第28話 レイアの失敗。

 

「様子見はやめだ。黒竜相手に全力でどこまで戦えるかを検証したら撤退するよ!」

 レイアはナナに指示を出し、闘気を練り上げると『剣王の覇気』、『限界突破』を発動させて『ゾーン』を起動する。

 黒竜が先程と同じブレスを吐くが、それはもう見たと軽々避け、双剣を交差させた。


「くらえ! 『風神閃華!!』」

 身体がデカイ分、黒竜を竜巻と無数の閃刃が切り刻む。


 血が吹き出ている様子から、鱗をしっかりと削れていると確認出来た。黒竜の側面に周り込むと腹を横薙ぎし、また飛び上がって逃げる。ヒット&アウェイで黒竜の体力を削った。


 黒竜も爪を振り上げ、飛び回る標的レイア切り裂こうと試みるが、動きが早すぎて定まらない。


「いい感じだね。このまま倒しきっちゃおう!」

「マスター! 二十メートル先に赤竜! ブレスがきます!」

「ーーーーッ⁉︎」

 突如、とてつもない質量の炎の螺旋が襲いかかる。レイアは咄嗟に『女神の翼』を解除し、『結界』で防御したが、威力が高くて堪えきれずに吹き飛ばされた。


 落下していく中、『女神の翼』を再発動し、地面スレスレを滑空しつつ、二対一の状況をどうするか考える。

(撤退か、交戦か……)


 ーーヒイイイイイイイイイイイイイイイィン!!


「ん? 何の音だ?」

 レイアが木々の隙間から顔を出すと、黒竜と赤竜が互いに近くに寄っており、お互いの中心に直径二メートル程の黒い炎球を練り上げていた。


(確かに大きいけど、あんなもの『ゾーン』で軌道を予測すれば、余裕で避けれるな)

 宙に飛び上がり、『風神閃華』を二匹まとめて食らわせる為に双剣を構えた直後ーー

「えっ……⁉︎」

 ーー熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱いいいいいいいいいいい⁉︎

 気付くのが一瞬遅れる程の間に、女神の右足の膝から下が消失していた。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」

 レイアが十歳の幼女の如き悲鳴をあげる。意識が混濁する程のダメージと衝撃を受け、思わず地面を転がった。


「マスター! 落ちついてください! あの『黒炎球』は収束した『竜の吐息ブレス』をレーザーの様に放ちます。速すぎて予測が立ちません。撤退を!!」


「ぐうぅ〜! わかった!」

 次の瞬間、再び光線が放たれた。レイアは避けるのが間に合わないと思わず目を瞑ると、いきなり何かに身体を押し倒された。

 熱線に焼かれる事を覚悟していたが痛みが襲ってこず、恐る恐る瞼を開けると眼前の事実に絶叫する。


「アリアぁぁぁぁぁぁあ! 何で! 何でここに⁉︎ あぁ、酷い背中がこんなに! なんで! なんでぇぇっ⁉︎」

 背中を焼かれ、瀕死のアリアがレイアを守るように被さっていた。女神は混乱する。思考がグチャグチャで纏まらず、ナナが何かを叫んでいるが聞こえないのだ。


 早くリセットして戻らなければならないのに、それにすらショックを受け過ぎて気づけない。絶望と後悔が襲いかかり、挙げ句の果てにはポロポロと涙を溢れさせて泣き出した。


「ごめん! ごめんねアリアぁ……俺が馬鹿じゃなきゃ……こんな事になんか」

 ドラゴン達はそんな人間を嘲笑うかの様に次の熱線を放つが、レイアは無反応だった。

 ナナが必死に声を張り上げて警告するが、虚無感で涙が止まらなかった。力が出なかった。声が出せなかった。


 ーーガキィィィィンッ!!

 金属音が周囲に鳴り響き、大剣がレーザーを逸らす。そこにはアズラが鬼のような形相をして、立ちはだかっていた。

 レイアはその姿を目にして尚、自分はもう無理だと心が折れて懇願する。


「アズラぁ、助けて? アリアが……俺が馬鹿やって……ごめん、助けて、助けてぇ……」

 足に縋り付く惨めな姿。アズラが初めて見る幼女の嘆き。

 もう既にアリアは息をしておらず、虚無感が女神の思考を黒く染め上げて、何も考えられない。


 アズラはそんなレイアを無言で抱きしめ、力強く頷く。今、目の前にいるのは一人で竜に挑み、敗れた幼女。友を失い、泣くだけのか弱い人間なのだ。


(誰がこの子を守ってやる? 今この場にいるのは俺だ。ならば己の全てを賭けて守ろう……)


「この命に賭けて、守ってやる!!」

 その瞬間レイアの左手が薄く輝いていたが、泣き続けるだけで気づかない。そこからの撤退戦は、酷い死傷者を出した。


「女神様を救え!!」

 駆け付けた村の若い連中は、竜の攻撃から肉壁になる為だけにブレスに飛び込み死んでゆく。

 レーザーに左腕を焼かれたアズラは、片手で獅子奮迅の活躍を見せ、何とか黒竜を討伐したがダメージが大きい。

 背後に控える地竜達は様子見するだけで、死んだ人間を食らうのに必死だった。


「ギャ、ギャ、ギャ〜〜ッ!」

 威嚇する気など無く、地竜の咆哮はまるで、歓喜の声を上げているようにも聞こえる。


 レイアは流す涙も枯れ果て、無言でアリアの死体を抱いていた。もうナナの声が聞こえる程の冷静さは取り戻していたが、瞳を真っ黒に染め上げて思考が停止していたのだ。

 村から離れた場所でドラゴンの群れを一時撒いた後、アズラが側に寄ると、木の根に座り込む。


「なぁ……ズタボロだが、まだ生きてるだろ俺達。起きろよ。聞こえてるんだろレイア?」

「…………」

 ーーパァァンッ!!

 アズラは返事をしないレイアをビンタして、正気に戻そうと木へ打ち付けた。しかし、目の前の幼女はピクリとも動かない。人形の様にダラリとした四肢、まるで感情が壊れているかのように映った。


「しっかりしろレイア! 竜はまだ来る! 意識をはっきり保て! アリアの仇を討つんだろ⁉︎」

 その台詞を聞いた時、レイアは漸く気付いた。そして、項垂れながらボソッと呟く。


「あの子を死なせたのは俺だ。だから、やり直して逃げる。もう戦いたくないんだ。ごめん、アズラ……『リセット』」

『セーブセーフ』を発動し、宿に戻ったレイアは体育座りしながら再び顔を伏せて泣いた。


「ゔあああああああああああああああああああああああああっ!!」

 己の浅はかさを噛み締め、喉が枯れ果てるまで泣き続けていたのだ。

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