第13話 ピンチはチャンスとか言った人に言いたい。ピンチはピンチだ、と。
「ヒール!」
俺は直ぐに回復魔術を唱える。生命の指輪の効果と重ねてある程度だが身体のダメージは消えていた。そこへ魔人が再び語り掛けてくる。
「随分と綺麗な嬢ちゃんだな。盗人じゃなきゃあ可愛がってやれたのに残念だわ」
おっさんの言葉はスルーして、即座に『女神の眼』で相手のステータスを確認した。
【名前】
アズラ
「ナナ、名前しか見えないぞ⁉︎ どういう事だ?」
「それだけレベルが離れてるんだよ! あれはヤバいって! なんとか逃げてマスター!」
「かっかっか〜!」
驚愕する俺の様子を見つめながら、魔人アズラは痛快に笑う。
「おっ! お前さん鑑定持ちかい? どうだ? ステータス見れたか?」
「ぐぬぬっ!」
あの顔は見れてないのが分かってて、からかっていやがる。
「一応名乗ってやろう。俺はアズラ! 魔王軍第一部隊隊長だ! 凄すぎてちびったかぁ?」
ドヤ顔したおっさんにイラッとしつつも、頭の中で必死にどうスキルを使えば、この場を乗り切れるか考えていた。
しかし、使った事の無いスキルをぶっつけ本番で試す勇気は無い。
逆にナナはスキルレベルが上がった事で、戦術の結果をある程度予測出来るようになっていた。導き出される確率はどれも成功率十パーセント未満。
このレベル差でそこまでの確率を生み出せている事が、既に奇跡に近かった。
(拙い! まずいまずいまずい! これはまっずいぞ〜⁉︎)
異世界生活でここまで頭を使ったことがあっただろうか、いやない。とにかく俺は焦燥感に駆られていた。
するとそこへ、ナナが穏やかに優しい口調で語り掛けてくる。
「出会ってまだ数日だったけど、結構楽しかったよ……? マスターともう少し旅をしてもいいと思ってたのになぁ……またいつか神界で会ったら、一緒にワインでも飲みましょうね! 私が奢るわよ? どうか、安らかに眠っーー」
「ーーゴラァ! シャーーラップダメ天使! 何勝手に俺の人生終わらせようとしてんの⁉︎ 思い出にするの早過ぎんぞ⁉︎ 諦めるの早過ぎしないかねぇ⁉︎ お前、絶対わざとだろ! 結構余裕ありますね? 分けて? その余裕分けてプリーズ!!」
『ムキーー‼︎』と地団駄を踏んでる光景を、アズラは茫然と眺めていた。
「お前さん、結構余裕あるなぁ。なんか奥の手でも隠し持ってんのかい? 取り敢えず名前を教えてくれよ!」
(おやっ? もしかしてブラフとか通じちゃう人かな)
魔人の質問を聞いて、俺の中の悪女もどきが悪どい笑みを浮かべる。
「紅姫レイア十歳だよ! おっさんは、怖いおっさんじゃないよね? こんな小さい子を虐めたりしないよね?」
俺は全力で『小刻みに脅える可愛いロリ女神の上目使いぶりっこ』を演じた。
「…………」
(ナナの無言が痛い、精神が引き裂かれそうだ。もってくれ、俺のグラスハート!)
「そっか、レイアかぁ! だが、お前馬鹿だろ? まずおっさんって言ってる時点で、演技にすらなってないことに気づけや!」
「しまった!」
(こんなに可愛いロリっ子の演技を見破るとは、やるなおっさん……)
「俺の名前はアズラだって言ってんだろうが。おっさんじゃねぇんだよ! それにそんな歳でもねぇ! 今度言ったら叩き潰すからな⁉︎」
魔人が声を荒げる。おっさんと呼ばれる事を気にしている様だ。
「わかったよ。アズオッサン‼︎」
俺は右手親指を立ててサムズアップする。渾身の微笑みつきだ。
「やめろ。なんでお前は名前プラスおっさんで『アズオッサン』ならいいんじゃね? みたいなノリしてんだ。殺すぞ?」
(この人ツッコミキャラだ、しかも早い)
「ふぅっ……」
アズラは軽く溜息を吐くと、次第に顔つきが変貌し始めた。
「名乗りは終わった。そろそろいくぞ? 悪い奴じゃなさそうだが、盗人は盗人だ。罰は受けなきゃなんねんだよ。それに最近戦う相手が雑魚ばかりでムシャクシャしててなぁ。折角だから楽しませてくれよ?」
魔人は大剣を振り上げて、戦闘開始の合図だと地面に突き刺した。周囲の地面が巻き起こった
俺はその様子から覚悟を決めて、少しでも勝率を上げる為に『限界突破』を使用した。防具の効果もすべて発動させると、先手必勝だとすかさず動き出す。
「フレイムウォール!」
アズラの地面から炎が噴き上がり、少しは躊躇するだろうとフェンリルの胸当てから発動させたスキル『神速』で疾風の如く駆け出すと、黒剣を構えて背後から強襲する。
俺が膝裏を狙って刺突した瞬間、大剣が上段から振り降ろされた。
ーーガキイイイイイィン!!
