十四品目:ベヒモスのハンバーグ(Part3)

 金属を裂くような風鳴りが響いた。

 レオンたちの目の前に現れたのは、漆黒の翼を翻すワイバーンの群れ――そして、それを率いるのは【悪角のリドルゥ】だった。


 以前、ハイノ草原で対峙したときとは姿が違う。

 だが、その歪んだ笑みだけは、何一つ変わっていなかった。


「クロロ、ネイト。今の魔力量は?」

「……ほとんど無し」

「私もです」

「ガイは?」

「無理だ。だが命令がありゃ、無理やり動かすぜ」

「そうか――」


 レオンは一つ息を吐き、鞘から【竜剣サバートラム】を引き抜く。

 瞬間、【悪角のリドルゥ】の赤い瞳が揺らめき、ワイバーンの群れが一斉に咆哮した。


 金属のような翼音が迫る。

 レオンは残る魔力を全て剣に注ぎ込み、冷気を纏わせる。


「凍りつけぇッ!!」


 白い閃光が坑道を走り抜け、襲い掛かってきたワイバーンを一掃した。

 凍てついた翼が砕け、氷の粉が散る。だが――数が多すぎた。


「くっ……! ネイト! せめてお前たちの分だけでも結界を!」

「で、ですが――!」

「全滅するよりマシだ!!」


 ネイトが慌てて結界を展開する。

 しかし範囲が足りず、レオンだけが外に取り残されてしまった。


 その瞬間――

「目を閉じろ!」


 誰かの声が響き、レオンは反射的に瞼を閉じた。

 次の瞬間、坑道が白光に包まれ、轟音が鳴り響く。

 眩い閃光がワイバーンたちの視界を焼き、次々と墜落していく。


 光が収まったとき、そこに立っていたのは――

 重厚な鉄鎧に身を包んだ、あの男だった。


「……オ、オスカーさん!?」

「無事か、レオン?」

「は、はい! なぜ貴方が――!」

「ギルドマスターから話は聞いている。間に合ってよかった」




数時間前――ギルド「翼竜の鉤爪」


 ベヒモス討伐を終えたオスカーは報告を済ませにギルドへ戻ってきた。

 だが、内部はまるで戦場のような慌ただしさ。職員たちは怒号を上げながら走り回っている。

 混乱の中、オスカーの視線がリリアナと交わる。


「おお! 【孤高の鉄剣士アルーフ・リベリ】、戻ってきたか!」

「ああ。……だが、何があった?」

「頼みがある! 今すぐメテオラ鉱山へ行ってくれぬか!!」

「メテオラ鉱山……?」


 リリアナは眉をひそめ、震える声で言った。

「【白き狼騎士】が【溶岩竜マグナニス】の討伐に向かったんじゃが……そこへ【悪角のリドルゥ】が向かう可能性がある」


「……【悪角のリドルゥ】、か」

「頼む、伝えてくれ。早馬を用意する」

「わかった。ハイノ草原の借りもあるしな」


 オスカーは静かに頷き、馬に跨がった。




現在――坑道内


 オスカーはバスタードソードを構え、【悪角のリドルゥ】を睨み据える。

 あの異形も、今は笑っていなかった。鋭い双眸がこちらを射抜いている。


「動けるか?」

「えぇ、なんとか……」

「俺に考えがある。ネイト、結界魔法が使えたな?」

「は、はい!」


 オスカーは短く指示を出す。

 ネイトの目が大きく見開かれ、クロロが眉を吊り上げた。


「そ、そんな使い方が……!」

「よし、やろう! ガイ、クロロ援護を!」

「おう!」

「……面倒ね。でも、やるわよ」


 【白き狼騎士】の面々が再び構える。

 そして――リドルゥの群れが咆哮と共に突撃した。


 剣閃が奔る。

 オスカーがワイバーンの爪を受け止め、レオンがその隙を突いて斬り裂く。

 ガイの槍が唸りを上げ、肉を貫いた。クロロが杖を突き立てると、地面から黒い根が伸び、ワイバーンたちを絡め取っていく。


 魔力を喰らう根。吸い上げられた命は灰のように崩れ落ちた。

 だが、敵の数は減らない。息をつく暇もない。


「頃合いか……レオン、ワイバーンを一か所に集めろ」

「了解!! クロロ、頼む!!」

「……まったく、指図ばっかりね」


 黒い根が地面を這い、壁のように立ち上がる。

 ワイバーンたちを囲うように、巨大な牢獄が形成されていった。


「もう……魔力が切れるわよ……!」

「十分だ。ネイト、準備を」

「はいっ!!」


 クロロの根が崩れ落ちると同時に、オスカーが鉄球を投げた。

 ピンを抜く音が響き――


「いまだ!」

「結界展開ッ!!」


 ワイバーンの群れを包むように光の壁が立ち上がり、衝突と同時に鉄球が爆ぜた。

 轟音と爆炎が坑道を貫き、ワイバーンたちが焼け落ちる。

 眩い閃光の中、オスカーたちは走り抜けた。


「す、すごい威力……!」

「掘削用の爆薬だ。魔法陣を弄って威力を上げたが……使い勝手は悪い」

「そりゃそうですよ!」


 煙が晴れ、焦げた翼がばらばらと落ちてくる。

 オスカーは後方を確認した瞬間――リドルゥと目が合った。

 奴は、ゆっくりと、不気味に笑った。


 そしてオスカーたちが去るのを見届けると、リドルゥは降下し――

 【溶岩竜マグナニス】の死骸に噛みついた。

 骨が砕ける音が、静寂の中に響く。




 メテオラ鉱山を抜けた一行は、地面に倒れ込んだ。

 オスカーは剣を納め、周囲を見回す。敵影はない。


「……助かりました、オスカーさん」

「いいや。お前たちには、まだ借りがある」


 そう言って息を吐くオスカー。

 レオンは少し笑みを浮かべた。


「一休みしたら戻りましょう」

「ああ……腹も減ったしな……」

 ――しまった、とオスカーは思った。


「では、ご一緒に食事でも!」

 レオンの満面の笑み。


 オスカーは頭を抱え、深いため息を吐いた。

「……はぁ。お前たちには借りがあるしな。報告が終わったら、飯でも奢ってやるよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る