閑話 アズラ、悩む。

 

「……どうしたもんかなぁ」

 ビッポ村での最後の夜、宿屋の一室で俺は頭を抱えて悩んでいた。遠い目をしながら、独り言をブツブツ呟きつつ今後の出来事を考え込んでいる。


「魔王様になんていやぁいいんだ……殺されたくねええええ!!」

 本来魔人であり、魔王軍第一騎士部隊隊長である俺が仕えるべきは魔王「ビナス」だ。

 なのに女神の騎士として忠誠を誓った今、どうしたら良いか悩んでいた。


 魔王様から賜った護帝の剣はレイアとの契約による天界の祝福で護神の大剣へ生まれ変わっている。これでは言い訳のしようがない。


「魔王様はまだいいんだ、心が広いから許してくれるはずだ。結構そこらへん無頓着な所もあるしな。問題はミナリスだ。絶対裏切り者扱いして殺そうとしてくるな……」

 俺は奴ならやる、絶対殺ると確信している。


「最悪、人族か獣人族の国に逃げるしかねぇか。今は戦争もしてないらしいし、命を狙われるよりましだろ」

 この魔王が統治する国レグルスは強力な魔獣が出るダンジョンや森の奥地にあり、他国との国交を極力絶って、魔人や獣人が助け合い暮らしている。


 人間と魔人の違いは角や肌色の外見と、寿命のみで大きな違いはなかった。しかし、どんな世界にも偏見や差別は蔓延している事に変わりは無い。


 獣人は獣とのハーフで、様々な特性を持っているが荒々しい性格なのは種族内の一部のみで、戦闘好きは多いが面倒見がいい優しい種族だ。


 エルフは神の眷族とも言われ寿命も長く、魔力量の多さから己以外の種族を見下す傾向にある。そのせいで人族と対立し、争いが起こる事も多かった。


 ドワーフは脳筋な種族で、鍛治や珍しいモノの為なら興味を惹かれたら基本的に何でもする。そしてテンプレ通り身体は小さい。

 大人でも身長は百四十センチにも満たず、一応国はあるが基本的に鉱石や素材を求めて世界中に飛び散っていた。

 俺はいずれだがレイアが望むなら、どこか他の国へ行くのだろうと覚悟は出来ている。


「とりあえず、冒険者をやりながら修行しないとなぁ。確か城の書庫に闘気に関する本もあったはずだ。姫の隣にいる為には覚えるしかねぇ」

 今回の戦いで俺の主人は強くなり過ぎていた。だが、それはまだいい。問題は姫が困難な敵と対峙した時に、己の未熟さから共に背を預け戦えない事だ。想像しただけで背筋が凍る様な悪寒が奔る。


「嫌だ。それだけは絶対に認められない」

 俺は血が滲む程に強く拳を握りしめた。


 そこへ、ドアをノックしてレイアが突然部屋へと訪れる。俺はどこか寂しそうな陰りを見せる表情の姫になんて声をかければいいかわからず、無言のまま時が流れた。


「こんな時間にどうしたんだ? 何かあったのか?」

「……いきなりごめんよ。これからもアズラと仲間として旅をするんだから、今更なんだけど伝えたい事があってさ」

「おう。姫の言う事ならなんでも聞いてやるぞ! どんとこい!」

 勢い良く胸を叩いて元気づけるつもりだったのだが、思った以上に事は深刻そうだ。


「俺さ、女神様に言われたことがあるんだ。どうか、新しい人生を悔やまず生きてください。あなたは人の死に弱い。出来るなら持てる力で、数多くの他人ではなく自らの周りの大切な命を救えますようにって。この言葉をしっかり受け止めてちゃんと意味を考えていれば、今回みたいに色々な人を傷つけずに済んだんじゃないかって……」

「…………」

 俺は何も発さない。主人が悩んでいる問題に対して、軽はずみな言葉は掛けられないからだ。熟考した後に、必要だと思う自身の意見を述べた。


「確かに失った者も、哀しませた人もいる。だが、それでも今回の事件は守れた者の方が多い筈だ。それでもまだ己の未熟さを嘆くと言うのならば、一緒に強くなろう。我が姫よ」

 こんなありきたりな答えで良かっただろうかと俺が顔を伏せていたら、女神は穏やかな口調で信じられない台詞を吐いた。


「じゃあ、これからも死なないで俺を守ってくれよ? 我が騎士アズラ……」

 言っては見たものの予想以上に恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にするレイアに対して、俺は勢い良く立ち上がって、胸の前に護神の大剣を翳す。


「あぁ! 当たり前だ! どこまでも守ってみせるさ、俺は姫の騎士だからな!」

 月明りが綺麗な夜。目の前には美姫が居て己を守れと言う。俺は武者震いの様に喜びから身体が震え、気合いが入った。もう恐怖や不安など、何処にもない。


 レイアが部屋を去った後、興奮が収まらない俺は只管に大剣を振り続けた。二時間後、汗だくでベッドに倒れこむ。

 酒はもういらない。清々しく悩みは晴れて、熟睡出来たのだから。

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