第9話 異世界での初めての食事は、しょっぱい涙の味がした。

 

「お願いしますナナ様。どうか下劣な私めに、この世界の塩に近い調味料を教えてくださいませ」

 俺はプライドをかなぐり捨て土下座していた。見た目は女神たる幼女が可愛くペコペコしている姿だが、中身は覚えていなくとも元社会人のおっさんだ。屈辱が違う。


 血の涙を流しそうな程の侮辱に堪えていた。


 __________


『時は遡る』


 オーククイーンを倒した後、困った事態に陥っていた。黒剣はもちろんメイン武器として持ち帰る。ただ、台座の奥にはかなりの金貨と宝石、また魔導具や装備が積まれていた。

 普通なら大喜びで「インベントリ」やら、「アイテムボックス」やら、「不思議な袋」やらにしまうだろう。

 しかし、俺は黒剣以外実は裸だ。真っ赤な紅ドレスミニサイズverは電磁的な幻で、真っ裸と変わらない。


「ナナ。貴様の天使の力で、この財宝を持って帰る術を考えて実行しろ」

 ちょっと強気に主らしく命令してみた。そこへ仕事モードのナビナナが即答する。


「何度もいいますが、私はサポート専用ナビです。次元魔術をマスターが覚えていない限り、この状況は打破出来ませんよ。とりあえずマスターは裸同然なので、そちらから魔導具と、装備、ある程度の金貨を小袋に入れて持っていく事をお勧めします」

 そんな事はわかっていると、声を張り上げずに小さく呟いた。


「役立たずのダメドS天使め……」

 その直後、頭の中に怒声が鳴り響く。


「かっちーーーーん‼︎ マスター今何て言った? こんな万能型天使ナナ様に向かって役立たず⁉︎ ダメ天使⁉︎ しまいにゃドS⁉︎ とにかく私怒りましたから! マスターが土下座するまで、口聞きませんからね」


 ーーキレてるナナの宣言を聞いて、俺は高々と笑う。


「アホかぁ! 何がナナ様じゃ! 実際役に立ってるのなんて、ステータス確認と割り振りくらいじゃん? マッピングと索敵だってメイジとクイーン間違えたりさぁ? だから彼氏も出来ないんだよバーカ! 別に口聞けなくたって困る事無いもんね〜! ロリ女神舐めんなよ⁉︎」

 次の瞬間、どこからかワインの瓶が粉々に割れる音がした。一瞬身体を震わせるがスルーだ。

『女神の眼』を使い、防具や使えそうなアイテムを見繕う。とりあえず財宝の中から、効果とランクが高い装備を整えた。


 _________


「深淵の女王のネックレス」ランクB

「名も無き剣豪のガントレット」ランクA

「フェンリルの胸当て」ランクS

「ヴァルキリースカート」ランクB

「生命の指輪」ランクS

「若火の髪飾り」ランクC


 _________


「一通り『女神の眼』でいい物を装備したけど、これは流石に凄すぎないかぁ? あんなオーク達に集められる度を超えてるよね。もしかしたら、番人とかだったのかなぁ……金貨と宝石も詰め終えたし、もったい無いけど、後は放置して逃げよう!」

 俺は全力ダッシュで洞窟を離れ、元いた小川へと向かった。ナナのマップが無くとも、それぐらいは高い知力で余裕だ。


 だが、これが悲劇への始まりになるとも知らずに。


 __________


 小川についた後、適当な木々を黒剣、正式名称「常闇の宝剣」で斬り裂き串を作る。

 適当な河原石を丸く並べ、真ん中に薪木を重ねてフレイムで火をつけると、先程倒したオーククイーンのスペアリブとモモ肉を串っぽくした枝に突き刺して焼き始めた。


「ふんふんふ〜ん、ふっふっふ〜ん!」

 気分は生肉をこんがり肉に焼くハンターだ。焦げた肉にはさせない。


「はっ⁉︎」

 俺はここである事に気付く。塩、もしくは調味料がない。上手く焼けた肉を味なしの脂肉みたいに食うのは嫌だった。


「おーいナナ。ここら辺で塩とか、調味料になる草とか教えてくれ〜?」

「…………」

「どうしたー? 腹でも壊したか〜。天使の癖にワインの飲みすぎなんじゃねーの? とりあえず、塩の情報だけくれー」


 ーー返事が無い。まるで屍のようだ。


 ここでようやく自分が犯した過ちを思い出した。ナナを怒らせたらどうなるのかを。

 俺にだってプライドがある。中身が違うが、女神の身体を得ているのだ。しかし、腹が減った現状から全てをかなぐり捨てて土下座した。


「すいませんっしたぁ!!」

「ようやく土下座したか愚民。今までの態度を改め、今後無いよう重々励め。さすれば妾も力を貸してやらん事もない……だが、まだ許さん。誠意ある言葉が足らんぞ?」

 ドSルンルンナナ様が、怒りによりパワーアップして、ドS女王ナナ様になった瞬間であった。


 ーーそして話は冒頭へ戻る。


 俺は『塩干草』なる炙れば塩味がつく野草の情報を手に入れた。

 オークの肉を食べた瞬間、美味さからか悲哀からか、涙の味がするなと黄昏ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る