咄嗟に黒剣で防御したが、凄まじい金属音が場に響く。
「おぉ、これを止めるか! それに、お前小さいのに
アズラは嬉しそうに笑っていた。その逆、俺は冗談じゃないと痺れた腕を見て驚愕している。まともに打ち合うなんて不可能だ。
迫りくる大剣をぎりぎり躱しながら、何か他に手がないか考え続けた。
「マスター、剣で勝負を挑むのは無謀すぎるよ! どうにか逃走を!」
ナナが言うこともわかるが現状無理だ。背中を見せた瞬間に、後ろから真っ二つにされるビジョンしか浮かばない。
「があああああああああああぁっ!!」
獣の如く気合いの雄叫びを上げ、黒剣で空気を斬り裂く様に不可視の斬撃を放った。
見えない攻撃ならと淡い期待を抱いたが、アズラは大剣を下方向から振り上げ、いとも容易く切り裂き散らしていく。
そのまま突進してきたおっさんは大剣を右薙ぎし、胴体に向かうように斬り出してから、意識を誘導された俺の腹部に、空いた左拳をめり込ませた。
「隙を作っちゃいけねぇなぁ?」
「ぐぷっ……ぐえぇ……」
身体が宙に浮かぶ程のパンチを食らった直後、横からいつの間に繰り出したのかわからない上段蹴りが迫る。
咄嗟に腕をクロスしてガードするが、小さな身体ごと吹き飛ばされた。
(こりゃぁ、骨が何本かいってるなぁ……)
左手が上がらなくなっても、ヒールをかけ続けながら懸命に堪える。気を抜くと意識が飛びそうになるからだ。
たった数撃でこれほどのダメージかと、厳しい現実を味わっていた。
ーーそんな
(あんな歳で手に入れられる力じゃないぞ? 装備関係なしに
アズラは地面に大剣を突き刺すと持ち上げるように抉り、こちらへ向かって土を巻き込んだ衝撃波を放った。
「『風神衝波』!」
大地を破りながら迫る衝撃波をスキル『結界』で防ぐが、その威力から身体が吹き飛ばされる。体重が軽過ぎるんだから当然か。
お返しだと空中から複数の斬撃を放つが、素早い大剣の防御を突破できない。完全に俺の動きが見切られていた。
地面を滑るように這い、身体を起こそうとした直後、突然目の前に剣撃に重ねて隠蔽されていたもう一発の衝撃波が迫ってくる。
「やべえっ、間に合わない⁉︎」
ーー意表を突かれたその攻撃に『結界』は発動せず、もろにダメージを受けてしまった。
「キャアアアアアアアアァッ!!」
衝撃波に巻き込まれ、痛みから我慢出来ずに悲鳴を上げた。身体中を細かく切り裂かれて、血が噴き出している。
空中に放り投げられ地面に倒れ込んだ後も諦めずにヒールをかけ続けるが、意識が薄れそうになるのを必死で堪えていた。
その直後、脳内にナナの声が響く。
「あぁもう! これしかないかなぁ。マスター、『天使召喚』を要請します」
仕事モードとドSモードが混じったような口調で要求を告げられた。
俺はこの場面で初めて使うスキルのリスクと、こんな強者とナナを戦わせていいのか逡巡したが、首を縦に振った。もう身体が動かない為、最早打つ手がなかったのだ。
「ごめん……頼んだよナナ! 『天使召喚』!」
__________
アズラは流石にもう抵抗出来ないだろうと気を抜いていた為、顎を外しそうな程に愕然としていた。
「な、なんだそりゃあ……反則じゃねぇ?」
天空から銀光が降り注ぎ、辺り一面を聖なる力が包み込んだ。ゆっくりと時間が進むように輝きが収束して、光が弾けた中心にーー
ーー銀翼の四枚羽根の天使、「ナナ」が舞い降りた。
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