよ。長旅ご苦労であったな。面を上げよ」

「はっ!」

 女神の騎士はその言葉を受け、緊張の面持ちで立ち上がった。


「帰ってきたという事はそなたの問題が解決したという事であろう? 良くぞ己の迷いを打ち砕き、再び舞い戻ってくれた。我は貴君を誇りに思うぞ。これからも国を守る刃として尽くしてくれ」


 アズラの表情がみるみる青褪めていく。一方、銀髪の主人は額に青筋を浮かべた。

(あぁん? 誰がお前の騎士だ! そいつは俺の騎士だっつーの馬鹿がっ!)

 脳内で啖呵を吐き捨てていた。無言は貫いているが、徐々に苛つきを隠せずにいる。


「魔王様。実はお詫びをしなければならない事が御座います。私は貴方様の騎士にはなれませんでした。とある事情から、このお方の騎士として今後仕えていく事を決めたのです」

「…………?」

「剣はもうこの様に姿を変えてしまい、お返しする事は出来ません。罰をお与えになるのであれば、如何様にもお与えください。この方に捧げる命以外であれば、何でもお受け致します」

 魔王ビナスは冷静な表情を崩し、驚愕に目を見開いた。隣ではミナリスが怒りに震えている。


「成る程。まずはその事情とやらを説明せよ」

 アズラは魔王の言葉に応え、これまでに起こった事をレイアの秘密を伏せたまま説明する。


 己の職業が眼前の怪しい者に仕える事で騎士になったと言われては、魔王もどう口を挟んで良いか判らずにいた。


「レイアとやらとその従者よ。フードを取り顔を見せよ。魔王様の前で不敬であるぞ!」

 参謀のミナリスが不機嫌さを全開にして命令する。


 二人はその口調に多少苛つきもしたが、大人しくローブを脱ぎ姿を露わにした。その瞬間、魔王とミナリスは顎が外れそうな程に口を大きく開けたまま固まっている。


 ローブから解放され、突如絶世の美女が現れたのだ。並び立つ事で美しさが倍増され、見つめているだけで鼻血が吹き出そうだった。


「あの〜? どしたの魔王様〜?」

「はっ! あ、あのだ、な! わ、わ、我の妻となるがいい!」

「はぁっ⁉︎ なに馬鹿な事を言ってるんですか魔王様! アズラ、今まで通り魔王軍に仕えてくれ。今後この方には私が仕えよう! 魔王様、今までありがとうございました。貴方様に仕えさせて頂いた日々……楽しかったです。決して忘れません!」

「あぁん? 抜けがけかミナリス? 殺すぞ? 貴様は黙って地図でも書いとけや。眼鏡野郎が!」

「はんっ! 私がいないと軍も編成出来ないサボり魔が黙りなさい! 最早私はあなたの部下では無く、この方達の配下。言う事を聞く道理はありませんな!」

 レイアとディーナを置いて、勝手に話が進んでいた。先程までの冷静沈着な様子は微塵も感じられない。


「そうか! レイアよ、勝負して我に負けたら妻になれ! そうすればアズラの問題も解決して、お互いに万々歳だろう?」

 なにやら魔王様と参謀様が暴走していらっしゃる。レイアは無視して帰ろうと扉の方へ歩き出すが、背後から途轍もなく強大な威圧を感じとった。


 振り返った先には魔王ビナスが紅く煌めく長剣を構え、今まさに襲い掛かろうとしていたのだ。


 __________


 『物語は冒頭へ戻る』


 俺は嫌々そうな顔をしていたが、先程から視線は一点を見つめて離さない。ある狙いがあったのだ。


(あの紅い剣……百パーセントSランクだ! 絶対欲しいぞ黒と紅の双剣! 最高にカッコイイ!!)

 紅を自分の名前にするほど好きな俺としては、何としても魔王様が手にしている紅剣が欲しかった。


「レイアよ! 我が妻となれえええええええええええっ!」

「じゃあ俺が勝ったらその剣頂くからなああああああっ!」


 こうして、魔王様と欲望だらけの戦いが始まった。

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