第18話 悲運のアリアとロリ女神。
『一週間前』
アリアはいつもの様に、薬草を近くの竜の山の麓に採取しに来ていた。
山には様々な竜が住んでいるが、主な縄張りは中腹から山頂であり、めったにその周辺から出てくる事は無い。麓に危険はない筈だった。
「……ふうっ! 今日はたくさん採れたなぁ。みんなきっと喜んでくれるわ!」
額の汗を拭い、もう少し集めたら村に帰ろうと思っていた頃。
ーードズンッ!!
突如、遠くから地響きが響き渡る。アリアはなんの音だろうと山の方角を向いて驚愕した。
離れた場所からでも分かる。高さ三メートルを超え、飛べない代わりに手足が長く、丸い身体を支えながら地を這う姿。
「地竜だわ……一体何でこんな場所に⁉︎」
悲鳴をあげたらお終いだと口元を手で塞ぎ、痙攣するかのように震える身体を必死で抑えながら、草木の中で息を殺し続けた。
(助けて、神様……)
祈り続けた。地竜がこちらに気付きませんように、と。
数分後、地響きが離れていく音を聞きながら、安堵して息を吐き出した。
緊張が解れ身体が弛緩したのと同時に、先程まで採取していた薬草の入った袋が、括りつけた背中の紐から外れて落ちる。
ーーガサササッ!
袋は小枝に引っかかり、音を立ててしまったのだ。
「ギャアウウウウッ!」
地竜は振り返るとアリアに気付き、凄まじい勢いで駆け出して来る。
「いやああああああああああああああああぁっ‼︎」
悲鳴を上げて村の方向へ全力で走った。ひたすら手足を動かし、息が切れようが、身体が切り傷だらけになろうが関係無いと前だけを向き走り続けた。
しかし、如何しても背後から迫る竜との距離が気にかかる。
(私は地竜を引き離せているの? 隠れた方が良いんじゃなの?)
疑念にかられてしまったのだ。
一瞬だけだと己に言い聞かせ、視線を背後に向けたその瞬間、地竜から吐き出された炎のブレスを顔面に浴びせられる。
ーーアリアの意識はそこで完全に途絶えた。
__________
村では地竜の叫びを聞いた自警団が馬を集め、アリアを救出する為に山の方向へ疾駆していた。
「アリア、無事でいてくれ!」
村長であり、父でもあるハビルは、自らが自警団を指揮して懸命に娘の無事を祈る。妻亡き今、十四歳になる娘だけが自分の宝だ。
ーーこんな時に村で一人、大人しくしている事など出来る筈がない。
どうか『最悪の事態』だけは免れているようにと切に願いながら地竜の元に近づいていく。
だが、十人以上の自警団とハビルが近付いているにも関わらず、地竜はその場から動かない。
どういう事だと首を傾げながらも、手を挙げ自警団に突入の合図を送った。狩ることは難しいがダメージを与え、この森から追い払うだけなら我々にも出来ると決意する。
攻撃態勢を取ろうと武器を構えた瞬間、耳元に不快な擬音が響いた。
ーークッチャ、パキ、ペキ、グッチャ、バキッパキッ!
地竜は食事に夢中だったのだ。だからこちらに興味を持たなかったのかとハビルは納得した。そして、それは最悪の状況を頭の中に連想させる。
(こいつは一体何を食べているのだ?)
地竜が徐ろに顔を上げると、口元から糸の切れた人形のような物体が垂れ下がる。
『ソレ』は両腕を不器用に喰われ、今まさに右足を太股から千切られようとしている、最愛の娘『アリア』だった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ⁉︎」
ハビルは痛哭と絶叫を森に轟かせ、構えた剣を思わず地竜に向けて投擲する。
考えての行動などでは無い、ただがむしゃらに投げただけの刃は運良く地竜の右目を擦り、雄叫びを上げさせた。
その口元から溢れた娘を抱き抱え、突入する自警団の脇を抜けて即座に回復薬を飲ませる。
「たのむ! たのむから死ぬなあああああああああ〜〜!!」
ハビルは泣いていた。震えていた。見るも無惨な姿に変貌した娘に向かい、助かってくれと回復薬を飲ませ続ける。傷口にも振りまき全てを使い切っていた。
自警団が地竜を追い払い終え、村に戻る間もずっと『助けてくれ、助かってくれ』、とアリアを抱き締めブツブツと呟き続ける。
治療とも呼べない、血を拭われ包帯を巻かれただけの娘に、握ってあげる手はもうついていない。
それから三日間、ハビルは寝ずに容態を見守って看病し続けた。
額を布で拭い、包帯を代えるしか出来ない無力な自分に打ち拉がれながらも、懸命に娘を支え続ける。
四日目の朝、そっとアリアは意識を取り戻した。
__________
アリアは混濁する意識の中で考えていた。
ーー声が出ない。
ーー眼が見えない。
ーー音だけが微かに聞こえる、お父さんの声だ。
ーー身体を動かそうとしても感覚が無い。
二十分程、自分の身体に起こっている様々な異常を確認すると漸く現状を理解した。
(……私は、地竜に食べられたんだな)
しばらくして、泣きたいのに、泣くこともできないこの状況を恨む事になる。
(何故私は生きているの? なんで死なせてくれなかったの? こんな身体でどうすればいいの? どう生きていけというの? お父さんのせいだ! お父さんのせいだ! お父さんのせいだ!!)
本来地竜へと向けられるべき憎悪が、無情にも、懸命に娘を助けようとしている父親へ向けられた。
「カッ……ヒャ……」
怒鳴り声すらあげられない。思いを一切伝えられない。意識を取り戻しては、気を失い、取り戻し、失い、何度この生き地獄を繰り返せというのか、と。
ーーアリアは次第に全てを憎んでいた。世界を信じられなくなっていたのだ。
ある日、ふと周りが騒がしいことに気づく。ハビルの声以外にも若い女の声と図太い男の声が聞こえた。どうせまた意識を失って終わりだろう、今度こそ死ねますようにと願った直後、ハッキリと聞こえた耳元で呟かれた言葉。
「うまくいかなかったらごめんね?」
突然暗闇の世界に光の奇跡が降り注ぐ。暗闇のいきなり眼前に金色の翼が現れて包み込まれた。冷たかった身体が暖められていく。
無くなった手足の感覚がじわじわと戻ってきた。焼かれた髪は元の潤いを取り戻し、耳は鮮明に音を聞こえさせる。
「……っぁあ」
声が出る、声がでるのだ。
そこまできて、初めて自分を抱きしめる存在に気づくと、ゆっくり離れてその姿を視認した。歳は自分より少し下くらいだろうか。この世のモノとは思えない程に綺麗な銀髪に、金色の瞳、光り輝く翼。
(その人はただ優しく、慈しむように私を見て、微笑んでいました)
「め、めが、み、さ、ま……?」
(声が上手く出せない! 奇跡が終わってしまう前に伝えなきゃ! お願い、女神様、まだ消えないで⁉︎)
アリアはお礼を言う前に去ってしまわない様に、再びレイアに抱き着き、その肌の温もりを感じた。頬を一筋の涙が伝うと、もう止まることなどできない。
「うぁぁ! ううわぁぁぁぁん! うえぇぇん! め、がみ、さまあああああああっ!」
アリアはまるで赤児の様に擦り寄り泣き続けた。
レイアはまるで母親の様に金色の羽根で包み込み、ゆっくりと頭を撫でている。
その光景は紛れもなく、慈愛の女神そのものだった。
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