第14話 おっさんと天使の喧嘩に巻き込まれて、死にそうになっている件について。
目の前に現れた天使は可愛かった。青い瞳と青い髪のポニーテール。身長は百六十センチ前後で、胸は小さいがスレンダーなスタイル。
左手に輝く弓を持ち、真珠の様な輝きを見せる細身のローブを着ている。四枚の銀翼と、それを彩る青は空をイメージさせた。
「ナナさん! あんた今、輝いてるぜ‼︎」
俺は横たわりながら、親指をサムズアップして溢れる感動を口にする。
「ありがとうね、マスタ〜!」
ナナは振り向くと、嬉しそうに笑顔を浮かべ手を振りながらはしゃいでいた。
「今はゆっくり休んでいてね? 傷とか残らないように、後で治療を手伝うから!」
慈愛に満ちた柔らかな視線を向ける天使に対して、俺は『はて?』と首を傾げる。
(何か違和感があるぞ。可愛すぎる様な気がする……仕事モードの真面目なナビナナさん。いつものドSルンルンナナさん。どっちも、こんな優しい事を言ってくれたことは無い。寧ろ奴等は今の俺を放置するか、足蹴にしそうなものだ……まぁ、ナビナナはそういう感情さえ無さそうだけど)
度重なる精神へのダメージで、ナナのイメージはツンツンドS天使一択だった。デレは無いのだ。
「ま、まさか! ついにデレたというのか⁉︎」
喜びの踊りを舞いたいが、身体が上手く動かずゴロゴロと転がりながら身悶える。その様子を見ながらナナはウットリした表情を浮かべ、妖艶に舌舐めずりをしていた。
(あはぁ〜、マスター可愛すぎ〜! 小っちゃい女神様なんてレア過ぎる〜! 抱っこしたい、ペロペロしてナデナデして抱き枕にしたい〜! 助けた後で交渉してみようかしら? でも最初からそれじゃあ引かれ無いかなぁ。いっそ、縄とかで縛っちゃう? ご飯に眠り薬もいいなぁ〜。ゔああああああぁ、ペロペロしたぁい……)
一方、魔人は心底驚いて硬直している。いきなり目の前に天使、つまり神の眷族が現れたのだ。
そんな事が出来る存在を、過去様々な召喚士や高名な魔術師を見てきたアズラでも聞いた事が無かった。
「うーむ、こりゃあ参ったな。何かあるとは思っていたが、とんでもない隠し玉だ」
髭もじゃのおっさんのいる方へナナが振り返り、威圧と共に冷酷な視線を向けて挨拶をする。
「初めまして。魔王軍とやらの隊長さん。今ならマスターと早くお風呂……コホン、間違えました失礼。治療を優先したいので、見逃してあげましょう。犬の様に尻尾を巻いて逃げなさいな。所詮、雑魚なのだから」
「ハハハッ! こりゃあ良い!」
その傲慢とも呼べる挑発を受けても、アズラは胸を高鳴らせて笑った。
「そんな台詞久々に言われたぜ。嬉しいね〜! ときめいちまうよ!」
「ハァ〜」
ナナは心底面倒くさそうな深い溜息を吐くと、アズラに宣告する。
「マスターを傷付けた罪。己の身で贖え!」
戦闘の開始が告げられた瞬間、アズラが大剣に雷を降らせ纏わせる。勢いよく振りかぶり、ナナへ向かって咆哮した。
「食らえや! 『雷鳴衝刃』!」
金切り音を響かせながら雷と剣閃が混じり合い、全く動かない天使へ襲い掛かる。俺ははその光景を見て恐怖から叫んだ。
「無理だ! 逃げろナナあああああっ!!」
一方ナナは余裕の表情を崩さず、己のマスターの居る場所を向き、穏やかに微笑んでいた。そして右手をそっと左手の弓の弦にかけ、光を収束した輝矢を引きながら呟く。
「降り注げ、ホーリーレイン!」
矢を放った瞬間、無数の光線が襲い掛かる雷刃を飲み込み、避ける間もなくアズラへと直撃した。
巻き上がった土煙が晴れると左腕を垂れ下げ、鎧が砕け散り、流血した魔人が蹲っている。
「す、すげぇ威力だ。こりゃあ、ちょっとヤバイな天使様よぉ!」
「チッ!」
天使は舌打ちして、再度アズラに警告した。
「さっさとひき肉になるか、尻尾を巻いて逃げるか選びなさい。私はマスターの治療をしつつ、着替えを手伝わなければならないので、時間がないのです」
その言葉を聞いて、俺はただひたすらに感動していた。
(この世界に来て、優しくされた事なんか無い。人と会ってない俺にある筈が無い。ナナからこんな風に労わる台詞が出るなんて、頑張ってきてよかった。良く耐えたよ)
半泣きで喜んでいたのだが、壮大な勘違いだと知るよしも無かった。
「じゃあ、これでダメならお手上げだ! 『風神衝閃破』‼︎」
広範囲に巻き上がった竜巻の中を、無数の剣戟と衝撃波が奔り、凄まじい速度と共にナナへと向かう。先程俺に向かって放たれた技は手加減されたものだったのだと、見ただけで分かる程に威力が段違いだった。
「ふうっ」
ナナは気怠そうに溜息を吐くと四枚羽根を広げ、瞬時に竜巻を避けて後方に飛び退く。
「いい加減に飽きましたので、これで終わりにさせて貰いますね?」
上空に弓を向け、弦を引くと先程の『ホーリーレイン』とは違い、赤光が収束して矢を形作った。そしてゆっくりと構え、技名を唱える。
「我が敵を撃ち砕け! 『ルナティックフレア』!」
アズラの攻撃と同じく広範囲に銀色の炎を纏った矢が降り注ぎ、竜巻を爆破し大地を砕いていった。それは下方にいる
__________
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ⁉︎」
アズラは攻撃を食らいながら悲鳴をあげる。必死に大剣を振り回して抵抗するが、一発一発の矢の威力が強過ぎて、微々たる反撃すら叶わなかった。
全ての矢が放たれ終わった後、魔人は地面に突っ伏して、ピクリとも動かない。
「ようやく終わったか……」
ナナはマスターとこの後起こる、いや起こらせる素敵イベントを想像して満面の笑顔を浮かべながら振り返る。垂れる涎を必死で拭っていた。
ーーしかし、その瞳に映った光景は先程の竜巻と爆破に巻き込まれ、虫の息で痙攣している己の主人の無残な姿。
「いやぁぁ! マスタアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
周囲にナナの絶叫が響き渡る。薄れゆく意識の中、レイアは決意していた。
(俺はもっと必死で強くなろう。でなきゃ、いつか身内に殺される……)
ロリ女神はパタリとそのまま力尽き、意識を失ったのだった。
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