第8話 「焼きとんの為に無双する女神」後編

 

 ーーブモオォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 オークの唸り叫ぶ声が、洞窟の奥から響き渡る。


「あの咆哮は威嚇のつもりかなぁ? 何も感じ無いから、さっさと出てきて欲しいんだけど……」

 俺は錆びた剣で肩を叩きながら、洞窟の入り口でオークを待つ。不思議と緊張は無かった。先程の戦闘である程度敵の強さは予想出来たからだ。


 ナナによる相手の勢力は四十体前後。洞窟内の為細かい割り振りはわからないが、数字さえ分かれば恐れる事はない。

 ドスンドスンと重々しい足音が聞こえてくる。次々と敵がこちらに向かって来ているのだろう。


「そろそろかなっ!」

 ゆっくりと身体を解しながら、徐々にテンションは高まっていた。戦闘開始直前、ナナが珍しく自分から語りかけてくる。


「マスター、どうかご武運を」

 俺はそんなナナらしくない態度に多少驚きながらも、力が湧き上がる感覚を抑えられない。オークが姿を見せた瞬間に、駆け出した。


 ーー前方から、槍を持ったオークが向かって来ている。


「遅いな」

『女神の眼』を持つ意味を理解した俺には、まるで歩いているようにしか見えない。


 胴体を狙いオークが突き出した槍の軌道を左手で逸らし、振りかぶった右手に持つ錆びた剣を、上段から一気に振り下ろす。

 頭から真っ二つとまではいかないが、腹の中心まで裂けたオークはそのまま膝から崩れ落ちた。


 続けて背後から新たな豚が現れて、手斧を投擲してきた。焦る事なく剣を引き抜くと、襲いかかる手斧に対し、俺は愉悦に浸りながら微笑みを浮かべる。


 回転する手斧の柄を玩具の様に掴み、勢いそのままに投げ返す。手斧は反応する間も無くオークの頭に突き刺さり、即座に絶命させた。


 相手の力量と自分の力量を改めて理解したので、入り口で待つ必要はないと判断した。『女神の眼』の能力のおかげで暗闇でもなんの弊害も無い。


 ゆっくりと洞窟内部を進んで行くと、曲がり角から出てきたオークを先程の手斧を投げて瞬殺し、離れた場所から追走してきたオークに、今殺した獲物が持っていた槍を投擲し、顔面を突き刺して破壊する。


 心臓を狙うのも定石だが相手は魔獣だ。場所が人とは違う可能性を考え、ひたすら首から上を狙い続けた。


 生物である以上、脳の位置は変わらないだろう。


 __________


 オークに知力などほぼ無いが、考える力はある。主には種を存続させる為の苗床の確保と、種付けだけだ。

 いつものように女型の他種族を攫い、壊れるまで苗床として使用する。本能に突き動かされただけの存在は、それを上回る恐怖に脅かされた。


 即ち、『生存の危機と仲間の全滅』だ。


 身体が震えあがり、逃げ出そうと決意するも洞窟は一本道。あの笑う幼女の近くを抜けねばならない。絶望がオークを襲う。頭の良い長に助けを求めようと、皆が洞窟の奥に向け走り出した。


 共に駆け出す仲間が、背後から迫る奪われた武器によって、次々と貫かれていく。


「ブッブモオオオオオオオオオオオオッ!!」

 威嚇ではなく、凄絶なる悲鳴だ。オークは叫ばないと身体を動かすことが出来ない程に震えあがっていた。


 そこへ珍しく幼女が狙いを外し、隣の同胞の足に突き刺さる。


 疲れてきたのかと背後の幼女を見やると、一瞬ですぐ後ろに立っていた。オークは確かにその時、聞いたのだ。

「どこの部位が一番美味しいか、刺して確認も必要だなぁ〜? 待ってろ焼きとん、串はどうしようか? 木を上手く代用出来るかな〜?」

 ブツブツと呟きながら、隣に倒れた同胞を刺し殺す幼女に対して慟哭を響かせると、懸命に長の下へ走り出し、洞窟最奥へ辿り着いた。


 他に助かった仲間はいない。長は洞窟のオークの中で最も強く頭がいい。魔術も使えて、この縄張りは長のおかげで保たれているのだ。


「ブモッ! ブモォエ……」

 報告した後に、背後の壁に凭れ掛かる。気付かなかった、気付けなかったのだ。自分の首が半分千切れ掛けている事に。

 ーーグシャッ!

 血を噴き出し、ズルズルと血溜まりの中に沈む。


 意識を失う直前に見たのは、手に入れた様々な武器をジャグリングのように円を描かせながら、鼻唄を歌い歩く幼女。


 オークにとっての「死神」がそこにいた。


 __________


「なんかみんな逃げ出しちゃったから、ただの狩りっぽくなっちゃったなぁ!」

 俺は焼きとんの部位を考えながら、浮かれまくっていた事に気付き冷静になる。戦闘により、更に腹が減っていたのだ。


「多分あの杖持ってるのがメイジだよね? ステータスを見てみようかな」

『女神の眼』の鑑定能力を、初めて使ってみる事にした。


 ___________


【種族】

 オーククイーン

【レベル】

 28

【ステータス】

 HP 520

 MP 682

 平均値 235

【スキル】

 女王の騎士

 結界

【魔術】

 フレイム、フレイムウォール

 アクア

 ヒール


 __________


 俺は首を傾げて目を擦った後、もう一度種族名を見直した。


「ねぇ、ナナさんや? 話が違くねーかな! さすがの俺も、そろそろ怒っちゃうよ? メイジじゃないじゃん、クイーンじゃん! それとも何か? この世界じゃメイジ=クイーンとでもいうんかああああああっ⁉︎ しかも、レベル28とかこっちの14倍じゃねーか! いや、さっきから身体軽いから、こっちもレベルは上がってんのかかな。まぁいい、返答を!」

