第30話『女神の騎士』

 

 アズラは瞑想しながら集中力と気を高めていた。これから起こる戦いで自分は死ぬだろう、と。

 過去の出来事を思い出し、懐かしみながらも後悔していた。


(強さのみを追い求め、誰かを守るために剣を振るった事はあっただろうか?)

 強大な魔力を有する魔王に対して、守る必要があるのか疑問に思っていたのも事実だ。


 だが、今ならわかる。守らなきゃいけないのでは無く、守りたい。そう、己自身が願うから守るのだ。

 アズラは生まれて初めて、心から騎士の在り様を刻みつけていた。


「レイアを守りたい。あの小さな女神を泣かせる事がないよう、あの子にとって大切な存在を守りたい。俺の命に代えても……なんて、本人の前じゃ言えねぇわな」

『セーブセーフ』一周目の世界で、すでにこの境地に達していたのだ。レイアが素直に手助けを望めば、快く隣で大剣を構え、一緒に竜へ立ち向かった事だろう。

 レイアはリセットした後も、それに気付けなかった。


『自分を守ってくれる存在』


 その姿をアズラに重ねられなかった故に、露わになった脆い精神は、未だにリミットスキル『女王の騎士』が発動出来るのかという不安に苛まれていた。


 ーーコンコンッ!


「アズラ、入るよ」

 アズラの部屋の扉がノックされると、続いてレイアが真剣な顔付きで入ってきた。広場で話していた先程までと纏った雰囲気が異なる様子に、アズラは何かあったのかと首を傾げる。


「どうした? 表情に余裕が無いぞ。何かあったのか?」

「と、突然こんな事を言うのは驚かせるかもしれないけれど……アズラ、あなたの全てを俺に捧げて欲しい!」

 リミットスキル『女王の騎士』は、対象一人のみにしか発動できず、忠誠を捧げて貰わなければ契約できない。

 日頃、己を叱咤するアズラの態度から、契約は無理ではないかという疑念が渦巻いている。


 一方、レイアの言葉を受けてアズラは混乱していた。


(こいつはいきなり何を言い出すんだ? ふざけているのか? またからかわれているんじゃないか? しかし、今はこんな状況だ……さすがに冗談は言うまい。そうなると、導き出される答えは一つか……)


「それはもしかして、俺に騎士として忠誠を誓わせると言う事か?」

 目の前の少女は頷くが、その表情には陰りを見せている。


「それは今までの関係性を崩すぞ? 例えレイアが望まなくなっても、俺はお前に仕え、生涯守り続けると誓わねばならない。お前は王じゃ無いんだ。個人に仕えるというのは、一生を約束した主従になるのと同様なんだぞ?」

「……わかってるよ! 俺では不服だろうと言う事も。でも……ごめん。アズラが必要なんだ! もうアリアを失う訳にはいかないんだ! 頼む! 俺と契約を!!」

 レイアは嘘偽りない本心と思いの丈をぶつける。


(ん? 契約ってなんだ?)

 アズラは疑問を抱いたが、レイアの固い決意を聞いて微笑んだ。元より答えは決まっている。


(騎士になれなかった俺だ。最後くらい自分の思うように騎士を演じてみても構わないだろう? なぁ、魔王様……)


「失敗しても知らねぇぞ。俺は騎士になれなかった男だ」

「大丈夫。俺を信じてくれれば、きっと成功する!」

「がっかりすんなよ?」

「しない。お前が俺を信じてくれる限り、俺は絶対にアズラ以外の騎士を作らない!」

 アズラは天井を見上げて瞼を閉じた。覚悟を決めたのだ。


「畏まりました姫。では、騎士の誓約を我にお与えください」

 ロリ女神は頷いて一歩前に出る。スキルを発動させる為に、適当な真似は出来ないと気合いを入れ直した。


「汝の剣を前へ」

 眼前に跪いたアズラは、両手で護帝の剣を差し出す。レイアは鞘から剣を抜き、左手の甲を軽く切って血を滴らせた。


「我が騎士アズラよ。血の契約をもって、汝、我を守り、我に尽し、己が生涯支え抜く事を此処に誓え。依存なくば、忠誠の口づけを」

「はい。我が女神に忠誠を誓います」

 アズラが伏せていた顔を上げると、レイアの血が滴る手の甲に口づけを交わす。


「ここに契約は成った。汝を我が『女神の騎士』とする。天界よ! かの者に祝福を!」

 女神の宣告を受けて、魔人の身体が金色の光に包まれた。護帝の剣と大剣が重なり合い、一本の新たな大剣へと生まれ変わる。

 それは神の鉱石、ルーミアを混ぜ合わせた神剣の一振り。大剣は空中から煌々と輝きを放ち、レイアの両手へと横たわった。


「名を『護神の大剣』と名付ける。我を守り続ける限り、この剣は汝の力となり続けるであろう。受け取れ」

 アズラが両手で大剣を掴むと、溢れ出る神気が肉体へと流れ込んだ。


「女神様にこの大剣と共に、一生の忠誠を誓います」

 その誓いの直後、魔人は己のステータスを見る。


【職業】

『女神の騎士』


 伏せられた職業に新たな文字が浮かんでいた。アズラは尽くすべき主人に漸く出会えたのだと泣いた。目頭を片手で塞ぎながら笑い続け、滝の様に涙を溢れさせ続けた。

 そして、今の自分は何者にも負けないという絶対の自信が湧き上がる。


「ありがとう。我が姫よ!」

 その言葉を受け、レイアはにっこりと感謝を込めて微笑むが、その心中は穏やかでは無い。


(どうしよう、やっぱりこんなアズラ気持ち悪いな)

 ちぐはぐな主従関係が、ここから始まった。

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