第16話 初めての村デビューは演技力が大切と知った10歳。
深淵の森を出て二日。俺は魔獣をおっさんと蹴散らしながら、ビッポ村を目指していた。
目的は王都だが急ぎの旅ではなかった為、提案されたプランでいいかと納得しつつ旅路を進む。
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「なぁ。お前、村についたらその口調考えた方がいいぞ? 違和感ありすぎて、疑われかねねぇよ」
突然、アズラがレイアの口調を指摘した。当の本人も心当たりはある。
「やっぱそうかなぁ。俺は普通に話してるだけだけど、見た目がこれだしな」
十歳の女神の外見はロリなだけで、その本質は変わらない。透き通るような銀髪、金色の瞳。
紅を貴重にした高価な装備の数々。村人なら姿を見ただけで平伏してしまいそうな、勝手に漏れ出た淡い威光。
「うん、歳相応の演技をするよ。可愛い子供でいれば、きっと問題も起きないだろ?」
それでも何かを起こしそうな、嫌な予感に苛まれながらも魔人は頷いた。
「ナナ、村の中じゃあまり話しかけるなよ? 独り言を話す変な人みたいに見られたくないからね」
「クピクピ……ぷはぁっ〜あぁ? 私は今、嫌な事をワインで洗い流して心の洗浄してるから寧ろ話しかけないでね? 死にそうになったら、助けてくだしゃいナナ様! ーーって半泣きで叫べば助けてあげるよ」
レイアはその台詞に戦慄した。何故かナナが完全に酔いどれドSナナ様になってるし、この前の優しさが皆無だ。一体何があったというのか。女は恐ろしい、と。
触らぬ天使になんとやらでロリ女神は再び歩き出した。目の前に村が見えてくると、柄にもなく緊張しているのがわかる。
「ね、ねぇおっさん! 俺ちゃんと話出来るかな? 村に溶けこめるかな? あぁ……失敗したらどうしよう。嫌だよ、村の中でヒソヒソ話とかされるの! ボッチもやだよ!」
何故か被害妄想が暴走しているレイアの頭をポンポンと軽く叩いて、アズラは笑い掛けた。
「大丈夫だ。俺がついてりゃ全部なんとかしてやるさ! お前は歳相応に頭でも撫でられて頷いてりゃいい!」
突如、レイアはアズラを見上げて冷酷な一言を突き付ける。
「やめてください。触らないでください。セクハラで訴えますよ? 髪に手汗とか付くの嫌なんで、早くどけて下さい。変態? 変態さんなのですか?」
アズラは自分に向けられた視線が、死んだ魚の目の様に淀んでるいる事に気付き、少しだけ涙を滲ませた。傷付いたのである。
流石は女神、言葉の破壊力が半端ない。
「グスッ……ま、まぁとりあえずビッポ村に到着だ、村には自警団位しかいないから簡単に入れる。まずは宿をとるか、村長に挨拶をしとこう」
「了解、個人的には宿かな。人に挨拶するならちゃんと風呂に入って綺麗にしたいよ」
二人は打ち合わせが終わると宿に向かった。
小さめな木の作りで「エジルの宿」と看板が立てかけてある。中に入ると、ほのぼのとお茶をすするおばあさんがいた。
「あらいらっしゃい、可愛らしいお嬢さんだこと。エジルの宿にようこそねぇ。宿泊かい?」
レイアは演技力を全開にして、年相応の子供の真似を始める。
「うん! お父さんと旅をしていて、泊まれる宿を探しているの。部屋は空いてますか?」
「あらあら良くできた娘さんだねぇ。何泊予定だい?」
そこへアズラが口を挟む。幼女がスラスラと交渉しては、違和感が出てしまうからだ。
「一応二泊だな。明後日の朝にはここを立つよ。狭くていいから二部屋と、この子に風呂を頼む」
風呂と聞いて、店主は眉を顰めて困った顔をした。
「この村には火系統の魔術師がいないから、水風呂になっちまうがいいかい?」
「あぁ、この子が使えるから平気さ。水だけ張ってくれればいい」
「なんとっ⁉︎」
エジルが目を見開いて驚く。深く追求されない様に笑顔で誤魔化した。
「信じられないがわかったよ。あたしゃあその間に夕飯の準備をしておくから先に入っておいで。ウチは一泊朝夕の二食付きで一人銀貨三枚だよ。見ての通り上等な宿じゃないが、飯は期待していいさね」
ーーアズラが頷くと、二泊分の銀貨十二枚を渡す。
事前に聞いていたが、銅貨が自分の認識の百円にあたり、十枚で銀貨、百枚で金貨と分かりやすかった。銀貨十枚で金貨一枚、金貨になってから金貨十枚で純金貨一枚となる。硬貨はそこまででそれ以上は宝石等での取り引きとなるのだ。
風呂場に向かったレイアは、二人で入ったらギュウギュウになりそうなサイズの木の風呂に手を翳し、魔術を唱える。
「フレイム!」
木を燃やさないよう水風呂に近づけて放ち、ちょうど良さげな温度まで上がったら、胸当てやスカートを脱いで身体を洗い始めた。
「いつもアクアで洗い流してばかりだったから、石鹸とかあるとやっぱりスッキリするなぁ」
そのまま風呂に浸かって顔を蕩けさせる。
「あぁ〜! き、きもちぃぃぃ〜〜!」
三十分程浸かり、お風呂から出てさっぱりした後は、アズラと一緒にエジルの作った夕食を頂いた。
「おっ、玉鶏のクリーム煮かぁ! 好きなんだよ。早く食おうぜ!」
「う、うん! いただきます!」
二人で目の前の料理に喰らいつく。レイアは想像していたより美味しくて目を見開いて驚いた。
鶏ガラで出汁をしっかりとってあり、バターのような風味と、塩胡椒でしっかり味付けされた鶏は、肉が固くなりすぎないように、一度焼かれて仕込みがされているのがわかる。
卵黄が多めに混ぜてあるのかクリームの味が濃く、後から加えた鶏に柔らかさと脂をしっかり残していた。とろみは甘みのあるペーストをミルクで溶いてあるのか。とにかく雑な料理じゃなく、美味かったのだ。
焼きとんか焼きとりばかり食べていたあの日々が想い出になっていく。レイアは満腹になった後、人並みの生活と自分の深淵の森での生活を比べて、安堵していた。
「はあぁ〜! ベッドがあるぅ〜! し〜あ〜わ〜せ〜!」
アズラは村長の所に挨拶しに行った為、堪えきれずに一人ベッドへ飛び込んでいた。久しぶりの人の営みに感動する。
異世界生活の開始より、かつて無い幸福感に包まれながら、レイアは夢の中へと旅立った。
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