 ナナは逃げる様に仕事モードのナビナナへ切り替わって答えた。


「マスター、落ち着いてください。あれは確かにクイーンですが、マスターの求める火系統魔術を使います。だから魔術師メイジです。若干ランクとレベルに差異はありましたが、誤差の範囲でしょう。私もナビとして経験が浅く、ご考慮願います」

 正論できやがったが、その裏にある悪意は隠せていない。ナナは単純に間違えた事を誤魔化した。


(クイーンがメイジと同等な訳無いだろうが。いずれくる「お仕置きタイム」に鞭も入れよう)

 そう決意した瞬間ーー

 ーーブギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


 くだらない事を考えている間に、クイーンが威嚇を放つ。他のオークより鳴き声が甲高くて耳がキンキンした。

 その直後、目の前に炎の壁が現れる。


「これがフレイムウォールか!」

『女神の眼』でコピーしつつ後退ると、追い打ちのように連続してフレイムを撃ち込まれた。


 転がりつつ、攻撃を避けながらクイーンを視認すると、真横に跪いているオークがまるで騎士の様にクイーンの手の甲に口づけをしており、その変貌に驚愕する。


『オークナイト』となったその個体は、クイーンから受け取った明らかに武器のランクが高い黒剣を手にし、こちらへ向かい攻撃を開始した。


「速い⁉︎」

 オークナイト自身のスピードが速いわけじゃないが、そこから振り下ろされた剣速は、まるで身体能力を超えている様に見える。


 黒剣による袈裟斬りを、錆びた剣だけでは防げず一気に身体両断されかねないと判断し、咄嗟に空いた左手に手斧を持ち二刀流で防いだ。


 ーーガキィィィィンッ!!

 刃を交差した金属音が洞窟内に鳴り響く。剣速は速くても、動きを止めれば身体能力は大した事はない。

 お互いの刃を交じえ、離れた隙を狙ってコピーしたての魔術を唱えた。


「フレイムウォール!」

「ブ、ブモオオオオオオオオオオォッ⁉︎」

 オークナイトの足元から炎の壁が立ち昇る。不意打ちで身体全体を焼かれた魔獣のは弱々しく退がり、そこへ追撃を仕掛けた。


 二刀流の斧と剣が襲い掛かり、頭部を潰して脳を破壊し絶命させた後、そのままオーククイーンへフレイムを唱える。

 相対したクイーンもフレイムで相殺を狙うが爆発が起こった瞬間、噴煙に紛れて死角から剣撃を仕掛けた。


 膝を切り裂くように向けた右薙ぎは、身体の十センチ程手前で見えない壁に弾かれる。その硬さから、とても今の自分では破れないと判断した。


「さっきのオークナイトへの能力が『女王の騎士』で、これが『結界』ってやつかぁ。なかなか強力なスキルだねぇ……」

『女神の眼』で能力を得ていた俺は、既に『結界』の弱点を掴んでいた。発動時はダメージを食らわないが、攻撃や回復もできないと言う事だ。


 ならば相手が攻撃した瞬間は『結界』も発動しないだろう。単純な理屈だが、実行する能力があった。しかし、求めるものを得る為に敢えて難易度を上げている。


 ーー「アクア」「ヒール」の魔術だ。


(絶対欲しい。美味い水が飲みたい。怪我とかして痛いのやだから、回復魔術は超欲しい)

 つまり、弱らせなければならず、燃やして回復魔術を使わせなければならない。作戦を立てた後は実行するのみだと、再度駆け出した。


 クイーンがフレイムを撃ってきたのを避けず、右手に敢えて喰らい、剣を弾き飛ばされる。それに合わせて身体も焼かれた様に見せかけ、横方向へ火を消す仕草でゴロゴロと転がった。


 覚えた『結界』で全てを防いでいるのにも関わらずに、だ。


 敵が次に打つ手は、転がる先へフレイムウォールを放ち、追い打ちをかける一手しかない。遠距離攻撃がそれしかないのだから。


 慎重にタイミングを図りーー

「今だっ!」

 ーー転がりながら手斧を投擲する。狙い通りフレイムウォールが上がった瞬間、クイーンの左胴に手斧が突き刺さった。


「ピギイイイイイイイイイイイイイィッ⁉︎」

 痛みに呻く魔獣の悲鳴を聞きながら、ダメージを食らい動けない演技をしつつ、回復魔術をコピーする。


 クイーンが動かない俺の様子に安堵しながら、自らへヒールをかけ始めた。『女神の眼』でコピーが終わった直後、地面からフレイムウォールが噴き上げる。


 炎に包まれた豚の女王は、自らを鎮火する為に哭き叫び、アクアとヒールを連続して掛け続けた。その視界の先に最早俺の姿は無い。


「ブキャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ⁉︎」

「煩い、これで終わりだ!」

 オークナイトの『黒剣』を手にした俺は、真上から飛び掛かりクイーンの頭を串刺しにした。

 断末魔の声を上げさせる間も無く、一瞬で絶命させる。


 最初からトドメは決めていたんだ。腹が減った俺は洞窟内で一言呟いた。


「やっぱ豚は串焼きに限るよなぁ」

 オーク達は女神の食欲に負けて、全滅したのだった。


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