第17話 出会わなければよかったなんて台詞は、出会った後にしか言えないのだからどうしようもない。

 

 レイアは朝、目が醒めると実感する。ベッドは最高だと。


「さようなら、岩と毛皮の生活! こんにちわ、文明の英知よ!」

 元々更に凄い文明の中を生きていた筈なのに、深淵の森生活での野生化により、それをすっぱり忘れていた。

 アズラも目を覚ますと、大口を開けて欠伸をしながら部屋を訪れる。


「おはよう! お前さん昨日寝ちまってたから声をかけなかったが、村長がなんか急ぎでお願いがあるとかで呼んでたから、朝一でまず村長のとこいくぞー?」


 ロリっ子は目を細め、心底嫌そうな顔をする。他所者にする頼み事なんて厄介ごとに決まってるからだ。

(まぁ、面倒くさそうなら逃走、またはおっさんに丸投げでいいや)


「じゃあとりあえず向かおうかな。最初に要件を聞いてから、朝飯を食べつつどうするか相談で」

 二人は身支度を整えて、村長宅へ向かう。家の前に着くと入り口のドアをノックして、アズラが中にいる人物にへ話しかけた。


「おーい、昨日頼まれた娘をつれてきたぞー?」

 奥から慌てふためいた村長らしき人が飛び出してくる。どうやら余程焦っているのか、表情と態度に一切の余裕が感じられない。


「お、おぉ、ありがとうアズラ様! こちらの方が、治癒術師様ですか?」

「あぁ、昨日話したレイアだ。一応回復魔術を使える」

「おぉ! 神様ありがとうございます!」

 村長は膝から崩れ落ち、両手を胸の前で組むと祈りを捧げ始めた。

 レイアは状況が飲み込めず、二人の会話の意味がわからない為、村長に問い掛ける。


「あのー? 誰か怪我した人でもいるんですか?」

「は、はい! うちの娘が一週間前に山の麓で地竜に襲われ、瀕死の重傷なのです! 村で一番高い回復薬ポーションを使用して幸い命は繋ぎ止めているのですが、王都に依頼した治癒術師様が来るまで保ちそうもなく、絶望していたのです……」

 村長が涙を溢れさせながら語る。悲痛な表情を浮かべ、身体は怒りに震えていた。

 そういう事ならば迷う必要はないと、すぐにその依頼を引き受けてその娘がいる部屋へ向かう。


「…………」

 だが、ベッドに横たわる少女の姿を見て、二人は絶句した。


 身体中を巻かれた包帯に焼かれた髪。目に色が無いことから竜のブレスか何かで焼かれ、失明しているのだろう。左腕には手首から先が無く、右腕は肘から食い千切られている。左足は無事だが、右足は太ももの付け根辺りから欠損していた。


 おそらくこんな状態なのに胴体や内臓が無事なせいで、高い回復薬ポーションの効果に無理矢理生かされてしまったのだ。

 本人からすれば生き地獄だろうと、その状態を理解出来る二人は、憐憫の眼差しを向けた。


「あのな村長、ここまでの状態じゃいくら王都最高の治癒術師を雇っても治せやしないぜ? 悪い事は言わない、大人しく死なせてやれ。これ以上は苦しませるだけだ」

 レイアも同意見だったが、一応頭の中でナナに問い合わせてみる。


「ナナ、この状態から回復するのに、何回ヒールをかければいける? そもそも効くのか?」

 状況が状況なだけに、ナビナナが真面目に回答する。


「ヒールではいくら回復しても部位の欠損や失明は治せません。この少女の状況を打破するには、スキル『女神の腕』の完全治癒しかないでしょう」

「やっぱりそうか……」

 レイアは静かに溜息を吐く。正直一度使えば再使用迄にどれだけかかるか検証出来ていない強力なスキルを、今日会ったばかりの他人に使っていいか悩んだのだ。

 本当に必要な場面が訪れた時に、後悔したくない、と。


(いいのか? 他人にこの力を使ってしまって良いのだろうか)

 何度も逡巡しながら、自問自答を繰り返した。


 そんな中、先程のアズラの忠告に村長が声を張り上げて反論する。必死さが態度に滲み出ていた。


「娘が苦しんでいるのなんて側で見ている私が一番わかってるさ! だからと言って死んだら終わりなんだ! 自分の娘に生きてて欲しいから……最後の瞬間まで諦めない事の何が悪い!」

 その台詞を聞いた瞬間、レイアの心臓がドクンっと跳ね上がった。何故かはわからないが、湧き上がる感情を無理矢理抑えつけられた気がする。

 しかし、村長の言葉は躊躇いを拭い去り、決意させる程に充分な想いが篭っていた。


  「うまくいかなかったらごめんね?」

 ロリ女神は一言そう呟くと、一直線にベッドの傍らへ歩き出し、横たわる包帯だらけの少女を無理矢理起こしてそっと優しく抱きしめる。


 直後、とてつもない光の奔流が起こり、背に金色の羽根が生えて少女を更に外側から包み込んだ。

 光が収まった先にいたのは、全ての部位が欠損前の状態に戻り完全に回復した少女。「アリア」が女神の奇跡に泣き叫び続けていた。

 声が上手く出せないのか、拙いながらも感謝の想いはしっかり伝わっている。


『レイア』と『アリア』の運命の歯車は回り出した。


 ーーそれは、幸せな日常へと。

 ーーそれは、悲しみの絶望へと。


 全てはこの瞬間から始まったのだ。


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