第29話 絶望した人が復活するなんて時に必要な理由は、案外単純なものである。

 

「違う。ナナ……もう一度だ……」

 俺は一周目の失敗を認められなくて、ひたすら別の可能性を求めナビナナと演算を繰り返していた。だが、どう考えても犠牲は出る。


 現実を知った時、諦めたくてまた泣けて来た。絶望が背後から迫ってくる。『セーブセーフ』を使ってしまい、もうやり直しはきかない恐怖が自然と身体を竦ませた。

 立ち上がれない程の、無力感と虚脱感に苛まれる。こんな気分を味わう事になるなんて思ってもいなかった。


 そんな時に、ふとドアが開いたような気がして顔を上げると、目前には心配そうな顔をしながら俺を見下ろすアリアが立っていた。


「だい、じょうぶ?」

 アリアはここ数日で、随分言葉をはっきりと話せるようになってきている。


「大丈夫じゃ、ない……」

 弱々しく項垂れてしまう。先程の光景がフラッシュバックして、真面にアリアの顔が見れなかった。申し訳無さと後悔に、歯を軋ませる。

 すると、アリアは少し考えるようにして俺から距離をとった。


 ーーシュルルッ、パサッ。


「一体何……を?」

 何かを脱ぎ捨てるような音がして顔を上げると、アリアが上半身裸になっていた。


 俺はまるで意味がわからないと目を見開くが、こちらへ静かに近づいてきて、自分の豊満な胸へ顔を埋めさせる。うん、気持ち良いな。


「大丈夫……だい、じょうぶだよ……」

 小さな手でゆっくりと俺の頭を撫でながら、何回も、何回もその言葉を耳元で優しく囁いてくれる。


 もう、流石に枯れ果てたと思っていた涙がまた溢れてきて、アリアの身体に包まれながら、ひたすら泣き続けた。

 暫くして落ち着きを取り戻してきた頃、突然両手で顔を掴まれ強引に引き上げられた。


 次の瞬間、俺の唇にアリアが唇を重ね、舌を絡め出す。少女とは思えない濃厚なキスだ。


「んむうううううううううっ⁉︎」

(俺は何をされてるんだ? 一体何故この状況でこうなるんだ? でも柔らかい、とにかく色々柔らか〜い)

 無意識に右手が動いて、少女らしからぬ胸も揉ませて頂いた。


「あぁ……柔らかい……」

「プハァッ! はじめて、いただき……」

 アリアは唇を離し、耳元へ妖艶な口調で囁く。この子、何処でこんな事を覚えたのだろうか。


「げんき、でた?」

 俺は困惑しながらも、コクリと首を縦に振り何度も頷く。


「うんっ! 出た! 超元気でた!! 俺、まだ頑張れる!!」

 そんな俺を見つめ返すと、アリアは嬉しそうにモジモジと照れながら微笑んでいた。可愛いな。


 難しく考えていたのが馬鹿らしいと思える出来事に、本当に力が戻ったような高揚感が湧き上がっていた。MPが切れているのも、『セーブセーフ』が使えないのも、竜達が攻めて来るのも変わらない。


 だが、俺はまだ立ち上がれると身体中に自信に溢れている。


「……単純だね。マスター」

(ナナが呆れているが気にしない! 今は難しく考えちゃ駄目なんだ!)

 俺は迷いを振り切る様に頬を叩いて、気合いを入れ直した。


「アリア、ありがとう! もう一度頑張るから!」

 少女が笑顔で手を振る。一周目の光景がちらちらと脳内を掠めて眉を顰めそうになるが、今止まったらもう歩き出せない気がした。

 俺は先程の戦闘パターンの検証で、『ある理由』から不可と判断した一番可能性の高い作戦の為に、準備を始める。


「ナナ、ステータスを」

 基本的な数値は変わらないが、やはり『黒炎』『火球』『シンフレイム』のスキル二つ、魔術一つが加わっていた。

 これがあの黒竜と赤竜が放った合体技の正体だと、ナナとの脳内シミュレーションで判明している。


(作戦には、絶対この新しい力が必要不可欠だ)

 俺は『ゾーン』を起動し、集中力を最大限に高め、ナビナナの演算能力をフルに発揮する準備を整えた。


『ニつのスキルを、一つの新しいスキルとして統合する』

 それはリミットスキルを生み出すも同然の作業で、神以外に成し得ることの出来ない奇跡だ。


「まああああああぁざあああああぁれええええええぇっ!!」

 目前では黒炎と赤炎が絡み合い、捻れ、少しずつ混ざり合っていく。だが、その間にも掌は焼き焦げて、髪がチリチリと燃えながら異臭を放っていた。


「ぐうぅぅっ! やっぱそう簡単にはいかないけど……諦めてたまるかぁ!」

 十分以上炎と格闘した果てに生まれたのは、リミットスキル『黒炎球』。

 これをレンズのような媒介として竜の吐息ブレスを収束し、何倍にも威力を高めて放つのが竜達の合体技だ。


 理論さえわかれば技を真似するのは簡単だと思ったが、ナナとこの技を更に進化させる為に、並列思考で計算し続ける。


 それと同時にクリアしなければならない大きな問題は、肝心のシンフレイムを撃つMPが今の俺には無い事だ。

『セーブセーフ』の影響で、二周目の時間も最初はMPが空だ。自然回復を待っていられる余裕は無かった。

 俺は急いで宿を飛び出し、確率の高い村長の家へと向かう。


「急にごめんねハビルさん! 誰かMP回復薬とか持ってない? どうしても必要なんだ!」

 ハビルさんは表情で答えが分かる程に、申し訳なさそうな顔をしていた。


「MP回復役はとても貴重なものでして、この村には現在ございません。我々の為に尽力してくださっているのに、誠に申し訳御座いません……」

 俺は気にしないでと微笑み会釈した後、顎を抑えながらとりあえず唸った。だが、思考を止めてはいけない。作戦の為に次の行程に進むのだ。


 そう、アズラを『完全』に手に入れる。仲間なんて絆じゃ足りない。今こそリミットスキル『女王の騎士』を使う時だ。

 俺は無謀な賭けだが、アズラを信じて挑むしかないと覚悟を決めた。


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