四品目:ワイバーンの唐揚げ定食(前編)
オスカーはいつものように冒険者【翼竜の鉤爪】を訪れ、応接室でギルドマスターのリリアナと話していた。【妖精の宿り木】からの依頼をいくつか見せてもらっていた。
「…………クリムゾンブルの討伐、シラトネ草とオラノの実の採取か……全て受けよう」
「はいよ。そういや、ロージュのヤツも【妖精の宿り木】に通っているようじゃな」
「ロージュ……? ロージュ・デミンスか。懐かしい名だな。【業火のリリアナ】と【猛雷のロージュ】の二大魔術師はおとぎ話のようなものだからな」
ロージュ・デミンス。現魔法研究局の局長で【翼竜の鉤爪】の先代マスターでリリアナの旦那が結成した冒険者パーティの一人である。【猛雷のロージュ】の異名は冒険者なら誰でも知っている。雷魔法の使い手で無数のモンスターを一撃で葬ってきたと言われている。
「誰がおとぎ話じゃ……あの飲んだくれ、まだ元気にしているようじゃな」
「……俺、昔のロージュ・デミンスは知っているが今の顔は知らないぞ……」
「まぁ、会ったら話し相手にでもなってやれ」
「…………話し相手って……」
「人見知りを直すのにも丁度えぇじゃろ」
【妖精の宿り木】の依頼書を一まとめにして渡された。依頼書を受け取り、出かける準備をしているとバタバタと騒がしい足音が聞こえ、勢いよく扉が開かれた。受付嬢のリベットが転がり込むように応接室に入ってきた。
「おばあちゃん! 大変です!」
「何だい、仕事中はマスターと呼べといつも――」
「ハイノ草原に
リベットの言葉にリリアナは勢いよく立ち上がった。
しかし、ワイバーンは一個体の縄張り意識が強く、同族同士でも争うことが度々、目撃されている。
「ワイバーンの群れじゃと!? ワイバーンは縄張り意識が強いはずじゃ、群れで行動するなど……」
「ハイノ草原か……あそこは平坦だから隠れる場所もない…………格好の餌だな」
「規模はッ!?」
「報告によると少なくとも二十体以上!」
「なっ……」
リリアナはリベットの報告に絶句する。Bランク冒険者一人でやっとワイバーン一体を討伐できるレベル。それが20体以上にもなると一気に難易度は跳ね上がる。
「状況は?」
「ハイノ草原で別の依頼を受けていたAランク冒険者パーティーがワイバーンの群れに遭遇。逃げようとしましたが殆どの冒険者が麻痺により、行動不能。逃げ切った冒険者一名がギルドまで避難し、報告を上げた次第です!!」
「オスカー……どう見る?」
「…………救助隊は出す必要はない」
「何でですか!?」
オスカーの言葉にリベットは距離を詰めながら問い詰める。
「……逃げ遅れた冒険者達はもうワイバーンの群れに食い尽くされているだろ」
「……ッ!!」
残酷な事実を伝えると、リベットは顔を逸らす。
「リベットよ。今は直ぐに対策を打つことが優先じゃ、ハイノ草原はこの街からそう遠くない。いつワイバーンの群れがこちらに来ても可笑しくはない。すぐに討伐チームを結成しなければな」
ワイバーンの群れの対策を考えていると、別の受付嬢が応接室に入ってきた。
「ギルドマスター! 報告です!」
「今度は何じゃ」
「ワイバーンの群れから逃げてきた冒険者より追加の報告です! ワイバーンの群れの中に一体、角を持ったワイバーンがいたと!!」
「つ、角じゃと!?」
「そ、そんな……」
受付嬢の報告にリベットとリリアナは驚愕していた。
基本、ワイバーンに角は生えていない。しかし、そのワイバーンは象徴として角が生えている。他のワイバーンよりも知能が高く、狡猾で罠などを仕掛け、冒険者達を嘲笑いながら襲う。
その残忍性や特徴的な角から、そのワイバーンはこう呼ばれている。
「…………【悪角のリドルゥ】……」
【悪角のリドルゥ】。初めて目撃されたのは今から三年前。そいつは突然、現れた。
当時のSランク冒険者パーティーの前に現れ、落石などの罠を使って、冒険者パーティーを分断させ、一人ひとり麻痺毒で動けなくし、確実に殺していった。その様子はまるで狩人のようだったと報告されている。
ギルドはそのワイバーンを別称個体と認定し、討伐チームを結成。討伐に向かったが【悪角のリドルゥ】の姿は無かった。討伐チームは【悪角のリドルゥ】の痕跡を探そうとしたが一切なく、どこに行方をくらましたか不明のままだった。
その後も突如、冒険者パーティーや商人の前に現れては残虐に殺す。そして、痕跡もなく姿をくらます。これを繰り返し行っていた。
「並大抵の冒険者パーティーでは太刀打ちできないの……今、動かせるSランク冒険者パーティーは?」
「え、えぇーと……【
「そうか……。では、すぐに2パーティーを招集。【白き狼騎士】には伝達係を出して、早急にこのことを伝えるのじゃ」
「…………」
「……どうかしたか? 【孤高の鉄剣士】よ」
「……いや、なぜ【悪角のリドルゥ】は群れで行動しているか気になってな」
「どういうことじゃ?」
以前、オスカーも【悪角のリドルゥ】と対峙したことがあった。その時は別の任務でモンスターを討伐した帰りだった。【悪角のリドルゥ】は単独で現れ、襲い掛かってきたがオスカーは自身のバスタードソードで攻撃を捌きながら退避。近くの渓流に飛び込んで難を逃れたのだ。
「…………あのワイバーンは他のワイバーンよりも狡猾でプライドが高い。他のワイバーンと群れで行動するなど……」
「と、いうことはワイバーンの群れは【悪角のリドルゥ】が使役していると?」
「あぁ、おそらくな。罠を仕掛けるだけではなく……群れを使役させるほどの知能……より厄介になっている可能性があるな」
オスカーが【悪角のリドルゥ】のことを考えていると、リリアナは腕を組んでオスカーの様子を見ている。
「【孤高の鉄剣士】……いや、オスカー・アンダルクよ。頼む、【悪角のリドルゥ】の討伐に参加してくれぬか?」
「……俺がか?」
「うむ、【黒鉄の蹄】は防御力が売りの冒険者パーティーだが、機動力がない。【三賢者】も魔術師三人が集まったパーティーじゃ、ワイバーンの群れとなると相性が悪い。お主がいれば上手くまとまるじゃろ」
「……だが、俺は……」
「お主がパーティーを組むことを嫌っているのは十分分かっている。その理由も単なる人見知りじゃないってことも」
リリアナに確信的なところを突かれ、思わず立ち上がるオスカー。
「……だったら……」
「せめて、レオン達が合流するまででも構わん。頼む……」
「お願いします! オスカーさん!」
リベットも一緒になって頭を下げる。
オスカーはため息を漏らしながら椅子に座った。
「分かった……あくまでもレオン達が来るまでの繋ぎ役だからな」
「助かる……よし、討伐チームを結成させ、【悪角のリドルゥ】討伐に向かうぞ!!」
「はい!」
ハイノ草原。
穏やかな草原でモンスターも草食で大人しいモンスターしかおらず、薬草なども多く生えていることから初心者冒険者が良く訪れる場所である。
平坦な草原のため、辺りを一望できる。逆に言うと空から丸見えで隠れることができない。
【悪角のリドルゥ】を含めたワイバーンの群れ討伐の為、オスカーたち討伐チームはハイノ草原付近に潜伏していた。オスカーと二人の男性が身を潜め、作戦会議をしていた。その後ろには六人が控えていた。
「まさか、あの【孤高の鉄剣士】と一緒に戦えるなんてな」
「えぇ、実に光栄です」
黒い重厚な鎧を身に纏っている大柄な男が【黒鉄の蹄】のリーダー、【オックス・ドルガ】。背中に背負っている大斧は特別製で特殊個体のモンスターの素材から作ったらしい。その斧でモンスターを一刀両断することから【断砕のオックス】の異名を持っている。
【黒鉄の蹄】は五人で構成されており、全員が重装備をしており防御力に特化している。
もう一人、黒いローブに眼鏡の青年は【三賢者】のリーダー、【ネスコ・トリシュ】。水魔法を得意とし、攻守ともにバランスの取れた戦い方から【水天のネスコ】の異名を持つ。
【三賢者】は三人の魔術師で形成されたチームで互いの魔法を補うような編成をしている。
「別に大したことはない。……よろしく頼む……」
「で、作戦は?」
オスカーは腰のポーチから一枚の地図を取り出し、皆の前に広げる。地図の赤いペンで丸を付ける。
「私のメンバーが観測魔法でハイノ草原を見回った所、ワイバーンの数は23体。その中に角の生えたワイバーンを観測することはできませんでした」
「ヤツはどこかに隠れているようだな……ならば、誘き出すまでだ。ワイバーンの弱点は翼と頭だ。そこを狙えば簡単に撃ち落とせる」
「なら、狙撃は私達【三賢者】が」
ネスコが名乗りでると、【三賢者】の残りのメンバーが頷く。
「よし、【三賢者】は我らが守ろう」
オックスが立ち上がると【黒鉄の蹄】のメンバーが武器を構えてて立ち上がった。
「…………俺が先陣を切り、囮役になろう」
「おい、いくら【孤高の鉄剣士】でも危険だ」
「そうです」
「……いや、俺はあくまでも逃げることに徹する。その間にワイバーンの数を減らしてくれ」
「分かった」
「えぇ、任せてください」
それぞれの準備を始める。オスカーの背中のバスタードソードを抜き、両手で構える。
「良いか……俺が出て、ワイバーン達が動き出したら前に出ろ。もし、【悪角のリドルゥ】が出てきたら信号弾を送ってくれ」
皆は黙って頷いた。オスカーは出るタイミングを窺う。ワイバーン達の僅かな隙をついて走り出す。
こちらに気が付いたワイバーン達が一斉にオスカーに向かって襲い掛かってくる。オスカーは腰のポーチから鉄の球を取り出し、ワイバーン達に向かって投げる。放り投げられた鉄の球が一体のワイバーンに当たると強烈な光が炸裂した。
先程、オスカーが投げたのは閃光弾。衝撃を与えると凄まじい光を放つ目くらましの道具である。鎧で視線を塞いでいたため、オスカーは閃光を直視しなかったが、閃光を直視したワイバーン達はもがき苦しむように墜落した。
オスカーはバスタードソードを構え、墜落したワイバーンの首を跳ねていく。
「おいおい、逃げ回るだけって言ってたヤツが次々とワイバーンの首を跳ねていってるぞ」
「わ、私たちも行きますよ!!」
【黒鉄の蹄】と【三賢者】のメンバーは一斉に走り出した。
「我々がしっかり守ってやるから【三賢者】のお三方は遠慮なく魔法を放ってやれ!!」
「はい、二人ともいつも通りで行きます!!」
【三賢者】の三人は各々の杖を構えた。杖の先から魔法陣が展開され、水の弾丸、風の刃、岩の礫を放った。それぞれの魔法はワイバーン達に直撃し、落下していく。
魔法が脅威だと思ったのか、ワイバーン達が一斉に【三賢者】の元に襲い掛かってくる。
「お前ら! 気を引き締めろよ!!」
「「おう!!」」
【三賢者】の前に【黒鉄の蹄】のメンバーが盾を構えて前に出る。ワイバーン達は爪や牙で襲い掛かってくるが【黒鉄の蹄】のメンバーは盾で攻撃を受け止める。
その間にオックスがワイバーンに飛び掛かり、大斧でワイバーンを一刀両断する。
「良いか! ワイバーンには麻痺毒がある! 食らえば一溜りもないぞ!」
【三賢者】と【黒鉄の蹄】がワイバーン達と戦っている中、オスカーは戦場を駆け抜けていた。【三賢者】が撃ち落としたワイバーン達を一体ずつ確実に仕留めていく。
数体のワイバーンがオスカーに襲い掛かってくるが、攻撃をかわしながら翼や足を切りつける。最小限のダメージを与え、とどめは【三賢者】達に任せる。
【黒鉄の蹄】のメンバーがワイバーンの攻撃を受け止め、【三賢者】とオックスがワイバーンを仕留める。即席のチームとしては満点の連携を取っていた。
【黒鉄の蹄】のメンバーの一人が防御に徹しているとワイバーンの一体が背後に回ってきた。
「わっ!?」
「危ないです!!」
ワイバーンの牙が目の前に迫ってきたところでネスコが水の刃でワイバーンの首を切断する。首を失ったワイバーンは力なく倒れ込む。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、助かった」
Sランク冒険者パーティーの連携とオスカーの囮でワイバーンの数を順調に減らしていった。
しかし、すぐに異変が起きた。
「うわぁ!!」
【黒鉄の蹄】のメンバーの一人がワイバーンに肩を掴まれ、空に連れていかれてしまったのだ。
「しまった!! 急いであのワイバーンを撃ち落としてくれ!」
オックスの指示で【三賢者】の一人が魔法を放つが、他のワイバーンが前に出て代わりに攻撃を受けていた。
「…………明らかに動きが変わった……?」
【黒鉄の蹄】のメンバーの一人が空高く連れ去られると、ワイバーンは掴んでいた足を離す。
「え……?」
宙に放り投げられたメンバーは重い鎧のせいで勢いよく落ちていく。オックスは落下するメンバーの元に掛けようとする。
「誰かキャッチを!!」
「ダメだ! 両方とも潰れるぞ!」
オスカーは思わず、大声を上げる。その言葉でオックスの足が止まる。
その瞬間、落下していたメンバーが地面に激突した。肉が潰れた音がし、血しぶきと肉片、鎧の残骸が宙を舞う。
衝撃的な盤面に皆は硬直してしまった。
「気を取られるな! 次が来るぞ!」
オスカーの声で皆が我に返る瞬間、今度は【三賢者】の一人がワイバーンに捕まった。捕まったメンバーは暴れるが爪が食い込んでいて逃げることが出来ない。しかも、ワイバーンの麻痺毒で徐々に動かなくなってしまっていた。
「クソッ……」
オスカーは閃光弾を取り出して投げようとするが三体のワイバーンが一斉に襲い掛かってきた。三体のワイバーンを追い払っている内に捕まったメンバーは空高く連れていかれてしまった。
ワイバーンを掴んでいた足を離し、メンバーは宙に放り投げられてしまった。
「間に合え!!」
ネスコがメンバーの落下地点に向かって杖を構えると、落下地点に大量の水が集まり塊となった。落下したメンバーは水の塊に突っ込み、何とか地面との衝突は逃れた。しかし、水との衝突と麻痺毒で動くことが出来なかった。
緊急事態で皆が一斉に集まる。背中合わせに陣形を組み、ワイバーンの群れを警戒する。
「くっ……無事なようだが……」
「あぁ、これを繰り返されらると全滅するぞ」
「動きが明らかに変わった…………ヤツだ……」
上空を見上げるとワイバーンの群れが渦を描くように旋回し、その中央に一体のワイバーンがいた。そのワイバーンには禍々しい黒い角が生えていた。
こちらに気が付くと嘲笑うかのように甲高い鳴き声を上げる。
「…………【悪角のリドルゥ】……」
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